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Posts Tagged ‘飛行機’


『Zゲージで再確認するトランスポテーションの美しさ』


   


     1月 6th, 2017  Posted 12:52 AM



私はちょっとだけ恥ずかしながら「鉄ちゃん」です。
ただし、のめり込んでまたまた懲りまくってはいけない、
その自制として、
子どもの頃から憧れていたZゲージのメルクリン鉄道模型、
それも、極めて自分の想いも絞り込んでいます。
もう随分前には、メルクリン俱楽部がありました。
しかし、コレクターが減少し販売店も激少しましたから、
その俱楽部(入会審査とても厳密)も消滅してしまったというわけです。
メーカー自身が経営危機にまでなったのです。
蒸気機関車なら、ヒットラー命令での当時の「高速列車」は
ナチス評価を離れれば、高速性はとても見事で大好きな列車です。
オリエント急行や、赤十字の病院列車などが、私のコレクション自慢。
今では、月刊でのメルクリン誌とそのwebsiteにわくわくします。
なかんずく、私がトレーラー列車は、液体運搬車がその存在、
それだけでもとても美しいので、
HPでのオークション探しをすることがあります。
とても高額なモノがあります。
石油輸送は当然ながら葡萄酒運搬やビール運搬と、
もう絶対にその性能美が機能性を引き出しています。
男の子にとっては、車、列車、飛行機、船舶はなぜか、
わくわくさせるモノです。
デザイン教育者としてはカーデザイナーは数人育成して、
教え子全てを企業留学させました。
船舶は海洋デザイン戦略論を教え、Ship of the Yearの審査委員ゆえに、
こうしたトランスポーテーションは何と言っても性能性で、
すでに美しさを確かめてこそ、機能的な美ある乗物だと思います。
そのコレクション性は確実な美しさ発見の動機になると思っています。



* 『メルクリンの世界も私の憧れのコレクションだ!』
* 『やっぱり造り込んでしまいましたが・・・』
* 「医・職・趣だからこそ今さらながらNゲージ・いいな~〜〜」
* 「ほんの少し『鉄ちゃん』ですから、言っておきたいこと」
* 「遠くへ行きたいからという本能」


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『超軽量で収納コンパクトな電動車椅子をめざして』


   


     11月 3rd, 2016  Posted 12:00 AM



「車イス」で不可能なことはいっぱいあります。
中でも、階段を上ることは不可能ですが、
ほとんどプロとも思えるバスケットの選手が、
リハビリ訓練で階段上下動見たことがありますが絶対に不可能です。
エスカレーターでは登り専用では介護を伴って試したことがあります。
これは地震の際は、エレベーターは全く使えません。
今では階段を上下可能の車イスは
車輪そのものが無くてキャタビラ車輪はありますが、
自分が試したことが無いので使用感はわかりません。
さらに、浮力性があって潜水可能な車イスは見たことがあります。
現在自分が使用している車イスを越えているのは2台程度、
その中でも電動車イスは相当に出てきましたが、
自分が採用し使用しているのは、折りたためることと軽量でも20Kg。
車載、さらに海外への飛行機では、何度もトラブルを経験しましたが、
ADA法(USAでの身障者保護法律)通過していることを理由に、
あとは、リチウムバッテリーゆえに機長判断になります。
これまでは一人称デザインでの車イスゆえに、自分専用でした。
そして街では見かけられないことから、調査までされましたが、
美術館やハウジングメーカーさらにはオーダーメードに徹してきました。
哀しみのためのデザインをCARNA=スニーカーのような車イスから、
新たな素材や車輪で超軽量で収納性での
コンパクトな電動車椅子がようやく見えてきました。


* 『レコード盤に五塵ありなのだろうか、ならばその塵を取る』
* 「現在使用のバッテリーパック・・・携帯電力を再考」
* 『 インクルーシブデザインとは「人称デザイン」である』
* 『盟友のエッセイから思い出した=スタイライゼーション』
* 「デザインは皆無だ!・・・誤りのデザイン」


