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Posts Tagged ‘命を護る’


『「危機解決」という学域の再設定を基本にするべきである』


   


     6月 19th, 2014  Posted 12:00 AM

阪大を退官後、「危機管理」という設定をしてきました。
危機管理学というのはすでに教科書にもなり、
行政の専門分野にもなり、最近は大学でも危機管理学が学域です。
しかし私は当初より疑念があり危機管理学には違和感がありました。
そこで、インクルーシブデザイン的には、危機解決学という領域、
この領域の論理構築と実務設定をめざしてきました。
そうして、明確に断言出来ることは、
「危機」は「管理」するものではないということです。
「危機」は危険な事態を機会=チャンスとして解決を図ることです。
危険な状態を管理=マネージメントするのでは手遅れです。
危険な事態を則機会にして解決実務には管理する必要はないのです。
これは論理的に明快です。
また、危機には大別すれば、CrisisとRiskがあります。
Crisis・クライシスとは起こってしまった危機状況であり、
Risk・リスクとは起こるかもしれないと言う予測での危機事態です。
したがって、危機管理とデザインは結びつきません。
むしろ、危機解決=Crisis & Risk Solutionが正当です。
単純に危機管理=危機のマネージメントがあってデザインは間違い。
この論理付けを後押ししてくれたのは、信頼安全工学の第一人者、
それも私の従弟であり、宇宙航空学での実績者でした。
私は、あらためて、「危機解決学のデザイン医工学」にします。
なぜなら、危機とは最悪の事態=命の危険がまずあります。
危機解決は「命を護る」ことを大前提にしてのデザイン実務です。
したがって、「危機管理学」というのはある種言い訳の学域でした。
私は危機管理学の教科書・講義内容の一新を訴求します。
これまでの危機管理学では最悪の命の危険性を回避できません。
「危機解決学はクライシスとリスクを対象」としてデザインです。
そのデザインとは、
再度、インクルーシブデザインの実務だということです。

『「危機管理学」という学域の再構成へ』
危機解決産業創成デザイン重要拠点
「寄附講座で開設するデザイン講座を決める」


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『資本主義からの逃走』
 「社会保障としての医療制度は、資本主義では不可能」


   


     2月 11th, 2010  Posted 10:00 AM

医療というFormation
DynamicsとFormationを先行させてしまいました。
医療こそ、人間の「生老病死」への科学的対応です。
したがって、「生老病死」を経済論理では語れません。
生老病死
「生老病死」はまさに、Dynamics論理が不可欠です。
さらに、医療はFormationによって、
その解決を計れれば、「幸運」であり「幸福」です。
経済活動の格差が、
そのまま医療制度に反映されることになれば、
「生きる」という連続性は経済とはLogarithm的です。
無論、「死」は万人に平等です。
平等は、「生きる時間」が限定されていることであり、
その平等性は、Dynamicsであって、
いわゆる寿命には格差があることは明確です。
医療制度を社会保障する、というのは、経済論理が
まったく適合していません。
むしろ社会主義としての平等性を、
担保する必要があります。
それは、資本主義的な医療は「生死」すら経済性で、
決定づけてしまうということになります。
せめて、「生死」と医療を結合させる論理は、
Formationを社会構造に組み込んでいくことですが、
その論理あるいは制度設計の方法は発見不可能です。
したがって、
医療Formationを社会保障制度にするには、
それを医師・看護師・医療従事者だけに委ねることから、
決別する時になっているのです。
ましてまだ治癒不可能と言われている難病・癌などに、
「社会保障としての医療制度」は、
デザインが入り込んで、制度設計と環境設計に
「向き合う」必要性が見えています。
私は、デザインは、「命を護る・守る」ことまでは、
決して出来ないけれど、
いのちと向き合うデザイン
「いのちと向き合う」ことは出来るということを、
実践第一から制度設計へと、
向かわせることをめざしています。
Formationというのは、
本来自然の中での生物の「生死」競合性の制度です。


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