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Posts Tagged ‘駄目’


『歯磨きブラシや歯磨きペーストに革新とジェネリック』


   


     5月 25th, 2019  Posted 12:00 AM



昨年の入院期間も「歯は大事に」していました。
したがって、かかりつけの歯医者医院受診は、
全く動じない私が、最も緊張をしました。
何事も無くてすっかり安心しました。
口腔内ケアと全身疾患との関係は意識しないといけないですし、
「白い歯」はもちろん私は大切だと思っています。
それこそ、TV出演者は歯が綺麗であることが
重要だと思っています。
最近ではずーっと変わらなかった歯磨きブラシや歯磨きペーストには、
大きな変革があろうとしています。
それこそ、入院患者は院内処方でジェネリック薬品が安いので、
賄うことがありますが、循環器系の薬剤には
米国では使用停止が入ってきています。
そのことを知らない循環器系医師に対しては、
私は徹底的に言い放ちます。
歯磨きの習慣性に頼っていては駄目なように、
新しい情報をつかまないと
特に、医学系には進歩が激しいことが多いのです。
つねに更新したほうがいいです。
自力で歯を磨く新しい手法には、新なデザインが必要です。


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『小口金箔押しの最後の「名刺」は美しい』


   


     3月 30th, 2019  Posted 12:00 AM



名刺を更新しました。
こまめに紙やフォントや印刷を試しています。
今回は、徹底的にレイアウトを調整するために
うってつけの元スタッフが手掛けて印刷に出し、
それを「小口金箔押し」の加工で仕上げました。
これが「人生最後」の名刺になるでしょう。
名刺はこれまでも随分と作成してきたため、
これでは駄目だなという名刺や、すごいこだわりだなとも分かります。
たとえば、デザイン界では最高の人の名刺で、和風紙=半草を見て
本当の雁皮紙をプレゼントしたこともあります。
阪大に来て、大阪で必要に迫られ、肩書を入れた名刺を見せたら
親友の今は画家(日本の代表的グラッフィクデザイナー)から、
君には、肩書きなんか絶対に入れるなよ、と叱られました。
個人の力で勝負し、社会で懸命に仕事で生きてきた私と彼です。
今回は、195kg=0.25厚でスノウホワイト紙、
小口には「金箔押し」なのです。
この加工は、サンプル確認を十分にしないと
各社で金色とその技術が全く違います。
とても繊細でこれだけの小口金箔押しが、全てを語っています。
それなら、海外用を準備しないと思います。
春からの新年度、新元号にむけてのコト始め、
これぞ、私のとても綺麗な名刺だと自負しています。


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『オーザック(OUZAK)根本のカズオ(KAZUO)になる』


   


     1月 19th, 2019  Posted 12:00 AM



「オーザック」、これは「カズオ」の逆読みです。
福井でのフリーランスの仕事を始めた時から、
オーディオを扱う会社かデザイン会社のために決めていました。
OUZAK=KAZUOを正式なロゴにしました。
実は、2019年から新しいロゴに思い切って直そうかと思い、
色々とやってきましたが、やっぱりこれでした。
福井では本当に、音響メーカーを目指していました。
いくつかの会社の経営陣として経営戦略とに
デザインで勇往邁進する日々でした。
福井のfから始まるロゴはこれでもかというくらい提案しています。
ロゴタイプは、美大では徹底的に学んでいますから、
東芝に入った1年目からAurexのブランドロゴは私の社内デザイン、
大手広告代理店からも勝ち取り担当していました。
実際は作品集にはしていませんが、
いくつかの企業ロゴ、ブランドロゴを手掛けています。
私のデザインした製品には
美しいロゴの表記と表示を求めているからです。
OUZAK Designにしたのは、名古屋市立大学で教鞭をとり、
国際デザインセンターを拠点としている頃です。
それから、このロゴは全く変わっていません。
新元号からは「OUZAK Design Center」で、
仕事をまとめようかと思っています。
ともかく、クライアントでロゴが駄目だと、
すぐに進言して頼まれずとも提案はします。
なぜなら、自分デザインには、
まともなデザインで無いと嫌なんです、止められません。
ロゴが文脈もなくコンピュータだよりで創られているデザインは
正確かもしれないけれど、それだけでは正解ではないです。
OUZAK Audioをやりたい、と
今でも楽しみと喜びを先延ばしに、
まずはOUZAK Design Centerです。