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『三人称電動車椅子デザインの超軽量性能・完全な収納機能』


   


     11月 2nd, 2016  Posted 12:00 AM



「スニーカーのような車椅子・CARNA」は、
走行性能と身体保持性能が軽量化と収納性の機能を満足させました。
そして、「電動車椅子」においては、
超軽量化と収納機能性を完全にしていくことを目標にしています。
軽量化性能を目的にするなら、次の三つの方法があります。
・部品それぞれを半分の重量にすること
・部品性能を残したまま部品点数を最小にすること
この二つを満足させるには加飾性を無くすことです。
収納性には、タクシーや飛行機での収納性を最小にしなければなりません。
CARNAは飛行機収納では決して海外でも壊れないことを立証してきました。
走行性能部は飛行機収納されても全く壊れないことです。
そして身体保持シートも折り畳んで、飛行機内に収まります。
車椅子は決して、それを収納するために新たな構造体は不必要です。
そして、絶対に収納においての折り畳み=foldingは不可欠であり、
看護ではなくて介護である医療的な配慮に徹しなければなりません。
理想は人間が車椅子に乗っていても浮力性が必要だとさえ思っています。
軽量化+収納化を完全に果たすには信頼・安全性が必要だということです。
現在、ここまで完成している車イスは全くありません。
そして、インドアユースなのかアウトドアユース、
さらにはフォーマル性とカジュアル性までが求められているのです。
現在その可能性を持っている電動車椅子は「たった一点」しかありません。
そのことを二人称デザインとすれば、
自ずと三人称デザインが簡潔と完結するでしょう。



* 「モードからファッションへ、そして遡及する記号の再生産」
* 「日本のモノづくりが構築すべきこと」
* 『 インクルーシブデザインとは「人称デザイン」である』
* 『「真善美」をプラトンに教えられたから生きてきた』
* 「『まさか』=想定外をめざす詳細造形」


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『海事関係にデザイン介在という使命』


   


     6月 1st, 2016  Posted 12:00 AM



すでに26回目となる「Ship of the Year」の
最終審査会に出席しました。
すでに日本船舶工学会にて応募から選別された
昨年度の造船すべて、客船から漁船まですべての船舶、
その審査会は、造船工学・製造から海洋、海事、港湾、漁業まで
海事関係から海洋気象、最近では環境適合性から新エネルギーの提案まで
応募企業からのプレゼンテーションを受けます。
プレゼ後には相当の専門用語で詳細な質問とその応答が飛び交います。
「Ship of the Year」は恩師が設立されていて、
自分も「関西海洋教育アライアンス」にて、
大阪府大院・神戸大院・大阪大院で「海洋デザイン論」を
教えたことや、この審査員でそれなりの知識を獲得してきました。
しかし、船長会の名誉会長や建築、海事マスコミなどで
自分自身も相当に鍛えられてきました。
恩師からは、海事関係にデザインの職能を介在させることが使命ですが、
まだまだ船舶や海事・港湾関係は「デザイン」=デコレーション意識です。
ところが、今回は大阪大院卒から「先生!」と声をかけられました。
この審査会は、最初は相当に難しくて「海洋デザイン論」講義のために、
自分なりにも熟読ノートづくりなどをしてきました。
最近では、船舶機関から漁業、さらには海洋輸送、港湾関連など
とりわけ国際的、大変な経済や国際法などとの対決が激化しています。
恩師はすでに名誉審査委員長ですから、最近の活動報告をしました。
自分の役割としては、特に、鉄道・自動車・飛行機などの空力特性から、
世界的な海洋の気象との適合性などを
質問する役割に徹しています。
「海の日」に大賞や部門賞が発表になります。
今、日本の特に造船産業・遠洋漁業は経済的問題に包囲されています。

