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『東京駅地下の地下道には風情と防衛がある』


   


     9月 24th, 2017  Posted 12:05 AM



最近、私が上京するにはほとんど新幹線を使います。
かつては、新幹線を利用するにも細かなルールがありました。
たとえば、乗車1時間前に駅に行くこと、その切符も
1週間前に予約をしなければとか、JRに変わると、
それは東海JRに問い合わせてほしいとかになるのです。
こうしたルールに耐えきれないどころか、
新幹線を降りてから、地下道にエレベーターも、
係員だけが知るエレベータで降ります。
そして臭いも厳しい地下道を通り抜けると、
突然改札口間近な所に出るということや、
スタッフやワイフと別れるともう彼らも戻れない状況でした。
そこで私はまだ国土省の頃に陳情に行ったことがあります。
「海外の人が来たら、絶対にビックリするから」という論理を並べました。
その話が当時の扇千景大臣に伝わり、彼女はすぐにその実態をつかむと、
東京駅に3年後にエレベーターが設置。
それ以後は、エレベーターでの乗降などとても便利になりました。
ところが最近では、「実はあそこに行きたいから、地下道を」というと、
その地下道を通り抜けられるようになりました。
以前とはまったく掃除もされ、とても風情のある地下道を抜けられます。
正直、この地下道を通り抜けることが最近では面白いのです。
詳細に調べれば、東京駅郵便局地下道であったことや、
東京には地下鉄もあるから、いくつかのレイヤーで地下道があるのです。
おそらく知られていない地下道はきっとこの東京駅だけではないでしょう。
いくつかの地下道があることはほぼ調べました。
この地下道は東京の偉大な避難場所になると私は思っています。
「都市」の条件には、地下鉄や地下道があるかということになります。
今では、とんでもないロケットマンが現れて、
水爆実験をやるとまで言い出している始末です。
日本には絶対に防衛のためには地下道は地下鉄同様に
とても重大だと私は思っているのです。
今回も上京してこの地下道を通り抜けました。
正直、この地下道にはなんとも言えない薄暗さには、
とても清潔とは思えなかった地下道では無くなっていました。
東京駅だけではなく、
全国にこのような地下道が必要な時代になっています。



* 『「KK適塾」を終えて東京駅地下道を通る』
* 「仏・アルビの街のデモ騒動を思い出す」
* 『見慣れている「場」のデザインは感情を撹乱している』
* 『駅改札ゲートを見下ろす防犯カメラに新規デザインを』
* 『石鹸という弱アルカリ性の「泡立ち」に清潔決定』


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『先進的なデザインの場は512Kで可能だった』


   


     9月 23rd, 2017  Posted 12:00 AM



Macintosh512Kは全く新しいデザインツールになるという確信がありました。
全スタッフにこれをデザインツールにして、最も先進的な場を福井で実現。
デザインスタジオは、福井駅前にあり、
すでにプレゼンテーションも512Kで4:3画面で行うことができました。
そしてここには福井大学の建築学科の学生たちには、自由に使わせ、
デザインコンペへの応募をさせていました。いつも入賞は果たしていました。
その中の一人は今では国立大学の准教授になっています。
プレゼンテーションルームには巨大な壁画がありました。
それは親友がすべて鉛筆で描いたほとんど写真かと思える絵画でした。
これだけの才能はある私立大学で彼の存在が消される事件に巻き込まれ、
彼は日本を捨てて今はオーストラリアに居ます。
それこそ、3.11が起こった直後、
彼は私に、もうこちらに来るべきとそんなメールをくれました。
またここで、伝統工芸の職人さん達と打ち合わせをすると、NHKには、
「絵にならない、伝統工芸らしく」とか言われる有様でした。
私はNHKに対して、伝統工芸が近代的になるためには、
最も先進的なアトリエが当然という私の思いはほとんど通りませんでした。
伝統工芸は裸電球の薄暗いそういう場、
言い換えれば伝統工芸らしさは文学的な場が求められていたのです。
これを打ち破るにも、このプレゼンルームは重要でした。
現在も私は、デザインは絶対に最も先進的な場が必要と考えています。
そういう意味では、私のプレゼンや講演では16:9を重要視していますが、
とてもそこまでのことは叶っていません。
なぜデザインの場が先進的であるべきなのかは、
未だにデザイン界自体も気づいていないと私は判断しています。
私があくまでもMacintoshに拘っているのも、
絶対にWindowsでは無理なのです。
だからMacオンリー主義ではないことも付け加えておきます。
ともかく、ふるさと福井で私はまだまだ先が見えていない512Kに、
デザインの先進的な「場」づくりの根柢を求めていたのです。
そして、今となると、この認識による実際行動は
全くデザイナーには正解であったと思っています。