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『伝統工芸ではない「越前箪笥」を一度創造すべきです』


   


     8月 31st, 2018  Posted 3:53 PM



「越前箪笥」は伝統工芸品ではありません。
伝統工芸法をよく読んでほしいと思います。
尤もこの法律に対して私は大反対です。
そのことが無視されてきたことを理論的にも証明します。
戦後、ミシンの木製丸椅子を武生市(現在の越前市)近郊で作成。
それが全国的に大ヒットしました。
そのことが日本包丁の朴ノ木(持ち手)につながりました。
それ以後は、箪笥=3点セットの生産企業が生まれました。
しかし、越前箪笥は生まれていません。
それがこの頃では越前箪笥というと、伝統工芸になっています。
おそらく、昔からの木工関係者やインテリア業者もよく知っています。
それこそ、箪笥ならば三国の船箪笥がありました。
しかし、これも間違いだらけでした。
これは地元で船箪笥が必ず浮くということを実験したことがあります。
それは私自身が地元のTV局と実験をして、沈んでしまいました。
日本には箪笥の歴史があります。
これにはいくつかの長所があり、しかも国際的にもモバイルなのです。
それこそ春日井の桐箪笥は、火をかけても中身が燃えないと言います。
しかし、今では春日井の桐箪笥は一辺に燃えます。
丸倚子も作れない人たちには、丁度良かったのは包丁の朴ノ木でした。
あの素材こそ、包丁を駄目にする素材でした。
私自身が朴ノ木という素材は絶対に使いませんでしたから、
ステンレスで鋼をサンドイッチ化して、ステンレスでの一体化に、
私は進化させることができました。が、ただし、
この一体化では全く分からないことがあまりにも多いのです。
ともかく、越前箪笥は伝統工芸でもなく、
本来はミシン用の丸倚子だったことから、
改めて、新・越前箪笥を打ち上げるべきです。
日本の箪笥の長所短所から新しいデザイン要素が必要です。
越前にはもっと必要であった鮎釣りの明快な箪笥がありました。


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『正三角形でのデザイン発想で造形言語と形態言語』


   


     8月 4th, 2018  Posted 12:00 AM



江戸時代から「絵図をえがく」というのは、
泥棒が使い、刑務所用語となって、今でも警察用語になっています。
絵や図が発想の起点だと考えていいでしょう。
だから、デザイン発想の一つのやり方だ、と私は考えてきました。
ところで、「絵」は難しいけれど「図」ならやさしいと言うこと。
「絵」は誰かが「下手」と言えば、「絵」は性格的に苦手になるものです。
だから誰でも「絵」や「絵画」を否定的に批判することは駄目です。
「図」はたとえば地図をかけばそれなりにコミュニケーションができます。
そこで、正三角形は四つの配置があります。
右の各図にともかくA・B・C を三角形の頂点におけば、
いわば、「木」があって「林」なり、それが「森」になる、とか
「森」は「林」からなって、それぞれが「木」であるという、
このようなシナリオが書くことができます。
そこから、A・B・Cはコンセプトという要因や要素になります。
これが、発想での正三角形の応用だと考えることができます。
もし、「造形言語」といってコンセプト3つでシナリオを描けば、
今度はさらにシナリオによって「形態言語」が生まれます。
三角形での「造形言語」は「用途」のコンセプトを決めて、
「形態言語」として「内容」をシナリオ化できます。
正三角形の発想、その一つを論理化したいと望んでいます。
これは発想方式として私は書籍化することを考えているのです。


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『日本のリハビリテーションツールは遅れている』


   


