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「久しぶりに森政弘先生の講義を受講=幸運の一時」


   


     6月 22nd, 2017  Posted 12:00 AM



ロボット工学、その第一人者であり、
あの「ロボコン」生みの親、森政弘先生が久々に講義をされると、
東京大学の親友教授・生田先生から連絡があり、
ともかく絶対に行かなければと東京に日帰りで出かけました。
森先生は宮崎に居を移されていて先生は、「ロボコン」の今後、
そうしたNHKの取材で上京とか、その折りにいつものごとく、
大学の教授を集めての講義なのです。
大変高齢になられて90歳ですが、まったくお元気そのものでした。
例によって、ロボット工学を宗教学で語られるということで、
仏教・仏性・自然(じねん)・自己を中心に先生の講義を受講してきました。
毎回、目を覚まされる先生の仏教論から制御論は、
討論を主体にということでしたが受講者=全て大学のそれも著名な先生方、
それゆえ、一つのテーゼが出されると、森先生の講義がほぼ5時間でした。
私にとっては、講義や講演では、森先生のごとくを心がけることになります。
私は中学・高校と吉峰寺(永平寺第一道場)での禅宗の体験もあり、
道元禅師の話、いや解説はどの本を読むより明解で、あまりメモをとらない
そんなタイプの私ですが、2ページ、しっかりとメモそして紹介された書籍、
こうしたことは宝物として持ち帰りました。
先生の宗教論はそれこそキリスト教にまでおよび、
なぜ、日本人がロボットとの親和性があるかなど、アシモフを事例に、
脳内が洗浄される気分でした。
なんといっても先生の二元一原論、そして分別論での理解から理会は、
とうとう、先生としては「制御涅槃」をとの話になりました。
この詳細をデザイナーとして受け入れてそれを実現していくことが
私なりの使命と考えることができました。
当然、AIの今後や、なぜロボットは?に講義は展開されて、
ひたすら、森先生からの解答をいただけた幸運な一夜でした。
「電線にはどのように雪は積もるのか?」などは、
いかに自分の観察力が無いかを知らされました。


* 『華厳経に入ろうと思う・森政弘先生の講義から』
* 『今年早々、最高の講義を受ける・森政弘先生の仏教論』
* 『創造性そのものの自己開発を語る生田教授』
* 「資本主義という宗教・宗教としての資本主義・1」
* 「曹洞宗第一道場・吉峰寺での『薪』割り」


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『整理したTVオーディオ環境のスピーカーシステム』


   


     8月 21st, 2016  Posted 12:00 AM



自宅のTV環境、そのスピーカーシステムを全て整理しました。
最終的にはJBLのセンタースピーカーはエージングまでしたのです。
しかし結局、現在のWiFiでのワイヤレス化をじっくりと見てくると、
室内のスピーカーコードで7.1chの時代は終わったと思います。
なんとかワイヤレス化が可能ならというイメージはありましたが、
オーディオでのコードには、プロだった経験からも
相当に考え抜いた選択でもあったので、
幸いに今はwebsiteで確認できますから、
WiFiへの移行は経験者の意見を相当調べて決めました。
とりあえず、TV環境のスピーカーは整理することにしました。
LINN・JBL・DENONをすべて室外に出しました。
けれどもこの作業はどうしてもワイフに頼まざるをえなくて、
コードにしたところで、「なぜ?このコード」とか、
請求書を見て、「電線がこんなにするの?」との繰り返しでした。
今回、WiFiでコードレスになって、これだけがTV環境にあったことが
すべて暴露されてしまったようです。
オーディオコード、スピーカーシステムコードは、
「メーター当たりでこれほど高額」というのは男のオーディオ趣味では
とても理解されるものではありませんが、自分自身の経験でも、
これは当時、オーディオ論争で最も論議され、実験されたことです。
それこそJBL4343とパワーアンプとのコードは、
パワーアンプとの相性は絶対にあることは確実です。
したがって現在は4K液晶TVとTVアンプとのHDMIコードも、
自分で選んだ4種があり、これ以前にはやっておくべきことがあります。
室内にある100V60Hzの製流装置が必ず一定であるべきだと考えています。
まずスピーカーコードの端子処理は自分にはリッツ線デザイン経験からも
絶対に「劣化」させないコード処理が必要です。
オーディオ評論家には「コードぐらいで音質は変わらない」という意見は
それなりに認められますが、実際は相当に変化します。
今は3.3chと自分ではそれぞれのスピーカーシステムでのウーハー存在が
このWiFiを支えていると思っています。
確実に映画とコンサートのオーディオビジュアル性は、
サラウンド形式が新しい音像を与えてくれたと今は今なりに満足しています。



* 『IoTは、再度アナログとデジタルの融合が基本』
* 『オーディオの世界観は「感世界」で激しく動いている』
* 『カートリッジの性能をさらにアップさせるために』
* 「アンプジラ・パワーアンプ(電質)の音響聴覚」
* 『映像と音像を変えるHDMIケーブルの進化』


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『電柱はもう街の景観にはあらず・電線地下美化倶楽部』


   


