Posts Tagged ‘川崎和男のデザイン金言’
9月7日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
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9月 7th, 2010 Posted 10:00 AM
9月7日 大安(庚申)
「諳」(アン、そらんじる)というのは、
明確なことばになることであり、
音というのは、
口の中にものがつまっていてもぐもぐした
不明確な状態を示す。
今でこそ、暗記という書き方をするが、
「諳記」という書き方が
古典的には正しい。
明確なことばになることであり、
音というのは、
口の中にものがつまっていてもぐもぐした
不明確な状態を示す。
今でこそ、暗記という書き方をするが、
「諳記」という書き方が
古典的には正しい。
『デザインは言語道断』致知
Tags: KazuoKawasaki, 川崎和男のデザイン金言, 暗記, 致知, 諳, 諳記
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9月6日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
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9月 6th, 2010 Posted 7:33 PM
9月6日 仏滅(己未)
大衆化を否定するのではない。
大衆化=品位の低下
という図式が拡大してしまったことである。
大衆化=品位の低下
という図式が拡大してしまったことである。
『デザインは言語道断』趣致
Tags: KazuoKawasaki, 否定, 品位の低下, 図式, 大衆化, 川崎和男のデザイン金言, 趣致
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9月5日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
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9月 5th, 2010 Posted 10:00 AM
9月5日 先負(戊午)
ユニバーサルデザインという名称は、
いわゆるシルバー産業に対する功罪を伴った
追い風になってしまったような印象がある。
単なる「共用品」
というレベルであっても困る。
「共用」できることをさらに進化させて、
なおかつ
美しいことが目標でなければならない。
いわゆるシルバー産業に対する功罪を伴った
追い風になってしまったような印象がある。
単なる「共用品」
というレベルであっても困る。
「共用」できることをさらに進化させて、
なおかつ
美しいことが目標でなければならない。
『デザインは言語道断』旨趣
Tags: KazuoKawasaki, シルバー産業, ユニバーサルデザイン, 共用, 共用品, 川崎和男のデザイン金言, 目標, 美しい
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9月4日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
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9月 4th, 2010 Posted 10:00 AM
9月4日 友引(丁巳)
もはやイデオロギー論を論議する時代でもない。
奇特な、
あるいは殊勝なパブリックドメイン主義という、
グローバルスタンダードかつ
ローカルオリジナリティーを創出していく瞬間に
私達は生きている、
と考えるべきなのだろう。
奇特な、
あるいは殊勝なパブリックドメイン主義という、
グローバルスタンダードかつ
ローカルオリジナリティーを創出していく瞬間に
私達は生きている、
と考えるべきなのだろう。
『デザインは言語道断』奇特
Tags: KazuoKawasaki, イデオロギー, グローバルスタンダード, パブリックドメイン, ローカルオリジナリティー, 奇特, 川崎和男のデザイン金言, 殊勝
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9月3日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
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9月 3rd, 2010 Posted 9:29 PM
9月3日 先勝(丙辰)
好奇、すなわち”好きさ加減”を、
かつていにしえの時代には昇華させて
「数奇」の世界観へと展開させた。
自分と好奇対象との関係を、
好奇から数奇へと運び上げるメディアとして、
デザインという世界があることを
明言しておきたい。
かつていにしえの時代には昇華させて
「数奇」の世界観へと展開させた。
自分と好奇対象との関係を、
好奇から数奇へと運び上げるメディアとして、
デザインという世界があることを
明言しておきたい。
『デザインは言語道断』好奇
9月2日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
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9月 2nd, 2010 Posted 11:50 PM
9月2日 赤口(乙卯)
好奇対象から
自分を見失うほどの刺激を受ける。
その瞬間、世間的で一般的な判断、
すなわち常識が存在しない関係が
対象との間に生じ、
自分はその狭間に放り出される。
そこでドギマギし不安になる。
こうした経験を積み上げていくことが
最も大切だと確信している。
自分を見失うほどの刺激を受ける。
その瞬間、世間的で一般的な判断、
すなわち常識が存在しない関係が
対象との間に生じ、
自分はその狭間に放り出される。
そこでドギマギし不安になる。
こうした経験を積み上げていくことが
最も大切だと確信している。
『デザインは言語道断』好奇
9月1日
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9月 1st, 2010 Posted 9:30 AM
9月1日 大安(甲寅)
異常さというのは、
社会性や時代性、
環境での価値基準が
変動するために、
何が正常で、
どこから異常なのかを
断定することがすでに
倒錯なのかもしれない
社会性や時代性、
環境での価値基準が
変動するために、
何が正常で、
どこから異常なのかを
断定することがすでに
倒錯なのかもしれない
『デザインの極道論』倒錯
8月31日
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8月 31st, 2010 Posted 10:52 AM
8月31日 仏滅(癸丑)
倒錯するというのは、
ある類の感覚的な満足感を
習得するための手法が、
一人一人の心理的な困難さの反映が
下敷きになった場合に、
他人から観察すれば、
異常な行為の発見に
なるということである。
ある類の感覚的な満足感を
習得するための手法が、
一人一人の心理的な困難さの反映が
下敷きになった場合に、
他人から観察すれば、
異常な行為の発見に
なるということである。
『デザインの極道論』倒錯
Tags: 倒錯, 川崎和男のデザイン金言, 満足感, 観察
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8月30日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
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8月 30th, 2010 Posted 8:16 PM
8月30日 先負(壬子)
現代は、
まさしく多形倒錯の時代だと
言っても過言ではない。
欲望が「減退」するか「亢進」するか、
「減退させられる」、
あるいは
「亢進させられる」ことが、
情報やデザインによって
操作されているというわけだ。
まさしく多形倒錯の時代だと
言っても過言ではない。
欲望が「減退」するか「亢進」するか、
「減退させられる」、
あるいは
「亢進させられる」ことが、
情報やデザインによって
操作されているというわけだ。
『デザインの極道論』倒錯
Tags: 倒錯, 多形倒錯, 川崎和男のデザイン金言
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8月29日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
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8月 29th, 2010 Posted 9:30 AM
8月29日 友引(辛亥)
罵倒される私になっても、
立ち上がる力を保持している
障害者でありたい、
ということも考えている。
立ち上がる力を保持している
障害者でありたい、
ということも考えている。
『デザインの極道論』罵倒
Tags: 川崎和男のデザイン金言, 罵倒, 自己, 障害者
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