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『最高のカメラシステムはまだ使いこなせません』


   


     11月 15th, 2017  Posted 12:00 AM




ずーっと憧れていたカメラがありました。
それはライカであり、そのマクロレンズでの撮影でした。
今ではスマホとインスタグラムで簡単に撮影が出来たてしまいます。
私はなるべく、スマホのカメラはメモ以外には撮りません。
ともかくレンズファインダーで、
デジタルと言えどもこのカメラ撮影に正直憧れているだけです。
なぜなら、これはM8で最初のデジタルカメラですが、
バージョンアップしてM8.2にしていますが、
本当に難しいテクニックをマスターしなければなりません。
安易なカメラ撮影は写真ではないと思うのです。
いわゆるユニバーサルデザインではありません。
このカメラはスタッフの結婚式でなんとしても必要ということで手に入れ、
そうしたら本体のみで、標準レンズも購入しなければなりませんでした。
ここから、マクロレンズ(右)まで本を熟読し、練習を重ねていますが、
なんと難しいことかと思います。
カメラの良さは、ブラウン管表示画面を撮れば直ぐに分かります。
もう日常的なデジタルカメラやスマホだと走査線が映ってしまうのです。
ともかく、アナログのライカ撮影、その瞬間撮影の名作など考えられません。
今ではM10で多様なレンズ・デジタル・MOSセンサー、解像度24000画素。
以前名古屋市立大学にハッセルブラッドベースで
10000画素カメラが12台ありました。
フェーズ・1は、このカメラが大学設立時に採用ということで、
この企業社長が(スイス?)名市大まで来られましたが生徒はどれだけ凄いか、
全く通じず、グラフィックデザインの担当教授がメーカー立ち会いで撮影。
M10では、「白黒専門の最高級のデジタルカメラ」までが発表されました。
以前、マミヤの中判アナログを使いこなしていた私ですが、
このM8.2でマクロ撮影はまだまだ私には撮影が出来ません。
撮影をすると、ライカで最高の表現になりますが、
ともかく時々、ひたすら練習をするだけのカメラになっています。
車イス上からの撮影は、自分一人では限定されていますから、
ファインダー周囲もアクセサリーを最低限持っています。
私にはそれこそ「インスタ映え」などのアプリでは「真の写真撮影」は無理。
こんな風に考えながら、M8時代からひたすら練習しかしていないのです。
いずれこのブログで、写真撮影ではこれが「最高」を撮りたいと願っています。


* 「IASDR2009でのキーノートスピーチを終えて・・・」
* 『とても酷使していた中判カメラがありました』
* 『今のコンパクトカメラはこの三台』
* 『デジタル表現の基礎は、烏口や用紙感覚も必要』
* 『ドクターウォッチ・アプリのバージョンアップ』


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『もう一度絶対逢いたい哲学者・中村雄二郎先生』


   


     11月 14th, 2017  Posted 12:00 AM




高校時代は「倫理社会」という科目の中で哲学を教わりました。
得意科目で、当時全国では4冊教科書があり担当教諭からもらいました。
だから私なりに美しく仕上げたノートは残してあります。
大学時代は一般教養で哲学があり、覚えている試験問題は「機械とは何か」。
そして福井時代に突然、中村雄二郎先生が福井にまで来ていただきました。
それは私の刃物のデザインを見て、私に会いに来ていただいたのです。
もう大学時代から憧れていた先生だったので、とても驚き感激しました。
先生はデザインそしてグッドデザイン賞の理論的支柱でした。
先生を囲んで勉強会のために何度も上京したものです。
丹後縮緬再生プロジェクトは、先生の指導で2年取り組みましたが、
産地をまとめることが出来ず、先生からも、
「この産地は駄目だから撤収しよう」と終わったこともあります。
東京新聞に先生が連載を書かれることになったとき、
私がそのイラストを先生から、「描いてみなさい」ということで担当。
先生は、フランス語で文章を書かれてそれを日本語にするために、
フランス語キーボードをApple Japanに頼んだこともあります。
明治大学を退任されたとき、美術館や図書館など館長依頼が一杯ありました。
ところが、先生は明治大学退任とともに、
NHKで著名な学者先生とのインタビューで世界を飛び回っておられました。
「先生、そんなに懸命にだと身体を壊します」と言ったこともあります。
最終に教わったのはロボットの「身体論」と「形態論」でした。
これはSONYのAIBOを最終審査をするために教わったことです。
哲学者・西田幾太郎に次いでフランスから認められた哲学者でした。
Apple Japan10周年では、先生が新聞広告でモデルをされました。
しかし、あるとき、先生の歩き方が本当に弱くなり、
先生のショルダーバックのファスナーが開いたままのときに、
私は先生に異変があると思ったのです。
それから入院をされて、もう会えなくなりました。
一時、明治大学に誘われたことがあります。
明治大学の理事からの誘いの時に、
「先生に会いたい」と言ったらもう無理だからそーっとと言われました。
先生は結局、老衰で91歳で逝かれました。
何度も先生のことを書かなければと思いつつ書けなかったのです。
先生の語られる=書かれる「知」はそれこそ今では「哲学領域」にて
随分と先生の書かれたタイトルが引用・借用・盗用されて使われています。
この「術語集」の「あとがき」には、
私のことを紹介とともに書いていただいています。


