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Posts Tagged ‘都市’


『物の体系』・記号の消費ー叢書・ウニベルシタス


   


     5月 17th, 2020  Posted 1:43 AM

ブックチャレンジ7/7
『物の体系』・記号の消費 
叢書・ウニベルシタス



このところ、私の重要な著作集を出してきました。
7冊で終わりますが、丁度「新型コロナウイルス」が、
大阪府でも知事の見解でOKになったのです。
それこそ、「流行学」=黒死病:ペストが生まれたことを
万一、知らない現代人が余りにも多いのです、
今後の都市と人間、それは建築・都市計画、
そして工業デザインにも、大きな失策が続いているのです。
この著作は、とりわけ工業デザイナーでも、
ほとんど9割が知らないのです。
これは中央大学出版会の厳格な消費社会、
さらにジャン・ボードリアールが
デザインそして消費社会の行く末を、
私は予測していたと思っています。


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『 ME++』 サイボーグ化する私とネットワーク化する世界


   


     5月 15th, 2020  Posted 2:20 PM



ブックチャレンジ6/7
『 ME++』
サイボーグ化する私とネットワーク化する世界

このところ、ウィリアム. J.ミッチェルの
著作ばかりになってきた。
この現状はパンデミックの200年には起こる
世界共通の感染症である。
世界の「経済」ではすでに、
私たちの社会が遅れているという見通しだった。
私が「サイボーグ」であり、
車イスそしてICD=埋め込み式除細動器で、
生命を維持している。ただし、私は職能は工業デザイナーである。
都市とネットワーク=無線化、インターネットと自然と社会では、
私自身が「危惧」している世界構成制度では
立ち向かえなくなってきたと思う。


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『イートピア』新しい都市創造の原理のチェックシート


   


     5月 14th, 2020  Posted 3:33 PM



『e-』トピア
新しい都市創造の原理 
ウィリアム.J.ミッチエル・著

現在、私たちは地球規模の大変な医療崩壊に入っている。
これには、情報化と情報の社会構造の変革が述べられている。
これを「手がかり」にして、
パンデミックの都市構造とインターネットでの
新しい改革をチェックしている。


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『CITY OB BITS』シティ・オブ・ビット


   


     5月 11th, 2020  Posted 3:35 PM



『CITY OB BITS』シティ・オブ・ビット
「情報革命は都市・建築をどうかえるか」
この著作は「建築誌」からの
私が批評をした、数少ない「建築」評論誌でした。
なぜかと言えば、建築家で終わるという、
重要な「新しい都市と建築」の批評であった。
この著作には、各章には、
「2行」の章立てがあった。
そして、特には、この日本では、
この評論の評価は、「建築」も、それこそ、
デザインでも全く時代性を持ち得なかった。


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『すでに「観光都市」は絶対に代えることです』


   


     4月 4th, 2020  Posted 8:07 PM



私は「観光都市」という呼称やあり方に
懐疑的だとこのブログでも何度も言ってきました。
「観光都市」=Tourist city、Sightseeing cityなどは
全世界で観光を産業とする都市ですが、
これには、厳しく「乞食(こつじき)都市」とまで、
過激なことを言ってきました。
というのも、水物でない観光産業を目指すべきだとして
日本がバブルの頃には、地方への企画書に
「何度も通える場所」その考え方を書いていました。
ともかく、私の企画に対して
「難しい」といった反応の連続でしたが、
海外の特派員が絶賛して取材を受けました。
実際その地方は、国内で観光都市でもなく、
いつでも容れる場所、温泉もない、神社仏閣もなく、
風向明媚でもないけれども、ともかく「通える場所」、
もう一度訪れたい場所であることを企画しました。
それこそ、ユネスコ都市なんぞ目指すこと無い、
守りたい継続したい場所にではなく
ユネスコに分担金、拠出金、登録料を流し込んで、
認めてもらう必要があるのでしょうか。
「何度も通える場所」には、まったく違う呼称が必要です。


