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「資本主義からの逃走」
 「逃走とは闘争であり、もっと闘争の生涯を選ぶ」


   


     3月 31st, 2011  Posted 12:00 AM

逃走とは闘争である
「資本主義」に閉じ込められている生涯。
デザイナーという職能ゆえに、
私の発想は、常に企業や行政との関係で具現化されます。
よって、デザインしたモノ、デザインしたコトは、
企業方針や行政制度との整合性が包囲条件でした。
だから、「資本主義」にはなじめなかったのです。
けれども、「社会主義」などというのは、嫌悪感すらあります。
それでも、「資本主義」その基底の「民主主義」、
いづれもイデオロギーですが、
このイデオロギーの解体をしながら、
新たな哲理の発見と創造、これこそデザインだと考えてきました。
逃走してどこに逃げ込むのか、などというのではありません。
いわば、このような思考を「ことば」と「歴史」の中で見いだそうとしてきました。
「ことばとかたちの相対論」を念頭におきながら、
具体的な、機器・装置・環境へのデザインアイディアを提案してきました。
しかし結局、「呑気過ぎた」のです。
たとえば、「仮設住宅」程度ではなくて「佳設住宅」を、
ある大手住宅メーカーと開発してきました。
「仮設」などという「仮」の非常時では復旧でしかないのです。
「佳設」というほどですから「佳人=美人」のごとく、
復興するには「美しい佳人のごとくの住宅」案でした。
これが頓挫しました。理由は、企業トップが脳溢血で倒れてしまいました。
この後継者には、それだけの先進性や美学性が無く、
そのプロジェクトメンバーにもたかだか業務でした。
このようなアイディアは、企業トップに大人物が必要なのです。
正直、現代日本の経営者にたかがデザイナーの戯言でも、
されどデザイナーの理想主義を受け入れる器ある人物が欠落しているのです。
現政権にリーダーがいないのは、企業家界も同様かもしれません。
私の逃走は闘争であったことをなんとなく曖昧にしてました。
そして、この国難こそ、逃走なんて「あとずりしている者への鉄拳」だったとさえ思います。
「復興」をめざして真正面から「闘争」を、命あるかぎり開始します。
私の闘争は、希望をいっぱいにした理想主義です。
「資本主義からの逃走」を「祈望」に止揚していきます。


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