* 『わが哲学の恩師・中村雄二郎先生』
* 「緊急課題になった『リトルネッロ論』の再考と具現化」
* 「 Media Integrationは「述語論理」だという確信・6 」
* 「これまで6冊の出版に込めたパターン化」
* 『「真善美」をプラトンに教えられたから生きてきた』


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『「ロボット」概念の拡大はデザインで生命体擬化する』


   


     11月 12th, 2017  Posted 11:00 PM




おそらくこれらが「ロボット」というアイテムです。
パソコンやServeにも一番早く飛びついた私ですから、
勿論、ロボットも私にとってはデザインの主たる対象でした。
名市大にて大学人になった時には、「ロボット」をプレデザインとして、
教育対象にと指示されたのは1996年。
すぐに、名古屋大学のナノテクノロジーとロボットの教授と、
今では当たり前ですが、国立大と公立大の単位互換もやったほどです。
特任教授で阪大(2006年)では、研究対象は、
人工臓器・原子力アイテムとロボットであり「舞」と「踊」も提案しました。
多分、早すぎて私の提案までは時間がかかると思っています。
そして、「アンドロイド」や「音声発語ロボット」にも関わりました。
この経緯から「ロボットデザイン基礎学」の
シラバス作成と依頼ある大学に、その配布もしたほどです。
これらのロボットでは、デザイン=問題解決は根本的に欠落しています。
アンドロイドでは石黒教授とは友人でもあるので、
デザイン=問題解決ということで大納得を受けました。
だから、彼の研究室からのアンドロイドは、ロボットと一線を画しています。
したがって、ロボットという呼称からの逸脱を常に考えてきたことから、
「Normanclator」:ノーマンクレーターとか、Agent:エージェントなど、
これらをヒューマノイドとメカノイドの融合として日本ロボット学会に提案。
要は、デザイン・デザイナーというのは、決定されるのはたった一案ですから、
必ずチーム内でのデザインにおいても自分デザインをトップにすべきです。
そういう意味でも、こうしたロボットには、厳しい評価眼は知見いっぱいで、
なおかつ一家言は必然のことです。まして、デザイン本質の理解無い存在は
明確に批評することは職能義務だと思います。
おそらく、これまでのロボットでデザインされているとか、
デザイン解釈の間違いがあれば、プロのデザイナーとして、
自分デザインならこうするべきと、たとえば形態・色彩・実装は批判します。
プロのデザイナー作品であれば、この批判は非難になってしまう場合も
真にあるかも知れませんが、そうしたロボットは
歴史から消えていくことは間違いないと思っています。
おそらく、AIだ、IoTだ、という時代影響以上のことが、
今後は「ロボット」をそれこそ「レプリカント」や別惑星からの生命体、
もしくは、その生命体擬ロボットも現れるでしょう。


* 『家庭にあるべきロボットの「形態論」と「身体論」』
* 『マンガ表現での瞳表現、そのインターラクション』
* 『漫画・アニメーションにみる日本独自のロボット観』
* 「わが家のロボットたちは健在な玩具なり」
* 『ロボットという玩具?・ロボットはおもちゃか?』


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『デザインとデコレーションの差別化は間違い』


   