*『本日も審査だが、日本の船舶デザインをデザイン対象に』
*『『Ship of the Year』審査委員会・日本学士院会館にて』
*『防潮堤工事は土木工学ではありえず』
*『関西海事教育アライアンス・6年目の演習課題プレゼン』
*『Ship of the Year・日本船舶海洋工業界の今後』


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『「学芸員の父」が母校の初代学長・森田亀之助でした』


   


     5月 20th, 2016  Posted 12:00 AM



この肖像はだれでしょうか?、といっても
一般的には有名ではありませんが、母校・金沢美術工芸大学の
初代学長・森田亀之助先生です。
終戦直後、金沢市には疎開していた画家や芸術家がいたのです。
敗戦直後の展覧会は行列になるほど、人は美術・工藝に癒やされたのです。
そこで美術学校を創ろうという話は議会テーマとなりました。
敗戦直後、何を無駄なことをするのか、と大議論になりました。
金沢市の判断は決まってこういう具合なのです。
「もし、前田の殿様が居たら、市民があれほど展覧会を喜んでいる、
 無駄だからというなら無駄でいい、今のこの敗戦時に不可欠だ」となり、
その初代学長の「美術・工藝そしてデザイン」という方針が決定。
専門学校、短大、美大の伝統理念になりました。
私はこの話を、Yちんという主任教授から聞かされました。
Yちんは光風会の画家でしたが金が無くなると先生宅で夕食を頂きました。
無論、先生への手伝いは色紙に描いた絵に落款を押していました。
絵が下手だったことで辞めようとしたときにも随分はげまされ、
他企業が受かっても卒業はさせないから東芝に行けという命令でした。
先生が倒れたと聞いた私は上司にお金を借り飛行機で金沢に帰りました。
もう暗くなった病室で、「来てくれたのか大丈夫だ、大丈夫」と言われ、
病院の玄関まで逆に先生に送られたのです。
ほぼ一週間後に、先生は逝きました。それを会社で聞きました。
だから東京で一晩泣きに泣きましたが葬儀には行きませんでした。
車イスになって 母校の非常勤講師を命ぜられた時に、
Y教授からの伝言をM教授から聞かされて
ビックリしてその命令に今も従っています。
が、その伝言に、M教授の前ではばからずにまた大泣きしました。
出逢わなかった初代・森田学長は「学芸員の父」と呼ばれています。
母校開設70年です。
その最初からを史実記録にしなければなりません。

下落合がずいぶん長い森田亀之助

*『オーディオ界で出逢った新技術と二人のエンジニア』
*『毎夏、再自覚決心の日』
*『やっぱり、なぜこれほど落ち着くのだろう』
*『終戦間際の消された歴史・亜細亜の中の日本』
*『天衣無縫な時代と社会に活気がある』


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『インテリアデザインからの拡大・森田恭通のパリ個展』


   