     7月 21st, 2018  Posted 12:00 AM



私が絶対に嫌だと言った入浴用のリハビリテーションツールです。
これで、入院早々に「骨折」をしてしまったので、
いつも持ち歩いているシャワー用の倚子を持ちこみました。
自宅用はドイツ製の倚子があります。今はこれが最高でしょう。
こうしたリハビリツールの車倚子には様々なモノがありました。
が、ここでは「車倚子用のツール」が、
すべて日本のメーカばかりです。
また、この病院では、大きな浴室場と家庭用がありました。
浴室場はあまりに大きくて、そんなモノがあるのかとか、
周りには言えなかったのですが、
ともかく自室に戻るまでが私は寒いので、家庭用にしました。
自宅の浴室がとても良くて、一流ホテルより最もいいのです。
さて、この倚子はおそらく医療用のメーカーの
言いなりで揃えてあるのでしょう。
日本のリハリビテーションのこういったツールは、
ドイツには完全に負けています。
その証拠に今度のパラリンピックでも、
ドイツから100名以上やってきます。
日本のリハビリテーションの技術は世界的にもまずまずというか、
私からすれば、世界的にトップであるべきが、
こうした施設さえつかめば、なんとでもなる職能感だらけです。
私が「骨折」をした倚子なんて、最悪でした。
要は何にも研究などしていないモノでした。
海外ではこの手のモノは、男用としては研究が全く足りません。
今では介護用品やこうしたリハビリテーションの見本市が盛んですが、
この職能は全然私は駄目だと思っています。
したがって、デザイナーも決められず、
医師も全くメーカーの言いなりでしょう。
そこで、グッドデザインでもこの車倚子が最高になってしまうのです。
これには、二つ欠点があります。
頸損や胸損や腰損一部では、絶対に運転ができませんから、
一般的にはOKになります。
もう一つは、とても「重いこと」ゆえに自動車には載せられません。
私の電動車倚子も20kgですが、どうしても15kg~13kgが目標です。
さらにもう一つは内緒です。


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『部屋表示に何の情報提示がない』


   


     7月 17th, 2018  Posted 12:00 AM



これは病室です。
しかし、単なる部屋番号だけの表示でした。
よってほとんど毎日ナースやスタッフ達からも間違いがあります。
「ここは私の部屋です」を毎日何度も言っていました。
なかなかインテリアも一般人には良いと思いますが、
私には、まず、ベッドで寝た途端、この部屋大丈夫?
と思っていたら、入院直後に「骨折」でした。
かつては個人情報が厳しく無かったから、
部屋には自分の名前がありました。
この部屋自体が扉を見ても、医療環境が駄目でした。
扉にも何にも無いということで、区別がつくということです。
それは、メディカル情報・ヘルス情報だけがカルテに書かれます。
これは大きな問題だと私は感じています。
名古屋市立大学でカルテを知って、
「これじゃ駄目だね」と言ったぐらいでライフ情報が出来ませんでした。
確実に日本の情報法は患者にはマイナスだと思います。
● メディカル情報=Medical care
● ヘルス情報=Health care
● ライフ情報=Life care
これらが満足に現れているか、といえばほとんど無理でしょう。
結局,カルテはメディカル情報だけです。
それがヘルス情報があればまだ良いということの病院でしょう。
ましたライフ情報で、就職先やそれこそ家族関係は、
カルテでは駄目だと思います。
かって阪大病院でも10年前でも患者の名前も無理でした。
ところが、最近は「花の名前」があり、
そこを押せば、名前が出てきます。デザインはやり直しでしょう。
この病院には、単なる部屋番号であり、
これによって私は「骨折」以来、ベッド位置など変えてもらいました。
そういえばこれからの患者環境では「名前表示」に全てがあると思います。
ともかくこの患者環境は扉を見れば、
本当のデザインがあるものと思っています。
それこそ、私が見たときに「ここも液晶TVが」でした。
結局、これが駄目で私の通常の私デザインを持ってきました。
患者環境とカルテには個人情報をどうするかが、
今の日本の入院では大きな問題だと考えます。


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『一階から三階まで一直線の危機』


   


     7月 14th, 2018  Posted 12:00 AM



「階段」は急激なほど,特に「車倚子の人」には
とても怖い存在です。
私にとっては田舎の駅のプラットホームは、
健常者にとっては何気なく普通でしょうが恐怖です。
もはや駅のプラットホームは、全面改修のデザインが
必要だと思っています。
もしそれが病院にあったら、というものを知りました。
しかもこれを建築コンペで選んでいたらと思うと、
建築家が、どれほど杜撰な頭の持ち主なのかと言えます。
それもこの病院では車倚子使用者が多いのに!。
1階から3 階まで一直線なのです。
この建築家には、
なぜ江戸時代に一階から二階へはどうやっていたかすら無知識です。
これは一階からそのまま2階なのか、
もう一つは反対に逆転して2階へ上がるのかが全く知りません。
それこそ、坂本龍馬が暗殺にあった平面から2階では
全く駄目であり、本来なら逆転する階段が必要です。
さて、この病院にはエレベーターが3台ありますが、
私は階段の踊り場を絶対に利用しないと耐えられませんでした。
まして1階から3階までの階段使用を健常者の人が、
どこかの建築?デザイン?で賞を
もらっているのでどういう学会名のだろう思います。
階段という方式が駄目であり、
自宅には電動での方式が一番なのでしょう。
階段がある特に神社仏閣は絶対に、
車倚子の人をどうすべきなのかは
建築家の大きな使命だと考えています。
もし、車倚子の患者が3階から落ちれば、
この階段は「凶器」だと訴えなければなりません。
このことを考えれば、エレベーターは、
地震多発の中では「凶器」だと思います。
先般,大阪北部での高槻市での地震では、
32階の自宅ではエレベーターが停止し、
それでも夕刻には修理がかないました。
おそらくエレベーターは全く新しい方式が発明されないと駄目でしょう。
日本の方式こそ、「階段」取りやめ、
「エレベーター」も新規にすべきと私は考えています。