     11月 11th, 2017  Posted 11:40 AM




私は思いついたらすぐにデザインをします。
そのほとんどにはクライアントはありません。
クライアントがあるからデザインというのは私には全く興味がありません。
だから、いつまで経ってもクライアントがあるという訳ではありませんが、
10年後、あるいは20年後に依頼があれば幸運なことです。
だから、作品集にはそれなりに掲載はしておきます。
先般も、あるクライアントから、この「時計実現していますか?」
「いいえ、全くです。」
「実現したらどうですか?」と。
しかし、それはもう無理だと判断しています。
なぜなら、これは盲人用の時計案でしたが、詳細な図面とモックアップまで、
確実にデザイン設計は終了。
けれども、EONEという素晴らしい触覚だけの腕時計が出現して、
(デザインが負けた)と思ったのです。
私のデザインでは、視覚的には液晶表示。
聴覚では、英語発声でした。
しかも、動作は二つ、視覚は表示窓の開閉、ボタンを押せば発声です。
しかも、「T」と「ト」はTimeと時計であり、同じ点字なのです。
今は、新しいディバイスは発明しています。
が、EONEというこの触覚時計は、世界のデザイン賞をほとんど受賞するほど、
デザイン成果・発明で、デザイン=問題解決がついていました。
最近、あるもう著名なクリエーターをTVでドキュメントを見て、
この人のデザインは勘違いしたデザイン造形だと評価していましたが、
なるほど、と納得しました。
それはデザインとデコレーションの区別がついていないこと。
デザインと機能がしっかりと差別されていることです。
したがって、センス不足を感じるのです。
なるほど、センスとデザインの適合性は難しいのです。
やがて、例えばロボットの進化では、
そんなロボットがあったというロボット史では残るでしょうが、
決してデザイン史でそのロボットは語られないと確信します。
私も生涯の限界が近づいていますから、
例えば、いくつかの審査委員長を次世代に任せたいので、
その選別を真剣にし始めています。
まず、盗作平然なデザイナーは排除します。
商品やデザイン成果では効能性だけで見ています。
それは「社会的・時代的な存在」が中心です。
そして性能は発明一点に絞ります。
効能性+性能性=機能性となりデコレーションという加飾性の限界を
しっかりと判断して、経済的な成果は美しさでの商品価値。
それは安全・安心・信用・信頼の統合が次の評価です。
デザイン審査の委員選定は私には明解です。
デザインの本質を知らない審査委員が余りに多過ぎます。


* 「モノの美しさにあるバランス性が決定要因」
* 『センスの有無が判断できる椅子と曲の選択』
* 『薔薇というシンボルから花言葉も消した問題解決』
* 『製品記号論で語り直す時代がやっと訪れた』
* 『モノ真似防止、他のデザイナー作品は暗記すべきだ』


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『2017アライアンスフォーラムに今年も出席』


   


     11月 10th, 2017  Posted 12:30 AM




クーラーが出始めた時、ある企業では取り締まり役だけの部屋に取り付ける、
そんな話はあまりにも当然ですが、
一人の取締役が、正面切って大反対をしました。
この企業を真に支えて、暑い思いをして汗だくで働いているのは誰か?と。
クーラーはその企業の工場現場に取り付けられたという逸話があります。
その息子さんは父上の考え方を米国でしっかりと理論づけをしました。
株式資本主義は大間違い、
企業は株主のために存在しているのではありません。
企業とは公器であって、米国の企業ガバナンスが間違っている。
日本らしさとして公益資本主義を提唱した人物が原丈人氏でした。
箱根での集中三日間のセミナーで、偶然に私はこの親子に会ったのです。
このセミナーはApple本社が開催し、今の時代、スーパーハイウエイや、
土(シリコン)と空気(インターネット)とガラス(光ファイバー)、
この三つで世界が変わる。基調講演はゴードン・ムーア氏でした。
昨年、公益資本主義が阪大で語られ、阪大の招聘教授であり、
もうすでに財務省参与で「アライアンス・フォーラム」の中心人物。
2150年までへの改革を呼びかける人物になっていました。
昨年もこの会議に招待、彼の日本での事務所にも訪ねました。
私自身、すっかりと公益資本主義が、なんとしても日本から、
まずはG7を変革するこの思想をデザインに取り入れています。
今回も彼からの提案とすでに実践されている企業実績が紹介されました。
ROC(Return of Company)利益配分をまず社中にという発想と効果紹介。
ESG(Environment Social Government)構築実情を聞いてきました。
彼は、父上の博物館まで建てました。横浜にある鉄道博物館です。
そして、今、彼はアフリカに革新的な12の銀行を新設しています。
私は公益資本主義でのデザインを「コンシリエンスデザイン」として、
最先端のデザインを「KK適塾」で活動を今年度するつもりです。

