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『ドローンの自宅内初飛行で学んだ』


   


     12月 4th, 2019  Posted 12:00 AM

自宅で初めて「ドローン」が飛びました。
これまで、どれだけドローンを購入し迷ってきたでしょうか。
いつも周りには、Apple製品やその周辺機材を
推薦してくれる連中がいました。
案の上、今回は元アスキーで、
私のエッセイを編集してくれた中筋くんが、
「なぜ、ドローンについて書いてくれないんですか?
絶対好きですよね」と。
一人で完結できそうなモノだったら飛びついていましたが、
ドローンは傍から見るに留まっていました。
「まだよく分からないよ、先般、ドローンの爆撃兵器を見たんだけど」、
そんな会話していたら、先月出たばかりの機種、
その新製品・ドローンをお披露目してくれました。
時にはデザイン系大学で最新テクノロジーの製品や
AIなどをテーマに非常勤講師をやっている彼は、
ドローンを説明しながら眠っている学生のところに飛ばすと
効果覿面、ただ講義の感想はドローン一色になるらしいのです。
自宅内での初めての飛行を経験させてもらいました。
『最新ドローンの空撮入門』も手掛けた彼からの指導です。
一方で、ドローンは、元々は兵器としての開発が進み、
おそらくこれからも、残念ながら、
テロや戦争がまとわりついています。
やはり様々な観点からドローンを追いますが、
私にはこのドローン初飛行が
また大きなきっかけになったと判断しています。


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05月07日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 7th, 2018  Posted 12:00 AM

05月07日 赤口(己亥)

自分の好きな部分、
嫌いな部分は、
本人であるからこそ一番よく知っている。

自分は喧嘩師であるべきだ。
その喧嘩相手とは自分自身のことなのだ。

『プレゼンテーションの極意』「わがまま」と「誠実さ」


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03月17日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 17th, 2018  Posted 12:00 AM

03月17日 友引(戊申)

相手を好きだと思った瞬間、
あなたはその気持ちを知らないうちに
「伝達」してしまっているのである。

『プレゼンテーションの極意』「口説き」、それは三位一体


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03月16日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 16th, 2018  Posted 12:00 AM

03月16日 大安(丁未)

ある異性(同性かもしれない)を
好きになったとき、
あなたはどうするだろうか。
まずその相手に近づきたいと思うだろう。

次に、一言二言、
言葉を交わしてみたいと悩むはずだ。

そして、
「自分の存在」を相手に
「強く印象づけたい」と考えるようになる。

『プレゼンテーションの極意』「口説き」、それは三位一体


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『高齢化すると糖質や炭水化物が気になります』


   


     8月 10th, 2017  Posted 12:00 AM

遺伝子は確実に伝わっています。
私の体型は父と母方の伯父に似てきたようです。
父は長身でしたが、中年まではどちらかと言えば痩せ型でした。
父方も母方も幸いにして白髪=銀髪のために私はハゲではありません。
ハゲると風貌が劇的に変貌してしまいます。
しかし、父のごとく最近は中肉づいてしまいました。
日本人の好きな食物といえば、
ラーメン・カレーライス・ナポリタン・カツ丼・焼きそば・ハンバーグ・焼き飯。
そしてお寿司・おにぎり・味噌汁・卵焼きなどで、私はきっと決まりでしょう。
そして、こうした食物での糖質や炭水化物性などは、
角砂糖いくつ分でよく表現されますから、
最近はワイフの料理はこうしたことにこだわりがあります。
最も私は身体障害者1級でなおかつ心臓障害者1級でもあり、
心臓でのカリウム・ナトリウム・カルシュウムは、
生理学で徹底的に学びましたから、
こうしたものが心臓の機序に影響するかは図が描けます。
学位審査ではとても専門的な口頭質問の問題に苦しみました。
ナトリウムは減塩し、ニンジンと魚は重要だと思っています。
男は統計によれば白髪は四分の一です。
これは自然界の法則でもあるわけですから、
正直、ハゲ無くて良かったと思っています。
ともかくスパゲッティで最高だったのは
イタリアのある高級レストランだけでした。
ナポリタンスパゲッティなんては古くさいようですが、
ともかく、母の味は忘れたのでワイフのが最高です。
ともかく、すでに車椅子生活も40年ゆえ、
自分の超軽量の電動車椅子デザインと歯のメインテナンス、
これを徹底すれば60代にはまだ見られていないようです。

