kazuo kawasaki's official blog

「モノの値段・安価と安物」


   


     8月 29th, 2011  Posted 12:00 AM


久しぶりにワイフと散策。
阪大特任教授時代の定宿ホテル。
地下にはブランドショップ。
まったく勝者盛衰を見るように、
消えてしまったブランド、
新興勢力化してきたようなブランドを
すでにショップはCLOSEDだったので、
文字通りWindow Shoppingをしました。
それなりに高額なモノですが、
かつての衰退したブランド程高額ではありませんでした。
思い切り高額であるブランドショップは消えていました。
それだけ、日本の可処分所得での購買価格帯が
低下してしまったのでしょう。
たとえば、皮革製品でクロコダイル皮革商品は高額です。
しかし、クロコダイルは地球環境が影響して、
皮革パターンが狂ってきています。
だからまったく対称パターンの本物には出会えません。
むしろフェイクながらクロコダイルダマシ的なモノが、
正確なパターンになってしまいました。
価格も100分の一ぐらいです。
これを安物というのか安価というのかは、
購買者の価値感判断になります。
20年前にエルメスで、
「おそらくこれだけの皮革は今後出てこないから、
薦めるから」と言われたブルゾンがあります。
それ以来、それだけの皮革ブルゾンは造られていません。
昨今は、家具でも、びっくりする低価格モノがあります。
原価計算をすると、商売が成立するのだろうか、
生産可能できるのだろうとかと品質を疑います。
100円ショップで十分なモノもあれば、
100円ゆえ仕方なしという品質モノばかりになっています。
とりわけ現代日本の市場は安価=安物が氾濫し混乱しています。
特に大阪の市場、商品選択は明確に、
東京・名古屋との差異を感じます。
高額ブランドの品揃えは地方格差が起こっています。
私の商品価値判断はそれなりに影響がありそうなので、
こうしたところでの記載は控えたいと考えます。
そして、ブランドショップでも店員の方の、
商品知識の程度、商品教育は低下しています。
私の収集趣味分野では、あきれるショップが多すぎます。
専門店であり、ブランドのフラグショップでは、
このような店員はとてもプロだとは思えません。
欧州老舗ブランド、そのインスタレーション展示では
世界的に著名な日本人デザイナーY氏は、
「老舗ブランドの伝統性を背負う重責」、そして、
ブランド価値を継承することから「革新へ」という、
そんな悩みを伝えてくれます。その通りでしょう。
それはモノづくりがブランドとなり、
高級ブランドと言われるのは超高額傾向です。
反対に、安価であることと、
安物はまったく別物だという証にもつながっています。
それこそ、時計なら数千万から2000円であっても、
「見えない時間を測定する機能は同じです」。
万年筆でも2500万から500円まで市価巾があります。
「書くためのツール」に過ぎません。
私は、安物は、それを所有するだけで、
自分の存在価値もその程度になると思っていますが、
安価であっても高価なモノを上回る価値十分モノはあります。
値段という市価価格には、
「格段となる」品と質がそのまま、
所有と使用する人格に投影していると判断しています。
安価なモノは探しだして見つけ、持ち、使う価値が、
そのまま自分の立場や力量を明示しますが、
安物は自分の存在値打ちを
必ず下げてしまうと思っています。


目次を見る

「今現実、喧嘩相手は私自身です」


   


