kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘頭’


07月07日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 7th, 2017  Posted 12:00 AM

07月07日 赤口(乙未)

「頭がきれる」ということと
「キレる」というのは、
まったく意味が違う。

「きれる」道具として
コンピューターを日常化できる時代に、
私たちが「四区分別」して、
涙を流す「大切さ」を
現代のなかから発見できないならば、
生きていてはいけないのだ。



『デザイナーは喧嘩師であれ』四区分別


目次を見る

04月14日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     4月 14th, 2017  Posted 12:00 AM

04月14日 友引(辛未)


思いつくこと、
思い込むこと、
いずれも、
誰にでも出来る。
しかし、
「思いやる」ことは
頭の良さである。



川崎和男の発想表現手法


目次を見る

04月09日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     4月 9th, 2017  Posted 12:00 AM

04月09日 先負(丙寅)


軽薄な思い込みも
重厚な思い込みも
経験資質で
「頭の良さ」を
表していると明言します。



川崎和男の発想表現手法


目次を見る

04月09日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     4月 9th, 2017  Posted 12:00 AM

04月09日 先負(丙寅)


軽薄な思い込みは
見識不足が原因であり、
重厚な思い込みは
経験過多に起因する。
いづれも
「頭の悪さ」を露見している。



川崎和男の発想表現手法


目次を見る

04月06日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     4月 6th, 2017  Posted 12:00 AM

04月06日 赤口(癸亥)


「頭の良さ」とは、
思いつきの、その姿勢である。
思いついた軽薄さ
思いついた重厚さ
このいづれかが伝わるかである。



川崎和男の発想表現手法


目次を見る

8月31日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     8月 31st, 2016  Posted 12:00 AM

8月31日 大安(乙酉)


想育は、頭がいいか、
それとも悪いかを
決定的に決めます。
それは、
学業や勉強が
出来る出来ないでは
ありません。

どこまで、想像力が
その人にあるかないかです。



川崎和男の発想表現手法


目次を見る

7月3日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 3rd, 2016  Posted 12:00 AM

7月3日 先負(丙戌)


頭「脳内」での発想より
「手」での発想は、
これまでも
「手」の訓練が必要であった。
それこそ、
岡倉天心が
東京美術学校(現藝大)でも
運筆は必須科目であった。



川崎和男の発想表現手法


目次を見る

7月2日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 2nd, 2016  Posted 12:00 AM

7月2日 友引(乙酉)


思考とは頭、
脳内の活動だけでは無い。
特に、
デザインでの発想となれば、
それは「手」で発想する行為だ。
だからそのために、
「手」の訓練が必須である。



川崎和男の発想表現手法


目次を見る

『参考人としての内閣府内会議にて・・・』


   


     6月 2nd, 2016  Posted 2:00 AM



昨日は「Ship of the Year」の審査会に出席し、
建築界の大御所とデザイン界の大御所(=恩師)と、
そして船長界のトップが審査委員長にて審査は連続して互角、
自分の職能上的に決して意志決定を譲らない、に感激をしました。
それぞれの専門職能界を背負う重責を目の前で感嘆しました。
連続して今日は内閣府に参考人として、
将来の政策会議に、親友の建築家・内藤廣氏と参加しました。
内藤氏はこれからの都市計画やオフィス環境の激変に対して、
さらにはまた、東日本大震災の復興計画も持ち出しながら、
時代革新での「日本ならではのコミュニティ観」について、
確固たる発言をしました。
「内閣府にて参考人意見とは?!・・・ん?」とも明言していました、
自分としてはようやく「コンシリエンスデザインでの完全無菌と抗体保健」を
きっちりと15分でプレゼには音楽も使い、浮いた感覚がありました。
委員の方から、「アレルギー対策での疑問」が自分にむけられたので
アレルギーとはギリシア語の「変化」と「力」から抗原と免疫、
そして大まかなアレルギーの現代分類を語ってしまいました。
内藤氏からは、川崎はこの場でまた負けず嫌いな反論をと言われる始末。
しかし大阪大学は「免疫」に関しては世界でもトップの研究集団であり、
万一大阪大学のしかも医学系にいながらアレルギーを抗原と免疫体系すら
もし応えられないとはとの批評が頭を過ぎりました。
しかし幸いにも重要な立場の方が二人とも
自分デザインのメガネ愛好家であり、
「医工連携」よりも
「看医工学」で「安心」が語られたことを喜んでいただきました。
内閣府にてIoMeT=Internet of the Medical Thingsと
コンシリエンス・レジリエンスデザインを語ることができました。

*『権威権力者を「演じる覚悟」を見せた建築家』
*『建築家の主張を、反撃反論にすべきを望む』
*『商品が記号となった実例・私の体験と確認』
*『コンシリエンスデザイン看医工学の危機解決対象・MERS』
*『IoTは、再度アナログとデジタルの融合が基本』


目次を見る

『資本主義からの逃走』
 「*準から外れ始めた日本のデザイン解*」


   


     3月 13th, 2010  Posted 1:20 AM

最適解
一般解と特殊解がデザイン応答・回答・解答にはあります。
デザイン解というのは、一般解であれ特殊解であれ、
「最適解」を求めなければ、それはデザイン解ではありません。
私もすでに40年もデザインと向き合ってきて、
常に、それこそ1日たりとも「デザイン」が体中にあります。
血液にデザインが入っているという感覚に襲われます。

水面に風が吹けば、波立ちます。
その波立ちが大きく揺れているのがまったく穏やかになる、
それを「準」と言うそうです。
基準・水準・標準
基準・水準・標準がその準の状態を定義しています。
そこで、私は「準解」という言葉を自作して、
「最適解」はこの「準解」、
三つのどれなのかと再考することにしています。
「最適解」は、基準解・水準界・標準解になっているだろうか、
自分に突きつけるのです。
● 基準解というのは、もうこれで基準=basisは成果だろうか。
● 水準解は、たとえ特殊解でもaverage /levelは保っているだろうか。
● 標準界は、とりわけ一般解では、これがstandardだろうか。
特殊解なら、必ず標準解として一般解へと展開してくれるだろうか。
こうしたことを考えぬいています。
ところが、最近の日本のデザインには「最適解」がありません。
デザイン解が「かわいい」とか「きれい」とかだけに、
寄りかかっていたり、単なるパロディやギャグは、
ガジェットだからそれでいい、なんていうことが目立っています。
これを「デザインの多様性」だということは大間違いです。
だから、日本のデザイン、その質が低下してきたのです。
経験を積んできたデザイナーとして、
警告をしておかなければなりません。
デザインの本質=最適解
デザインの本質=問題解決の解答=最適解は、
本当に「難問中の難問」を解いていく作業であり、手続きです。
頭脳、頭の中に汗をいっぱいかくほどの作業です。
だから、川崎和男のデザインは好きになれないとも言われます。
それは、形態の好き嫌いはあるでしょう。
好き・嫌いでの判断は第一段階であり、
自分の価値観に、最適解を判断力を欠如している疾病があるのです。
多分、数理的判断が大欠落していると最近は診断しています。
最適解には、「清潔」・「簡素」・「簡潔」・「明快」・「快適」が
ふさわしいと思っています。
かわいくても不潔であり、
きれいでも不明感があり、
かっこよくても、「不快感」があるデザインが増えています。 


目次を見る

1 2