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Posts Tagged ‘阪大病院’


『切手収集は子どもの頃から、そして今では趣味』


   


     9月 11th, 2016  Posted 12:00 AM



趣味という世界は、特に男にとっては
子どもの頃=男の子としてスタートするものです。
しかし、最近は○○ガールとか○○○女子というコトの方が増えました。
これが現代性では「いかに女性の方が優れてきた」かということです。
さて、自分自身は何でもすぐに趣味の世界に飛び込んでしまいます。
これは明らかに一人っ子であったことで、一人遊びに熱中していたからです。
自分の趣味性は、いわゆる男の子として知らないことを増やす癖、ゆえに、
切手、古銭、マッチ、牛乳の蓋、タバコのパッケージ、一升瓶の蓋など、
一通りそんなモノの収集癖が趣味の世界に近づいたのだと思います。
結局、美大進学から最終的には今なおオーディオの世界で、
それを職能とするデザイナーになりました。
最近も、阪大病院には郵便局があって、立ち寄れば切手を買っています。
が、それは手紙を書いたときには、季節毎や時代風を選んでしまうものです。
しかも、今では自分の切手も作品写真でつくることが可能になりました。
手紙を書いたときにどの切手を選んで貼るかは楽しみの一つになっています。

+切手は、日本の伝統色と浮世絵シリーズと東海道五十三次シリーズ

* 『書を教えるべきだったー和紙の味覚、趣味の聴覚を』
* 『ずばり、自分ぴったしのモノ世界のモノマガだ』
* 『ウォッチよりも妖怪メダルに意味がある、と思う』
* 「ブライスというたかが人形に、されどの本質」
* 『物欲によるモノの美と美あるコトへの自分』


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『コンセプトからイノベーションは起こらない』


   


     3月 6th, 2016  Posted 12:00 AM



「KK塾」は親友であり同僚、そして今や医学系研究科長の
澤教授にお願いしました。
おそらく、
TV医療ドラマでは有名な心筋の再生医療を知る機会だったはずです。
心臓移植では国際的な権威ですがそれこそ阪大の心臓外科医どころか
緊急医療医としても
医学界では相当の人間生死の現場で経験を持つ医師です。
ところが、
世界でそれも日本の最も慎重し過ぎる薬事法を
「ハートシート」適用させた教授です。
「ハートシート」は患者自身の腿の筋肉を培養して、
細胞シートを心筋シートにして患者の心臓に張り込むことで、
心臓移植どころか、心臓を再生させてきました。
この実績は
日本の薬事法を薬剤でもなく医療機器でもなく細胞シートを
日本の国内法に適用させてしまいました。
これは特に米国を刺激し、
今では世界中からメディカルツーリズムとして
阪大病院にての手術を可能にしています。
澤教授は、心臓外科医だけではなく、無論次世代の医師養成だけではなく、
大阪を中心とした「街づくり」の中心人物になっています。
私自身、私の心臓から身体は阪大にすべてを任せています。
工学研究科から私のミッションである「コンシリエンスデザイン講座」も
今では医学系研究科にて、医学・看護学・保健学、そしてその周辺から、
まだ発表待ちの医療機器、その動物実験、医療環境デザイナーなどは、
すでに、「コンセプトからのイノベーション」ではなく、
「ラインからのアライアンスイニシアティブ」として
やがて公表されることになることを狙っています。
「コンシリエンスデザイン」対「レジリエンスデザイン」は
まさにデザインの本質である発想は「コンセプト」からは逸脱しています。
「lineによってmagic balletなgigがgood vibes」になること。
「デザイン思考」がイノベーションを生み出すと勘違いしている
現代日本を変えます。
「コンシリエンスデザイン」だからこそ、
その実例を看医工学で実際例を紹介講演してもらいました。
生老病死をAIによるゲノムからの再生医療は
医療環境を超えて
新たな街づくりに向かっていることを知って貰ったと確信しています。


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「時代はグリーンだが、私の緑をしっかり確認!」


   