     8月 28th, 2011  Posted 1:46 AM


ICD電池交換手術、ストレスです。
そして、この5年の自分を呪います。
医療機器をデザイン対象にしたのは、
偶然もあり、私の宿命だったのでしょう。
最初は車倚子でした。
車倚子生活になったとき、
当時のデザイン部長が、お見舞いに来てくれました。
「手は動くと聞いたから、デザインはできる、
君がやるべきことは、まず車倚子のデザインをやれ」。
岩田部長です。
東芝の電気釜をデザインしたデザイン史に残る人物。
しかし、当時はデザイン未熟なのにいきがりだけと、
生意気さ血気溢れていたので反発ばかりしていました。
「川崎、もうお前はクビだ」、3回言われました。
その度に、「辞めるときは自分から辞職願いを出します」。
始末書・厳重注意・減給処分直前を救ってもらったり、
結局は、可愛がってもらい大事に育てていただいた恩人。
それにも関わらず、「車倚子のデザインをやれ」、
(冗談じゃない、断じてやるものか!)
当時はそう考えていました。
それが、人工心臓にいたり、メガネも医療機器です。
今では、仕訳された大プロジェクトもまだ残っています。
血圧計は9月に、日本製では初めて
「欧州血圧学会認定合格品」を発売します。
結核ワクチン、結核診断システムは現在進行形、
これはPKD(Peace-Keeping Design)運動の一つ。
「不妊治療システム」は検査方法とそのシステム提案中。
なのに、ICDは申し入れはやっていましたが、
絶対モノにするという積極性に欠けました。
「なぜ、電池交換まで放置してしまったのか」。
渡米してでも、体外から急速リチウム電池充電システムと、
まず、ペースメーカーもしかりですが、
新規デザインをやらず仕舞いにしておいたのか、
「自分に喧嘩を売っています」。
私は喧嘩師を自称し、
「喧嘩には華が当然であり、喧嘩とは自分相手」、
これを心情としながらも、
米国企業に乗り込んでまではやってきませんでした。
ともかく、デザインを売り込んだ経験はゼロです。
すべて依頼デザインしかやったことがありません。
「川崎は自分から売り込んできて・・・」、
こんな中傷は全くはずれています。
「自分のICDぐらいやっておくべきだった」ということです。
正直、手術はストレスで、怖いこと真実です。
特に私の体調は感染症を引き込むことが多いわけです。
「敗血症・多臓器不全」は前回入院、
それで重篤状態まで体験し、
「教科書を書き換えるな」とまで、
第一内科教授に言われるほどスピーディな回復でした。
日本のプラザ合意とは、
「この分野はやらないから」という合意事項があります。
これは調べ尽くして知りました。
ICDも開発直後には6800台のリコールがあった機器です。
6800人が再手術したと聞いています。
だから亡くなった方もいるわけです。
日本の医療機器メーカーも治療機器開発は絶対に無理です。
だから医療機器は診断機器や検査機器、測定機器だけです。
だから海外、米国に乗り込んで「売り込むべき分野」です。
手術が終わったら乗り込みたいと考えています。
手術日まで「自分に毎日喧嘩」ということになりそうです。
無論、下肢障害者用の自動車運転機器も、
日本製はやり直しともっと高度化デザイン必至分野です。


目次を見る

「メタ・ユニバーサルデザイン再び」


   


     8月 27th, 2011  Posted 12:41 AM


久しぶりに「ユニバーサルデザイン」の取材。
放送大学向けの教材になります。
最近ではすっかり、
「ユニバーサルデザイン・ブーム」は終わったようです。
しかし、あらためて短時間に紹介し直してみると、
ブームで終わってはならないことだと再確認します。
私には「ユニバーサルデザイン」は、
1989年・名古屋での「国際デザイン会議」から始まりました。
この年に、「スニーカーのような車椅子」を発表しました。
その時の車椅子を2台、交互に今も使っています。
さて名古屋の国際デザイン会議で、
「ユニバーサルデザイン」を日本で最初に発言したのは、
故マイケル・カリル氏=NASAでの宇宙空間設計デザイナーであり、
当時の米国工業デザイン界の理論的支柱者でした。
彼とは親友でしたから対談もしていますが、エイズで亡くなりました。
1995年に米国での「ユニバーサルデザイン教育システム」を
日本展開する中心に指名されました。
ちょうど翌年1996年新設学部、
名古屋市立大学・芸術工学部で大学人になり、
「ユニバーサルデザイン教育の日本の代表校」になりました。
明確な史実としては、
故ロン・メイス教授がWHOからの依頼を引き受けます。
1980年から10年間「国際障害者年」開催のための調査レポートでした。
彼は「バリアフリーをめざして」という論文で
「ユニバーサルデザイン」という言葉を使いました。
したがって、故ロン・メイスの七箇条が原則論となってしまいました。
しかし私は、故マイケル・カリルの思想を加味し、
「七原則+七論評価」を付加しました。
学生には「公・自・単・情・安・省・空」とお経暗記させました。
さらに、七原則+日本流を対峙させました。
次のようにです。

