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Posts Tagged ‘電話’


01月02日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 2nd, 2018  Posted 12:00 AM

01月02日 友引(甲午)

留守電モードになった電話から
口笛の音が聞こえると、
彼らは電話のそばで耳を傾けて
聞いているらしい。

こうした飼い主と愛犬の関係間隔から
ロボットを発想していくことが
必要なのではないかと思う。



『デザインは言語道断』花容


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『スマホは使用感だけでは技術進化は見えない』


   


     12月 28th, 2016  Posted 12:00 AM



ケータイ、スマホ、という日常道具の使用感の進化は、
目を見張るべきです。
しかしスマホの進化はいわゆる使用料の廉価競争に巻き込まれていて、
進化技術と日常道具感、さらに所有感に大きな差異性が出てきました。
その使用感は電話使用料の企業競争にかき消されています。
友人がスマホの使用料廉価性で使用感どころか、
所有感を失っているコトを見て、私は厳酷したほどです。
なぜなら、
もはやスマホの使用感はおそらく私の選択が最も的確でしょう。
まず自動車制御、時計制御、メモ制御、サイフからカード制御、
そしてオーディオ制御にまで及んでいることです。
とりわけ電話通信の使用量ほど不明点が多くて、
結局、自宅WiFiまで、全てを変革させましたが、
自宅のシステム対応は完全に無理でした。
つまり、どこまでWiFiや赤外線対応で、
TV、照明、オーディオ、電話、だけで無く、
デジタルアッサンブラージュはまだ制御システムに苦労をしています。
自動車制御、時計制御、クレジット制御には、まだ自動車も時計も、
結局は所有感を超越した進化はしていないと指摘しておきます。
無論、オーディオでのWiFiはとてもHiFiには及んでいません。
残念ながら、
使用感だけでのファッション性はアイデンティティを欠落させ、
時代の進化技術を見失わせることになります。
それは所有物としてのスマホで確認することができます。
所有感が使用感を決定させているのは、
残念ながらすべて海外の著名ブランドに支配されていることを
打ち消すデザインが絶対に必要だと確信しています。



* 「スタートレックという未来考古学のメディア」
* 『ファッションも完全完璧な信用・信頼・安全・安心だ』
* 「C.I.デザインの源流としての思想」
* 『改めて自宅玄関のデジタルアッサンブラージュ』
* 『電子ペンはすっかり日本開発が海外に負けている』


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『電話・電話機、通信環境の変化は社会革新を成す』


   


     10月 15th, 2016  Posted 12:00 AM



電話、そして電話機は自分の記憶の中では、黑電話。
プッシュホンがあり、また美大時代には、
デザイン課題に「電話機デザイン」は先輩がやっていたと思います。
電話の歴史は、まずは音声が遠くから聞こえてくるという発明から、
現在のスマートホンに至りますが、自分にとっては、
何と言ってもデザイン対象として、パソコンとの関係があります。
インターネットからSNSはコミュニケーションのそれこそ、
社会問題や性悪説の助長になっていると言っても過言ではないでしょう。
おそらく、電話の発明から通信体系のアナログ・デジタル、
さらには、通信ネットワークはBBSやDIALOGUE、Apple Link、
そして今や空気となっているインターネット。
おそらく自分は生き字引のごとく黑電話から衛星回線でのネットワークまで
資料もあって語り尽くすことができると思っています。
そして問題は、この電話がケータイとなり、これからのスマホが
未来にはどこまで、それこそコミュニケーションを拡大させてくれる?
この質問の前に立たされていることへの態度の問題が残っていることです。
特に、デザイン対象としてきたデザイナーにとっては、
ケータイにカメラがついてインスタグラムどころではないコトがあります。
新たな通信環境、この拡大が人間社会の根底を
それこそ、政治形式を変革させて社会革新にまでいたっているのです。
この想像力にかかっていることを想い知らねばならないと思っています。
ポケモンどころではないことに、ケータイに「かたち」が変えるでしょう。



* 「逃走の手立ては、情報変革化による学際化」
* 「 Media Integrationに向かってきた系譜・1」
* 『SNSを創造的破壊させるデザインが必要だ』
* 「電話の進化は国内通信形式に問題あり」
* 「ネットワーク認識は自身の共時感覚であることだ」


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『閏年の2.26=67歳なり』


   


