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Posts Tagged ‘高さ’


『バリアフリー・身障者対応は老人医療に連鎖』


   


     7月 23rd, 2017  Posted 12:00 AM

車椅子生活になった40年前、そして30年前も
私は銀座で、あるいは空港でもほとんど車椅子に乗った人とは
出会ったことがありません。
ところが最近では、一日に3〜10名には出会います。
すでに私は電動車椅子に乗っています。
絶対に電動は使わないと言っていたことがあります。
しかし、もはや体型にも変化があり、
電動なら日本では時速6kmですから、相当に早いのです。
しかし右上のように段差3cm程度の傾斜があれば無理です。
一応、段差無しという右下のユニット程度も無理です。
まして左では完全に行動は不可能です。
日本はいわゆるバリアフリーがサンクションにはなっていますが、
点字ブロックも駐車場でも車椅子OKはルールありといえども無理一杯です。
それこそ高級レストランでは、階段があっても若い男が手を貸しますとか、
私は拒むことにしています。
それならスタッフが手慣れた移動可能。
万一、落下したらどうなる?なんです。
電動では周囲が手助けしても、現在は絶対に無理です。
手動なら車椅子をまず高さを確保、
そして使用者を二名〜四名が抱き上げるという方法です。
2020年パラリンピックで、車椅子選手や身障者対応へは
相当の、あの「身障者おもてなし」?
嘘でしょ!というのが、現在の私の心情です。
大阪大学はパラリンピック支援大学になっています。
だから伝わる人には「言いたいこと」一杯あります。
身障者対応はまさに「老人医療」と結びついているのです。
75歳になれば、必ず車椅子使用者は70%なのです。

* 『通称・点字ブロックのデザイン間違い!』
* 「デザインは皆無だ!・・・誤りのデザイン」
* 「石畳の街、その文明と文化」
* 「ブリューゲルが描いた盲目の人たち」
* 『電動車イスの効能的制度設計からの性能・機能デザイン』


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『レストランテーブルの高さに車椅子使用者ゆえ注目』


   


     7月 21st, 2017  Posted 12:00 AM

ようやく気づいたと私は思いました。
これはいわゆる食堂、レストランという建築空間です。
何に気づいたということでしょうか?
テーブルの高さを見てもらえば分かることですが、
通常、日本ではほとんどというかすべからくテーブルの高さは700mmです。
しかし、喫茶店になるともっとテーブルの高さは低いのです。
私はたとえば企業のC.I.などの企業イメージづくりに関わるときには、
特に食事をするテーブルは750mmにすることを薦めます。
理由はとても簡単なことですが、車椅子での使用勝手では当然なのです。
これは京都のそれも米国的な雰囲気を若者対象にしているレストランです。
ともかく京都は外人が多い街であること、
それも在住している白人が多いということに起因しているでしょう。
東京でも一流ホテルなどのレストランはほとんど海外仕様で、
テーブルの高さは750mmですから椅子の高さもそのテーブルとペアです。
このテーブルの高さがなぜ私は気にしているかということです。
それは車椅子使用者にとって、テーブルの高さはとても重大だからです。
正直なところ国内のホテルやレストランで海外と同じテーブルの高さは
全く出会ったことがないということです。
昨夜もユニバーサルデザインやバリアフリーが日本ではサンクションだと、
一応記述しましたが、車椅子生活も40年で、自分の職能からも、
ましてはユニバーサルデザインを自分職能の領域にしていますが、
バリアフリーはほとんど実現はしていないのです。
もっと正確な事実を明らかにするべきかと考えています。

* 『統一、いや統合には四つの分類があるが気づくだろうか』
* 「アイデンティフィケーション、そのデザイン体験」
* 『もし、このデザイナーから学ぶことが無いなら・・・』
* 「C.I.デザインの源流としての思想」
* 「現代的アートが象徴していることは企業革新テーマ」


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『エレベーターという発明と社会倫理』


   