■ 「公」=公平性    ◇ 不公平さをどう解消するかも原則
■ 「自」=自由性    ◇ 不自由さ拘束性からの解放も原則
■ 「単」=単純性    ◇ 複雑さこそ克服するという原則
■ 「情」=情報の即理解 ◇ 情報非公開性もバランス感覚という原則
■ 「安」=安全性    ◇ 安全を確約するための危険体験という原則
■ 「省」=省体力性   ◇ 体力錬磨を忘れないという原則
■ 「空」=空間確保性  ◇ 日本では省スペースでも機能性という原則

結局、人間には「バリア」が必至だということです。
バリアフリーでなければならないことと、
敢えてバリアに取り囲まれること、
まさに「幸運・幸福」の「幸」という漢字の原意に重なるのです。
人間は、不平等で不自由であるからこそ、
そうしたバリアから解放させられる個々人の知恵をめぐらすこと、
それが「普遍性・宇宙性=ユニバーサル性」を
誘引させることができるという大原則論。
今私たちは「放射能」というとてつもない恐怖と現実で拘束されています。
私は、メタ・ユニバーサルデザイン性を再度、
この国難復活デザイン原則へまとめ直したいと考えています。
建築誌「SD」は「Human Centered Design」で終刊しました。
放送大学向け取材で、あの「ユニバーサルデザイン」も、
この国難解決の大きな手がかりになるものと判断可能です。
こうした再思考チャンスをいただいた
東工大名誉教授・M.S先生に感謝します。


目次を見る

「闇の言い訳への大衆好奇心」


   


     8月 26th, 2011  Posted 12:00 AM


次期首相候補よりも芸能話題。
日本人大衆の時代感覚は好奇心、
首相候補よりもタレント引退が重大。
この現象は間違いでしょうか。
私は当然のことと許容せざるをえません。
情報、その形式と内容は映像と発言です。
話術もすぐれ日常化して毎日見慣れた顔なじみ。
これほど「見てすぐ分かる」情報形式・内容はありません。
少なからずメディアは情報優先度を分別すべきでしょう。
せめて新聞は政治・海外・事件・芸能という分量配分、
これが新聞情報形式と内容優先度だと考えます。
しかし、新聞情報価値も商業的訴求程度で計算すれば、
それこそまさに資本主義的なスキャンダル性、
もっと巨額回収可能なゴシップ記事が投資になります。
その反対現象は必ず葬られているのが闇社会情報です。
暴力団・右翼・新興宗教・同和問題・さらに巨悪構造、
すべてが本来は大衆好奇心の格好対象です。
だからこの分野にこそ政治主導管理が重要のはずですが、
これを解体し曖昧化してきた構造が日本の奈辺文化です。
わが国資本主義を成立させている制限自由という概念、
つまりは民主主義という偽名の自由放任放置主義と、
日本国体構造の綿々たる伝統的闇構造でしょう。
これを明らかにというのは大衆納得の共同謀議です。
共同謀議は好奇心に他なりません。
義理人情の全価値否定は暴力構造の根幹であり、
必ずしも全否定できうるものではありません。
そこに、隠匿構造を配置することで好奇心をさらに強化。
それは日本の伝統的見えざる社会構造の「根」であり、
この「根」が「好奇の値づけ」がされていることは明確です。
私など、すこぶる右翼的と言われますが、
単に日本人であるアイデンティティへの私の思想拘りを、
評判化するのは知的退行化と妄想構築化した人に過ぎません。
暴言でこうした人に対決すること至って簡単ですが、
それは同次元に私自身が貶められるに過ぎませんから絶対回避です。
今や日毎にこの国難は全国民を披露困憊に追い込んでいます。
疲労困憊していても言論的暴力発散行為、
そして非生産的な好奇心に慰められるものです。
だからこそ、リーダーがあらゆる分野で必要です。
そのリーダーには、美と義と善が不可欠と私は認識しています。
一人の話術優れた芸能人の存在、その引退事件、
背後に潜む日本の伝統的闇社会に大衆は惹かれます。
畜産業界はなぜ保証し、農産業界はなぜ完全無視し、
芸能界の顕示訴求には大衆魅惑を集中させれば情報操作可能です。
日本の闇社会にはそれぞれの大衆文化があります。
しかもこの文化体系こそ、
日本人のアイデンティティを決定づけているのかも知れません。
私は首相候補より一人の芸能人の引退が、
国難時に重なっていることの共時共謀的意味性の解読こそ、
大衆意識一新の大きなヒントだと考えざるをえません。
あらためて、私たち日本人は復活可能なのか、
真剣に緊急に熟考し、即行動すべきことでしょう。