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『論語からの吉田茂の書が大好きです』


   


     10月 25th, 2019  Posted 12:00 AM



「子曰く、学び手時に之を習う、
また説ばしからずや。
朋遠方より来たる有り、また楽しからずや。
人知らずして慍みず、また君子ならずや。

これは「論語」の書き出しです。
実際的には、孔子の死後に言行録として今でも語られています。
そして、「論語」は経済的な指南書になっています。
「朋遠方より来たる有り・・・・」の書は、
私の東京での定宿のひとつでもある六本木のホテルに飾られいてる
吉田茂の書です。
一流ホテルには、時に心落ち着く植栽や香りの演出、
非日常空間へ導く仕掛け、
あるいは気持ちが高揚する現代美術がありますが、
このホテルには都市の真ん中にぽっかりと空いた大きな緑の庭と
そして吉田茂の書があります。
ここの書がとても大好きです。
帝国ホテルも季節毎の大きな花がエントランスを彩りますが、
パリの FourSeasonsジョルジュサンクの
花の演出には毎度惹きつけられます。
見つめずに通り過ぎるなんてできない圧倒的な存在です。
また、篠田桃紅氏の「人よ」があるコンラッド東京が大好きです。
今回の滞在でも、
吉田茂の書がちょうど心地良く、長めの滞在をしました。


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『空を飛ぶスポーツカーは具体化されるだろう』


   


     1月 26th, 2019  Posted 12:00 AM



やがてあの世に近づけば、やっぱり、これに乗りたい。
それが、ようやく出来上がってきました。
なんといっても、ブルース・ウィリスの
『フィフス・エレメント』が目に浮かびます。
しかし、このような映像では無いはずだと思っていました。
彼は2214年ニューヨークのタクシーの運転手役(元は退役軍人)でした。
いや、未来の都市は、こんなでは無いはず、
デザイナーとしては、「空を飛ぶ」=Passenge Air Veacleというのは、
こんなタクシーではないとその未来の世界観に
納得できずに視聴していました。
私は「空飛ぶ」モノが欲しい、
手に入れたいとヘリコプターから戦闘機まで夢見てきました。
空を飛ぶという展開には、これこそデザイン出来る日が来るかも知れない。
実際的には、アストンマーティンが
「ヴォランテ・ビジョン・コンセプト」で
空の旅を提供することを約束しています。
私自身が今は乗っているアストンマーティンで、
以前、副社長でデザイナーにも会う機会があり、
きっと絶対に出来ると思います。
すでに時代は、
空を飛ぶということが具現化、そして具体化してきました。
だからこそ、やはりフィフス・エレメントでの映像では無いと思います。
もう私の時間がありませんから、空を飛ぶモノは運転できなくても、
私のデザインテーマです。

空を飛ぶ車

アストンマーティン


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『雑誌・小冊子が消えていく貧しさは日本人知能の低下』


   