     3月 1st, 2016  Posted 12:00 AM



2月は奇妙な月です。
4年に一度閏年、29日まであります。
私は2月26日生まれでギリギリ良かったのかもと思います。
しかし、2.26とはなんとも危ない波乱がかった生年月日。
早生まれでした。
今年は体調も良く、ヨーシ、大学まで車で行くぞ、となり、
ガレージからワイフに車を出してもらったら、
「アレっ?エンジンがかからない」
故障か?
バッテリートラブルか?
何のことはない。運転の仕方を忘れていただけでした。
何しろ、私の車は片手でハンドル、片手でアクセル・ブレーキ操作。
気づくと、いけない、いけない、すぐに高速になってしまいます。
キャンパスに入って、車から電話、
「僕、着いてるけど、パーキングの車どかして〜」。
助教が仰天しているのを思いっきり楽しんで、
プロジェクトを一つ一つチェックして、夜は新御堂を走って帰宅。
そして目覚めたら、な、なんと風邪を引いてしまいました。
体はなんだか浮揚していてとうとう訪問ナースの方に2日も点滴。
仕事がつまってきているし、そういえば、姪っ子は受験だったし。
「師走」というのは、歳末では無くて現実は2月です。
2月は卒論や修論発表、そして入試と先生は大忙し。
僕にはバレンタインがあって、誕生プレゼント、お祝いメール。
特に、プレゼントは「なるほど・・・やっぱり才能がある」と
決定さえできます。
今回67歳にもなった僕には、メールが圧倒的でしたので、
ここで改めて御礼をしておきます。
さらに、プレゼントには「流石に」と僕をうならせてくれた
元スタッフや元教え子には絶対にそれ以上の御礼をするつもりです。


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『研究室のMac環境は最高性能の自分デザイン』


   


     12月 21st, 2015  Posted 12:00 AM



私の大阪大学吹田キャンパスにある研究室、
そのデスク上にあるMac環境システム装置です。
モニターもキーボードも私自身のデザインであり、
商品化されている商品として、
これ以上の商品性能とデザインは無いでしょう。
このコンピュータ・モニターはすでに販売はされていませんが、
現在もこれ以上にスペックをもったモニターは存在していません。
このモニターは当時、エンジニアが技術上「これ以上はありえない」という
その性能パフォーマンスをすべて商品化させることを条件にしました。
そして、この技術とその表現=デザイン=問題解決が果たした結果、
未だにこの商品を超えたモノはまったく存在していないということであり、
私の研究室ではすべてこのモニター主体になっています。
キーボードも平面であり、これ以上のキーボードも存在していないのです。
モニター・キーボードの性能性がここまでであれば、
MacもSPも、さらにBluetoothの電話も、iPhoneと直結しています。
当然ながら、製図台も今ではもうあり得ないドラフターは、
二台を私用ながら置いています。
正直、製図台はインテリア要素になってしまっていますが、
製図・ドラフターとしての調整は正確無比に常にしてあります。
いずれ、退任したなら自宅にはこのドラフターで手描きで
ドラフトやレンダリングをしたい!という要求は消えていません。
もっともそのときには、このドラフターサイズのパッドで、
スタイラスで絵画から図面までができるようになっているかも知れません。
本来、私の研究室は壁面には水が流れているはずでした。
それは電磁波=2.4GHz or 5.0GHz、Bluetoothを遮断するつもりでした。
しかし、文科省では無理でしたが、
それでも国立大でここまでの研究室はありえないと思います。
私は研究室には一切書籍を必要以外は持ち込まないことにしています。
大学では読書はしないことが基本です。
書籍データを必要とするなら、それは別室でやるべきです。
大学人の研究室の平面が書棚になっているのは、
すでにそのような書籍に取り囲まれているのが「教授」ということ自体、
大学人のクールさを私は放棄していると思っています。
幸いに、私は工業デザイナーなので、
モニターとキーボード、そしてメガネが自分デザインであるという
これは大きな幸運でした。
名古屋市立大学時代は、メルクリン・鉄道Zゲージがありましたが、
現在の研究室には、趣味であるオーディオ装置が置いてあるだけです。


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『創造性そのものの自己開発を語る生田教授』


   