目次を見る

「電池切れ、まるでウルトラマン」


   


     8月 25th, 2011  Posted 1:11 AM


ショックです。
予測していたことです。
しかし、告げられると改めてビックリ。
もうそんな時期が来たなんてということです。
私は2006年に心臓障害の手術をしました。
「ICD ・Implantable Cardioverter Defibrillator」
「埋め込み型除細動器」を埋め込みました。
これは心臓障害者を解放した医療機器です。

最近街角に設置され、
一般化してきたAED=Automated External Defibrillatorがあります。
これは「自動体外除細動器」といわれているものです。
プロサッカー選手が、もしこれがあったなら、という話題がありました。
私もこれがあったら、ひょっとすればと思っていることです。
つまり、除細動器とは、
頻拍といって心臓の脈拍が異常に速く鼓動、心房細動を起こしたり、
徐脈といって、心臓鼓動が40以下で遅くなって失神しそうな時に、
電気ショックを与える医療機器です。
私の場合は頻拍性のある心臓障害者1級なので、
これを体内、右胸鎖骨下に埋め込んでいます。
阪大の初出勤はヘリコプターで名古屋での心臓発作から、
名古屋市立大学病院からこの手術のために搬送されて手術を受けました。
右胸鎖骨下を切開して、これを埋め込みました。
麻酔注射を数本打たれますが、2本程度でいいと言って切開されましたが、
とても痛くて、それでも我慢してまた2本ほど打たれ、
それから電気作動ショックテストで、あの世に逝って生還してきました。
手術後、看護師さんやみんなに「痛かったでしょう」と言われました。
が、私は「この程度が痛いなんて言ったら、
特攻隊の人たちに申し訳ない」と見栄をはりました。
我慢して病室に戻ってワイフの顔を見て、
本当は「痛いよーー」って叫んで泣きました。
すでに急速充電リチウム電池が開発されています。
体外からの充電可能なはずですが、
日本ではペースメーカー同様にこうした医療機器開発商品化は不可能です。
それでも米国メーカーには申し入れをしてきました。
コスト的にも輸入しているから軽自動車8台分ですが、
国内生産すればもっとコストダウン可能です。
子供たちも最近では埋め込めるようになってきていますから、
手術することなく体外から充電必要に絶対にするべきです。
こうした商品開発こそ日本がやるべきですが、
様々な国際問題から日本の厚生行政問題があります。
立ち向かっていくべきテーマだと考えています。
近々、入院・手術です。
この際まだ残っている手術もということは絶対拒もうと思っています。
埋め込み手術をしてもらったドクターはミラノに留学中です。
ところがなんと今度の主治医は
学位論文作成時にFn-Channe質問をさせていただいた一人です。
そのドクターが教員になって阪大に戻ってこられていました。
これも縁かもしれませんから、楽しみと言いたいところですが、
入院・手術は、人生、誰でも一番避けたいことです。
アメリカンバウチャーだと
手術跡が残りませんから今度もそうなるのかとか、
一方では期待が膨らみます。
ただ私はこうした手術の度に何か啓示を受けると感じています。
きっとあらたなデザインテーマがもらえるかもしれません。
絶対に「痛い」なんて、
言わない、泣かない、叫ばないと言い聞かせています。
当然ながらやがては電池交換のために新規機種埋め込みは想定内でしたが、
今日明確に告知されると、
これまで電気ショックは未体験ですが、ショックが作動しました。
私はウルトラマンだから「電池切れ」になってきつつあるのでしょうか。
「シュワッチ!」=ちょっと電源を入れにもどらねばということです。


目次を見る

「冒険、してはいけないことになるかも」


   


