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Posts Tagged ‘MIT’


『今でも、最も美しい、NeXTの存在』


   


     8月 23rd, 2017  Posted 12:00 AM



今ではほとんど忘れられているパソコン、
当時はMacintoshがようやく知られていましたが、
これもスティーブ・ジョブズの仕事でした。
それはNeXT Stationでした。
私は以前の大学では二台使用し、もう一台は自宅でした。
その自宅でのNeXTを発見して、もう一度使ってみようか、と考えています。
阪大にもMacSEがありました。が、やや黄ばんでいましたが、
あらためて使いたい気分になりました。
自宅で見つけたこのNeXTは、もう一度見直してみると、
私はこれを部屋のディスプレイに置いて使って見たい気分になりました。
確か、アップルジャパン設立10周年記念講演に出たことがあります。
その時には、Digital Equipmentのパソコンに
NeXTのLight Showを入れて画面投影をしましたが、
Digital Equipmentとは分からないようにということで、
アップルから指示がありました。
同時に講演したのがジョナサン・アイブでした。
まさか、Digital EquipmentでLight Showが動くということには、
アップル社にも大変驚かれた思い出があります。
Light Showが今のKeynoteになっていると言えるでしょう。
さらに思い出すのは、なぜか、NeXTには、
「シェイクスピア」がほぼ全巻入っていました。
ともかく、ジョブズが思い切りやりたいことをやり遂げたデザインでした。
私は今でもこのコンピュータほど美しいコンピュータは無かったと思います。
これからこのコンピュータを思い出すためにも、
記述しておく必要があると思うのです。
なぜなら、当時はまだウィルスやハッカーという存在はありませんでした。
当然、SNSなどもなく、1200bpsでの通信ネットワーク?だったはずです。
ともかく、「ハッカー」というのはMITの鉄道クラブで生まれた言葉でした。
それは夜の間に鉄道模型ジオラマをやり替えてしまう人のことでした。
もう一度、動かすことができるのかどうか、です。
そういえば、当時、阪大は400台が投入されていました。
誰が中心?、
これを聞いたところ、3名の教授が「私だった!」とのことです ?。
もし、・・・だったら、「変わっていたはず」と私は思います。



* 「哀悼・スティーブ・ジョブズ氏」
* 『パソコンの小さな歴史の物語り』
* 「現代の道具・LSIのやり直し」
* 『メルクリンの世界も私の憧れのコレクションだ!』
 「Power Point・進化もしないソフトに才能を乗せているのは能無しを自己証明」


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『無駄な投機だった医工学の廃止が証明できている』


   


     6月 23rd, 2016  Posted 12:00 AM



文系と理系が大学教育では完全に分離してきました。
文理融合は必然の教育テーマになっています。
都合のいいことは、これをまた米国の大学から、
d.Schoolのそれこそコンセプトを知らされると、
余りに見事、i.Schoolを掲げて、
文理融合というより、デザインの発想を取り入れるのが大きな手法となり、
「デザイン思考」がその決め手ということになりました。
しかし、理系を文系に、文系を理系に接近させたところで、
その合致点は、結局、理系そこそこ、文系そこそこ、
デザイン思考ならば、デザインには確実な実技がともなっています。
具体的には、「スケッチが描けること」が必須なわけです。
スケッチが不得手であったなら図解の基本は?となり、
現実にデザイナーが居なくては、この教育は全く不可能なのです。
阪大は、デザイン思考に疑念を持ち、徹底的にその源にもどりました。
それは「コンシリエンス」という
知識・知恵の造語を19世紀に見つけました。
それを自分は「コンシリエンスデザイン」として、
最も何も社会化出来なかった医工学に当てはめる論理を打ち立てました。
そうしたら米国のMITでは「コンシリエンス」に
科学−社会自然学を適合させていました。
とても明快になりました。デザインは「問題解決」ゆえ、
その対象を「看医工学」に差し向けると、
一体これまで何を実現してきたのか、
どれだけ税金を投機し無駄に終わってきたのか、
その医工学の欠点が明らかになってしまいました。
なぜなら、看護学・医学・工学・保健学によって、
安心・安全・最新医療環境・予防までが明快に論理解決できたことです。
明言すれば、医工学のこれまでの効能性ゼロを証明してしまったことです。