* 『これは最適ではない・誤った車椅子対応車輌デザイン』
* 『本物に出会う「漆器」にもささやかな未来が見えた』
* 「インプリンティングされている私の「定食」
* 『青春時代の「熊の岩」、もう一度行きたい』
* 「毎日の喧嘩相手は薬だ、日常的な自分との喧嘩でもある」


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『理科系と文科系の分別が堕としこめたこと』


   


     6月 22nd, 2016  Posted 12:00 AM

日本の中学・高校の教育が人間の能力を堕としめたこと。
それは理科系と文科系をはっきりと分別してしまったことです。
理科系を強めれば、自ずと文科系の能力は伸びません。
文科系を強めれば、自ずと理科系は苦手になります。
数字が好きか、言葉が好きかと、
中高生の能力を選別することが、あたかも教育であり、
それは課題:Questionに回答:Answerを暗記させました。
その判定が、明らかに大学入試に反映し、
それをもっと特化させたのが私立大学に順序づけをしたのです。
あまり公にはされていませんが、日本の私立大学はトップの大学でも、
世界的な順序では、400位程度です。
それにも関わらず、
発想=クリエイティブな人間を社会も時代も求めています。
だから、大学教育では文理融合とか、
学際化とかを日本だけが喧噪しています。
この状況を自分自身も高校時代から引きずってきました。
たとえば、理科系からは医師が最高の職能と言われ、
文科系からは弁護士が最高の仕事と言われてきたわけです。
それが人間の能力を最も反映させた社会を幸福にしているのでしょうか?
この大きな疑問を明確にしていく必要を考えます。
もはや、文理融合もありえず、学際化なども不要です。
ただし、文理融合を成し遂げ、学際化が出来る人間を
果たして教育で可能かどうかが問い詰められています。
そして、理科系であれ、文科系であれ、
両方の職域での思考は「コンセプト」にいきついています。
これを破壊したいと考えています。

*『「コンシリエンスデザイン看医工学」の提案』
*『機械工学とデザインの学際化を・・・大学人としての願い』
*『2015年新学期から・コンシリエンスデザイン看医工学!』
*『話題への応答商品、課題への回答商品、問題への解決商品』
*『研究棟看板「Consilience Design Interdisciplinary Studio」』


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『10年ぶりに書庫奥で見つけ出した日本語辞典』


   


     9月 8th, 2015  Posted 12:00 AM

自宅の地下に倉庫=書庫と駐車場があります。
正直、大阪に来てこの10年、書庫に赤坂・福井・名古屋と、
ずーっと持っていた辞典シリーズがありました。
しかし、どれだけ探しても見つからず、
この「ことば」の意味を徹底的に調べたいという時は、
この辞書には解説が必ずあるはずと思ってきました。
先日、ワイフとスタッフが書庫の最奥部に行き、
このシリーズ全巻がそろってあるのを見つけました。
本当は、自宅には書籍を最初は一冊も置かないことに決めていました。
そして、もう購買することも辞めようとぐらい思い、
相当に名古屋時代に処分してきましたが、
書籍は毎月増え続けています。
なんとか電子書籍にすべくと思っていますが、なんとも書籍のページ感覚は
私には捨てがたくて、PAD内よりも本そのものに戻ってしまいます。
そこで、おそらく日本語辞典となれば、広辞苑・大辞林・
そして明解国語辞典ですが、
これらはすでに電子書籍で十分、けれどもこのシリーズは、
日常の傍らに置いておきたくて、
地下から持ち上げて自宅に配置することにしました。
自宅には書籍があっても読み終われば地下書庫行きルールを辞めました。
当然にワイフの反対がありましたが、
スタッフを巻き込んでこれは自宅にあるべきを主張しました。
私がこれまでも「ことば」に拘ってきたのは、
デザインは「かたち」を追求しますが、
建築界ほど「ことば」はありませんでした。
そのことが若いときから、
「ことばとかたちの相対論」が生涯のテーマでした。
それから数冊の本を書き出版もしました。連載記事が本になりました。
私は日本語のことばひとつひとつの原意が気になって仕方ありません。
漢字はなんと言っても同郷の白川静氏、
そして相反していた藤堂明保氏を確かめます。
さらに奥深い意味性ではこの辞典シリーズに向かわなければなりません。
この10年、どれほど書庫を探したかわかりませんが、
書庫の最も奥にこれが収納されていたのです。
今、影干しをして自宅のシェルフを決めてこれを置いておくつもりです。
一冊毎に開けてみれば、なんとも辞書の香りがしてきます。
この匂い好きです。


