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Posts Tagged ‘GUI’


『イコン=アイコンが明解なモンブランとペリカン』


   


     9月 7th, 2016  Posted 12:00 AM



作家にとって万年筆は商売道具です。
はっきりと明言すれば、万年筆は一般的には、
モンブランかペリカンかどちらが優れているのだろうということになります。
これには自分が様々な作家の結論はペリカンがいいということです。
そしてさらに万年筆の「アイコン」性がこの二つのブランドにはあります。
モンブランにはいわゆるモンブランマークがあり、
ペリカンの軸には縦縞があります。
これを今では「アイコン」と呼ぶようになっていますが、
アイコンというのは、本来は「イコン」のことでした。
元来は宗教画の「図像」、ピクトグラムの源流になっていますが、
これがGUI=Graphical User Interfaceが生まれると
イコンがアイコンになりました。
そして現代商品にとってかたち=図像イメージがブランドを決定しています。
モンブランとペリカンは万年筆では筆頭のよく知られたメーカーであり、
メーカーとしての性能は作家たちにも好まれ、道具機能の代表的なモノです。
ブランドとしての効能は商品のイメージすなわちアイコン性を決定しています。
このアイコン性が認識されない限り、機能的な商品価値としては、
ブランド価値が無いということになります。
それこそ、かつてはスーツの胸ポケットに万年筆というのは
野暮なファッション、
これが定説でしたが、今では胸ポケットに挿します。
その時、万年筆のキャップトップにアイコン性が必要なことです。
残念ながら国産の万年筆にはこのアイコンがありません。
性能は極めて優れていますが、アイコンが無いこと、
すなわち元々のイコン性が大欠落しているのです。



* 『神仏像をもっと知っておきたいと考える』
* 「丸ポスト・街角のアイコンから貯金アイコン?」
* 『赤・この色がブランドを決定づけている』
* 『「ブランド」論を語る無知なコンサルタント信ずるなかれ』
* 「コンピュータを強く認識したときの人物と試作デザイン」


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『メディア・インテグレーションを追いかけた経験作品』


   


     12月 13th, 2014  Posted 12:00 AM



ちょうど日本がバブル真っ最中の頃には、マルチメディアが喧騒。
福井にいる私にまで多大なデザイン依頼が連続して来ました。が、
福井から東京を傍観していて「これは変であり自分は加わらず」。
その時に私はApple本社で「メディア・インテグレーション」を学び、
その具体的なsweet-pea開発に従事していましたが、
このコードネームがすっぱ抜かれて、popeye開発になりました。
Apple180万台+IBM80万台+東芝40万台の開発に関わっていました。
私は福井とクパティーノ、時に東京の東芝、
米国からはシャープ(Newton開発)帰りが福井でミーティング。
だから、マルチメディアの不足を知り、東芝に届かないGUIまでを
存分に知り尽くすことが出来ました。これがインターラクション、
特にPCと人間の使い勝手の基本になったと思っています。
メディア・インテグレーションだと未だに言い続けているのは私だけ。
しかし、明確にインターネットだクラウドだというのは、
情報の統合化が進行していることにすぎません。
もっと、明確に言えば、クラウドやインターネットの次世代まで、
それは統合化を超えた新たな概念が必要だということです。
ちょうどsweet-pea(モデル写真)のCDとポップアップメニュー、
とりわけ、このメニュー構造のシンタックスは知られていません。
私は、今、メディア・インテグレーションでの体験からの進展方向を
コンシリエンス=consilienceに持ち込む計画に入っています。
つまり、情報の統合では、元来の「学際」化が必然であり、
それこそシンタックス可能な領域の設定と統合だけの不備さをさらに
焦点化と拡散化を狙っていくことだと考えています。
その実例が、このポップアップメニューに含まれています。
これまでのApple製品にもこのシンタックス性は未登場です。
これからの私のデザインでは、
コンシリエンスとシンタックスを
具体的なこのポップアップメニュー(プログラム有)を
参考に展開していくつもりです。

『コンシリエンスデザインの認識に向けて』


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「コンピュータを強く認識したときの人物と試作デザイン」


   