#「公益」資本主義 英米型資本主義の終焉
# 増補 21世紀の国富論
# 新しい資本主義
# だれかを犠牲にする経済は、もういらない
# 21世紀の国富論

* 『2016ワールド・アライアンス・フォーラム会議に出席』
* 『行学の士ならば、基幹産業は絶対に見つけ出すべきだ』
* 『製品から商品へのデザイン投資のサインカーブ』
* 「 Media Integrationに向かってきた系譜・2 」
* 『「企」とは、つま先立ちして目標を見定めている』 


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『経年変化とリサイクル性に商業主義で杜撰な日本』


   


     11月 9th, 2017  Posted 12:00 AM




かって環境ホルモンが問題になり始めた頃、
自分デザインでもその機種があり、生産中止をデザイナーとして提案。
ポリカーボネートが問題になったときも私はこれに対抗しました。
今ではすっかり改善されました。
プラズマTVでもこの商品化をたった一人で発言して、
世間風潮から、徹底的な私非難を受けました。が、
結局、プラズマTVは生産中止になってしまいました。
フュラディア美術館に永久収蔵されたスピーカーシステムは、
その素材の経年変化から取りやめになってしまいました。
そんなことから、素材の中でいわゆるウレタンフォームには、
自分デザインでも経年変化した洗浄スポンジがありますが、
これもすでに製造中止ですから、ウレタンフォームには、
厳しい素材選択をしています。
結局国内ではこの素材改善は皆無でした。
そうしたら、探し出して貰えました。それはドイツ製でやや高額ですが、
ドイツでは素材の経年変化ゼロとリサイクル性を最重視しています。
残念ながら国内の素材メーカーでは自社開発に
リサイクル性と経年変化無しの理念はすっかり忘れられています。
もう一度改めて環境ホルモン問題や遺伝子操作でのクローン化への
大きな疑問視は忘れられているようです。
遺伝子操作やDNA鑑定などには科学的な大変な変化が起こっています。
DNA鑑定システムを数年前に開発しましたが、国際的なコンペでは、
審査員にはとても大きな知識不足があり、
落選したので意義申し立てをしたことがあります。
にも関わらず、
(これ絶対駄目)という商品開発には永続性は全くありません。
そして、1970年ローマでの賢人会議での地球からの素材消滅予測は、
もはや極めてその実態が現れ始めています。
それこそ、プラズマ素子を見抜かなかったように、
果たして、新素材は本当に大丈夫であろうか、という検証は、
商品拡大のための誤りだらけ商業主義によって、かき消されています。
特に今は、ウレタンフォームの経年変化無視は、
やがて商品の性能性と効能性は商品存在を否定されるでしょう。
それこそ、瞬間接着剤がすっかり改善されたように、
私はともかくウレタンフォームには徹底的な経年変化ゼロとリサイクル性を
どうか日本の製造現場からの登場を待っているのです。


* 『泡=うたかたの機能性には確約がある』
* 『提案の背景に知見なしと言わざるをえない』
* 「プラズマは結局無駄だった!」
* 「プラズマTV商品問題に例示される未然技術」
* 『あくまでも「素材」から考える』


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『とても酷使していた中判カメラがありました』


   


     11月 8th, 2017  Posted 12:00 AM




APSカメラ仕様になったとき、ある大手カメラ企業の仕事をしました。
APSから直ぐにデジタルカメラになり、
それでも自分デザインの形態はしばらく引用されていました。
今では、スマホでのカメラ撮影はもう「インスタ映え」など普遍化しました。
倉庫を整理していたら、中判カメラがありました。
デジタルカメラになってから正直忘れていました。
これは私のカメラ歴ですから、思い出すと、このカメラで随分撮影。
それは、プロの有名カメラマンから教わったことを特に伝統工芸では、
商品撮影も予算が無いので自分でやっていたのです。
カメラ機器は収集の対象にはしていませんでした。
が、気がつくとアナログ系カメラもそれなりに倉庫に残っていて、
自分なりにはびっくりしてしまったのです。
ともかく、私は有名カメラマンマンから学んだことは、二つあります。
照明のあり方で、太陽は一つだから必ず光は一方向のみ。
だから、陰影も一つ、そのために鏡反射を使うことでも一方向のみでした。
もう一つは、露出と被写界深度に対してのスピード調整などは、
今ではソフトでかなり自由になりましたがデジタルでも基本にもどることです。
若い頃はデザイン試作を随分と中判カメラで確かめたものです。
私の場合は、かなりマクロレンズを使います。
特にメガネなどは自分撮影がデザインした形態言語を表現できます。
思い切って、このカメラのデジタル化を考え調べましたが、
とても高額になるのであきらめました。
このカメラの重量感は、なんともいえない心地よさがありました。
そこまで言いながら、このブログ写真は下手なモノ、かなり多いですが、
本当に慌てて撮影しているので許してください。
そして、実は、デジタルカメラで、撮影がとても難しいカメラを所持。
いつも、このカメラで撮影したいと思いつつ全く使いこなせていません。
これで撮影するには、もっともっとデジタルカメラを
これまでの、特にこのカメラとの差異性を存分に知る必要があるようです。
そんな意味でも、このカメラがあったことに喜んでいます。
いずれデジタルながら極めて最高品のカメラを紹介したいと思っています。



