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Posts Tagged ‘松岡駅’


「ほんの少し『鉄ちゃん』ですから、言っておきたいこと」


   


     9月 4th, 2013  Posted 12:00 AM

『鉄ちゃん』というのは鉄道マニアのことです。
だから、ハッカーというPCネット破壊をする人は、
元々はMIT鉄道クラブの「鉄ちゃん」用語でした。
夜、大学に忍び込んでジオラマを変えてしまうマニアのことです。
私が、ほんの少しだけというのは、収集していたZゲージに今は、
触ってもいませんが、書店では鉄道雑誌を読み、
メルクリン社からは毎月新作のZゲージ案内に憧れています。
この男の趣味はワイフには通じません、とても無念です・・・
なぜ、鉄道が好きかといえば、それは母の実家にあります。
昔は福井には京福電鉄があり、まだ私が幼稚園に行く前に、
新福井駅から松岡駅まで電車に乗ることを覚えました。
観音町でドキドキして、松岡駅で降りたら大声で泣くのです。
必ず、駅舎では私がどこの外孫であるかがわかりますから、
駅舎から母の実家に駅で泣いている私のことが伝わるのです。
そうすれば必ず祖父が迎えに来てとても喜んでくれます。
私は祖父にしがみついてまたさらに大声で泣くのです。
祖父が来ないと、母の実家の使用人が来ます。
決まって隠坊が来ます。
彼らは当時私の家来だと思っていました。
私はすぐに泣くのをやめて、
「なんで、お前や」と言ったものでした。
京福電車で降りた駅(左上)は今では(左下)らしいのです。
京福3000系の電車ほどのシンプルな電車はもうありません。
だから、鉄道マニアの間でも京福3000系Nゲージは高価です。
もちろん、Zゲージに無いことが残念ですからいつか造らせたい。
私には、京福電鉄の運転席の後ろから電鉄進行の景観が好きです。
多分、子どもの頃のこの記憶は今も私の大きな景観論だと思います。
とても不思議なことは、鉄道マニア向け雑誌は今も健在です。
そして、毎回のテーマ、全ての雑誌の企画が素晴らしいことです。
先般、思い切って京福電鉄3000系をインターネットで調べました。
間もなく、京阪電鉄の「鉄道まつり」で敬愛する人と対談します。
だから、京阪電鉄の8058の運転席からの景観を毎晩眺めています。


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「松岡正剛という『ち』の出発同位点は隠坊ゆえ」


   


     5月 29th, 2012  Posted 12:18 AM

「連塾・最終回」は岩波から出版されますから、
ここで全容を書く事はできません。
しかし、松岡正剛「連塾」・私の自叙伝の冒頭で、
「隠坊」との出逢いが重要であったことを語り始めました。
それは、私も同一だったことに驚いたことも伝えてくれました。
オンボウorオンボ=「隠坊」という存在を知る観客はいたのだろうか、
私はそう思いました。
「隠坊」は、死体を火葬する斎場に住み着いている坊主です。
隠坊は差別用語になっています。
私の母方の祖父は宮大工大棟梁であり、
木こりから六呂師、瓦焼、落とし紙の紙漉きなどや、
いわゆる部落民はじめほとんど村一族を率いていましたから、
「隠坊」の面倒から斎場の管理までを引き受けていました。
まだ私が幼少の頃(幼稚園に入る以前)、
福井の京福電車に乗れば福井から松岡町に行くことを覚えました。
だから、京福線新福井駅から松岡駅に行って、
松岡の駅で、大声で泣くのです。
そうすれば、必ず、駅から祖父に連絡が入り、
祖父は大抵、「隠坊」二人を連れて迎えに来てくれます。
しかし、時には「隠坊」二人だけが迎えにくると、
「なんや、お前ら二人か」と泣き止むことにしていました。
私が高校生になるまで「隠坊」は私の世話係のような者でした。
「隠坊」はあの世の入り口にまで引率する役割を担っていました。
火葬の火の番を酒を飲みながら夜通し白骨になるまでを見護るのです。
現代、そのような存在も「隠坊」という言葉も消えています。
ある時、私が松岡正剛に、
私は幼少の頃から「隠坊」と過ごしていたことを話したら驚いて、
「隠坊論議」をしたことがありました。
福井県松岡町の斎場は、祖父の葬式をもって閉ざされ、
以後は福井市の斎場にて町民は火葬されるようになりました。
祖父は斎場の建て替えを言い出していましたが、
それを言い出すと必ず死を迎えるから祖母は猛反対をしていましたが、
祖母が先立ちました。
二人の「隠坊」もすでに亡くなりました。
二人とも傷病兵で、一人は片目が無く空洞の眼孔を持ち、
一人は松葉杖を突き、
夕食は必ず酒を玄関脇の板の間・蓆部屋で飲んでいました。
あの世への入り口の話をどれだけ聞いたか分かりませんが、
すでに私は三度もあの世への道を辿り門前から戻る経験があります。
「隠坊」の話は、語り継ぐべき日本の閉ざされた引導話全容です。
そのことを語れるのは、私と松岡正剛しか居ないでしょう。


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