     6月 14th, 2013  Posted 12:00 AM



東芝入社早々に、COBOLとFORTRANを学ばせられました。
大学時にタイプライターを学んでいたので、
パンチカードでプログラム打ち込みは得意でしたが、
大きな疑念が残りました。それはいづれ書きます。
しかし、AppleⅡの登場とMacintosh128Kで私はこの世界が、
必ずデザインの手法を変えると直感しました。
それから、様々なコンピュータやパソコンと出会い、
1990年代に、私はApple本社・ジョン・スカーリー会長直属の、
デザインコンサルタントになりました。
東京のバブルを横目で見ながら、クパチーノ本社、
その社長室で、私はアラン・ケイ氏に突然会わされました。
ほとんど躊躇も上がりもしない私が仰天し慌てました。
日本でも彼へのプレゼンがありました。
当時「Jeep」というコードネームの生徒向けパソコンです(右)。
ともかく、アラン・ケイが発明したパロ・アルト研究所での、
彼のコンピュータがジョブスを刺激し、Macに繫がる訳です。
キーボード・モニター・マウス・GUIこの四つが
WYSIWYG=(What You see What You Get)になって、
パソコンが今日に至っています。
私には、当時は七つのプロジェクトがありました。
その中で、生徒用、学生用ではありません。
つまり、小学生がバックパックに収めて使えるパソコンでした。
ちょうどその頃には、AppleとシャープがPDA=Newtonを開発。
Newton100と同等の大きさのキーボードが求められていました。
私は、現在のキーピッチを計測し直して、
そのキーピッチ余白を省略すれば、
その余白分で拡張可能がわかって実装化ができたというわけです。
もっとも、ジョン・スカリーとアラン・ケイともに、
このプレゼンを箱根でやったことは思い出ですが、
本当に存分にその頃は、
米国でパソコン開発の困難さを東洋人として知った気がします。
しかし、アラン・ケイは私にとって「雲の上の人」でした。
それでも、当時、すでに現在のトラックパッドや、
USBにつながるであろう会話は始まっていました。
「マルチメディア」全盛の時、
「メディア・インテグレーション」がコンセプトでした。


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「Nomenclator・ロボット、GUIからAUIへの提示」


   


     12月 10th, 2012  Posted 1:18 AM



「ロボットデザイン基礎学」という提案をしてきました。
そこには、二つの系譜があります。
阪大に特任教授としてフロンティア研究機構では、
ロボット・原子力・人工臓器をテーマにさせてもらいました。
その頃、FOMAの企画に参画もしていましたから、
GUI(Graphic User Interface)から
AUI(Agent User Interface)を持ち込んでいました。
したがって、ロボットについては、
ヒューマノイド系とメカノイド系が共存していたので、
なんとか、この融合体、
あるいは何か別個の形態とその名辞が必要だと考えていました。
したがって、名市大と阪大で、
ともかくまずはCGでのロボットデザインを設計しました。
その時には、マービン・ミンスキー「心の社会」が一つのテキストでした。
心の中にいくつかのエージェント=自分の代理人が、
それぞれの役割を「心」という機能分担しているという話に惹かれました。
そこで、Iso-nome Pro-nome Para-nomeを
ロボットの機能・性能アイテムにできないかと想像したのです。
そして、出逢った言葉に「Nomenclator」がありました。
ヨーロッパ中世の頃に、領主の召使いを表す言葉でした。
ノーメンクレーターは、領主が散歩をしていて小作人に出逢うと、
その小作人の名前や家族構成を伝える役割をする召使いでした。
私は、まさにロボットというのは、
人間にとってこの召使いになるべきではと直感したのです。
日本的には、事代の命的な情報分担役目だと納得しました。
このところ、
ロボット学者の石黒教授のアンドロイドは
私に大きな啓示を与えてくれました。
「ロボットの創造が人間とは何かを知る」という発想には、
これからのデザイナーの役割が見えてきた気がするのです。
GUIでの単なるアイコン表現やグラフィカルな表現での手続き、
そのデザインではありえなくなってきたのです。
IntelのTV-CFを観ていても、
ウルトラブック(Ultrabook)はパソコンにもなるというのは思考不足です。
人間とロボットとの関係、
それは人間が、それを心ある存在だとするなら、
自分の代理人になる資質とか気質あるいは能力を再熟考してみるには、
まさに石黒教授が自分自身そっくりなロボットを設計実現している
あのヒューマノイドの意味と意義がはっきりと見えてきている気がします。
この二日間、石黒教授と同じ壇上でそれぞれの講演をして、
新たなステージに、
ロボットデザイン基礎学の改編が出来る気分になっています。