     12月 26th, 2013  Posted 12:00 AM

人類の発明として、人間が高い場所に登るには、
「階段」で、足の裏と視覚で場所の高度感を感じて移動するモノと、
一挙に高さを移動してしまう「エレベーター」があります。
しかし、この中間はまだ無いことに留意する必要があります。
そして、エレベーターの存在は、私のような障害者には大変便利です。
私自身、車椅子必要者にとっては、
「エレベーター」のおかげでどれほど行動が楽になったことでしょうか。
建築は勿論、飛行機から新幹線などの乗降ではいっぱい体験してきました。
特に、新幹線では、まだエレベーターが無かった頃は、
東京駅では終戦映画で観る、「地下道」が利用されていました。
今も「地下道」は、駅の運営では大事な場所になっています。
しかし、海外から車椅子の人があの「地下道」では、
その臭いや雑然とした戦前からの印象は余りに酷いものです。
私の役目と思って、国土交通省に乗り込んで実情を訴えました。
当時の扇大臣が視察をして驚愕をされたと聞きます。
すぐに「エレベーター設置」が決定しましたが、
完成したのはその3年後でした。
最近は、あのエレベーターは、障害者やベビーカー優先です。
ところが、若者達が平然と乗り込んでいます。
しかも、この日本では通常の風景になっています。
大間違いです。
海外では、必ず、障害者や妊婦さん、ベビーカーが優先です。
だから、私は怒って若者に警告をします。
「私は日本人だが、万一、海外の人だったら恥ずかしい」と。
みんなが黙り込みます。
私は、このエレベーターのデザインそのモノを変えないと、
わが国の社会倫理は護られないと思っています。
現代は、決して「他人との軋轢を避ける人間だらけです」。
あたかも性善説の顔をした性悪説に汚れきった若者が増えています。
これを許すべきではない、「おいコラおじさん」が必要です。
性悪な人間があたかも性善な顔立ちの人間は、
制裁をする必要があると私は判断しています。


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「わが国の展博・コンベンションデザインは遅れている」


   


     7月 7th, 2012  Posted 12:11 AM

私の見本市・展博・展示会経験は「晴海見本市」会場から始まりました。
東芝時代、オーディオフェアに限らず70年代は、
ほとんどが晴海に見本市会場がありました。
それから、「幕張の見本市会場」が出来ましたが、
会場までの交通の便が不便でそれほどの効果はありませんでした。
そして有明の「ビックサイト」が出来ましたが、
私は失敗作だと思ってきました。
つまり、日本にはコンベンション会場が皆無と言っていいでしょう。
ミラノ市は敗戦後、
すぐにこの「コンベンション都市」をめざしましたから、
世界の見本市の中心地的存在になっています。
私は20代で、オーディオフェアのディレクターに自分から申し出て、
その実務経験をし、展博デザインを学びました。
今回ISOT(国際文具・紙製品展)では、
展示ブースの上に、アドバルーンが数個浮かんでいたので、
私のある経験を思い出しました。
晴海の見本市会場では、展示ブースには高さ制限が規定されていましたが、
私はアドバルーンを上げることを思いつき、実行したところ、
それは事件になりました。
展示会の事務局から「展示違反」、
そのバルーンを下ろしなさいと通達がありましたので、
そのバルーンの糸を切りました。
そうしたら、かえって目立ったのです。
もう事務局は何も手立てがなくて、
開催期間中は最も目立つブース位置表示になったということです。
今では、アドバルーンはOKですがまったくオリジナリティが無く、
日本の展博デザインはほとんど進歩していないことを象徴しています。
日本には展博デザイン専門の学科がまったく無いからかもしれません。
交通の便が良くて、
会場の広さや展示デザインをより高度にするべきでしょう。
いわゆる展博の企画会社にはデザイン部門が無いことも大きな原因です。
展博・コンベンション手法は日本が様々な産業のホスト国として
先進性を連続保持することは貿易立国としての重大な要件です。
10月には、二つのわが国にとって重要な展博に関わります。
さらに、展博アイテムそのもののデザインから、
新しいコンベンションスタイルを産み出したいと考えています。


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「国際的な加飾ディフォルメゆえの標準品」


   


     3月 14th, 2012  Posted 12:00 AM

デンマークの有名陶磁器ブランド・ロイヤルコペンハーゲン。
このメーカーの商品には、
伝統的でありかつ世界的な標準品になっています。
中でも著名なモノは「ブルーフルーテッド」シリーズでしょう。
加飾されているのは草花のディフォルメであり、
陶磁器としては最も簡潔なブルー色を基調色としています。
ボーンチャイナへの釉薬としての青は
とても率直な釉薬として酸化性の標準的な管理が容易です。
果たしてこのシリーズがなぜ、
国際的な標準品なのかを確認しておく必要があります。
ポイントは、コーヒーカップ、ティーカップは、
口径や高さ、そしてソーサーとカップの関係は伝統的です。
この伝統性に、安心感があります。
加飾された草花のディフォルメ模様は
すでに一般的な認識性は獲得済みです。
ディフォルメされている描写性には
正確性が無いことも標準化容易いのだと思います。
そして、この商品は贈答品としての品格があります。
日常的に陶磁器は割れますが、
その補充性は世界中どこでも可能という流通性を持っています。
しかし私の予想では、
この商品はすでに「問題児商品」への傾向が生まれています。
したがって、加飾ディフォルメはそのままに、
色を青から黒などへと展開を始めています。
つまり、この製品はデンマークという
モダンデザインが一般に最も普及している社会性に支援されていますが、
このブランドの将来性は
いかに革新されていくかを注視していくべきでしょう。
私は、そろそろこうした陶磁器のデコレーション=加飾性や、
陶磁器材料が革新される時期が来たと判断しています。

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