     11月 16th, 2017  Posted 12:00 AM



金沢美大の産業美術学科・「工業デザイン専攻」は、
当時、工業デザインというのは先進的だったと思います。
しかし、工業デザイン関連の書籍・雑誌は皆無でした。
まだ「工業意匠学科」とかでグラフィックも「商業デザイン専攻」でした。
だから、洋書・洋雑誌だけで、建築・アートだけが学術的でした。
しかし、私の論理性=思考基軸を支えてくれたのは、数雑誌ありました。
その中で、「遊」と「エピステーメー」、「SD」と,
あとは美術手帖・数理科学・現代思想だけでした。
「遊」は松岡正剛氏に憧れ、工作舎に転職すら考えていました。
後に松岡氏に出会い作品集帯文まで書いていただく仲良しになりました。
「エピステーメー」はとても解読困難で、
ここから哲学や現代思想や宗教論に入りましたが、
終巻号は、いくつかの書店を回って銀色の本を寂しく抱えて帰りました。
「遊」・「エピステーメー」が消えた頃、
「へるめす」で中村雄二郎先生の「知」にのめり込み、
やがて、先生連載にイラストも描くなど随分と親しくさせていただきました。
具体的には建築数誌の雑誌があり、懸賞論文に応募しました。
最優秀論文はその書き出しで、自分の敗北を認めました。
「この都市には記憶がない。・・・」
私は集落として都市論を書きましたが完全に(負けた)と思ったほどです。
やがて、その建築家・彦坂氏に出会い、この話をして彼に仰天されました。
そしてSDの最終号では「ユニバーサルデザイン」の商業主義を非難し、
「ヒューマンセンタードデザイン」を二人で書き上げました。
なぜなら、「ユニバーサルデザイン」を紹介したのも彼と私だったからです。
「へるめす」は哲学・建築・現代音楽ときわめて上品な雑誌でしたが、終了。
ちょうどジョンレノンが射殺されたことで、私は自分の青春を終えて、
福井にもどりましたが、その時に「日本記号学会」に入りました。
まだ大学人になるなんて考えていないときでした。
かなりの数の学会は大学退任とともに脱会しましたが、
日本記号学会は今も会員です。
それは学会誌=書籍が読みたいから、それだけです。
今や、デザインをとりまくこうしたほぼ「記号論的な考察」の雑誌は、
なんと「iichiko」のみかもしれません。
友人であるグラフィックデザイナーであり、東京藝大名誉教授の河北氏が、
スタッフに、哲学者たちも編集までを任せて季刊誌を出してくれています。
結局、こうしたように雑誌や小冊子すら消えていくのは、
日本人の知能レベルが低下しているとさえ私は思っています。
だから、デザインされた形態言語すら読めない、あるいは盗用する、
この風潮から、一刻も早く脱皮すべきでしょう。


* 「ビデオアート・現代音楽・オーディオの統合化をめざす」
* 『ユニバーサルデザイン・バリアフリーはまだ未消化』
* 『公・自・単・情・安・省・空を暗記せよ』
* 『ユニバーサルデザインの原意』
* 『やっと4冊目の作品集が出来上がった!』


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『東京駅地下の地下道には風情と防衛がある』


   


     9月 24th, 2017  Posted 12:05 AM



最近、私が上京するにはほとんど新幹線を使います。
かつては、新幹線を利用するにも細かなルールがありました。
たとえば、乗車1時間前に駅に行くこと、その切符も
1週間前に予約をしなければとか、JRに変わると、
それは東海JRに問い合わせてほしいとかになるのです。
こうしたルールに耐えきれないどころか、
新幹線を降りてから、地下道にエレベーターも、
係員だけが知るエレベータで降ります。
そして臭いも厳しい地下道を通り抜けると、
突然改札口間近な所に出るということや、
スタッフやワイフと別れるともう彼らも戻れない状況でした。
そこで私はまだ国土省の頃に陳情に行ったことがあります。
「海外の人が来たら、絶対にビックリするから」という論理を並べました。
その話が当時の扇千景大臣に伝わり、彼女はすぐにその実態をつかむと、
東京駅に3年後にエレベーターが設置。
それ以後は、エレベーターでの乗降などとても便利になりました。
ところが最近では、「実はあそこに行きたいから、地下道を」というと、
その地下道を通り抜けられるようになりました。
以前とはまったく掃除もされ、とても風情のある地下道を抜けられます。
正直、この地下道を通り抜けることが最近では面白いのです。
詳細に調べれば、東京駅郵便局地下道であったことや、
東京には地下鉄もあるから、いくつかのレイヤーで地下道があるのです。
おそらく知られていない地下道はきっとこの東京駅だけではないでしょう。
いくつかの地下道があることはほぼ調べました。
この地下道は東京の偉大な避難場所になると私は思っています。
「都市」の条件には、地下鉄や地下道があるかということになります。
今では、とんでもないロケットマンが現れて、
水爆実験をやるとまで言い出している始末です。
日本には絶対に防衛のためには地下道は地下鉄同様に
とても重大だと私は思っているのです。
今回も上京してこの地下道を通り抜けました。
正直、この地下道にはなんとも言えない薄暗さには、
とても清潔とは思えなかった地下道では無くなっていました。
東京駅だけではなく、
全国にこのような地下道が必要な時代になっています。