     12月 2nd, 2015  Posted 12:00 AM



「KK塾2015」第二回目は東大大学院・先端科学技術開発センター教授の
生田幸士先生に、講師をお願いしました。
一昨年の「KK塾」でも講師をお願い、大阪で開催していましたが、
今年度からは大日本印刷の支援もありDNP五反田ビルで行っています。
生田教授とは親友であり、すでに20年近くお互いの研究開発を熟知。
出会いは、名古屋市立大学芸術工学部に「ロボット領域論」を必要とし、
彼がが名古屋大学教授時代からの付き合いです。
名古屋時代には、国立大学と公立大学の単位互換制度を最初に創りました。
どれほどの障害があったことでしょうか。
ところが今、
名古屋地区での国立大・公立大の単位互換制度は当然になっています。
どれほどの障害に二人が闘ってきたかは、
当時の障害を与えてきた周囲には全く未来が見えていませんでした。
今回は、生田教授が世界で最も小さなマイクロナノロボット、
それは血小板サイズの医療ロボットの話よりも、
創造性開発を、自分が高校生時代から身体化してきた経緯を中心に、
創造性開発の教育、その原理原則を講演していただきました。
特に、「ブームを追いかけることの無意味さ」には
聴衆の大きな賛同が具体的な実例紹介で明白になったようです。
これには、最先端でのロボット開発が目立っていることよりも、
学生への創造性開発、その教育実例を彼の出身高校時代から
留学時代、九州工業大学時代、名古屋大学、東京大学での
現在までの彼の教育手法が聴衆を引きつけました。
私も、彼の恩師であるロボット学者である森政弘先生の
それこそ遺言講座に引っ張り出されることがありますが、
それはロボットや工学ではなくて、宗教哲学からの創造性育成が中心です。
私たちは、お互いに電話をし合うと、長時間の会話になってしまいます。
今、東大では最もTV出演が最も多い教授だと思います。
彼には、ロボット学者ゆえ無論、鉄腕アトムがあり、
そのイラストは子どもたちを釘付けにしますが、
SF映画「ミクロの決死圏」を実現するのは、
彼のマイクロナノロボット開発です。
さらに、「化学IC」なども、今では3Dプリンターと言われていますが、
彼も私も光造形を日本では最初に、彼は光造形でマイクロナノ造形を行い、
私は人工臓器デザイン開発の創始者と言うことができるでしょう。
彼の余りにも膨大なプレゼン画面から、
私との対談はむしろ、会場からの質問にも応えてもらいました。


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『工業デザイン教育での「手」のトレーニング』


   


     9月 6th, 2015  Posted 1:00 AM



美大時代、レタリングの実習は本当に厳しかったのです。
デザインストロークは、当時は丸ペンで合格が出るまでであり、
私は9枚描いてやっと合格。一枚が18時間かかりました。
その後には、カーペンターペンシルで、
手描きでアルファベットを描きながら文字の構造=書き方を習い、
それを決して定規を使わずに
セリフ体・ノンセリフ体をCaslonからFutura
そしてScriptまでを合格が出るまで、
一年間徹底的にやることで、
水平・垂直、そしてヘアーライン調整感覚が身体化するまでやりました。
私は当時、それをもっと論理的に知り尽くそうと、
この本は高額でしたが、
読みあさって自分になんとしてもレタリング論理を知ろうとの想いでした。
従って、社会人大学(鯖江市でSSID・市長二人で17年間が3人目市長潰す)
大学人になってからもデザインストロークや、
文字構成やレタリング・ロゴタイプは実習で徹夜は当然にやらせました。
この授業が厳しいというので、親御さんからは苦情の電話までありました。
それには直接に私が応えました。
「承知しました。学生さんに私の部屋に来るように」と。
「どうする気なんだ」
「わが校は公立大学(名古屋市立大学芸術工学部)ですから、
即刻,退学届けをご本人に」、
すぐに電話が切れて、学生達にこのようなやりとりが合った旨を伝えると、
翌年からはこの授業には親御さんからの苦情はゼロになりました。
大阪大学大学院では、時間が限られているために、
この教育はもっと厳しく行いました。
大阪大学大学院では、全てをデザイナーにするつもりはなく、
JAXAや警察官僚まで様々に「デザイン」のそれこそ、
ロゴタイプやレタリングは「手」の訓練を最重要視しました。
最近、デザイン業界はひとくくりにされています。
決して、トレースなどといういい加減さはありません。
トレースとはレタリング手法で言えば
まずカーペンターペンシルでトレーシングペーパーに下書きをして、
その裏面を鉛筆粉で塗ってから、準備原稿に手で移す作業です。
トレースとは、PCを使ったコピー&ペースト作業ではありません。
レタリング・ロゴタイプをあくまでも「手作業」で訓練しない限り、
PC上でのレタリング=書体構成でも
カーニング=文字間隔の調整はできません。
少なからず、グラフィックデザインの最近のデザイン教育内容では、
工業デザインの「構造」は語れるわけがありません。


