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「父の死再び・会話と対話」


   


     8月 19th, 2011  Posted 12:42 AM

才能ある若者が帰省。
必ず、長期休暇はふるさと。
しかし、今年はいきなり彼の定めに直面。
ほとんどチャットのごとく、
「今の状況は」という会話をしました。
この会話は、私には対話でした。
この若者は学生時代に起業し、
いわゆるベンチャー企業をこつこつと成功。
突然、彼が会いたいとのことを知り、
以来、年長者としての意見をしばしば厳しく指南。
上場したいという旨を言い始めた時、
私は「今やるべきではない」とまで踏み込みました。
二年後、「今じゃないか」、即彼は実行。
ベンチャー企業は日本では成功しない、
私もそう感じ、日本の「出る杭」を経済界は叩きます。
経営感覚にあるべき才能を分別できないわが国経済界。
老人無責任経済界を徹底的に批判しておきます。
彼の連続するアイディアと地道な精進さは、
今ではベンチャーとはいえない企業に成長しています。
私の教え子で最初の工学博士(工学+デザイン)を、
彼の企業で教え子も修行をしています。
その若者は彼の全休暇を父親孝行を果たし終えました。
私は彼とのこれまでの関係ではなくて、
彼も私も一人っ子、だからトマト大嫌い。
だからこそ父親の最期を看取らなければならない定めを共有しました。
昨日、彼の父上は人生を終えられました。
あらためてMacPower誌・2000年2月号、当時連載で書いた私の父、
その死とどう向き合ったかを読み直しました。
私は、父の死でチベットの「死者の書」から、
「諸仏諸菩薩守護祈願文」を書きました。
葬礼が終わったら、彼にその記載を渡すつもりです。
父の葬礼では父も私も知る地方新聞社の編集委員の方から、
「父君は 阿弥陀の側で ほとけなり
生きるもろびとへ 光りておわす・・略・・」
この詩を彼にも共有してもらいます。
君の父上は、君を育てられた一生でした。
その役割が定めだったのでしょう。とすれば、
君は君の世界でリーダーであり続けなければなりません。
だから、私は君をうらやましく思います。
君のこの全休暇でたくましく全親孝行をつくしました。
私にはできなかったことです。
それでも君とこの数日深夜、私は君とFacebook上で、
私もまた「父の死」と対話をさせてもらいました。
感謝し合掌するばかりです。
いづれ、父親論を語り合いたいと思います。
君の「親孝行ぶり」を全て見つめさせてもらいました。

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