* 『リトルコンピュータピープルの顔色は人工知能要素かも』
* 「現代の道具・LSIのやり直し」
* 「もう一つの言語を教えていた昔・ロゴレゴのこと」
* 『「場のちから」の「ば」と「ち」にあるデザイン』
* 『前頭葉で「ち」と「は」=形と言語が制御されている』


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『Mac512Kがすでに福井のデザインスタジオにあった』


   


     9月 22nd, 2017  Posted 12:04 AM



私はデザインをして製品が作品となり、商品化してしまうと、
デザインワークでのスケッチを破り捨てていました。
それが金沢21世紀現代美術館で個展をやらせていただきました。
しかも「プラトンのオルゴール展」は美術館にインスタレーション全てが、
永久収蔵・パブリックコレクションになりました。
その時、このデザインワーク時のスケッチは?と言われて、
「そんなの捨てていました」と言ったら、すごく叱られました。
過去は振り返らないと思っていましたがそれ以来スケッチは残しています。
幸い金沢展の時も、スタッフが一部持っていてくれたので助かりました。
彼は私のほとんど強烈なFAXまで持っていたのです。
先般も、私がMacintosh512Kを、スタッフ全員に持たせて、
そのプレゼンルームもということが本当?とか聞かれたのですがこれが証拠。
これらの写真が出てきて、
ほら、もう当時はFatMacと言われ始めた頃にはスタッフには使わせて、
やっと日本語使用がキヤノンで出来たDainaMacの時代、
私のスタジオ写真が出てきたのです。
このアトリエは福井駅のすぐ近くに3フロアも使っていました。
地下はショールームでした。
まさか、福井なんてという田舎街にこのアトリエがあったのです。
テーブルは人造大理石で、床は4cm高くて、まだまだなのにLAN対応。
その時には海外製でやっと出来たコンピューター室専門のカーペットまで、
Apple本社の連中もおどろくアトリエだったのです。
とりあえず、実在していた、まだ512K時代のMacは
デザイナーが一人一台を使っていました。
その裏側ではMacintoshXLがサーバーだったのです。
当時、MacintoshXLは国内に4台で、キャノン販売からもらったのです。
このアトリエは現在の阪大の研究室インテリアに引き継がれています。


* 『1984年からMacintoshとの付き合いが私の重大経験』
* 『資本主義からの逃走』「数理造形から見えてきたAtom時代の終焉 ・02」
* 「原点回帰と思っている作品」
* 「Power Pointで創造性は破壊されていきます、なぜなら系譜から」
* 『統一、いや統合には四つの分類があるが気づくだろうか』


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『武器も武具も「械」、だから機能美しか残らなかった』


   


     9月 21st, 2017  Posted 12:00 AM



なぜ、楽器は楽機では無かったにでしょうか?
なぜ、機能美があったのに、器能美は無かったのでしょうか?
住宅は住むための機械だと言い残されたのにも関わらず、
住宅は住むための器械にはなら無かったのでしょうか?
器具はあり、機具もあります。その差異はどこにあるのでしょうか?
私が書き残すのは器能美と機能美が歴然とあることを最期に伝えておきます。
これは、今こそとても役立つパソコン編集機です。
編集機であり編集器とまでは当時、おそらく20数年前には言えませんでした。
今、ようやく断言できます。
CDサイズを根本的に理解してその実装までを美しくまとめました。
その頃から編集機ではなくて編集器と言わなければとも思いましたが、
とても機能美に囚われているデザイン界を相手には力不足でした。
それは器械も機械も、全てが械のための創意工夫だからだったのです。
械は武器であり武具だから、機械工学でしか語られなかったのです。
器とは確実に神に捧げる器=品なのです。
「器の大きな人」と「品ある人」が並んでいます。
器とは具体的には鎧・兜が武具であり、機具であり、器具はここからスタート。
楽器は、少なからず音曲=を操作、演奏と言っても良いでしょう。
器具をまとめあげ、しかもこの器具扱いに長けなければならないのです。
楽器は誰でも使い勝手に長けるためには、
自分と道具あるいは機具を使い果たす訓練が必要だからなのです。
再度、機能美と器能美が明確にあることに気づいてほしいと思います。
情報機械はありません。情報機器があり、
ロボットは情報機器だと断言しておきます。
ロボットは人間を襲ってはならない。
それは機器だからです。
機器には武器も武具にもなってはらない宣言が必要だったのです。
ロボットは機具であり器具であるからこそ、
安全と安心があり、信頼と信用が必要なのです。
機器にこそ、機械では絶対に手に入らなかった安全・安心・信頼・信用が、
やっと手に入るようになったのです。


