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Posts Tagged ‘鉄道マニア’


『『新大阪駅もまだ改装しているが、なんとも工夫欠落だ』


   


     11月 4th, 2014  Posted 12:00 AM



毎月1回は、新大阪からふるさと福井に行っています。
そのおかげで、帰阪すると、改装中の駅構内を観察してしまいます。
とても21世紀の駅構内とは言えないほど、まず、建築的にも
単なる場づくりに終わっています。
日本には優秀な建築家やデザイナーがとても多い国です。
当然、時代に見合った建築をすべきだとつくづく思ってしまいます。
私自身が車椅子移動をしていますから、私の目線=視界は、
天井と床面をしげしげと見つめながら、素材、建築資材も本当に
それこそ、原価すらわかってしまうことがありますから、
この新大阪がこの程度であれば、ローカルはもっともっと低価格、
安く造ればそれで構わないという風潮が蔓延しているようです。
確かに、天井そのものを構造材で視覚的にもOKとしています。が、
少なからず、工夫があるはずです。
おそらくプロである建築家には様々な欠点が判明しているでしょう。
新国立競技場では、その建築では一般も混在して大騒ぎしています。
私は、日本全国の公的でもっと日常的な駅・駅構内も
衆目監視の下に、流石に日本だといわれる建築をしないのでしょう。
駅ですら、この程度ですから、機関車・新幹線のデザインなど、
「少しだけ、鉄ちゃん」(=鉄道マニア)の私は、
職能もデザイナーですから、とても見逃すわけにはいきません。
駅の建築コンペでは、やはり、プロはここまで熟考している、
そのような素晴らしい提案を一杯見て知るのですが、
果たして、この新大阪であってもこの程度、貧弱で安っぽさは、
ものの見事に、動線など何も計画されているとは思えません。
最も、鉄道での移動で、出かけて帰ってくれば、それなりに、
なんとなく「帰ってきた」という感覚はありますが、
もっと、時代的性能性とそれぞれの街のセンターとしての機能を
存分にして、この時代を生きた公的熟慮性が伝統になるべきと、
私はもっともっと、駅・駅構内、その建築は重大と考えています。
いい加減、プラットホームと列車のデザインはやり直すべきです。

「駅構内エレベーターについて」
『駅舎もさることながら、鉄道には育たない美学』


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「ほんの少し『鉄ちゃん』ですから、言っておきたいこと」


   


     9月 4th, 2013  Posted 12:00 AM



『鉄ちゃん』というのは鉄道マニアのことです。
だから、ハッカーというPCネット破壊をする人は、
元々はMIT鉄道クラブの「鉄ちゃん」用語でした。
夜、大学に忍び込んでジオラマを変えてしまうマニアのことです。
私が、ほんの少しだけというのは、収集していたZゲージに今は、
触ってもいませんが、書店では鉄道雑誌を読み、
メルクリン社からは毎月新作のZゲージ案内に憧れています。
この男の趣味はワイフには通じません、とても無念です・・・
なぜ、鉄道が好きかといえば、それは母の実家にあります。
昔は福井には京福電鉄があり、まだ私が幼稚園に行く前に、
新福井駅から松岡駅まで電車に乗ることを覚えました。
観音町でドキドキして、松岡駅で降りたら大声で泣くのです。
必ず、駅舎では私がどこの外孫であるかがわかりますから、
駅舎から母の実家に駅で泣いている私のことが伝わるのです。
そうすれば必ず祖父が迎えに来てとても喜んでくれます。
私は祖父にしがみついてまたさらに大声で泣くのです。
祖父が来ないと、母の実家の使用人が来ます。
決まって隠坊が来ます。
彼らは当時私の家来だと思っていました。
私はすぐに泣くのをやめて、
「なんで、お前や」と言ったものでした。
京福電車で降りた駅(左上)は今では(左下)らしいのです。
京福3000系の電車ほどのシンプルな電車はもうありません。
だから、鉄道マニアの間でも京福3000系Nゲージは高価です。
もちろん、Zゲージに無いことが残念ですからいつか造らせたい。
私には、京福電鉄の運転席の後ろから電鉄進行の景観が好きです。
多分、子どもの頃のこの記憶は今も私の大きな景観論だと思います。
とても不思議なことは、鉄道マニア向け雑誌は今も健在です。
そして、毎回のテーマ、全ての雑誌の企画が素晴らしいことです。
先般、思い切って京福電鉄3000系をインターネットで調べました。
間もなく、京阪電鉄の「鉄道まつり」で敬愛する人と対談します。
だから、京阪電鉄の8058の運転席からの景観を毎晩眺めています。


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「風邪は日常性を破壊していました」


   


     6月 21st, 2012  Posted 1:40 AM



手術・入院は仕方なく「休筆」を告知して、
このブログを休んでいました。
どうしてもデザイン活動の主軸は「東京」です。
東京での仕事をなんとか責務を果たし、
帰阪すれば、というのも、結局は寝込みました。
なんとしてもふるさと福井でも責務を果たしましたが、
戻ってからもまったく回復せずでした。
ひたすら点滴治療やどうも防御不能の発熱という「風邪」は大変でした。
ようやくFBでコメントを入れたら、
皆さんがこれほど心配していただいたことは、
私の日常性がほとんど破壊されていたことを思い知らされました。
「風邪は万病の元」、
これは古来、日本大衆民族の警句でしたが、
元来は、「風邪は死病の元」を再認識しました。
「死病の元」というのは、
風邪を引いて下痢は、消化器系で老病死になり、
咳き込めば、これは呼吸器系の老病死を象徴しています。
私は、まだ、
命がけの手術をしなければならないのかも知れませんが、
改めて、「もっと時間が欲しい」とつくづく思いました。
デザイナーとして、理想主義と美学、
この「綺麗事に生きる」決意は、もう少し時間が必要です。
私のふるさと福井県は小さな県ですが、
「幸福度」や「子供たちの教育水準」、「働き者いっぱい」です。
サンダーバードという、鉄道マニアとしては、
それほど名車ではなく、浮動タイプゆえ「揺れ」が大きいですが、
これにあと何回乗るのでしょうか?
しみじみとふるさとを感じました。
親友たちは手放しで歓待してくれます。
いづれ、ふるさとへもう一度戻ることはないでしょうが、
この穏やかなふるさとも、経済的な厳しさにさらされていますから、
私は、私の信念で、率先させるべき日常性を維持し続けます。
ご心配をおかけしました。


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