     8月 24th, 2011  Posted 12:00 AM

時に観光地での大事故。
遭難で人命が喪われます。
そうなると社会はその責任を問いかけます。
仕方のないことですが、
その徹底した追求には攻撃性を感じます。
確かに、「安全確認」への怠慢性が事故を誘発したのでしょう。
そうなると、伝統的観光地の独自性すべてが全否定されます。
現代は「安全」への徹底さがあまりにも厳しすぎるのではと心配です。
私は高校時代から山岳部でした。
しかも台風が来るから登ろうなんて無茶をやっていました。
大学時代も山岳部で無茶苦茶なことをやることに粋がっていました。
福井だと浄法寺山(1053m)は5月の連休には春スキーができました。
手前の冠岳でもロッククライミングができました。
大学時代の夏休みは「剣岳」オンリーです。
いつかヘリコプターで「剣岳」に行くつもりです。
長治郎谷雪渓の中央に「熊の岩」があり、
そこをベースに(今は不可能だと思いますが)、
六峰・クレオパトラノーズなどへ毎日出かけました。
夏山合宿が終わるのは、後立山連峰の針ノ木岳まで南下して、
大町市に降りるということが、大学時代の夏休みでした。
冬山に入る時にも、登山ノートに書き込み届けをしないことが鉄則であり、
天候異変をめざして登ることなど平気でした。
それで下山して地元の警察でもの凄く叱られたこともあります。
ただ、両親に約束していたのは谷川岳だけは登らないということでした。
谷川岳は当時、最も遭難者の多い山だったからです。
もう時効かもしれませんが、
国立自然公園でのメチャクチャぶりは書けません。
受験勉強中に、南極のビンソンマシフ山が初登頂されたニュースで大落胆。
もう人生の目的の一つが無くなったというほどのめり込んでいたものです。
車倚子の体になったとき、剣岳の源次郎尾根で転落した時には、
あの場所でこの体になっていたかもしれないと思った程でした。
現代の登山用具をみるとどの進化ぶりに圧倒されます。
東尋坊での飛び込みなどもメチャクチャだったと思い出します。
おそらく、今ではこのようなメチャクチャ=自分なりの冒険でした。
今では「冒険家」という職能があります。
きわめて特殊なプロフェッショナルですが、
人は成長するのになんらかの「冒険」や「冒険ごっこ」が必要です。
アウトドアを取り囲んでいる用具デザインは、
鮮やかに素敵なモノがあります。
そして、そうした用具があたかも「安全」を保証しているようですが、
そうした勘違いが「遭難事故」に近接しているのかもしれません。
現代社会でのいわばレジャー文化・サービス産業の中の「擬似冒険」は、
あらためて、現代文化としての「冒険」=遭難や事故=死という図式を
再熟考すべきことになってしまったようです。


目次を見る

「匿名も実名も仮想ならば・・・」


   


     8月 23rd, 2011  Posted 12:00 AM


デザインの意味は時流で変化。
当然のことだと思っています。
しかし、これもそうなのということが
最近は見かけることが多くなりました。
その逆走が本来のデザインにも目立っています。
デザインされているということが不明、という物事です。
しかし正直、すべからくが「表現活動」であれば自由、
あるいは自由放題をデザインは取組む大きな包容力があります。
だからそれがデザインのたまらない魅力です。
しかし、デザインやデザイナーを敵のごとくとしている人。
そうした人に限って匿名での批判から中傷、非難をしてきます。
それは大変に非生産的なことで無駄です。
けれども時々そうした中傷を受け入れることには、
大きな深度があると私は考えています。
たとえて言えば、被写界深度というのがありますが、
それはカメラのレンズ機能用語です。
被写界深度に対しては焦点深度がありますから、
アナロジー的にとらえれば、
被写界深度はレンズ前の対象物=被写体ですから、
私なり、デザインなりを対象にすれば、
それが投射された焦点深度は、きもちの内部での意味深度です。
きもち内面にどれほど突き刺さってくれただろうかということです。
したがって、「匿名性発言」の深度は、
この図式で受け止めればいいわけです。
ただ問題は、その被写体が仮想であることが多くて、
その発言を受け止める深度そのものが多分に仮想化することです。
そうなると、匿名的であることはかえって、
その匿名性に寄りかかればかかるほど、
その発言者が仮想人間として「自己否定」している人になります。
これが、実名主義であるFacebookの見事さになっています。
このブログの今後のあり方の一つとして、
コメントを受け入れることは、Facebookでは柔軟性があります。
表現活動において実名発言には責務があります。
日本の新聞が記者実名になるまで歴史性がありました。
しかし、この記者実名があっても、
新聞社名での情報操作があれば、参考意見にはなりますが、
それ以上の真実性は求め難いものです。
おそらく、これからのマスコミが、
Social Networkに呑み込まれていくことは明らかです。
ただし、Social Networkで実名主義だからといっても、
そこには限界があるでしょう。
その限界とは「情報」を受けとめる受信者の能力です。
能力といっても、
それはその人の人格から感性・理性・悟性まで含まれます。
結局、情報は仮想化の中では困難だということになるでしょう。
Networkという人工的な仮想性の中では、
「きもち」のあり方が、
さらに訓練されなければならないということです。