     11月 24th, 2015  Posted 12:00 AM



「Porcelain Nude」。
インテリアデザイナー森田恭通氏、パリでの個展タイトルです。
ヌード写真の美しさを彼の美学で真正面から切り取り撮影し、
プラチナ焼き付けの写真パネルと磁器転写アートとスツールにまで展開。
それもパリではトップクラスのギャラリーで個展を開催しました。
森田恭通氏と最初に出逢ったのが、もう10数年前、それもパリ。
ちょうどルイヴィトンの旗艦本店が建築改築中のために、
仮店舗内でのお互いが買い物中でした。
ワイフが知り合いであったことから初対面をして、
それ以後は伊丹空港や飛行機内で出逢いました。
そのうちに彼の活動を見ているデザイナー友人達が多く重なり、
ますます彼のデザイン活動を知るようになりました。
なんだか私と彼とは顔つきも似ています。
なるほど彼の母親は福井県出身でしたから、
それは私の判断では、
北陸福井とロシアアリューシャン列島系の鼻筋高い顔立ちです。
ちょうどパリに行く機会と彼の個展が重なり、
私はオープニングパーティに出かけました。
正直、そうしたパーティ出席は避ける性分の私ですが、
なんだか彼の活動は見逃せないデザイナー直感がありました。
今度は写真家としてのデビューとその写真を磁器装飾に展開するという
バウハウスからスタートしたキネティックアート的な
フォトコラージュ手法を革新しました。
ヌード写真撮影を自らが行い、それを磁器に展開することで、
さらに彼が最もインテリアデザイン対象としている
レストランやホテルで使用できるモノの効用デザインを果たしました。
フランスでの磁器づくりでは相当の苦労があったはずです。
聞けば、何度と造り直しをしたそうです。
しかもそうしたスタッフには、私の教え子を師匠とする子も居ました。
森田氏は創りたいと思ったら、直接、自らがクライアントを決めて、
自分のデザインアイディアのプレゼンテーションで説得をして
デザイン実現させる
まったく数少ない国際的なデザイナーです。
パリには何度も行っていますが、幸いにインターン生だったフランスの子や、
カーデザイナーとして教育してきた教え子は、全員、海外企業留学しています。
しかし、この個展はやがて歴史的になるであろうテロリスト銃撃戦により、
非常事態宣言により、この個展は中断を余儀なくされました。
しかも、このギャラリーに女性が逃げ込んだことから、
森田氏とそのスタッフ達は閉じ込められたと聞きました。
それはギャラリーと銃撃戦現場の劇場は200mしか離れていなかったそうです。
全員が無事でした。
彼の革新したフォトコラージュ的な磁器アートは、スツール天板まで展開。
私は、インテリアデザインをベースにしながら、
今後はまたデザインの拡大化が出来るデザイナーだと評価しています。
私の役割は、さらに彼のデザイン拡大展開に対して、
私の経験の限りを伝えておきたいと思っています。


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『非常事態宣言の街=パリにて、決意!』


   


     11月 17th, 2015  Posted 12:00 AM



パリには三つの目的を持ってやってきました。
三つとは、ちょっと内緒ですが、それよりも大変な事態発生でした。
到着翌日の夕方は「森田恭通氏」の個展オープニングに出て、
現地時間11月13日には、英国駐在の教え子が会いに来てくれました。
彼は、帰英前にその個展を見て英仏間特急電車ユーロスターに乗車。
その時に、パリ6カ所で「同時多発テロ」が起こりました。
ホテルでFBには「無事ですか?」、「大丈夫ですか?」
・・・ん、何?・・・・
TVをつけると、非常事態宣言、パリでの多発テロリズムが発生、
「武器があるから闘うよ+絵文字」とか親友に返答していたら、
「冗談言っている場合じゃない、帰国できるのか?」って怒られました。
ともかく、CNNとBBC(何がWord New?)を見て事態を確認。
ところが・・・NHKは何も伝えてこない!・・・?
現地のTV報道とは格段の違いがある・・・なぜだ?
部屋にあるTV2台を使って、報道を見比べてみるが、
嘘だろう、CNNもBBCも視点が違うのです。
CNNもBBCもeye-point=視座からテロを見ている。
しかし、現地TVはview-pointである被害都市で実態を見つめている。
だから視線=まなざしは動揺し全く視野と視界が異なっているのです。
これがあの3.11も二つの視点違いで情報流布されていたなら、
私は身震いが起こりました。
ジャーナリズムはもう全世界が盲点だらけの報道になっているのです。
哀悼の表現は、PRAY FOR PARISと花とキャンドル、
ライトアップされているフランスのトリコロール色。
これは明らかに全世界の「悲しみ共有の表現」ですが、
現地TVではテロリスト容疑者逮捕、
その荒々しい警官たちの「怒り」は拳銃とマシンガンが暴力的に使用。
もし、日本だったら、これほど荒々しい事は絶対に不可能だと確信します。
非常事態ながら元阪大インターンのフランスの子も駆けつけてくれました。
ともかく、翌々日に新聞を買い、目を通しました。
タイトルはなんとか読めても文章はわかりませんが、
これだけのテロはまさにACT OF WARです。
銃撃戦を報道で見ていたワイフは、怖い、怖い、このホテル襲われない?
帰国の飛行機に自爆テロリスト乗ってこない?
・・・・・・私はひたすら、
8世紀の銃で今なお宗教対立は許せないと思うだけなのです。
1994年にPKFもPKOも銃で平和は大間違いゆえPKDを提唱していました。
「このデザイン活動を急ぐんだ」と自分に言い聞かせるだけです。
一流のエンジニア、一流のテクノロジストにこのショックを
デザイン開発に変えないといけないというメールをしました。
パリでの銃撃戦は映画を超えての恐怖を与えています。
戦争の形式を大変更する、これがイノベーションであり、
IoTをIoMeTに変えるために私はパリにきているのでしょう。
「IoMeT as PKD」は帰国次第、早々に取りかかるつもりです。