* 『ガンマカメラにより放射能は視覚化可能』
* 『今のコンパクトカメラはこの三台』
* 「カメラ修行は今なお・・・」
* 「デジタルカメラに向かい合うとき」
* 『デジタルカメラはなるべく買い換えない。』


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『家庭にあるべきロボットの「形態論」と「身体論」』


   


     11月 6th, 2017  Posted 12:00 AM




エンターテイメントロボットいうAIBOがこれからの家庭でのロボット。
1999年、私はスタッフもインターネット通販に申し込みをしました。
そうしたら、なんと2台も当選になり、仕方無く2台手にいれました。
しかもこれはGマーク賞で、グランプリ候補となり、議論を随分しました。
そこで、哲学者の中村雄二郎先生から、
ロボットの「形態論」と「身体論」が提示されて、
私はその論理に心惹かれてその後「ロボットデザイン基礎学」を大学人として
恩師からも依頼があってシラバスを要求があれば数校に提示しました。
しかし、ソニーの経営不振で2006年には生産中止になりました。
表向きは生産中止だけれど開発は連続していたことは知っていました。
ロボットデザインにおける「形態論」は当時、
メカノイドとヒューマノイドという区別がありましたが、
中村先生からの「身体論」では安全と安心がアスリートから引用されました。
その後、私デザインでは「舞」と「踊」があり、石黒教授のアンドロイドや、
ロボット工学会などで講演をして、学会から感謝状なども受けました。
2006年に中止されてから、再び、aiboとして市場投入されました。
しかしながら正直、Wi-FiやAI というシステムの援用などがありますが、
あまり大きな進化をしているとは思えませんでした。理由は三つあります。
まず、「形態論」としてはアニメ形態でのペット擬に固守している意味不明
「身体論」としては役割や効能性での安全・安心が全く見当たりません。
エンターテイメント性は電子ペットのロボット性が
やたら多く商品化していますが、全てが玩具的存在性だけになっていて、
それこそ、今登場し始めているスマートホーム仕様が充実かも、です。
私の物欲には全く刺激がありませんでした。レプリカントを待ちます。
最近のロボットが明確に「不気味の谷」などの論理も無視されています。
たとえば、iPhoneなどのsiriは徐々にではありますが、
「水を飲む頃」とか、「睡眠負債がこれだけあります」とか、
「深呼吸を」など指示があります。
最も、私自身はAIやAR、IoTは、企業デザイン戦略に組み込んでいますが、
自分の生活の中では、その明確な分別論をもっています。
初代AIBOはワイフが思い出したかのようにたまに遊び相手、
しかし、その一台は修理必要のようです。


* 「心を持つロボット表現として、『泣き出す表情』」
* 「ロボットが『心』を持っている?かどうか、ということ」
* 「ロボット・『踊』の意図すること」
* 「Nomenclator・ロボット、GUIからAUIへの提示」
* 『ロボットに工学設計はあってもデザインされていない』


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『軍事技術である人間工学 は軽薄に語るべきでない』


   