*『デザイン言語表現がコンシリエンスデザインになる』
*『『デザインとは何か?』=デザインとは前頭葉である』
*『手描きスケッチのツール』
*『プロとして元気の素は鉛筆への作法』
*『イラスト・漫画はデザインスケッチでは無い』


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『メルクリンの世界も私の憧れのコレクションだ!』


   


     11月 21st, 2014  Posted 12:00 AM



鉄道模型には子ども頃から心惹かれていました。
しかし電車の運転手になろうなんてことは一度も思いませんでした。
鉄道模型が欲しくて、祖父なら買ってくれるだろうと思って、
祖父にねだったことがありました。
はっきりと言われました。「大きくなったら自分で買いなさい」と。
大人になってわかったのは、メルクリンはとても高額でした。
ところが、東芝に入社して、上司がメルクリンに凝っていました。
いつかは自分も買い求めて部屋中をジオラマにしたいと思ってます。
だから、それなりにメルクリンを収集してきましたが、
とてもジオラマを創り上げる時間はまだありません。
「ハッカー」というのは、今ではコンピューター用語ですが、
本当は、MITの鉄道模型クラブのジオラマを、こっそりと、
一夜にしてやり替えてしまう連中を呼んでいた言葉でした。
鉄道模型、ジオラマの世界観は、とても優れた高度な知的趣味です。
そして、これまでメルクリンに憧れて、私なりの基準の収集性は、
実は大きな変化がきていたのです。
それはアナログだったジオラマが、すっかりとデジタル化しました。
それこそ、メルクリンクラブがありましたが、もう無くなりました。
これまで鉄道模型なら、なんとしてもZゲージ!
そうした人が激減してきた気がします。
メルクリンショップも、本当に少なくなってしまいました。
だから、毎月メールでの案内に心が躍ります。
私は、オーディオの世界もメルクリンの世界もやはり、ここには、
明確なダンディズムがあると確信しています。
そして、かつてはアナログ世界ゆえに面白くてたまらなかったコトが
デジタル化によって失ったコトがなんだか多い気がしてなりません。
Zゲージの世界は、やはりとても高額であり、
この世界観を楽しむのには、おそらくビジネス世界でも、
相当に成功しなければ、この世界は手に入らないのかもしれません。
メルクリンの世界観は、やや「鉄ちゃん」ということとは、
大きな違いがあるのかもしれません。



「遠くへ行きたいからという本能」


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8月3日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     8月 3rd, 2013  Posted 11:44 PM

8月3日先勝(丁亥)


MITが最高だなどというのは
神話に過ぎない。
目を覚ましなさいよ。
大企業の経営者さん。



『デザインの極道論』量感


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「スピーカー企業の社長は学者であった」


   