* PKD=Peace-Keeping Design


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『外出すると・・・これだけはやらざるをえない!』


   


     11月 2nd, 2015  Posted 12:00 AM



なるべくもはや外出をしないでおきたい、
今ではすっかりと私はそのように思っています。
自宅に潜んでいるのが最高です。
外出するのなら、今は大きな条件をそろえています。
最も理想的なトランスポテーション装置が必要ですが、
現在の飛行機、ヘリコプター、鉄道、自動車もほとんどが最悪です。
これまでは自分デザインの車イスでしたが、
もはや体力的には、
米国製の軽量といっても20Kgの電動に乗っています。
しかしどうしても、今は月1度だけの講演は引き受けていますが、
そうなると、最も大変なことは私が車イスであることも含め、
移動のための衣類などが増えてしまいます。
これまで、どれだけの旅行用鞄を使ってきたでしょうか?
今はワイフがキャスターのバッグ一つは手持ちになります。
そして行き先向けホテルにそれも多いと2~3ホテルにバッグを送付。
どれだけ手荷物を減らすかが問題です。
ところが私は使わなくてもついつい趣味性のモノを鞄に隠し入れて、
見つかってしまい叱られます。
ただ今は、万一、天災・地震などを考えると、
最低の救急用品が必要になりますから、
この判断は相当に私には難しいことだと思っています。
国内の主要都市であれば、コンビニで万一はほとんど事足ります。
しかし、海外でも最初の訪問地では様子が不明であり、
特に車イス対応では問題がありますが、
それはむしろ国内の一流ホテルですら間違いが多いのです。
「お客様、私どもはユニバーサルデザインに基づいて・・・」
なんてことを発しようものなら、
(ユニバーサルデザインっていうのは自分が日本に持ち込んだ)と、
そんな顔つき=喧嘩態度になるらしく、ワイフは厳しい顔で私を制します。
最近は、ホテル予約が困難になりつつあります。
理由は、(嫌な)中国人観光客があの爆買いとかで来日多しです。
私は「なぜか」電動車イスで彼らにぶつかってしまうのです。
彼らのほとんどは謝罪しませんから、
「なぜか、それも激しく」私の電動車イスは暴走します。
このあたかも無意識なる暴走は仕方ありません。
決まって、マナー無しの中国人に私の電動車イスは暴れます。
先日は銀座で一人っきりで買い物をしました。
いつもワイフやスタッフがいるのですが、思いっきり行動しました。
ちょっとだけ暴れざるをえなくて、ホント困りましたが、
スワット仕様の手袋は凄いなって思いました。
何をしたかって?一応大学人であり障害者ですから、
そのモラルは遵守しました。


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『変だ! おかしい、狂っている、それは・・・私か?』


   