     4月 19th, 2013  Posted 12:00 AM



色彩論は40余年前に美大で強力に仕込まれました。
しかし、本当に「色・色彩」を全身で感じられるようになったのは、
車倚子の身になり、ふるさと福井の自然・田畑・空の利休鼠色でした。
グリーンと言えば、まさに現代色であり、商売色になっていますから、
グリーンは、私にとって軽薄極まりない色彩です。
ところが、緑・碧・翠はまさに自然そのものと、
エメラルドや翡翠の冷感があります。
だから、
緑と金色の伝統的な日本の組み合わせはまったく身体化しています。
ふるさと福井でどれだけの緑で視力を鍛えたでしょう。
名古屋時代は、
自宅間近に隼人池周辺の四季の緑を眼底に焼き付けていました。
大阪では、大阪大学の吹田キャンパスは日本でも巨大であるばかりでなく、
様々な植物があり、その緑の季節変化は見逃すことができません。
この画像は阪大病院入り口の緑ですが、多様な緑があります。
この色覚えてほしい、とスタッフや学生に伝えることがあります。
私にとって、色彩は「色彩論」というデザインの基礎学問であるとともに、
私の眼前で、その色彩の詳細を常に気遣って見ている色です。
私の持ちものはブルー系ですが、
このブルーと緑は常に対比する一番の色かもしれません。
したがって、パソコンでの文章作成は、薄緑系に青色の文字です。
そういえば、パソコンメガネでブルー色反応が取りざたされ、
あたかもブルー低減レンズが最適とか言われていますが、
確かに、モニター再現色でのブルー色云々より大事なコトがあります。
それは「ドライアイ」を防止することが最も肝要だということです。
さて、私は8割はブルー系のネクタイですが、
緑系はたった1 本しかありません。
まったく私に緑系のネクタイやマフラーは似合いません。
これが60 年生きてきた緑と身体の関係かもしれません。
それだけに、あの利休鼠色は確実に「緑系」であると私は思っています。
私がワイフに最初にそろえたバックや小物は、
すべて緑からスタートさせました。
その理由?
それは私なりの目論見がありました。
女性にとってのバーキンでは緑系は本当に少ないのです。
そこに私の色の計算があるのです。


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「ようやく・・・活動再開だ!」


   


     2月 24th, 2013  Posted 12:00 AM



今回のインフルエンザには、本当にいじめられました。
阪大病院に2度も入院し、
体調不備のまま、グアムに飛び、
帰国すれば、薬づけのままに企業やプロジェクト管理をし、
帰阪したら、退官届けが山のごとく残っていました。
まだやり残しがありますが、
体調不備のまま、ともかく、「眠って眠って体調を!」と。
さて、もうこれで大丈夫です。
「活動再開!!!」です。
しかし、まだ、「最終講義告知」も自分で確認していません。
この3月いっぱいには大阪大学を退官します。
けれども、現在の研究室にてそのまま国家ミッションを続けます。
「危機産業の創成をプロダクトデザイン主導する
 日本最初の重要拠点」にします。
危機管理デザイン賞を昨年8月に設置しました。
あいにく、わが国は、
3.11の大震災・大津波は原発大事故にまで連続しました。
自分の人生で、国難に接するなんてまったく想像もしていませんでした。
とりわけ、わが国は地震大国であり大津波の危険性を想い知らされました。
昨年7月2日には、前政権の中川防災大臣にプレゼンまでしました。
想像通りで、前政権は「政府ごっこ」に過ぎない、
なんとも情けない国家にわが国を落とし込んでいました。
この大苛つきを抱きながら、「何が私に可能だろう」、
「何が私の残された日々にデザイン活動になるのだろう」、
この想いは毎日上昇しました。
「いじめ・体罰・大犯罪など」と「国難」の国内、
領土問題と拉致問題の国外交渉を見つめながらも、
インフルエンザは自然からの暴力でした。
私は歩くことができませんが、
グアムでは自分をある訓練をさせてきました。
実際は、体調がもどらないかもしれないと思いつつです。
それでも、私は「生きる」ことよりも「生きぬく」ことを狙っています。
あらためて、インフルエンザを体験し、
阪大病院ではおそるべし強靱なウィルスも間近で見つめました。
「危機関係の産業をデザイン主導で創成させます」。
そのためなのか、私に元気が戻ってきました。
私の発言を、他人は「怖い」と言います。
「怖い」→「恐れる」→「恨む」という回路がありそうです。
そんなものに囚われている連中には、
「命がけ」になって向かっていくことになるでしょう。
「終章に向かって・・・消失点を見つめて・・・」がテーマです。