     6月 27th, 2016  Posted 12:00 AM



電柱の存在は余りにも酷たらしい現状です。
電柱は犬がマーキングをする存在ですが、
それを見上げていくと、なんとその工事のいい加減さ、適当さに
ひっくり返らんばかりに驚き哀しまざるをえない出来映えに呆れます。
ところが、米国の果てしない荒野の一本道に、
木製の電柱が建っていると、その佇まいはとても美しいのです。
何が違うのだろうかとしみじみと眺め比べてみますが、
たとえば、このような仕事姿勢の違いがあるのではと思います。
「見てご覧、あの電柱は私が電線を張り、電柱が景色の
ひとつの表現になっているだろう」。
「あの電柱、ともかく仕事だから定時間に済ませただけ、
景観、それとの調和?知らないよ!みんな気づかないだろ」。
この意識で街中に見苦しい電柱が一杯あっても、
誰もが黙認してきたのが我々でした。
「電線地下美化倶楽部」があります。この倶楽部を立ち上げ、
提案をしたのは自動車大企業T社の元デザイン部長です。
名古屋工大教授もつとめ、オートバイ大企業のデザインコンサルタント、
旧知の仲です。しかも同世代、「最後の役割だね」ということで、
まず、メンバーを増やそう、そして、日本の醜い電柱写真展から、
ということで、スタートをかけました。
以前、水道管をすでにステンレスにしている地域がありました。
しかし日本は地震大国ですから
フレシキブルな地中水道管工事を、と思っており、
日本の「地下埋設工事全般」に新デザインを、
という提案に電柱も地下埋設。
ロンドン・パリは電柱ゼロです。
ジャカルタですら東京23区・大阪市と比べたら。
これこそ、貧しい都市なのです。

*『瓦礫に祈りを・・・デザインによる復興計画を』
*『この実例に世の中の無責任でいいかげんさが表れている!』
*『電線・電柱・地下インフラのやり直しデザイン』
*『電力会社を破壊し分散させるべき証拠・告発します』
*『スマホのアイコンはインフラ的な高品位性が不可欠である』


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『電線・電柱・地下インフラのやり直しデザイン』


   


     5月 14th, 2016  Posted 12:40 AM



有名大手自動車メーカーのデザイン部長から大学教授、
そして有名大手バイクメーカーのデザインコンサルタントの
K氏が代表を務める「電線を地下にする集まり」があります。
「電線地下美化倶楽部」を知りました。
私には、電柱を見ると、二つの識別があります。
一つは、変圧器の種別です。これはオーディオに関わります。
もう一つは、特に京都などでは、昔の地名が電柱にプレート表示です。
しかし、電柱と電線工事は「醜い」限りです。
この醜さは、電線工事の耐えがたいほどのいい加減な公共工事です。
ようやく、電柱は無く、電線を地下配線も大都市では当たり前ですが、
予算が無ければ、電柱と電線工事はこのまま、景観を台無しにしています。
許すべき事ではありません。
だから、この呼びかけ倶楽部には段々と人が集まり始めています。
私自身、電柱・電線、この醜さは撮り貯めています。
だから、展覧会で「やり直し、電線地下」を一緒に訴えたいです。
今やそろそろ水道管をステンレスにしていく地味な活動もあります。
こうした工事にデザイナーが必要だと思っています。
しかも、わが国の地盤は地震などに耐震性が必要ですから、
新素材の地下水から電線までを完全耐震の保護仕様が必要です。
ともかく、この倶楽部を大きくしなければなりません。
だから、私はこの訴求活動に、デザイナープロとして、
わが国のフレキシブルな耐震地下インフラをデザインが主導すべきと
真剣に考えています。

*『電気には「質」がありそれは正弦波測定で確かめられます』
*「電力会社を破壊し分散させるべき証拠・告発します」
*「USBからワイヤレス化と電磁波空間」
*『建築家よ、吟味すべし仮設住宅建設を』
*『私の大疑問は電力というエネルギーへの不配慮』


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『この実例に世の中の無責任でいいかげんさが表れている!』


   


     12月 11th, 2014  Posted 12:00 AM



駅舎の屋根裏に、それなりに機能実装をしていることですが、
まるで、やっつけ仕事であり、
この設計担当者には確実に教育を受けたはずですがやりきっています。
確かに、必要な現代性的技術表現はかなっているだろうし、
ホームを利用している人間も気づいて無視を決め込んでいるのです。
せめて、コード類のカラー表現ぐらいするべきでしょう。
この配線などどうでもいい人間には、無視で構わないでしょうが、
私には許せない。絶対に許せないのダ!と叫びたいほどです。
電柱の電線もこれに等しく、ただ張り巡らせばいい、それが賃金仕事。
それで「構わない」仕事だ、という風潮が間違っていると思います。
この風潮を正すことは、重い仕事だと思っていて、疲れ果てました。
経済とは経世済民を略した、いい加減さがあり、
経営とは、経世済民運営をもっと略して経営なのでしょうか?
いえ、経営とは金儲けの手段にしてしまった貧しさにしたのです。
そんな経営者ばかりが脱税など才能と言い張っています。
貧しさとは、この屋根に取り付けられた配線函そのものです。
日本には、武士道があり、食わねど爪楊枝の真意、極意にまで、
我々が生涯を賭し近づくために生きのびて死を迎える哲学でした。
この哲学に貧しさこそ美学、美学ゆえ貧しさは誇れることでした。
さて、この配線函は貧し過ぎるはずです。これが象徴なのです。
これは「フツウ」なことでしょうか?
フツウが美しいわけはないのです。
フツウの取り違えは、平気で盗作を行います。そんな制度は許せません。
いい加減な連中が、ブームだ、流行だと喧騒化を仕掛けています。
こんな仕事を選ばなかったことは本当に幸運でした。
私は躊躇無く、正視することができます。
正視できる幸運さがあるから、この配線函すら許せません。

『私の大疑問は電力というエネルギーへの不配慮』


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