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「『ノンカラー企業』と名辞:ブラック企業と同等の社会悪」


   


     9月 20th, 2013  Posted 12:00 AM

派遣社員が国内の大主力企業で格段に増加しています。
彼らの存在が企業の主体実力なれど、
正社員たち自身は企業病の蔓延にも気づきません。
長時間労働、無賃残業、休日出勤、やがて過労死という企業。
このような事態の企業を「ブラック企業」と呼び出して久しく、
にも関わらず、体裁を「デザイン」で装飾しています。
一方、決して「ブラック企業」ではありませんが、
「デザイン価値本質」の置き換えで誤魔化し企業があります。
私は、このような企業を「ノンカラー企業」と呼び、
こうした企業経営者のノン美学性に呆れています。
初めてこのブログにこのことを記載しました。
このようなことを言葉にし、経営者にも真正面に向かうために、
デザイン企業としての存在は「怖がられます」。
現代、正当性が軽んじられます。反発が怖がられます。
しかし、好き – 嫌い、虚 – 真、損 – 得に、
デザインの本質はサンクションを明確化します。
サンクションとは、賞罰の価値決定です。
私はブラック企業裏側の新興宗教背景が制度観形成にこそ、
わが国企業存在の最大欠点だと確信しています。
「ノンカラー企業」のデザインは、
あくまでも装飾、加飾、粉飾の手法に汚れていますから、
商品はどう評価しようがインチキだと断定します。
デザインは正悪・賞罰のサンクションですから、
いわゆる「イノベーション」はその訳語=革新ではありません。
シュンペンターが「社会階級論」で提示したコンバイネーション、
これはその最終結論が、景気循環はある種の企業錯乱状況であり、
その状況回復は、モノの体系と新制度体系の創出となっています。
私は無論「ブラック企業」の絶滅と同時に、
「ノンカラー企業」も絶滅させる制度設計の真実美デザイン、
この絶対的必要性を訴えます。


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「加飾すること=ファッションスタイルは最初提示の効能」


   


     9月 5th, 2013  Posted 12:00 AM

「スタートレック」3D映画を観ました。
1960年代のこの物語りには24世紀までがきわめて正当な風景です。
そして3Dの映画表現技術の進化をとても実感しました。
登場人物のファッション、
いづれあのようなスタイルになるかもしれません。
最近、私自身、本当にネクタイ大好きですが、
ネクタイをすることが無くなりました。
そしてワイシャツも襟が高めになり、第二ボタンには、
このような開襟スタイルを補助する加飾ボタンを選んでいます。
友人にも、時折、プレゼントしたりしています。
これまで、どれほど夏が暑くても、夏期用のネクタイ選びは、
それなりに楽しかったものです。
また、ノーネクタイは、どこか拍子抜けスタイルでしたが、
特に、今期の猛暑ともなると、開襟のスーツスタイルに対して、
全く違和感が無くなってきました。
そういうこともあってか、この加飾ボタンは一つのファッション、
そのスタイリングです。
ファッションへの価値感はほとんどが、
「好きー嫌い」だけでの商品選びに頼っていることだけや、
ファッションブランドへの好み性に寄りかかっています。
私はファッション商品の価値感をさらに価値感アップするべき、
ということをファッション企業にも発言しています。
私がワイシャツメーカーがこの加飾ボタンを提示してきたとき、
ある種のささやかな感動をしました。
ファッションの大前提は、
装飾性・加飾性が存在演出の効能になっています。
ファッションデザインは「効能性」表現、その価値提示です。
したがって、「好きー嫌い」だけでは、
企業の商品づくりは間違っています。
昨年から、ふるさと福井の繊維に取り憑かれていて、
確実に、織物や編み物、繊維の新素材開発へ発想を向けるとき、
「加飾」効能が、
ファッションデザインの要機能だと思っています。
多分、今世紀からネクタイの効能は薄れていくのかもしれません。
スタートレックのファッション予知、理解可能です。


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8月7日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     8月 7th, 2013  Posted 9:30 AM

8月7日乙巳(先勝)

自分と好奇対象との関係を、
好奇から奇数へと運び上げる
メディアとして、
デザインという世界があることを
明言しておきたい。

『デザインの極道論』好奇


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