目次を見る

「日本システムが壊れた理由のひとつ」


   


     8月 22nd, 2011  Posted 12:00 AM

敗戦後懸命だった日本。
それからの日本システム。
それは日常性が確約されていた、
今となってはパラダイス国家でした。
大震災と原発事故はこのパラダイスを破壊しました。
しかし、それ以前、政権交代を希求に至ったのは、
すでに崩壊していたと思います。
格差社会とか「勝ち組・負け組」とかという言葉が象徴でした。
日本システムは中産階級がほとんど日本流システムの中核。
それは企業の家族的な情緒性と完全雇用体制の完備でした。
現在は正社員と派遣社員という企業構造が、
企業中心の日本システムを失いました。
しかも、正社員より派遣社員の方が企業機能を果たしています。
雇用体制での差別社会、リストラと呼ばれる「解雇」、
これは日本システムの根幹=骨抜きにしています。
無論、この方向に追い詰められた原因は少なくとも、
五つあるでしょう。
◆ 政治能力・政治的リーダーがいないこと。
◆ 国際的経済破綻の連続とその政治対応無策性。
◆ 企業法人税はじめ税制度の無策性。
◆ 未来不安が次世代の精神性を低能力化。
◆ 教育システムー小学から大学までの教育者能力不足。
理由はまだまだありますが、無策性と能力不足が、
あらゆる局面、あらゆるコミュニティ、
そして高密度情報社会での情報格差が覆い被っています。
たとえば、コールセンターなども外注であったり、
サービス性だのCRM、ISOだの、さらにはブランド化だの
この喧騒性の中で、肝心のことが見失われています。
私は 47歳で大学人になりました。
すでに16年になります。大学環境と世間との隔離を見ています。
新設される公立大学の学長候補になったこともあります。
そして辞退したこともあります。
すべからく、日本システムの崩壊が見えていたからです。
一方では、現役のデザイナーですが、
それゆえに、企業と大学の断絶性や、
法人化大学から公益法人までがまったく「革新性」皆無を
毎日体験しています。
ある予測には2300年には「日本人」という人類は滅亡、
これは「少子化」や今回の日本列島・放射能汚染からも
かなり想像可能になってきています。
だとするなら、東日本の復興ではなくて、
日本列島全体の復興という名の「新生日本システム」化です。
無策性と能力不足への対策は、想像性と創造性、
懸命さと賢明さ、精神性・日本人としての意識改革、
これらを各個人意識とそれを先導するリーダーが不可欠です。



目次を見る

「嫋やかな情報変革が進行です」


   