* 「光造形から3Dプリンター時代に来ただろうか」
* 「仮設という無能な制度設計の住宅」
*  「慈愛資本とは、優美の隠匿資本でなければならない」
* 『応量器のモノからコトへがデザインの完成形』
* 『布と衣と織りと・・・」


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『機能美に器能美を五大器械から語り直す』


   


     9月 20th, 2017  Posted 12:00 AM



器(うつわ)と機織りが文明の源流です。
飢えと寒さは器と機織りで人類は免れることが出来たのです。
五大器械が器械主義を生みました。
が、それは人間の力を拡大・拡張するための工夫でした。
私は素焼きの器に漆を塗って、詩を詠むことから始めなさいと、
故・金沢美大の教授に教えられました。
そして日本で最古の機織りはからむし織りと言われています。
織機については、シャトルにある憧れが今もあります。
だから、私の伝統工芸での越前打刃物技でのキッチンナイフ、
そのパッケージはシャトル技術で製造しました。
そして、ようやく私は「機能美とデザイン」、この関係に縛られてきた、
デザインを機械主義・機能主義からの解放にたどり着きました。
特に、デザインを知ったかぶりしているデザインコンペなどでは、
呆れかえると同時に怒りをそのままぶつけてきました。
機能主義だけでは語れない、それを補完あるいは絶対的なデザインの進化、
その提示を行うつもりです。
それは「器能主義」と「機能主義」をデザインに差し向けることです。
これはこれまでの学術でも芸術でも語れなかった論理提出です。
果たして機械主義あるいは教育においても機械工学科は間違いです。
五大器械もとどのつまりは械=武器のためであったことです。
そこで、機械主義を機器主義に変えて、器能論と機能論を提示します。
これまでの私なりこれからの私の作品製品から商品で実務で証明可能です。
はっきりと言えば、機能美だけではデザインという手法で美しさは、
全く語ることができないのです。
これまで、「機能美=デザイン」、あるいは「デザイン=機能美」を
語り繋いでくれたデザイナーの先達たちに感謝です。
もう一度、機能主義は三つです。
自然の性能を機能化すること。
物理的な性能で機能化すること。
それらは神への人間としての知恵ある
工夫の機能化でした。
このことをベースにして、自然の性能が効能として器能化すること。
物理的な効能を取り出して器能化すること。
それは機能主義を確実に器能主義として再び五大器械に差し戻すこと、
それが器能と機能になるということです。
なぜ、楽器は楽機では無かったのでしょうか。
IoTを成し遂げるためには、この問いかけに答えられることが必要です。


* 「『はぶたえ=羽二重』の目立たなかった布の美しさ」
* 『伝統工芸での和包丁には間違いがあり過ぎる』
* 『ブランドならばスター商品=カネのなる木商品です』
* 「車イスは器械だから、『自力』の身体化は必然訓練」
* 「『布』平織りの集積された知恵=晒を見直すこと」


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『キーワードは形態言語としてのデザインにある』


   


