kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘過程’


『デザインが唯一の未来創出、その職能』


   


     3月 5th, 2019  Posted 12:00 AM



私は、「発想が10年早い」と言われてきました。
デザインが未来を創れる唯一の職業だと思っています。
ところが、デザインはどんなに最先端を走っても、
不要なモノは当然、残念ながら善いモノでも、
すごいスピードで淘汰されます、「私でも遅い」のです。
東芝のデザイナー時代、
大学の研究室を訪ねては「遅れてる」と思っていました。大学人になって、
あの時、自分が思ったように「企業より遅れ」をとってはいけない。
優秀な研究者との連携により、
最先端の研究、デザインで他分野を引っ張り、
医工学、理工学、政経学、文理学へとプロジェクトを提言してました。
しかし、デザイナーの品格=才能と美意識は限られています。
今、大学での専門家の研究が4Dとか言われると、
「まだそこ?」、と残念です。
私が、4次元CADを研究していたころでさえ、
ディズにー社が5次元CADを使っている、という情報を手に入れました。
その時、東芝では6次元CADを米国のある企業と開発し、
プラント設計管理への利用段階でした。
現実にそれを見て驚嘆しました。私の研究では、
DNAでのアデニン(A)とグアニン(G)、シトシン(C)とチミン(T)に
「時間軸」を入れて4次元CAD で、
その過程と結果を医学系に提出していました。
メディアにもてはやされる言葉に関わる研究や、
研究費が一時的に大量投下されるような研究に、
携わってる学者は未来を見つめていないのです。
「発想が、実は相当に遅れています」。


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『標高100メートル自宅からの2018年1月7日の遠景』


   


     1月 9th, 2018  Posted 12:00 AM




一昨日、七草粥の後にワイフから今年に入って一番遠景が見える、とのこと。
この自宅には2006年から入居。
入居すると、直ぐに金沢21世紀美術館にて、
私の個展、それも丁度デザイナー仕事30年の集大成で
「川崎和男展・いのち きもち かたち」を開催。
しかし、最終頃には「敗血症・多臓器不全」となりました。
それは重篤と言われ、私は3度目の死線にいました。
2018年1月7日の谷町から、アベノハルカスが遠景に見えています。
正直、大阪に来て住居がやっと見つかって入居すぐに重篤になったのです。
遠景に見えるアベノハルカスは、私があそこには近鉄デパートがあり、
浪人時代1年を暮らして居て、予備校時代に美術学校へと思いを変えました。
この写真からは、雲の様子がやや怪しげです。
この雲が一筋事に明確になれば、
私の予測では「地震雲」として予知が可能になります。
すでに南海トラフでの大地震と大津波予測がありますから、
ややこの雲状態ならば大丈夫かもしれないという予知です。
「人生69年目」ですが、生は死への過程であり、
それが南海トラフではないことと、
北朝鮮からの攻撃ではないこをを願います。


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『曼荼羅とDNAホログラムの位牌・もう一つの仏壇』


   


     8月 18th, 2017  Posted 12:00 AM



まだ父は存命でしたが、その時に金剛界曼荼羅でもう一つ仏壇をデザイン。
それは父用でしたから、出来上がった時に、
父に見せましたが、怒鳴られました。
「俺はそんな中に入るか!」って。
父の死後、父は私を自慢するのに、
あいつは俺の仏壇までデザインしてくれていた、と。
金剛界曼荼羅の3×3を立体にして、
正面の扉を開けると、私が考えていた位牌はDNAで、
本当ならば、そのホログラムを映し出す装置にと思ったモデルでした。
父は20歳で徴兵され騎馬隊員で金沢の21師団配属。
7.5年徴兵されて、復員してからは
警察官となり刑事ばたけにいました。
ノンキャリアながら、次々と昇進して警視正とまでなり、
福井県自動車会議所の専務理事でビルを新築後、70で勇退しました。
9年間、彼は自由に中国や沖縄、靖国神社などを執筆していたようです。
79歳、晴天の日に散歩途中に倒れてあの世に逝きました。
彼は私の仏壇を見て、すごく怒りましたが本当は自慢もしていたんだとか。
生きていることは死んでいく過程に過ぎません。
間もなく私も70歳を目の前にしています。
そこで社会参加を辞めるべきかを毎日考えています。
ただ、デザインし創りたいモノや、次世代デザイナーに、
絶対に語り伝えたいことが、今日もありました。
金剛界曼荼羅の九つの箱に、私の生涯を残したい、そんな気持ちと、
存在が無となるあの世だと思っています。


* 『電磁波革命と遺伝子革命が近接場で始まってきた』
* 『天空と深海で何が起こっているのだろうか?』
* 『ふるさと福井の大震災を胎内で経験していたと聞く』* 
* 『終戦では無い、敗戦記念日であった』
* 『想像力を今また熟考を毎日繰り返している』


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4月16日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     4月 16th, 2016  Posted 12:00 AM

4月16日 赤口(戊辰)


問題解決への発想とは
まず、
問題が何であるか、
なぜ、その問題なのか、
解決の過程はあるのか、
これらが問われる前提がある。



川崎和男の発想表現手法


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4月11日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     4月 11th, 2016  Posted 12:00 AM