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「Knowledge Navigatorへ、進歩と進化とは」


   


     10月 29th, 2011  Posted 12:00 AM


車椅子生活になっても、
日常の傍らには常に進歩していくMacがありました。
今も毎日Macに向かっています。
ジョブズ氏の想像力が果たしてきた世界に、
自分の日常性があったと言ってもいいでしょう。
私の「意識革命」はまさに、Macであり、NeXTでした。
幸運にも、Apple社2代目CEOのスカリー氏には、
デザイナー提案をするという体験ができました。
その彼が、未来を提示してくれたアドバンスデザイン、
それが「Knowledge Navigator」でした。
このパソコンが当時夢を与えてくれた世界、
それが実現しているのでしょうか、
進歩と進化の差異性を考えてしまいます。
Nnowledge Navigatorは将来のパソコンを、
Knowledge=情報と定義したのです。
「意識革命」では、情報=Consciousnessでした。
ところが日本では、
今なお情報=Information=案内です。
私は、情報=「情勢報告」=Intelligenceという
森鴎外翻訳説も見逃せないと考えてきました。
だから情報機器は、「知識・意識・諜報・案内」、
この四つを自己操作だけでなく機器の人工認識に、
進歩ではなくて進化させていくべきか、
いかにナビゲートするべきか、そんな手法こそが、
パソコンの存在価値を決定すると考えてきました。
その基本がWYSIWYGであり、具体的手法はGUIでした。
結局、GUIからはまだ逸脱していません。
私は、Agent Interface、 Gesture Interface、
さらにはNome Interfaceを追いかけています。
ジョン・スカリーは、自分自身をCEOとは位置づけず、
Chief Listenerと名乗っていました。
その自称性格が超ワンマン性ジョブズ氏を退任させ、
なおかつKnowledge Navigatorを、
Apple社の目標シンボルにしたのでしょう。
そして、この決断がパソコン歴史、
その大きな1ページになったのだと思います。
私は、パソコンの歴史にこそ、
「進歩と進化」の差異性があると判断しています。


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『資本主義からの逃走』
  「Ambient=情報空間に向かうMedia Alliance」


   


     9月 16th, 2010  Posted 12:00 AM

起動音
Ambientを、音楽環境と定義、
いやそう呼称したのは、1970年代のブライアン・イーノです。
マイクロソフト社がWindows95の3秒間の起動音は、
ブライアン・イーノに依頼をしています。
そして、このいわばジングル的な音響が、新しい情報化その進化を伝えることになりました。
実際、彼の作品には”Going Unconcious”というのがあります。
しかし、この起動音は「コンピューターのある空間」へのAmbientだったという意識は
当時はまったく無かったと思います。
むしろ、MacOSのGUIを引用していたことの方が私の記憶にあります。
これらのGUIによって、世界中がパソコンを日常の道具となり、
ユビキタスの概念も登場してくるわけです。
ところで、大阪万博では、クセナキスが日本をテーマとした「響き・花・間」も、
すでにAmbientの先手だったと私は認識しています。
クセナキスはもともと建築家でしたが、
現代音楽と環境、サウンドやレーザー光線などのインスタレーションは、
情報空間を予知して表現だったと思っています。
この作曲ではIBM360が使われていたと記憶しています。
情報空間に音楽空間が結びつくことを、私は「Media Alliance」とひとまず呼ぶことにします。
これは、「Media Integration」からの進化形となっていくでしょう。
私はこれを「Media Alliance」としてのデザイン文脈づくりをしていきたいと考えています。


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