     9月 19th, 2017  Posted 12:00 AM



おそらく私の蔵書は宝物だと思いました。
恩師に大学人の間は持っていなさい、と、このことを守って、
3000冊に絞り、自宅地下には書庫があってまだあります。
しかし、そろそろ整理をしなければなりません。
そんな時にこの「キーワード辞典」がありました。
独立して若いときには読みに読んだ本です。
もう黄ばんでいますし、いくつもの付箋や書き込みもあります。
なんといっても、この本が書かれた理由は
今でも私の中には鮮やかに残っています。
そこで、今でも出版されているのかを探ってみたら
この二冊が見つかりました。(右2冊)
この本で私が明確になったというのは、時代のキーワードは、
実際はデザイン形態= 形態言語が最大のキーワードなのです。
学術的には、論文には文体形式にキーワードを五つ選びます。
それが論文のインパクト係数になって、これが論文引用や、
新規キーワード扱いになっています。
しかし、これは時代を動かすほどインパクトなどありません。
もっと明言すれば、論文で時代が支えられることは学術の偏見なのです。
理由は論文に「美しさ」があるのはほとんど発見不可能なのです。
むしろ、芸術作品は現代から未来を指しだしています。
私は最近やっと、「機能美=デザイン」、この背景である機械主義、
この大間違いに気づきましたが、これが理解されるのは若冲のごとく100年後。
ひょっとすれば、100年後に地球があるかどうかもわかりません。
私は「機能美=デザイン」が崩れたと認識しています。
「デザイン=機能美」でもありえず、
私は機械主義を捨て去り機器主義の時代に入っているわけです。
だから、器能主義と機能主義が情報時代にはこの二つがあること。
機械主義は機と械ははっきりと機械は隠れている
武器生産の機械下意識主義=インダストリアリズムがあります。
インダストリアリズムは終焉していますから、
器能と機能が性能と効能を決定づけることになるのです。
「キーワード辞典」がなぜ、準備されたのかは、
第二次世界大戦後の世界づくりのキーワードを集めたのです。
私は「器能美」と「機能美」を性能と効能、
そして価値をデザインが創出するでしょう。


* 「資本主義から離脱してきたデザイン」
* 「数理造形から見えてきたAtom時代の終焉 ・02」
* 「機関車の魅力=鉄道の魅力に潜むデザイン論理」
* 「初音ミクが象徴している近未来はアンドロイドなんだ!」
* 『芸術工学からコンシリエンスデザインに』


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『アドバンスデザインには必ず未来がある!』


   


     9月 18th, 2017  Posted 12:00 AM



私のデザイン活動では絶対的にアドバンスデザインが圧倒的に多いのです。
したがって、アドバンスデザインはデザイン対価にはならない訳です。
親友からも言われます。
「お前は、もっと金儲けを考えろよ」、
かつての上司も言いました。
「君に教えなかったことは金儲けだ」と。
あるデザイン賞は受賞賞金は、戻らないはずゆえに貸したぐらいです。
私は断言しています。大金持ちにはだれでもがなりたいと思います。
しかし、それこそビル・ゲイツであっても、
どれだけお金があっても、もはや車椅子生活であり、
「歩ける自分にはお金があってもなれません」。
それはお金持ちであっても、明確な限界があるということです。
ジョブズも世界で最高の医療で膵臓癌に臨みましたが寿命でした。
私は確かにプロのデザイナーですから、文字通り、
職能家として金持ちデザイナーであるべきでしょう。
車椅子になったとき、「老後の生き方」類いの本を相当読みました。
全ての本に書いてあったことは、
● 偉大な趣味があっても金儲けをしないこと。
● その趣味で受賞しないこと。
● その趣味を人に教えないこと。
なんなんだ、私のデザイナーという仕事は、金儲け、受賞、人に教える、
そういう職能だとわかったのですから、
デザインは金儲けは当然、受賞はしたい、人には教えたい、どうすればで、
しかも40年、車椅子生活ですが、受賞は相当しましたし、今は与える立場。
大学人であり人に教える立場ですが、教えることは教わること恩師命令です。
だから、たとえばこの2次元バーコードも最先端のアドバンスデザインを
徹底的に追いかけてきました。
おそらくこのバーコードが技術的には最高技術ですが、
現在は最も欠点だらけのQRコードが世界的に普遍しています。
この2次元バーコードでは、8mm正方形で上下左右無し、
和文400文字、英文なら800文字テキストでした。
テキストデータ以外にもデータ化が可能です。
しかもQRコードでは表示不可能性能が表現可能です。
これはある日本の大企業が米国ベンチャー企業との提携でした。
そして、今になって、実はとんでもない2次元から、データ処理が可能です。
このことを知っているのは、私と私が見込んだスタッフ2〜3名のみです。
やがて、これが発展し、いわゆるQRコードでは無理が明確になるでしょう。
かつて、KAIST=韓国科学院(大学院大学)の優秀な学生がこう言いました。
自分はどこでも就職ができるでしょうが、KAISTの教授を目指していると、
なぜなら、
「夢を実現するための問題解決ができるのはデザインしかないからです」と。
アドバンスデザインこそ、デザイナーの本分であり、行学の中心なのです。