4月11日 先勝(癸亥)


発想は結論・結語、
その一言を決めることだ。
これをこれまでは、
「コンセプト」と言ってきたが
間違いである。
「ライン:Line」ということで
その過程・工程に繋がっている。
発想は、
結論から過程がLineに成っている。



川崎和男の発想表現手法


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『わが人生最期の車は美しいデザインを』


   


     1月 4th, 2016  Posted 12:00 AM



ベンツSL500を10余年乗って使ってきました。
車を10年以上も乗るなんてことはありませんでした。
なんとかワイフを口説いて、私の人生最期の車を選びました。
私にとって前提は、車イス対応ゆえに、二つの大きな条件があります。
車イス収納と両手だけでハンドル操作とブレーキ・アクセルを、です。
ともかくAMには、男の子としての背景に007がありました。
選び抜いた車は、4ドアスポーツタイプ「ラピードS」。
注文後7ヶ月、途中直接ディーラーがAM英国本社で、
車イスユーザー用のアタッチメントを検討してもらって、
国内での取り付け工事。これさえ最初のことのようでした。
アタッチメントは全く進化していないことをFBでぼやくと、
いくつかの提案をいただき、ディーラーが工事企業を調査し、
英国本社ともコンピュータ制御と取り付け検討で部品決定。
その間のやりとりはこれまでに未体験多くて、
モノづくりの根本で新しいやり方を知りました。
こっそりと1/12サイズモデルを探し出してワイフに叱られました。
ところがなんと本社対応では、
全ての注文仕様で素材も同等の1/8が注文可能だと知りました。
しかも、そのモデルで軽自動車2台は購入可能を知りました。
ナンバープレート番号入りの写真と、
左の取説を今はじっくり読破中ですが、
エェッという機能はこれからの自動車のあり方、
それはデジタルとアナログの使い分けがとても明快でした。
結局、自動と手動の使い分けで、
絶対コンピュータ制御を避けて、マニュアル制御を護り抜く、
この考え方には大きく同意しました。
私には、車とオーディオ、そしてカメラには、
これからのアナログとデジタルの
インターラクションの決定手法があります。
それは特に、車とオーディオには共通項が多いことでした。
それこそ、カーオーディオは自宅で使用のB&Oが仕込まれていました。
しかも現代流のBluetoothで制御が可能になっていました。
ある時、ワイフが、
「あの車とても美しい」と初めて言いました。すかさず私は、
「あれがアストンマーチンだから、どーお?」
「・・・・・」、妻の完全沈黙、あれからの説得でした。
ともかく、徹底的な美しさだけを最期の車に求める結果が選んだ理由です。
本当はSL500を手放すことは随分とためらいました。
私は自分の人生は、すべて左ハンドルでした。
車イスには絶対、左ハンドルでなければ、通行上にも問題があります。
さて、これから3年かけて自分用にしていくというのがポリシーです。
なるほど、自分の身体との整合性を求めていく過程を楽しむということ。
67歳になって最期の車を、ゴールドカードの免許証のまま、
私が最期に乗っていた車にするつもりです。


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『デジタルな火と水を傍らに置く重大さ』


   


     8月 16th, 2015  Posted 12:00 AM



私の企画戦略には必ず立ち戻る基本があります。
それはインド思想の木火土金水と仏教思想の風地火水空です。
この四句分別によって25 のマトリックスが生まれます。
それは25のコンセプトが生まれるということにつながります。
少なからずこれは世界観での25の問題点が整理されたコンセプトです。
しかし、これだけ全てを列挙すると、二つの疑問にぶつかります。
まず、デザインでそのようなことをやってもらいたいとは・・・
これで台無しにして仕事をどれだけ失ってきたでしょうか。
デザインでそこまで語ってほしくは無かった・・・
これで仕事をしたくない行政マン、役人(人に役立つ人)を知り、
彼らの生息生理をほとんど知ってしまいました。
このことで、若い頃はクライアントに喧嘩を売り喧嘩師になりました。
最近は利口になって、インド思想にも仏教思想にもある火と水を
主体的に語っていくことを中核にしています。
無論、両方の思想の核心にある火と水には同意性と差異性があります。
それを論理的に学び直したのはガストン・バシュラールでした。
バシュラールは、明確に水と火は対照的な著作を残しています。
そして彼の著作を度外視していたつまらない輩がいたこともあります。
私にとって、現実的には、水と火、それぞれがCGになる過程を
まさに米国で立ち会ってそのプログラミングを見ることができたこと。
これは生涯の思い出になっています。
しかも、このNatural Phenomenaというコードネームには、
明らかにバシュラールが基底で語られていたことです。
火も水も、デジタルとして燃えさかることと水滴や流れまでが、
制御と否制御が起こってしまうことでしたが、
結局、火は燃えさかっても熱くはなくて破壊することがありません。
水も自然と水滴から大洪水も決して起こらないことです。
これがデジタルの限界でありながらも、自然よりも勢いがあります。
私は、自宅にデジタルの全く無温度の火と水を配置します。
それこそ、自然と人工を対比させた日常を側に置いてみることで、
自然=アナログを絶対にデジタルで調和も制御も出来ないことを
言い聞かせる手法だと思っています。


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