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Posts Tagged ‘輝き’


『ダ・ビンチ手稿には「角膜」がありません』


   


     12月 12th, 2019  Posted 12:00 AM



ダ・ビンチは、瞳の輝きを画家として
解剖図で確かめようとしたのでしょうか。
瞳だけでなく、目つきまでを、彼は解剖図でも試していたようです。
しかし、「角膜」は彼のスケッチにはありません。
ダ・ビンチの手稿をできる限り見たのですが全くありませんでした。
私の予想では、当時のエンバーミング、
つまり遺体衛生保全の技術が整っていなかったのだと思います。
今では、大事な目の検査、管理、手術は日常的なことです。
白内障はすぐに手術が可能になりました。
それこそ、眼科が勢い付いた大きな手術内容です。
また最近では、不可能と言われてきた黄色変性は
再生医療のiPS細胞での研究で可能になりました。
眼科のマイクロサージャリーの進化の世界とともに
ダ・ビンチがいたなら、画家が描く瞳は、と想像します。
今や、「角膜」から「網膜」には、AI技術が入っていくでしょう。
脳膜信号がIoTだけでは無くて、これから拡がる進化があるのです。


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『Silienceの原意・・・デザインが何になるかという意義』


   


     6月 7th, 2016  Posted 12:00 AM



次世代デザインを提示していくのは、現在デザイナーの使命です。
しかし、現実には、デザイン系大学のほとんどの教員は、
自分のデザイン経験だけを教示しています。
それはデザインの根本に大きな間違いがあるのです。
「デザインとは何か?」を自分の経験だけで、しかも成功体験があれば、
それこそ「何がデザインになるか?」ということには
接近できないからです。
「コンシリエンスデザイン」を提案しています。
その原語はすでに死語化していますが、
探り出したsilienceについて、ここに書きとどめることから
改めて思考の深度に近づいてみます。
silienceとは、
人間には日常、その思考に深さがあることには気づかないことがあります。
たとえば、気づかされることもなく、褒められることも無いけれども、
時には感心せざるをえない熟考された確実で正当な考え方があるものです。
それは、通りすがりなのに饒舌に語られている批判とか、
大道芸でありながらも感心せざるをえない名も無き芸人の大技、
あるいは無名だけれどもすぐれた芸術的な才能に
はっとするようなことです。
これはまったく匿名的で、誰かに賞賛を浴びるものではないにしても、
いわゆる市井に潜んでいる知恵・知識として
見過ごすことができないのです。
silienceということばに近いほど、
沈黙の中に閉じ込められているということです。
こうした、決して光り輝きを自らが発するわけではない、
日常的、匿名的、無名性の中でも、知恵の集合体をあえて掘り出して、
なおかつ、こうしたことを「結合させる」ことは、
konvinationと言ったシュンペンターに繋がっています。
これが新結合=innovationであったことに極めて近い発想論理です。
silienceが結合することは、
隠れた知恵・知識がconsilienceだということです。
デザインが匿名性=アノニマスで支持されたことを再復活させることです。

*『シュンペンターと象形文字を同次元に考える』
*『「KK塾」キックオフはテクノロジスト・濱口秀司氏』
*『技術革新以前の問題解決=デザインがある!』
*『ベンチャー企業を再考する!・カンブリア宮殿特番に出て』
*『リアル・アノニマス・デザイン=労作だと思う』


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