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Posts Tagged ‘高齢社会’


『高齢者ゆえに「怒りのデザイン」があっていい』


   


     3月 9th, 2019  Posted 12:00 AM



私の叔母も、「買い物カート」を使っています。
私デザインで造ってあげるとは言い切れません。
おそらく、高齢社会での移動にはとっても大事なモノでしょう。
しかしデザインで「問題解決」が必要とされるモノです。
学校の卒業制作で、この「買い物カート」が、
調査、研究から操作、動作、かたちの
デザイン提案があればいいのにと、この時期は思います。
私のデザイン思想として、「喜怒哀楽」のデザインがあります。
「哀しみのためのデザイン」では、
スニーカーのような車イスをめざし「CARNA」を実現し、
MoMAやいくつかの美術館に永久収蔵されました。
しかし、今は電動車イス(20kgで重い)を使っています。
ところが国内では「使えないモノがデザインの最高賞」に選ばれています。
障がいには当然、個々に差があり、
腰での動作が必要となるこの機種は私などには使用できません。
私の意見を求めるべきだ、と開発途中で遠回しに話を聞きましたが、
結局、直接、連絡はなく、リスクを回避したのでしょう。
デザイナーで身障者で、
実際の車椅子を実現している人は企業でも少数しかいません。
真摯なモノづくりのために、アドバイスや協力は厭いません、
ただ、私はプロとして、正直で本当のことしか進言しません。
そして、先般も、踏切で「買い物カート」のキャスター前輪が
線路にはまり動けなくなる事故があり、幸い助かりましたが、
高齢者が利用するこのカートのキャスターの不味さがありました。
何としても高齢社会の移動用デザインをしなければなりません。
これは、「怒りのためのデザイン」と言ってもいいでしょう。


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『介護看護環境のためのデジタルアッサンブラージュ』


   


     8月 10th, 2016  Posted 12:00 AM



2015~2025年に65歳以上は709万人増加します。
この高齢社会は世界的にも初めての地球上の人類の大問題です。
2012年に170万人の介護者が足らずに、それは
2025年には250万人の介護者が大不足していることは明らかになっています。
わが国が抱えこんでいるこの難問にデザインは真っ直ぐに
問題解決を、介護機器と介護環境によって与えていくことです。
このところ、阪大の「コンシリエンスデザイン看医工学」では、
IoTをIoMeT= Internet of Medical Thingsとして
次々と製品デザインを成し遂げています。
これは32インチの液晶TVを3台を仕込んだ、
自宅療養・訪問看護体制に「デジタルアッサンブラージュ」をめざした
医療環境のための機器です。
これにはもうすでに低コストになっている液晶テレビを
看護環境に配置する機器として製品デザインをしたモノです。
上部には病院と双方向の医療データがあり、
中央にはいわゆるTVですが、おそらく、現在のTV局ではなく、
インターネットTVの受像から、パソコンモニターにもなっています。
下部のモニターには、
介護や看護を受ける患者のデータが映像化されています。
しかもデジタルアッサンブラージュであることから、
LED照明はこの医療環境を自由自在にコントロール可能です。
さらに、重大なことは単なる液晶TVが3台設置してあるわけではありません。
一つは耐震性が考慮されています。機器中央の丸パイプは、
床から天井に対して
確実に固定可能になっています。
そして当然ながら、この機器をコントロールするリモコンも
まったく新たなデザイン。
最終的に人間が自分の力でどうすればこうした機器がコントロール可能かを
これも提示してきてから、この機器だけではなく、
ベッドや寝具デザインまでをリモートコントロールを考え抜いたモノも
すでに準備澄みです。
訪問看護体制と患者さんの医療データは、いわゆるBig Dataとしての
行政・病院・自宅・近辺へのシステムではなくて
IoMeTのダイナミックス体制を整えています。
これは私の母校・金沢美術工芸大学の
「金の美」展で正式に発表しようと考えています。