「手を頭脳化するトレーニング=デザインストローク」
「デザイン基礎力の一つから現代社名ロゴをみると」


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9月22日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     9月 22nd, 2014  Posted 12:00 AM

9月22日 丙申(赤口)



戦略立案は
デザイナーの実力に直結した力量である。

特に、企業戦略でのデザインは、
コトのデザイン、
つまり「情報化戦略」である。

電話はかけた回数しか
かかってこないが、
情報はその発信化が戦略の中心。
そしてその情報化デザインは
「美しいコト」が求められている。

「川崎和男 強い人弱い人」


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『現代妄想には闘い続けなければ大間違いの世情になる』


   


     1月 11th, 2014  Posted 12:00 AM



TV放映では語り継げないことが多いことは明らかです。
しかし、私の表情を読み取った人たちは多かったのです。
私の恩師はすべてを読み取って二つの感想の電話がきました。
私がプロとして相当に押さえた発言をしていたかということ。
それでもTV出演しているだけの演技もデザインには必要。
私は今この日本が、特に大企業が国家を支えられず、
しかも若い世代は大企業への信頼感すら失っています。
しかし、やはり大企業だからこその真の力、
その偉大さ、尊大さと矮小さまでを識り尽くさない限り、
ベンチャー企業の起業能力は妄想にすぎないものになります。
いくつもの企業体験をしてきました。
特に、モノづくりとコトづくりをそれぞれデザイン対価で
評価判断もしてきました。なぜなら、デザイン対価にこそ、
デザイン職能の価値が規定されているからです。
結果、海外は明快にデザイン対価を取り決めます。
わが国でのデザイン価値とは大きく異なっているのです。
つまりデザイン成果価値をProfitとBenefitで峻別できます。
わが国のデザイン成果価値をそれこそベンチャー企業ですら、
未だに理解どころか分別もできないのです。
そのような企業が30年も存在することは不可能です。
Profitとは「金銭価値」=純利益であり、
Benefitとは「印象価値」=ほぼ経常的な利益と考えられます。
まず、「デザインする」という価値を、
デザイン対価=Profit+Benefitに出来る起業家には才能が必要。
もう私にはその才能も見極めがつくようになってきたと思います。
この自負心が正直に私には表情に出てしまうようです。
恩師にはそれを見透かされていましたが、まだ闘う覚悟です。


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『私の護り神は恩師から授かった加賀の『出世頭』』


   


     10月 8th, 2013  Posted 12:00 AM



フリーランスになって以来、いつも相談をし指導を受けました。
大学人になるとき、学長候補になったとき、大学転籍のとき、
「やっとその気になったか、君の使命だよ」と言われてきました。
その美大時代の恩師はもう居ません。
命日には、先生の奥様と手紙や電話で話をします。
「加賀の出世頭」です。
学位を取得したときに先生に知らせると、これが届きました。
先生が逝かれてしまってからは、
ともかく、この「出世頭」に話しかけることにしています。
「先生、これからこれをやってみます」、とか、
もう迷いに迷っているときには、
先生が存命中、電話をして、時には泣いてしまうこともありました。
60歳還暦になって、
「先生、まだ少し大学でやっていきます」と言ったとき、
「定年までは大学で好きなことをやりなさい」と言われました。
これが、金沢で先生との最後の会話でした。
ある日、奥様から電話いただきました。
「行きました(逝きました)から、伝えますね」と。
「えっ、こちらに来られるですか?」
「いえ、あちらに逝きましたことを伝えますよ、遺言ですから」
「では、すぐに金沢に行きます」
「必要はありませんよ。もう初七日が終わったのです」
「・・・・・では、誰も知らないのでしょうか?」
「はい、あなたに伝えることで構わないとの遺言です」。
それから、まず、私は大学の同期に伝え、後輩に伝え、
彼らから大学にも伝わりました。
いかにも先生らしい、この世からあの世への姿勢と態度でした。
このところ、この「出世頭」に語りかけています。
先生、解答が欲しいのです。
日本は国難なので、最期の仕事に精進しますが、どうすれば?、
生まれ変わったら、また、この先生に学びたいと思っています。


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