Posts Tagged ‘デザイン’
9月3日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
No Comments »
9月 3rd, 2010 Posted 9:29 PM
9月3日 先勝(丙辰)
好奇、すなわち”好きさ加減”を、
かつていにしえの時代には昇華させて
「数奇」の世界観へと展開させた。
自分と好奇対象との関係を、
好奇から数奇へと運び上げるメディアとして、
デザインという世界があることを
明言しておきたい。
かつていにしえの時代には昇華させて
「数奇」の世界観へと展開させた。
自分と好奇対象との関係を、
好奇から数奇へと運び上げるメディアとして、
デザインという世界があることを
明言しておきたい。
『デザインは言語道断』好奇
8月17日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
No Comments »
8月 17th, 2010 Posted 9:30 AM
8月17日 友引(己亥)
いまだに
「デザイン」ということの意味性が、
「モノのかっこうよさを造形化する職能」
程度と思われていることから、
なんとしても脱却したい。
これが講演をする大きな動機であり、
意欲の革新でもある。
「デザイン」ということの意味性が、
「モノのかっこうよさを造形化する職能」
程度と思われていることから、
なんとしても脱却したい。
これが講演をする大きな動機であり、
意欲の革新でもある。
『デザインは言語道断』面罵
Tags: デザイン, 川崎和男のデザイン金言, 講演, 造形化
Posted in APHORISM
8月02日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
No Comments »
8月 2nd, 2010 Posted 7:54 PM
8月02日 先負(甲申)
デザインへの制限なき
アプローチには、
必ず根底に理論と感性をどのように
配置していくかということがある。
アプローチには、
必ず根底に理論と感性をどのように
配置していくかということがある。
『デザインは言語道断』制限
Tags: アプローチ, デザイン, 制限, 川崎和男のデザイン金言
Posted in APHORISM
7月31日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
No Comments »
7月 31st, 2010 Posted 9:30 AM
7月31日 先勝(壬午)
「学際的な総合」
あるいは、
「総合的な学際」を
最も支援するのは、
コンピューターというツールである。
そして、
そのツールによるネットワーク、
これをメディア化してしまう
人間性の回復・人間関係のネットワークを
メディアとするデザインを考案し、
提案しなければならないだろう。
あるいは、
「総合的な学際」を
最も支援するのは、
コンピューターというツールである。
そして、
そのツールによるネットワーク、
これをメディア化してしまう
人間性の回復・人間関係のネットワークを
メディアとするデザインを考案し、
提案しなければならないだろう。
『デザインは言語道断』学際
7月30日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
No Comments »
7月 30th, 2010 Posted 2:21 PM
7月30日 赤口(辛巳)
まさしく「デザイン」が「学際」の
具体的手法論であることを、
私なりのデザイン活動での
成果を事例として
発表していくことが、
私の役割であり使命だと思う。
具体的手法論であることを、
私なりのデザイン活動での
成果を事例として
発表していくことが、
私の役割であり使命だと思う。
『デザインは言語道断』学際
7月25日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
No Comments »
7月 25th, 2010 Posted 9:00 AM
7月25日 先勝(丙子)
私は、
デザインにおける饒舌さ=過飾は認めない。
装飾とはデコレーションであって、
決してデザインではないからである。
デザインにおける饒舌さ=過飾は認めない。
装飾とはデコレーションであって、
決してデザインではないからである。
『デザインは言語道断』品格
Tags: KazuoKawasaki, デコレーション, デザイン, 川崎和男のデザイン金言, 装飾, 過飾, 饒舌さ
Posted in APHORISM
7月21日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
No Comments »
7月 21st, 2010 Posted 9:30 AM
7月21日 先負(丁卯)
ユニバーサルデザインとは、
福祉的なモノや共用できるモノの
デザインでは決してない。
自分の死を主観から客観へと
知行合一できうるように
支援するための
デザイン思想であり、
その思想を反映させ、具現化した
モノの体系であることなのだ。
福祉的なモノや共用できるモノの
デザインでは決してない。
自分の死を主観から客観へと
知行合一できうるように
支援するための
デザイン思想であり、
その思想を反映させ、具現化した
モノの体系であることなのだ。
『デザインは言語道断』知行
Tags: デザイン, デザイン思想, ユニバーサルデザイン, 主観, 客観, 川崎和男のデザイン金言
Posted in APHORISM
7月19日
川崎和男のデザイン金言Kazuo’s APHORISM as Design
No Comments »
7月 19th, 2010 Posted 7:13 PM
7月19日 先勝(乙丑)
「美しいデザインが
デザインの本質である」
ということは白明のことだ。
デザインの本質である」
ということは白明のことだ。
『デザインの極道論』うつくしい
7月18日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
No Comments »
7月 18th, 2010 Posted 9:30 AM
7月18日 赤口(甲子)
個人の主観性の本質は、
人それぞれの感性と
その人なりの精神性である。
その精神性は強靱であることが前提。
それを制限したり、
廃絶する権利は誰にもあるはずがない。
まして、
美への感激や感動である。
だから、
感激や感動も強靱でなければ、
何の意味もない、情緒でしかない。
人それぞれの感性と
その人なりの精神性である。
その精神性は強靱であることが前提。
それを制限したり、
廃絶する権利は誰にもあるはずがない。
まして、
美への感激や感動である。
だから、
感激や感動も強靱でなければ、
何の意味もない、情緒でしかない。
『デザインの極道論』うつくしい
7月17日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
No Comments »
7月 17th, 2010 Posted 9:30 AM
7月17日 大安(癸亥)
デザイン美には、
美しいデザインと
デザインの美しさが含まれる。
「美しい=形容されたデザイン」と
「デザインにある=
名詞となっている美しさ」
というわけだ。
美しいデザインと
デザインの美しさが含まれる。
「美しい=形容されたデザイン」と
「デザインにある=
名詞となっている美しさ」
というわけだ。
『デザインの極道論』うつくしい


Translation
Recent entry

Archives
Books

APHORISM
Link
Aannouncement