# 本製品の知財権は日本デザイン保護協会に登録済み

* 『自宅玄関には涼しさを「デジタルアッサンブラージュ」』
* 『改めて自宅玄関のデジタルアッサンブラージュ』
* 『KK塾での実務紹介=デジタルアッサンブラージュ』
* 『風神雷神図=風景から情景のアッサンブラージュ』
* 『デジタルアッサンブラージュでの映像音場照明空間』


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『デザイン対象となる医療関連の開発について』


   


     6月 14th, 2016  Posted 12:00 AM



確かに少子化と高齢社会に対して、
医療関連のデザイン開発は対象化できます。
自分のデザインも単なるIoTではなくて、
Internet of Medical Things=IoMeTを具体的に研究開発し、
コンシリエンスデザインの目標にしています。
したがって、この風潮が多少出てきたことも現実ですが、
余りに安易な開発の講座や、現実製品開発が進んできました。
しかし、医療用ということでは、
相当に難しい制度・基準から基礎知識が求められます。
まず、GMPという基準制度があります。
Good Manufacturing Practiceという無菌状態での製造生産があります。
現実商品でも、
食品や医療機器にはこの適合から違反しているモノもあります。
さらに薬事法なる制度が、
医療品だけにとても厳しい審査が待ち受けています。
このデザイン開発は
相当の知識が求められていることが忘れられています。
自分が最近、危惧していることは、たとえば、現実素材があるから、
その生産地場に医療産業を簡単に未来開発として目標化されることです。
特に、現実素材がそのまま医療用に転換できるわけがないということです。
医療用素材は専門メーカーによってと
大学の研究機関で相当に研究されています。
医科大学の医師からの要請だけに基づいた新産業の創成化は
とても困難だということです。
たとえば、現実の素材がそのまま医療用アイテムになることは
まずありえないことを明言しておかなければなりません。
すでに、たとえば手術しても体内留置可能な素材開発は
医療用として開発進化しているのです。
確実に、この医療開発デザインには、
医工連携では困難であることを主張し続けてきました。
医学系・工学系・看護系・保健学系を統合化できるデザイン系が
それこそ、コンシリエンスデザインとして可能になると
記しておかなければなりません。

*『デザインはすでにここまでが必然となっている』
*『仕分けされたプロジェクトの重要性から現政権を否定』
*『医薬品業界の誤った市場認識と経営方針・大錯誤』
*『スピーカー企業の社長は学者であった』
*『IoMeTのためのMedical LogとConnect nome』』


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『IoMeTのためのMedical LogとConnect nome』


   


     6月 6th, 2016  Posted 12:00 AM



高齢社会は2010年から2025年までに約706万人増加し、
その介護士はとりあえず170万人、2025年には250万人が
絶対的に必要とされています。
参考人として「完全無菌と抗体保健」を内閣府にて提案しました。
これは次世代デザイナーの新たな制度設計と形態設計の
その実例4点を紹介することができました。
特に、重大なことはIoTではなくて、
IoMeT=Internet of Medical Thingsの詳細にまで、
これからのデザイナーは医工連携どころではなくて、
看医工学の三つを提言することでした。

 ● Medical care → Medical log
 ● Health care → Health log
 ● Life care → Life log

として、それらのBig Dataを医療環境の中では、
GMP=Good Manufacturing Practiceによって、
完全無菌な製造・生産・流通・回収に持ち込むことです。
GMPはすでに、
食品業界や医療機器・薬品業界では遵守されているはずですが、
医療機器メーカーでも、
いくつかのインチキを提訴する事態にあります。
もはや日本のモノづくりは、家電業界は確実に行き詰まり、
自動車業界の大変革も目の前にきています。
わが国は、天災と人災で敗戦後と同様に大きな体験をしました。
間もなく東京オリンピックが待ち受けていますが、
私自身、オリンピックでの様々なみすぼらしい準備には
辟易しています。
そしてもっと重大なことは、オリンピック後の経済の低迷は、
産業構造の崩壊と高齢社会にさらに拍車をかけることになります。
そうなる以前に、大阪大学大学院は
コンシリエンスデザインによる看医工学と
その実務事例を準備しています。
この活動は「日本から海外に」発信していくためです。
その根幹は、「尊敬される豊かさ」を
Conect nomeでBig dataを三つのlogとして、
社会資本、国際資本にしていくことです。