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『車倚子の対応=デザインされていない病院』


   


     7月 12th, 2018  Posted 12:00 AM


本当にこのブログを休んでいました。
1月・2月・3月・4/21までを休んでいました。
この間も、Ship of the Year、日本文具大賞、DESIGN TOKYO・
PROTO LAB、と審査をこなしてきました。
あるリハビリテーション・ホスピタルに入院をしていましたが、
これはデザイン界が関わっているので、
理事長がデザイナーの言われるままに進めてしまい、
こういうやり方は「本当にまずい」と考えています。
阪大からその病院に移るとともに、
「足を骨折」するという大失敗=これはそのセラピストにやられてしまいました。
まず、「車倚子の患者」への対応を、
結局は何にも知らないことを改めて知りました。
「一回の入院も知らないデザイナーは
絶対に病院に関するデザインをやってはいけない」と改めて知りました。
そう言えば、初めて国内で(多分)英国人に
エレベーターで「お・も・て・な・し」を受けました。
ともかく「車倚子の人」はこうやって支えるべき、
ということを知ってほしいと思います。
スタッフの衣服は、一応、「綿織物でこれが最高」という訳はありません。
今では医師やスタッフの人たちがこういう出で立ちでは、
リハビリ病院なればこそ、これも全く駄目です。
リハビリテーションゆえ、「リゾート」という言葉をデザイナーが使っていますが、
「リゾート」とは「何度も通える」ぐらい勉強をしてほしいと思います。
ともかく、デザイナーとして売れていることで
「こんなに安っぽい」「病院」は決してやるべきでは無いと思っています。
そうして、来年は70歳を迎えますので、阪大を辞め、研究室を出ました。
が、こんなに作品・賞杯・玩具まであるかと思いました。
これからも、このブログを書いていこうと思っています。
ご笑覧いただきたく思います。


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『あの名作の遠景はやっぱり無くなってしまった』


   


     1月 16th, 2018  Posted 12:00 AM




東山魁夷の「年暮る」という名作があります。
当時は京都ホテルの屋上から、川端康成の提案で、
「今描くべき」と言われた作品(1968年)があります。
「描いておかなければやがてこの景色が変わる」と言われた雪景色でした。
京都ホテルは現在は京都ホテルオークラです。
ホテルオークラのOkuraは私の恩師のスクリプト体であり、
ホールのデザインは故・内田繁、アルドロッシゆえ、
私にとっては、いつもこの絵画の上に現代の京都があります。
4日間このホテルから古書を探していました。
古書といっても、江戸時代の庶民の筆タッチのスケッチ:画集です。
結局、見つかりませんでした。
出逢ったあの時に買うべきだったと思っています。
とても軽快にほとんど一筆描きかと思うとても薄い画集でしたし、
なんだかいつでもこのスケッチを思い出すのです。
京都はワイフの生まれ育った場所ですが、
京都が魚を食べられるのは福井県小浜市からの「鯖街道」があるから、
奈良だって、お水取りは福井から送られてくるのです。
ともかく毎月、映画を観るために出かける街になっています。
車イスの私には、京都と金沢が映画が観やすい街なのです。
大阪はやや不潔で駄目、東京は車イス使用者を規定の場所ゆえ駄目です。
このことは本当に言い伝えないといけないと最近はつくづく思います。
もうどこが観光化していないかが分かる街になっています。
ともかく、今年はこれほど寒いかという街でした。


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