* 『妖怪メダル・この単純明快性がメディアミックス性を拡大』
*「デザイン理念は造形言語と形態言語の形素で未来を招来」
* 「ともかくこの本に戻ります・勇気の源泉」
* 『アドバンスデザインを追い求めることが基本』
* 『「新素材」になれば、日本も世界も変えられる!』


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『SLKからSL500に、そして人生最期の車所有と使用に』


   


     9月 17th, 2017  Posted 12:00 AM



デザイン賞の審査で面白いことは、雑誌などでは知っているけれども、
新製品実物に触って見ることが出来ることです。
大学人になって、Gマークの審査会場で、知ってはいましたが、
ベンツのSLK-230実物そのルーフ形態とその稼働収納を実体験しました。
えっ、ここまでのことが可能になってきたんだと思い、
名古屋に帰るとすぐにSLKを発注しました。私には教材にも・・・?
大学に通学するなら2シーターであるべきという先輩教授の教え、
その意味が、そうだったのかと分かったからでした。
丁度その頃、名市大だけでは無くて、
大阪大学の特任教授の指名も受けていたのです。
そこには特任准教授(現在・九州大学)もいました。
彼と京都での日本デザイン学会に、この車で行き、帰宅途中に、
「後にパトカーが・・・」
「うん、これなら超スピードで逃げるか?」と言いつつ、
「立場があるから、駄目ですよ」、
という会話をしていたら、なんと、そのパトカーはサイレンを鳴らし、
(この車に続け)が表示、
「おい、何でだ?」「スピード出しすぎかも・・・」
サービスエリアで、「スピード違反、ならびに車線変更違反」この2件で、
ゴールドカードのライセンス取り上げになりました。
なんでスピード違反? なんで車線変更のし過ぎ?、でした。
確かにSLKは気づかずに速度アップになり、
それゆえに、前車をすべて追い越して運転していました。
それならSLKは辞めて、もっと確かな車ということになりました。
SL500使用と所有が始まりました。
もっともSL500では曲線よりも直線構成の方が好きでした。
そしてなるべくオープンで乗ることになったのです。
結局、名古屋市大から大阪大学に移籍が決まると、リムジンを手放し、
S320とSL500を大阪に持っていくことになったのです。
身障者で運転OKは「駐車禁止解除」が警察で発行を受けます。
ところが、大阪は本人が出向いて「生きているかどうか」を再確認なのです。
これは大阪では、誤魔化しがあるのでしょう。日本ではここだけです。
また、車イス駐車OKの場所には、平然と市販の車イスマークで駐車する、
そんな状況に何度も出会うのです。ヤクザさんと喧嘩にもなりました。
そこで提案したのが、「四つ葉のクローバーマーク」と法規制でした。
このデザインは私が中心で行うことができました。
ところが、とあることが身障者団体の納得出来ない言い争いが起こって、
私はとうとう相手に喧嘩を売りました。
そうしたら、「警察庁の中で喧嘩はしないでほしい」と言われる始末。
もはや、車、自家用車を所有し使用するのが、人生最期になっています。



* 『ユニバーサルデザイン・バリアフリーはまだ未消化』
* 「自宅近くに・・・桜と大阪城に」
* 『新製品のモニターとして万年筆を試す』
* 「機械工学とデザインの学際化を・・・大学人としての願い」
* 『リムジンはただ乗って使用してるのに所有している』


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『名古屋市立大、そしてオーザックデザインでの車たち』


   