     12月 10th, 2014  Posted 12:00 AM



私は歩けなくなったときにこの時代と私はもう共時できない、
そう思ってきました。
だから正直に言えば、現代は「変」になることをめがけて進んでいます。
駅と新幹線、列車。=列車の進化に駅ホームは不適合!
空港と飛行機。=エアポートという駅に飛行物体は不適合!
港と船舶。=港は何も変わらず、船舶の工夫進化に不適合!
この組み合わせには何の疑いもありません、が、「変」です。
高速になった列車とホーム、ホームの危険度は柵程度では駄目です。
新幹線も、これまでの汽車座席がただそのままの形式が進歩しただけ、
それが、まともだと思っていること自体がおかしいのです。
だから、列車のデザインにホームの設計要素が必要であり、
飛行機への乗降者にエアポート=駅形式は大間違いであり、
現港の沖合まで新しい港は建設し直せば、
船舶の形態デザインも変わるはず。
これが私、デザイナーとしてのアイディアです。
極論すれば、歴史の進化がすべてバラバラのままに、何が進化?
歴史的な実例をひっくり返してこそ、本当の進化のはずです。
景観の哲学に、景気も病気も「変」に除外されてきました。
景気も病気も哲学にその項目がないからこそ、「治せない」から「変」。
景気に向かう、経済と経営ではもう無理なことは明白です。
病気に向かっている医学、看護学では無理なこと分別がつきます。
前例をつくればもう前例以外はこぞって進めてはいけないらしいのです。
こんな「変」な時代、このような社会構造と共時していくには、
気づいてしまった、この不適合性を明確に問題解決する手法、
その具体化実務=デザインしかありえません。
そろそろ、「変」さを除外していく私には、
この不適合さの景観を傍観するだけの無常論に
生き着いていくそんな気がしてなりません。


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『パリには車イス対応が最初から叶っていた!』


   


     7月 24th, 2014  Posted 12:00 AM



車イスで海外に出てからは様々な対応を体験してきました。
これは、パリでも有名なホテルですが、
この車イスで、ある壁面を押すとこの小部屋がありました。
それこそ、30代後半の頃に、この対応に驚いたことがあります。
まだ、バリアフリーとかユニバーサルデザインなどが未登場でした。
ヨーロッパゆえに、自動ドアや自動昇降もゆっくりでした。
しかし、この小部屋があることは知る人ぞ知る、そんな雰囲気で、
私は、この小部屋から突然、ホテルの鏡面の壁面ドアから
飛び出すことにとても快感だったことを思い出します。
そして、このホテルに限らず、有名ブランドショップには、
ほぼこれに似た仕掛けが、壁面、柱などが必ず鏡面になっていて、
そこを開けると、このエレベーターが仕掛けられていました。
あれからもそれほど変化はしていませんが、
残念なことに、海外の有名ブランドショップにはこれだけの設備、
にもかかわらず同ブランドの国内ショップには全く無設備でした。
今なお、国内のショップにはこの展開はなされていません。
有名ホテルなどでは、従業員通路やキッチンを通り抜けます。
私には、こうしたいわゆる裏道的な抜け道が面白いのですが、
私一人なら、この裏道は面白いでしょうが、大勢になったら?
と、心配になってしまいます。
したがって、私が車イスになって、空港、飛行機、ホテル、ブチック
などなどのこうした設備や設備無く裏道は随分体験してきました。
今でこそ、成田にしても、新幹線にしても裏道は無くなりました。
しかし、私が満足している設備は不十分です。
最近は、急速充電の電動車椅子への対応が、航空機や鉄道については
全く考慮されていないと判断しています。
だから、もし私がデザイナーだと知られれば、必ず、嫌がられようが、
私は真正面化からコメントをそのお店や企業にメールします。
なぜならやがて、街中に車イス使用者が増加することは明らかです。
だから、今から準備してほしいのです。

 「車イスデザインのための文脈づくりに気づく」


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