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「あらためて『最終講義』告知をします」


   


     2月 18th, 2013  Posted 12:00 AM



インフルエンザは、私の体調を相当に壊しました。
2度も阪大病院に入院しましたが、
自分で阪大病院に行くとまで言ったのは初めてでした。
しかし、退院翌日には、
ワイフの弟の結婚式でグアムに飛びました。
暖かくて、ゆっくり休みに出かけましたが、
丁度、あの大事件にワイフは1時間前にホテルにもどって無事でした。
大阪市に住むようになって、阪大病院への入院は慣れています。
しかし、大阪市の救急隊員はもう一度、トレーニングすべきです。
おそらく、各都道府県毎に救急隊員の装備から対応、
ユニフォームはまったく差異があるはずです。
「大阪市は最低」と断言します。
やり直さないと全く駄目ですね。
市長も気づいていなでしょうから、徹底検証します。
名古屋は最高でした。
装備、ユニフォームを見ただけで「安心」できます。
このところ、退官間際ですが、スタッフと学生たちが支援してくれました。
このFBでの皆さんも随分心配かえけてごめんなさい。
もうちょっとで、元気復活させて「最終講義」をします。
今回、グアムに初めて行きましたが、
アトリエを建ててもいいと思いました。
ともかく、まだやり始めたプロジェクトに関与する皆さんにも
大迷惑をおかけしました。
どれだけに、まだ、
私は仕上げておくべきコトをつくづくと思い知りました。
4月からは、新たな立場で、デザイナーとして目指すべき仕事をします。
特に、気になっているのは、「体罰=暴力」などの
「問答無用論」ばかりが、わが国ではまたまた平均発想ですが、
せめて、ソレル著「暴力論」という定本との評論無しでは、
とても「知的判断」そのものが野望です。
そのようなことも「最終講義」で語ります。

最終講義の詳細はこちら


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「散髪がシステムデザインされているから気に入っている」


   


     9月 17th, 2012  Posted 12:00 AM



車椅子になって、リハビリ病院を退院した直後、
私は東京のあるホテルで暮らしていました。
散髪はそのホテルの伝統ある美容室でカットしてもらっていました。
その担当の方が自店を持たれてからは、その美容室でした。
ところが、特に大阪では阪大病院に入退院が多くて、
阪大病院の美容室で十分でした。すこぶる上手な美容室です。
そして、最近は多忙さもあり、
羽田空港のこの散髪屋さんが気に入っています。
10分1000円=edyカードが使える私にとって、
なんだか嬉しい金払いが出来る場所です。
「散髪はここで」と言うと、みんながビックリします。
私は利用を薦めます。
なぜならこの店舗内の「合理的性能性+機能性」は体験するべきでしょう。
髪は自然と延びてくる物であり、
文明での散髪の歴史は、外科医の源です。
ハサミとは髪を切る用具効能だったということにつながっています。
この店で同席する人は、「禿げている人」が多いのです。
<禿げ頭なら経済的な効率性・コストパフォーマンス性は高い>
と、申し訳ありませんがそう思います。
読者諸兄で「禿げている人」、ちょっとごめんなさい。
幸いなことに私は、母方父方両方が禿げません。
だから、従弟が白髪長髪にしているので、
「なぜだ」って聞いたら、「禿げないで、ここまで長い」と、
見せびらかしているという冗談を言ってました。
私は、敗血症で重篤になり、生き返ったら、
髪が大量に抜けて怖い想いをしました。
ドクターは、あれだけの薬を使ったから後遺症であり、
はやくて2ヶ月、長くて2年で元通りになると告げられました。
なるほど、2ヶ月で抜けなくなりましたが、
最近は年齢のためか、髪にコシの強さが失われつつあります。
ともかく、散髪は羽田のこの散髪システムが気に入っています。
いつも、このシステムをもっとこうすれば、
散髪システムのデザインは高密度に完成度を持つとイメージしながら、
カットしてもらっています。
この夏は、思い切り短髪にし過ぎてしまいました。
だから、しばらく散髪は行かなくて良さそうです。


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