     9月 16th, 2017  Posted 12:00 AM



多分、アレックス・ヘイリー「ルーツ」だったと思い出します。
これは翻訳が安岡章太郎だったので記憶にあります。
中でも、なぜ黒人の人種差別が未だに連続しているという理由がわかります。
が、私が思い起こすのは、多分?(詳細は蔵書で探せばわかるはず)です。
「日本の自動車」についての一節があります。
ちょうどその頃、貿易摩擦が大問題。
東芝製ラジカセがハンマーで壊される報道がありました。
日本車については、竹と紙でできたような自動車なんてという表現。
それは私自身、実感していましたから、
名古屋にはベンツS320で名古屋市大で新設の芸術工学部にて大学人開始。
と同時に、オーザックデザインを名古屋の国際デザインセンターに開設。
そこで、使う車ということになり、私はS320でしたが、
シボレー・アストロがスタッフ達に使い易く、
単独行動にはA-180にしていました。
福井ではボルボ運転手付きでしたが、アストロは頑丈で、
様々な所にスタッフたちと行きました。
しかし、やっぱりアメ車ゆえの車体構造には経年変化がありました。
それならということで私専用にはレカロのシート、電源の整備など、
私は徹底的に直してこれで、スタッフ達と行動にしました。
この徹底的な改造は、当時、ヤナセの横浜工場で改造したので、
ベンツVクラスの最高級車として、ヤナセのカタログには、
私用の車が掲載されていたのです。
私は自分で大学にはS320でしたが、やがて、大学への通勤は
ある教授からスポーツタイプの2シーターだよと言われ気がかりでした。
その当時には、なんとしても福祉車両なんていう車コンセプトが
決定的に間違っていると思い、Gマーク選定でもその可能性のある車を
カー選定では選ばれませんでしたが、トヨタのラウムに可能性あり、
この車をベースにいうことで、選定してその企業は、
以後、開発途中ラウムをそれも名古屋市立大学に持ちこんでくれて、
プロダクト専攻の学生達にも車開発の教材になったのです。
これでもかという改造に改造したベンツVクラスでも、
名古屋-東京間は、とても往復が厳しくて、
その話が私のところにキャデラック・リムジンになったのです。


* 『「福祉車両」とは決して言ってはいけない車』
* 『日本での特殊車両、その代表を見ると・・・』
* 『ツバメの巣、それが福祉の象徴です』
* 「*貿易国策の一つがGマーク賞制度、その審査委員資格*」
* 『わが人生最期の車は美しいデザインを』


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『リムジンはただ乗って使用してるのに所有している』


   


     9月 15th, 2017  Posted 12:00 AM



車は所有欲と使用欲が見事に3通りある製品です。
所有すること=持っていたい車、使用する車=車なら
ともかく移動手段で十分、所有もするし使用もすること。
車遍歴は、所有することが個人史になる対象物です。
そういう意味では、おそらくリムジンを所有する人は僅かだと思います。
名古屋時代、私に九州のある女性オーナーから仕事の依頼がありました。
初対面でいきなり言われたのが
「川崎さん、奥歯は大丈夫ですか?」
「えぇ!」
「すごく懸命に仕事をする人は、大抵、奥歯がやられて抜けるんですよ、
プロの野球選手ほど、そういう人多いですから」
私の奥歯は虫歯もあり、どうしたものか、と考えていたのです。
彼女は、病院、歯科医院、介護施設などの経営者でした。
「私が依頼する仕事と同時に私が経営する歯科医院はとてもいいですから」
とのことで、奥歯のインプラントなどをすることになりました。
そんな会話をしている中で、東京にほとんど車移動がかなり辛いこと、
そうしたら誕生日も聞かれたのです。
ある日、彼女から突然電話があり、
「誕生プレゼントを大阪港まで運んだから、
リムジンを運転できる人を寄越しなさい。
遠出するリムジンはもう使わないし、リムジンはもう一台あるから、
一台誕生日プレゼントするね」、と、
思いもつかないリムジンが私の元に来たのです。
キャデラックのリムジンは、眠れるように、改造もされていたのです。
実際私は運転できません。スタッフの一人が車にも詳しく、
運転もすぐにマスターしてくれました。
丁度、私はGマークの総合審査委員長でしたから、
東京-名古屋は深夜にも眠って往復しました。
それは使用しているのですが、所有もしているわけです。
ともかく、ワイフが嫌がったのは、車が停止すれば、
必ず、その車から誰が出てくるのだろうと見詰められることでした。
私はこの車を使用しているにも関わらず所有感を満たしてくれるのでした。
ただ流石に大阪大学の教官としてでは使わないので手放しました。
しかし、車への自分の欲望をしっかりと見詰め直すことが出来ました。
工業デザインを教える立場として、カーデザイナーをめざす教え子には、
全てを修士課程で学ばせて車メーカーから企業留学を全員させました。


* 『日本で商品展開が不可能だったカーデザイン』
* 『「福祉車両」とは決して言ってはいけない車』
* 『白い歯のためには徹底的なメインテナンスが要る』
* 「U4(UFO)だった、わが研究室」
* 『大学キャンパスで3番目になった私の研究棟看板』


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