     7月 15th, 2013  Posted 12:00 AM



私の愛車SL-500はBOSEのスピーカーです。
正直、BOSEのスピーカーはマニアにとってはやや・・・でした。
BOSE日本支社から、依頼がありました。
スタッフに言いました。
「BOSEのスピーカーは、やりたくないよ」って。
違いました。私への依頼は、
「日本にデザイナーなのに人工心臓をやっているらしい」、と。
日本支社長は阪大で医学系の教授たちとも会いたい、という依頼。
大阪大学附属病院の会議室で、ボーズ社の真実がプレゼンされ、
それは医療機器や振動抑制装置でした。
阪大はその装置導入にあたって、ボーズ氏来日講演を依頼。
しかし、彼の来日は高齢であり、スピーカーではないことを強調。
「彼はMITの学長候補を断り続けている」という話を伺いました。
スピーカーメーカーの利益は全て彼の研究資金であり、
万一、MIT学長になれば、その利益は大学に差し出すこと。
そのような話を聞き、スピーカーが世界的にヒットしたのは、
この日本であって、ボーズ=坊主のイメージ脱却の苦労話でした。
彼の教え子はすべて医療機器の研究者であり、
FDAの担当者は彼がリーダーだと教えられました。
やがて、そのスピーカーそのものも日本で生産されていました。
つい最近その生産を解消したことも知りました。
日本でボーズを成功させた社長も引退されましたが、
結局、その経営手腕はある大手の通信販売企業社長をしています。
それでも、私はボーズの超小型スピーカーをじっくり検証して、
当時、EIZOのたった400ccのエンクロージャーでの
f0を絶対に80MHzにする方法に苦しみました。
そこで、思い切って、ボーズ社の日本支社長に聞きました。
「本当は教えてあげられないけれど・・・」と言いながら、
そうなのか!、を知りました。
一度、米国に会いにいく約束を伝えてもらいました。
やはり、別れの時期が来るのです。
彼は逝きました。
参考になる超小型スピーカーをいただきました。
そのような出会いのあとにSL-500の音響は精度を上げました。
合掌。


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「あらたな『危機管理』だが・・・困難か」


   


     4月 17th, 2013  Posted 12:00 AM



朝一のニュースで、やはり・・・と思いました。
世界5大マラソンで、ほぼプロたちのマラソン大会といわれる、
「ボストン・マラソン」が狙われて、
これはテロリズムだと思いました。
最近、大学の文系で「危機管理学」の受講生が多いと、
その講義を担当した期間限定の教授経験者から聞いたところでした。
ボストンは、米国で、私が一番長く過ごした経験の街です。
ハーバード大やMITがあり、
コンピューター・ミュージアムは当時大好きな資料館でした。
「ユニバーサルデザイン」を米国に定着させた本部もありました。
その街が誇るマラソン大会がテロリストに狙われ、
実行されてしまったようです。
「危機管理学」は、
1990年代に学域になった新しい学問です。
1960年代のキューバ危機
1970年代の地球環境の存続問題
1980年代の国際的な経済格差による貧富の発生
1990年代の旧ソ連の崩壊が、
この学問の決め手になったようです。
したがって、現代の「危機管理学」は、
国家の安全保障と、組織、企業から個人の危機管理までが、
その学域対象になりました。
つまり、「人間は常に命を脅かされる最悪の状態」にある、
この意識を認識しその状態から、
安心と安全になれる日常的な準備体制までを対象にしています。
米国で9.11によるアルカイダのテロリズムが、
全世界を震撼させて以来は、
さらに世界的には「テロリズム」という、
あらたな戦争体制に晒されています。
それが、昨日の朝、目覚めるといきなりこのニュースは、
全世界を混乱に落とし入れたのです。
私は、この4月から大阪大学大学院に、
危機管理工学プロダクトデザイン寄附講座」を開設しました。
インターン学生の選抜での個人面接をしながら、
テロリズムを完全防止するモノ、そのモノを生産する産業化も、
「危機管理デザイン工学」の対象になると考えています。
しかし人類とは、
なぜもこうして「他の人々の命を最悪の状況」にするのだろうか、
その根本的な哲学が必務だと確信しています。
ボストンマラソンのこの大事件が、
本当にテロリズムかどうかは不明にされていますが、
私は、新たなテロリズムで、
マラソンという平和な人類の文化資産を壊すことは許せません。


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「デザイン史の講義を語るにはロシア・アヴァンギャルドから」


   