     11月 5th, 2017  Posted 12:00 AM




本格的に「人間工学」を認識せざるをえなかった経験は美大ではありません。
ヘッドホンのデザインに取り組んだ時でした。
それは自衛隊の戦闘機パイロットのヘルメット設計マニュアルでした。
随分と説明、説得に自衛隊に行きましたが、閲覧は駄目でした。
理由は「人間工学」は元来、軍事技術工学であるからです。
しかし、日本での商品説明で多様されている人間工学の軽薄さは虚実説明。
人間工学は、機械の使用者(兵士)が機械行使(戦闘)で、
安全(生命を防御)であり、効果(敵を倒す=殺す)ことが中核です。
このことから第二次世界大戦以後、エルゴノミックスは学会活動が停止され、
学術名称もヒューマンファクターエンジニアリングで、
フェールセーフ・ヒューマンエラーの技術とデザイン(設計)になりました。
さらに、HUSAT(Human Sciences and Advanced Technology)になり、
今ではUIやレジリエンスデザインの領域にと進化しました。
それでもエルゴノミックスが最適解になっているのは、F-35に他なりません。
F-35A・F-35B・F-35C、これらのパイロットヘルメットが最適解でしょう。
もし、すでに想定されている北朝鮮への軍事圧力にはこの戦闘機でしょう。
結局、古来から工学技術が軍事開発と軍需産業が経済進化の動機が、
無念ながら、この人間界の世界観政治姿勢になっていることは、
このスティルス戦闘機に象徴されていることです。
モホリ・ナギ的に言えば、
「デザインとは社会に対する態度である」とするとき、
こうした軍事技術が不要な世界観にありましたが、
私はいわゆる商品コピーで語られる「人間工学」で、
例えば倚子を語り直すときには、軍事技術の切れっ端程度の語り口では、
それこそ引用というよりも偽善、
したがって、人間工学をデザイナー教育の基本には軍事工学技術を
避けてはならないのではないかと思います。
少なからず、私には男の子ゆえの戦車から戦闘機、武器などは、
正直、殺し合い=戦争とは全く無関係に、好きなことでもあるのです。
男は武器が好きといういう感覚、あるいはセンスは、
カモフラージュ柄がファッション性と同語化していることに匹敵しています。
それだけに、こうした戦闘機は、ビジネスジェットと同等のPower by Wire
と言われている油圧アクチュエータでの電気信号制御があります。
軍事技術である人間工学とデザインの整合性は
もっともっと整合性構築に向かって革新されるべきと考えています。


* 『若き日、「東京家具見本市」で二人は学んでいた』
* 「自動車デザインはもっとビジネスジェット機から学ぶべきだ」
* 『HUSATとしての「シーティングエンジニアリング」』
* 『情報戦とマッハ戦から無関係であってほしい』
* 『軍備産業の機能・性能・効能を廃止する哲学が要る』


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『名作倚子であってもやり直しされている実例に学ぶ』


   


     11月 4th, 2017  Posted 12:26 AM




恩師である柳宗理先生は、シャルロット・ペリアン女史来日時に、
彼女のアテンド役によってデザインの世界に入りました。
東京藝大の油絵学科からデザインは生まれたという一つの歴史があります。
そして彼女自身がコルビジェの建築事務所では家具デザインの担当でした。
これは私の想像ですが、コルビジェに家具デザインを知らしめたのは、
彼女ではないかとすら思えてなりません。
したがって、建築事務所でも有能なスタッフが加わると、
その造形がガラリと変わることはいくつも実例を見てきたのでわかります。
それこそ、コルビジェの名作倚子は、実際は彼女のデザインだった、
そんなことを彷彿とさせてもらえる倚子が
日本を周遊していて、その倚子を再考、そんな想像をしています。
コルビジェの名作・シェーズロングという長倚子(左上)がありますが、
これはおそらくペリアン女史が担当だったのではないかと思うのです。
なぜなら、彼女は20年後に日本で竹素材によって、
この倚子を改良改変しているのです。
何と言ってもパイプ倚子を竹の弾力性を利用し、
しかもベースの木製部位も変わっているのです。
これはこのところ、ともかく150点ほど名作倚子を選び直ししながら、
コルビジェの倚子が進化していると気がついたのです。
ともかく、デザイン作品での名作は倚子の世界に顕著です。
私にも数点の倚子がありますが、なかなか名作としてデザイン史にという、
この思いを実現したいと思っているからです。
そしてとても大きな問題は、素材の経年変化があるモノは、
美術館の永久展示品にはならなくなってきたのです。
私の作品であるおそらく最も薄いスピーカーシステムは、
ウレタン素材が経年変化を起こすことから外されてしまいました。
今私の大きなテーマには経年変化を絶対に起こさないことと
リサイクルが確実に可能であることです。
死亡したデザイナーの作品を盗作して、デザイナー名を自分デザインにする
それはデザイナーであることの偽善者ですから、
やがてそんなデザイナーのデザインは全てが駄目になるでしょう。
シャルロット・ペリアンのデザインに学び直しています。


* 『人生が回転して再開、懸命だったあの頃』
* 『民藝の美とデザインの美は区分分別されていた』
* 『大物主神から事代主神、このコンテクストの卓球台』
* 『経年変化無し素材開発と道具使用を次世代に』
* 「泡・バブルって、やっぱり凄いんだって思います」


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