*『人口ピラミッド視覚化で明確な高齢社会の重石』
*『参考人としての内閣府内会議にて・・・』
*『看医工学へのレジリエンスからコンシリエンスデザイン』
*『統一、いや統合には四つの分類があるが気づくだろうか』
*『手づくりから物事デザインと事物デザインを決める』


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『人口ピラミッド視覚化で明確な高齢社会の重石』


   


     5月 8th, 2016  Posted 12:00 AM



わが国の少子高齢化は人口ピラミッドの視覚化により、
明白な事実が確認できます。
自分自身が「団塊の世代・s22・s23・s24」の一人として、
この図解はきわめて事の重大さを納得させてくれます。
高齢化というより高齢社会は人口の巨大な重石になっています。
少なからず、1949年生まれの私には2050年はありえないでしょうが、
少子化の重大さは、いくつかの国家的危機を明確にしています。
まず、防衛的問題が政治的にはトップ問題ですが、
経済システムの大変更は
2018年大学問題・国公立私立大学は半分になるでしょう。
入学者数の無い私立大学は不要です。
そしてこの教育問題が産業経済への多大な影響になることは
すでに一般的には暗黙の理解になっていることは間違いありません。
最も重大なことは「年金問題」と「介護問題」がこの少子化の
人口ピラミッドを見れば一目瞭然となります。
18歳からの投票が可能になりますが、彼らの「不安」の中心は、
「政治に荷担しても何も変わらない」という印象から
投票しないという発言です。
しかし、この不安感の実態は「年金」問題もさることながら、
実際は「介護者不足」は2025年には250万人の介護士が必要です。
この実態は18歳には届いていませんから、
彼らの投票参加がなければ「シルバーデモクラシー」になるでしょう。
しかし、もし、投票がインターネットであれば、
18歳人口は彼らのSNSネットワークで、
マスコミ操作不要の新たなデモクラシーが出来上がります。
その時には、ネットワークによる新たなリーダーが求められるでしょう。
その時には自分は逝ってしまっているはずです。

*『日本システムが壊れた理由のひとつ』
*『災害への勇気と希望の世代間団結』
*『世界・世界観変革が始まる』
*『2018年=日本の大学制度は崩壊するかもしれない』
*『忘れた頃にを想定内に!』


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『これは最適ではない・誤った車椅子対応車輌デザイン』


   


     1月 17th, 2014  Posted 12:00 AM



この車輌を準備していただく方々には大変申し訳ないのですが、
車椅子対応車輌として、このデザインは大間違いです。
かねて、グッドデザインの審査員・審査委員長時代に、
私はこのデザインは、認知症の車椅子使用の方々には必要なデザイン、
ということで認めてきましたが、
車輌メーカーデザインの車椅子認識大間違いだと主張してきました。
まず、30分程度の移動なら、車椅子で車輌に乗っていることができます。
しかし、車椅子で車輌内で固定されて乗っているのは苦痛です。
おそらくこうした発言を私はする義務があると思っていますから、
あえて「間違いのデザイン」と言っておきます。
最近は、車輌のシートがそのまま電動車椅子になっているのが、
わが国の進化した車椅子使用者の車輌デザインだと認めます。
先般もベンチャー企業で「車椅子開発」を見ましたが、
これも大間違いのデザインを進めていました。
健常者の人が車椅子に座って移動するのは「腰」を使うことができます。
ところが、車椅子使用者は腰では車椅子移動は不可能です。
明確なデザイン使用者に対応したデザイン設計無くして開発は不可能です。
車椅子にて移動をする障がい者と、
健常者使用車椅子へのデザインは区分・分別されることが肝要です。
また、腰椎・胸椎・頸椎での障害程度によって車椅子デザインは、
それぞれが全く異なることを述べておきたいと考えます。
正直私は1989年から自分のデザインした車椅子(MoMAコレクション)
使ってきていますが、加齢とともに、細部の変更をしてきています。
そしてもはや手動は諦める年齢になってきました。
今、メーカーと「電動車椅子の設計」に苦しんでいます。
なぜなら、私が納得できる電動車椅子が皆無だからです。
したがって、せめて車輌の車椅子対応デザインは熟考と実現を望みます。
また、車椅子使用の運転者のための車輌変更部品設計も、
「国際化」が望まれます。
その詳細については、わが国の制度設計へのデザイン提案が必要です。
高齢社会のわが国はもはやその制度設計が必要になってきたようです。