     12月 21st, 2012  Posted 12:00 AM



17年間、「教育としてのデザイン」を語ってきました。
名古屋市立大学時代は、
明確に「デザイナー養成」が大一義の目的でした。
大阪大学大学院では、「デザイン」を専門家の立場から、
前期は、すべての学部からの希望者に、
後期は、大学院特論として工学研究科相手なので、
デザインに関する「教養」となることを目標にしてきました。
いづれにしても、
デザインの歴史をどこを起点に語るかということは、
いくつかの入り口があります。
一般的には、
・ウィリアム・モリスの
  「アーツ&クラフツ運動」を踏まえて「バウハウス」、
・そして米国での大量生産・大量消費から現代へ
・日本の「民芸運動」から、戦後のGHQへの室内装飾
・具体的なデザインされているモノからなどがあります。
が、私は、ロシア革命・ロシアアヴァンギャルドを起点にしてきました。
そしてこの講義資料は、
MITによってまとめられた「fifth dimension」があります。
昨日は、今年最後の講義で、
ロシア革命からロシアアヴァンギャルドを主体に話してきました。
その大きな理由は、
「ロシアアヴァンギャルド」や「バウハウス」は沢山、著作がありますが、
「Resolution “A” in Art」(1919)については、日本語版は皆無だからです。
学生たちは、これまで、「デザインのイメージ」は決まって、
かっこいいかたち、色、機能性、設計への付加価値づくりに
集約しています。
「海洋デザイン戦略論」という講義も担当していますが、
阪大・神大・大阪府大の大学院博士前期課程への講義においても、
ほとんどの学生のイメージが同等です。
したがって、「教養としてのデザイン」には、
実務・マネージメント・手法・問題解決・思想、
そして産業経済哲学としての「デザイン」を認識してほしいからです。
私はデザイナーとして40年、
もちろん「かたち」に集約されるデザインの基盤・背景・論理の源流を、
ロシアアヴァンギャルドからバウハウスから現代のコンテクストが
最も大きな歴史だと確信しているからです。
現在、
日本の産業界がデザインを疎んじている傾向がある最大の問題は、
経営者に芸術運動であったロシアアヴァンギャルドには、
明らかに、
「経済哲学」があったという教養が大欠落していると私は判断しています。
すべからく、「歴史、あるいは原点・源流に回帰すること」は、
デザインに限らず、
「生きていくことの基本」があるということです。


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「もう一つの言語を教えていた昔・ロゴレゴのこと」


   


     11月 30th, 2012  Posted 12:00 AM



1987~1989年頃だったと思います。
その時は、東京から福井にもどり、
「街のデザイン屋さん=イーエクスデザイン」という
会社を起業していました。
そして、すでにMacintoshはスタッフ全員、
一人一台をデザインツールにしていました。
また、その頃は、
MSXというパソコンが子どもたちにも最適なツールになりかけていました。
今、私の作品集を図鑑、年鑑的な出版を準備しています。
そのために、過去の活動内容を調べていたら、
ポスターと写真が出てきました。
ロゴ言語というプログラム言語がありました。
もう過去形でいいでしょうが、
それなりにパソコンプログラムが視覚的にも理解しやすい言語でした。
「タートル」というオブジェクトに指令を出します。
たとえば、前に5歩、右に90度、前にまた5歩、また右に90度、
前に5歩、右に90度、前に5歩、右に90度、
そうすると、
一辺5mの正方形をタートルが描くという言語系です。
F5・R90を4回という具合です。
このタートルをレゴブロックで車を造って、
そこに赤外線でプログラム言語を送信すれば、
自動車は、正方形の図形の上を走るというものです。
これは、MITのシーモア・パパート教授の提唱でした。
私は、小学生高学年に福井でこのワークショップをしていました。
パソコンはまず使わせないで、タートル(亀さん)役を一人決めます。
その子はロープを持って、みんなが声をかけます。
「前に五歩、右向け右90度、また・・・・」という具合です。
こうして体を使って、正方形や円や長方形などを教えると、
最終的には、
考える子は「ピタゴラスの定理」までをロゴ言語で書けるようになります。
そうして、今度は、レゴブロックで、動くモノを造って、
赤外線を改造したMSXから、そのレゴブロックに発射すれば、
それは描いた図形に動くという仕掛けです。
このポスターと
当時、懸命に、
その企画書やレゴブロックや赤外線装置を作成していた私がいました。
私は、そうだ!
言語系には、
そのモードもあったことを今ならどう教えるべきかと考えています。
身体化させる言語は、ロゴ言語が唯一なのかもしれません。
そのようなプログラム言語、
あるいは機械語を発明する世代が出てきてほしいものです。


