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Posts Tagged ‘危険な事態’


「二歳児がiPhoneを直感で使いこなす!だから私たちの義務」


   


     10月 11th, 2014  Posted 12:00 AM

H2Oセルロース=新素材ブランド化をした土壌固化剤は、
制度化デザインへと進んで、御嶽山の火山灰固化剤に正式に
国策的な採用に進んできました。
液状化防止材デザインをしてきたセルロースパウダーを広島の土砂災害地で
大きな実証成果を上げたことが国交省大臣官房室に届き、
御嶽山の火山灰固化剤に使われることで、企業経営トップと会談中に、
企業トップの娘さんはまだ2歳の女の子、彼女にワイフがiPhone6 Plusで
「アナと雪の女王・レットイットゴー」を見せたところ、
たった2歳の児は英語で歌い出しiPhoneに夢中になり出しました。
私たちはびっくりするとともにとうとうトップのiPhoneにもセットを要求。
もうほとんどこの児は夢中になり時には私たちの会談を何度も停止。
まだ、2歳の児が、iPhoneでこのアニメーションの物語りでの登場人物
その感想をワイフに真剣に語ったそうです。
私たちはこの児の日本のためには、
なんとしても、この列島での危機災害を解決しなければなりません。
そのための古紙シュレッダー製造生産装置とその工場化の話をしました。
トップには目の前に娘さんの日本列島を守り抜く決意がありありでした。
私は製造機械、生産設備、工場化、その基本を
その場でメモスケッチを描き実現性の限界と将来性を聞き出しました。
まだ2年しか生きてこない彼女にはiPhoneをとうとう父親から奪いとり、
iPhone6 Plusを狙っていることでしょう。
それを使ってレットイットゴーを英語でも日本語でも歌ってしまうのです。
私たち世代が現在、やりつくすべきことがますますはっきりしてきました。
彼にはこの防止材・固化剤だけでなく水耕栽培の経営にも挑んでいます。
すでに海外にはプラント輸出の実証性をアピールしているわけです。
私はこの現実、つまり、気候変動の異変でさらに天災性危機を
なんとしても解決デザインが義務となってきています。
それこそ、デザイナーだから、エンジニアリングへのアイディア提示です。
危機とは、危険な事態をチャンス=機会として、デザインプランを提示し、
その実現化を真剣に具現化してくれる企業の存在性そのものです。
iPhoneというデジタル機器とネットワークには、
2歳の児が、全て直感で使いこなしてしまう以上、私たちは何が何でも、
この危機に対峙していくことえを改めて実感したわけです。

『「固丸くん」商品は泥水・泥土を固めてくれる性能がある』
『広島被災地に「パウダースマイル」を!』
『新素材デザイン=「固丸くん」の商品展開は制度設計が必務』


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『大雨・洪水・山崩れ・・・自然とは調和できない』


   


     8月 19th, 2014  Posted 12:00 AM

私は、「自然と人類の調和」に違和感を感じて生きてきました。
このところの大雨は、異常さを超えています。
そして、私が疑問に思うのは、天気図表現が余りにも狭くて、
日本近海からしかありませんが、せめてもっとインド周辺からの
気温変化や気圧変動の情報が必要だと思っています。
CNNなどでは地球規模の気圧変動の方がわかりやすいはずです。
私の記憶では、4~5歳ぐらいに福井の荒川が当時は氾濫して、
押し入れの上段に置かれていたことがあります。
警察官だった父はもう暗くなってから帰宅し、官舎のみんなで、
機動隊道場に非難した経験をいつも思い出します。
途中で、父に肩車されていても共に濁流の中に放り出されて
、父が素早く私を助けてくれました。
「ジャバ、ゴゴ、ジャバ、ゴゴ・・・」と言っていたのは、
今でも大洪水を見るとそのことは明確な記憶になっています。
しかし、機動隊道場には多分一週間ほど居たのでしょうが、
とても毎日が楽しかったことです。が、帰宅するとDDTが蒔かれ、
その強烈な臭いと白い粉の中に自宅があったことです。
TVで、大水に浸かった店舗、山崩れ、濁流に呑み込まれる車と
この大雨の悲惨さは自然に対してどれほど人間の無力さを知ります。
あの3.11を体験し、竜巻やこの大豪雨という自然の暴力性に対して、
私は「最悪の状態」を危機と呼んでいます。
危機とは、危険な事態を機会=チャンスとして、生き残るだけ、
これが「最悪の状態」=危機から解放される唯一の手法だと思います。
今、この危機解決に向けての新素材開発にもう少しのところです。
「泥水」は人間の存続性を決定的にする、自然の怖さそのものです。
したがって、なんとしても、この泥水を食い止める現実手段が、
私の危機解決の新素材開発につながっています。
そして、このデザインタイトルを「コンシリエンスデザイン」と、
議論を重ねて企画してきました。
自然の暴力性は泥水による激流が最も象徴的ゆえに、
「最悪の状態」からの解放は決して自然との調和ではありません。

『忘れた頃にを想定内に!』


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『「危機解決」という学域の再設定を基本にするべきである』


   


     6月 19th, 2014  Posted 12:00 AM

阪大を退官後、「危機管理」という設定をしてきました。
危機管理学というのはすでに教科書にもなり、
行政の専門分野にもなり、最近は大学でも危機管理学が学域です。
しかし私は当初より疑念があり危機管理学には違和感がありました。
そこで、インクルーシブデザイン的には、危機解決学という領域、
この領域の論理構築と実務設定をめざしてきました。
そうして、明確に断言出来ることは、
「危機」は「管理」するものではないということです。
「危機」は危険な事態を機会=チャンスとして解決を図ることです。
危険な状態を管理=マネージメントするのでは手遅れです。
危険な事態を則機会にして解決実務には管理する必要はないのです。
これは論理的に明快です。
また、危機には大別すれば、CrisisとRiskがあります。
Crisis・クライシスとは起こってしまった危機状況であり、
Risk・リスクとは起こるかもしれないと言う予測での危機事態です。
したがって、危機管理とデザインは結びつきません。
むしろ、危機解決=Crisis & Risk Solutionが正当です。
単純に危機管理=危機のマネージメントがあってデザインは間違い。
この論理付けを後押ししてくれたのは、信頼安全工学の第一人者、
それも私の従弟であり、宇宙航空学での実績者でした。
私は、あらためて、「危機解決学のデザイン医工学」にします。
なぜなら、危機とは最悪の事態=命の危険がまずあります。
危機解決は「命を護る」ことを大前提にしてのデザイン実務です。
したがって、「危機管理学」というのはある種言い訳の学域でした。
私は危機管理学の教科書・講義内容の一新を訴求します。
これまでの危機管理学では最悪の命の危険性を回避できません。
「危機解決学はクライシスとリスクを対象」としてデザインです。
そのデザインとは、
再度、インクルーシブデザインの実務だということです。

『「危機管理学」という学域の再構成へ』
危機解決産業創成デザイン重要拠点
「寄附講座で開設するデザイン講座を決める」


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