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『デザイン都市でのデザイン会議報告』


   


     12月 27th, 2013  Posted 12:00 AM



フランスのデザインに関して、
私は1997年「フランスにおける日本年」では、
「経済と文化」にデザインの効用を過激に述べました。
そして2006年にワークショップや講義を行い、
すでに彼らは「アルツハイマーとデザイン」の関係にまで、
デザイン=問題解決という認識は、デザイン都市の整備と活動、
まさに順調に進行していたと思います。
そして、今回、私がキーノートスピーチでは、
PKD=Peace-keeping DesignをMarch 11.2011でのデザイン立場まで
私は述べることになりました。
阪大から同行してくれた若い医師2名も、
「デザインの会議ってかっこいい」と言わしめるほどの、
センスある会議であり、その会場はデザインセンターとして、
人口18万人の街はユネスコデザイン都市になっているほどでした。
私は、デザイン=問題解決には次の三つがあることと、
海外からのプレゼンテーターが「aging society」という定義には
aged society=高齢社会とaging society=高齢化社会の分別と
その区別がすでに先進国家では明確化されるべきと発言しました。
March 11.2011という先進国家である日本は、
大天災と大人災、原爆経験と原発事故経験でのことを伝えました。
先進国家ゆえに、自然と人間との調和はありえずに、
環境保全がそのままエネルギー問題と直結していること、
国際的貢献としてのPKDの必要性をアピールしました。
このPKDについては、国内ではほとんどテーマになりませんが、
海外では、米国のクリントンイニシアティブ運動から、
すでに2年前には、先行したデザインによる国際貢献を求める、
中国ですら取り上げられています。
私は、国内でのアピールを控えすぎていると感じています。
この会議でのキーノートスピーチと質問で、
私は私自身のデザイン活動の決め方をフランスで示唆されました。


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「デザインは皆無だ!・・・誤りのデザイン」


   


     8月 28th, 2013  Posted 12:00 AM



ある商店街の二つの店舗です。
この二つのお店に私は入ったことがありません。
最も、二つとも男性洋品店であり、デザインされている店舗です。
「デザインされているはずの店舗でしょうか?」、と、
私は改めて問いかけたくなります。
もちろん、私が車倚子を前面に出して批判していません。
なぜならばマーケッティング的に、この店舗デザイン?が
あったとしたならば、すでに歩道との間に階段があります。
この階段は、すでに「拒否記号」だということです。
「拒否記号」とは、
階段が歩道との間にあれば、お客さんが入らないのです。
調査にもよりますが、一段あれば10%から30%は入りません。
3段あれば、50%以上のお客さんを呼び込むには、
店舗の商品やその陳列や店舗インテリアに魅力がなければ、
もうこの店舗デザインを発注した意味は全く無意味です。
私は時折、この店舗の前を通り過ぎますが、
お客さんを見かけたことは本当に無いのです。
3段の階段は、当然ながら彼らのお客さんに車倚子の人は皆無。
結局彼らにには車倚子の人は購買者では無いと宣言しています。
果たして、付け足したようなスロープでは、
電動車椅子の人は使えませんし、
私自身、この店舗を覗いて見ても欲しい商品などありません。
折角スロープを造ったとしても、
そのデザイン的な効用も効果も無いことは確かなことです。
それこそ、銀座通りでもこの「拒否記号」は思いの他多いのです。
最近私は車倚子の方を多く見かけるようになりました。
高齢社会になれば、車両や飛行機なども相当にそのシステムを
変更し、やり直しが求められることになるでしょう。
あるとても高名な、建築家の「大先生」が、
「バリアフリー?、ユニバーサルデザイン?、
私は大嫌いだから、私のデザインはこれでいい!」というのを、
あるジャーナリストの方から聞いたことがあります。
多分その「大先生」は歳老われた時、街には出ないのでしょう。