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「司法最高権威のインテリア=恩師の作品」


   


     4月 19th, 2012  Posted 12:00 AM


私の美大時代・40年前はデザイン関連書はほとんどありませんでした。
だから、国内外の「建築家の著作」は相当に読んでいたと思います。
その時に決意したのは、
「工業デザイナーも言葉を持たなければいけない」ということでした。
それが、連載や著作、
しかも難解な文章のものと易しいもの両方出版をしてきました。
さてその頃、「システム」という言葉が建築界を席巻していました。
そして、私が「システム」の本意を納得したのは、
建築家・岡田新一氏のある一節からの解釈でした。
記憶違いではないと思いますが、
「製図台の前に立ち尽くす私の背後から包み込むシステムとは・・・」
彼の代表作に、国家権威の象徴である「最高裁判所」があります。
そして、そのインテリア、ドアノブからすべからく、
恩師・平野拓夫先生の作品です。
最も、わが国の「司法の最終的裁決の場」ですが、
その場を観ることはほとんどの国民にその機会がありません。
ところが、その最高裁の建築費は倹約の連続だったということで、
最も権威の象徴となる部屋の照明費用が皆無だったということです。
お二人は悩みに悩んで、気晴らしに時代劇の邦画を観にいかれたそうです。
ある場面は「月光の中での立ち回り」、
二人が同時に「これだ!」と合点したことは、
天井から「月明かりを入れる設計」にするということになりました。
その提案がすっきりと通過したというのです。
理由は、裁判は夕方には終了してしまうので、
照明装置や器具はいらないのではないかということになったそうです。
日本の司法の最高決定機関は、
まさに「節電」をしている造形の天井を持つ空間だということです。
おそらく、日本の建築界もこの裏話は知らないでしょう。
先生の著作は、MITから出版されていたり海外ばかりです。
私は意識してコレクションしています。
デザインに対する寡黙さの先生に対して、
私は饒舌に語りすぎていますが、
これにはやはりある恩師から言われたエピソードがあります。
平野先生は、私の著作は必ず読んで感想をいただいています。


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「環境デザイン・定義枠付けが時代遅れ」


   


     12月 9th, 2011  Posted 12:00 AM


多分、1980年代後半から日本の大学に、
「環境デザイン系学科」が生まれてきました。
しかしそれは日本では、ほとんどが建築系が中心。
建築学科すら「環境デザイン」と名辞するほどになりました。
そこで、私は「環境デザイン」不要論を準備したことがあります。
理由は「環境デザイン」の対象が都市計画や建築空間と限定したからです。
例えば、KAIST=Korea Advanced Institute of Science &Technologyでは、
「環境デザイン」の対象は、情報とロボットです。
これは昨年亡くなったWilliam J. Mitchell氏、
MITの建築学部長だった彼が、
三つの著書でいみじくも指摘している「環境」をさらに「空間」として、
情報空間・人工空間・ロボット活動空間から再度、
建築や都市計画をとらえ直していることを考慮すれば、
まさに、情報とロボットが対象です。
まさしく私が発言してきた
Ambient Media Integration Spaceということになります。
したがって日本の、特にデザイン系大学での、
「環境デザイン」は再定義が必然だということになります。
ということは、今度は情報工学やロボティックス工学からも、
「環境」と「デザイン」を工学としてとらえ直すべきです。
私は、William J. Mitchellの「City of Bits」の書評を書きました。
それも建築専門誌の依頼で紹介もかねて書きました。
その本は「建築学会なんとか賞」を日本が与えたと思います。
日本の環境の定義は、とりもなおさず、自然環境から人工環境、
具体的には建築的空間になります。
しかし、環境ということ事態が変化変貌しています。
特に、3.11で私たちが想い知らされた日本の環境は、
今現在、もう一度熟考させられています。
William J. Mitchellは、
私はこの三冊で自分の役割が終わったとまで断言しました。
あらためて、三冊の書籍を紹介し、
「環境デザイン」の再定義の必然性を強調しておきます。


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