* 『「KK適塾」を終えて東京駅地下道を通る』
* 「仏・アルビの街のデモ騒動を思い出す」
* 『見慣れている「場」のデザインは感情を撹乱している』
* 『駅改札ゲートを見下ろす防犯カメラに新規デザインを』
* 『石鹸という弱アルカリ性の「泡立ち」に清潔決定』


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『学校での美術教育では教えないことを入院児に』


   


     6月 11th, 2017  Posted 12:00 AM



大阪大学医学部附属病院の一階フロアには、展示コーナーがあり、
近郊都市の美術・写真・書などの同好クラブの作品が展示。
ほぼ一週間に一回、私はじっくりと見ています。
そうして附属病院小児科病棟には、
約80名の子ども達が入院していますから分校なのです。
医師はもちろん看護師さんだけではなく、
CLS=チャイルドライフスペシャリストという米国で資格取得された方もいます。
この資格取得はまだ日本での教育養成大学はありません。
私はこの病院に入院児たちの展示作品の絵を楽しみに観にきています。
随分前から、入院児たちの「絵」を見て、ここには分校にまでなっていますが、
日本の美術教育に疑念があっただけに、
私がプロとして「絵」を教えれば、絶対に日本の美術教育ではない、
それもデザイン教育>美術教育の基礎力を与えられると企画しました。
CLSの担当の方と打ち合わせをして、ともかく「実現」をやっと出来ました。
入院児たちは、体調でプレールームに来られる様子は毎回異なることや、
白衣は怖がるなどで、私の寄附講座だけではなく、
もうひとつのバイオ系寄附講座の教授、准教授も参加いただき、
とりあえず、「絵」のもう根本的で絶対に学校教育では
スケッチの本当の役割のスクールを私が実演=絵を描く方法を教えました。
4歳の子から中学生まで10名には、
黒板メーカー・馬印と時計メーカー・タカタレムノスから、
黒板と時計ユニットは、この企業も大賛成で協賛していただきました。
いわゆる患者でもある子供たちだけではなく、
親御さんにも、「なぜ絵を描くか」なども、
看護師さん、CLSさんにも協力をしていただきました。
基本を教えたら、手の描き方、顔の描き方、身体の描き方はどうするの?、
と言う質問も飛びだし、直ぐに私は実演でその質問には
「絵の基本と描き方」を実演してみせました。
4歳の子はすぐに理解し、初めて黒板には、ブドウ?だね、と言えば、
絵からブドウを私の手にも分けてくれました。
「自分のマーク」もと思って、
名前を聞いたらかわいい女の子:絶対に美人になる子からは、
「もっと教えにきてくれたら教える」と言われてしまいました。
もう時間だからと言っても辞めない子には「デザイナーになれるよ」と、
励ましたら、「ドクターになるから」とか言われる始末。
でも、ドクターも絵を描くから受けたとか。
みんなの瞳がキラキラしていました。
私は「入院したり大きな手術をしたけど、プロから教わった」、
その思い出を与えたかったことと、
入院している子供たちみんなが希望している、
大人には予想もしていなかったコトを知らされ、
デザイナーとしてなんとか実現を目指そうとかや、
黒板への想い、時計への想いを教えられました。
なんとか入院したからこそ出来る
このスクールを連続させたいと思っています。


* 『芸術工学からコンシリエンスデザインに』
* 『黒板メーカー・馬印が実現してくれた「価値」』
* 『まだ私デザインHOLAは動いているしかし無情合掌』
* 『最も基本・バイタルデータの「体温」はデータ化してきた』
* 「心電図波形が意味すること・意味されていること」


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