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「新幹線ホームのエレベーターは再デザイン必要」


   


     11月 26th, 2012  Posted 12:00 AM



車椅子になって、まず不便極まりなかったのが鉄道でした。
ある政治家秘書の方と陳情に行ったことがあります。
その後、扇千景大臣が視察して3年後に、
新幹線ホームにエレベーターが設置されました。
だから、車椅子の者にとっては結構便利になりましたが、
これからの高齢社会を考えると、
駅ホームとエレベーターの設置数はもっと増加させるべきでしょう。
しかも、日本人マナーはすこぶる悪くて、
障害者も妊婦も優先されるわけどころか、
階段を使うより楽だから、
平然とエレベーター利用者は数多いと言っていいでしょう。
ガラスで封じ込められたユニット的機器としてのエレベーター、
そのデザインは、醜悪な形態言語になっています。
そして、エレベーター機構技術が
進化しているとは言い難いと私は思っています。
透明で機構や実装構造が見えるというのは、
それなりの技術成果かもしれませんが、
機構整理されたデザインにまで完成度はありません。
まず、地震になれば、エレベーターは停止させなければなりません。
駅構内やホームが火事ということはほとんどありえないでしょうが、
火事には使用不可能となる機器システムです。
私は、まず、公衆が利用・使用し、
駅が所有するエレベーターの「記号性」を問い直しておきたいと思います。
この透明化された機器システムが「意味していること」と、
「意味されている」存在性を再考すべきだと提案しておきます。
それは、公的なモノである性能性・機能性・効能性、
こうした「意味作用」が
エレベーターの造形言語は何であっただろうかということです。
おそらく、この造形言語を追い求めれば、
新たなエレベーター技術を進化させる革新的な発想を
造形言語の意図からうながすことが出来ると確信している次第です。


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「サービスの原義に立ち戻るために」


   


     12月 16th, 2011  Posted 12:00 AM


「糖尿病」の増加が著しいらしいと聞きました。
血糖値計が必要な検査器具であり、
一説には、1兆円市場規模があると言われています。
果たして、それほどの市場規模がある商品ともなれば、
企業経営においては当然のこと、商品開発は急務です。
しかし、私は「立ち止まってしまいます」。
なぜならば、検査器具の開発よりもこの病の根絶が命題だと考えます。
医療は現代経済社会の中ではサービス産業エリアです。
というよりも医療行為が「サービスであり産業」という原意が不明です。
不明という断定が正しいのかどうかすら確認しなければなりません。
緊急にはTPP交渉が国家課題になっている現在、
あらためて、医療サービス:医療制度、この境界線が問題です。
病院が出来た地域には必ず疾病患者が増加すると言われてきました。
まして高齢社会にあっての医療サービスは、
社会福祉制度の根幹にありながらも、その経済効果よりも課税負担となり、
他の制度をも破壊しかねません。
よって、市場規模の大きさでの商品提供とその収益構造ある産業存在、
この関係、構造、境界にデザインが不可欠になってくるものと考えます。
古代統治制度としての
「オイコノミア」に「サービス」の原意を見つけたい。
それが今、私の大きな関心になっています。
おそらくsmart city構想での医療はサービス産業なのか、
あるいは医療福祉制度なのかという問題に突き当たることは明白です。


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