     8月 21st, 2011  Posted 12:54 AM

すでにメールよりも、
最近はFacebookから入ります。
ブログも、その結果をFacebookで確認。
Twitterでの呟きは、
揶揄されることしばしばゆえ遠のいています。
必ずや焦点化された使い勝手ツールに変貌でしょう。
おそらくかってAppleでの1990年代初めに回帰すれば、
二つの会社が立ち上がりPinkという開発がありました。
あの時の想像力の時代が実現していると思います。
AppleCloudアイコンの黄金比表現なども、
当時にはすでにインターフェイス表現基盤だったのです。
あの頃には日本人プログラマーも、
クパチーノでのプレゼンが連続していました。
狙いは「今」を対象にしていたと思い出します。
あのKnowledge NavigatorはまさにiPadでしょう。
この30年、Appleの予感と予知が今結実しています。
したがって、このところ新たなBlog形式を
まず、エージェント・インターフェイス表現へ、
さらにそのメタ・ブログというものがあるのだろうか、
熟考をしています。
その熟考に寄り添うかのごとく、
「不妊治療システム」での「精子活力判断」が、
1980年代から発想が縛られていることを見つけました。
オックスフォード大開発の自己調整レンズも、
英国の工業システムでの限界を知り尽くしました。
私なりの「平面自由屈折変換レンズ」を
デザイン設計対象にしています。
血圧計は、見事に「欧州血圧学会認定合格」に出来ました。
9月には発売になるでしょう。
ただ、「節電」ということで、
日本の企業全体の活動がとても回転が鈍っています。
この不安だらけの中で、
すべからく、出来れば「嫋やかな」活動を、
情報形式変革が支えてくれることを詳細にすべきでしょう。
ここでの毎日アップも変えていくつもりです。
それは毎日が厳しいこともありますが、
自分なりのambient allianceです。
それを復興計画にも盛り込む必要性を感じています。
先般、セシウム対策アイディアが学者間に回りました。
しかし、私はこのやり方は、
まさに「机上の空論」と思えてなりませんでした。
企業での復興計画の詳細さには、
水・電力・除染・新産業化=雇用政策制度設計、
そして大きな大きな情報変革が入ります。
ライフゲームが曼荼羅に酷似している印象そのまま、
そんな発想です。
おそらく、何を書いているのか論理滅裂ですが、
大きく包み込んで受け取ってください。
それほどに、今はカオスへのモデル化が、
デザインにも問われていて、その基板が、
「嫋やかな情報革新」だと思う次第です。


目次を見る

「謝罪という行為」


   


     8月 20th, 2011  Posted 12:46 AM

「すみません」
「申し訳ありません」
「ご迷惑をおかけしました」
「許してください」
「ごめんなさい」
「お詫び申し上げます」
ほぼ、謝罪の日常会話常識語です。
反して、絶対に謝らない、ということもあるでしょう。
さて、この日常会話語=パロールは、
マニュアル化された言葉になっています。
サービス産業の重要語だと考えられます。
東芝社員だった頃、
クレーム処理を命ぜられました。
「オーディオラックの棚板が破損し指を骨折」、
デザイン設計者として、営業対策費を持って、
ある地方の小さな街に一日出張させられました。
東芝での商品安全基準は当時も大変に厳しくて、
「そんな訳はない、なぜ、そして面倒くさいなー」、
それが若いときの生意気さで一杯でした。
被害者という所にでかけると、
そこはいわゆるヤーサンでした。
オーディオラックには、それはもう常識を逸したモノが
これでもかと積み上げられていました。
(馬鹿じゃないの、こんなこと普通人やるわけないよ)
両手の指先が包帯で巻かれていました。
「お前さんかい、この設計者は」
「ハイ、そうですが、これは常識はずれでしょ」
いきなり、私から攻撃=口撃開始です。
「なにぃー」・・・(きましたね、やりますか)・・・
(いざとなれば、警察へ行けば成就する)と確信。
それから、しっかりと説得(略します)をしていたら、
彼は包帯を外して、
「今夜泊まってくか」ということになりました。
一泊してそのまま出社し報告書を書いた思い出です。
謝るべきではないこと、
謝るならば、どこまで真剣に非を認めるか、です。
サービス産業でマニュアル化された謝罪には、
時には、怒り=感情的にならざるをえません。
そして、国家の政治的謝罪問題に通じます。
ここからは、相当な政治的発言になりますが、
今夜それだけのエネルギーはありません。
結局、私自身、「デザイン瑕疵と謝罪」、
「サービス」という歴史的コンテクストから、
あらためて「サービス産業での謝罪用語」、
これは徹底的に見つめ直すことが必要でしょう。
この謝罪問題は、今回の大震災・原発事故から、
「死刑廃止論」にまでつながっています。
これは徹底して、「謝罪」という哲学理念が必要です。


目次を見る