kazuo kawasaki's official blog

Archive for 3月, 2009


『資本主義から逃走せよ!』
金融工学の始祖はマルクスだった_11


   


     3月 31st, 2009  Posted 10:00 AM

「四句分別」というMATRIXは、MANDALAとして、
一つの概念が単純に8つの概念で取り囲まれると私は考えるようにしています。

それは、概念を核心とする概念機能、
あるいは概念の機能性や概念感覚を把握し認識するための条件と考えているからです。

まさしく、曼荼羅に描かれた仏像の機能と言っては言い過ぎかもしれませんが、
人間の思考は「ことば」に、特に、その概念があらわす
夢・願望・期待・理想を表しているという仮説を私は持っています。
10thmandala001

そして、これを、私は「ことばとかたちの相対性」と呼んでいる思考の構造化にほかなりません。
そこで、「使用」ということをMANDALA 図に載せて分類をします。
それは、どういう「使用」というのがあるのか、
ということをともかく配置してみるとその構造=関係が見えてくるのです。

「核概念」の上部には上位概念が左右に並びます。
そして中心と左右は同等の重力を下位概念に上下にわたって及ぼしているのです。
さらに、「核」・中心に対しての対立やあるいは対位性は、
中心感覚を平衡化するバランス感になっていくものだと考えています。

まずはじめに、「使用」を中心、「各概念」に配置します。
そうすると以下の図のような、「使用」の目標や目的、そして効果が視えてきます。
10thmandala002

「使用」を取り囲んでいる8つの「ことば」に対する意味とその「感覚」は、
そのまま「使用観」という世界図象として、
私たちの感覚を世界観として成立させているのではないでしょうか。

たとえば、「使用」するというのは、
急用もしくは専用のために採用することから始まっているのだと考えてみることができます。
採用感は採用するための自分の世界観だと考えれば、
その「使用」の「価値感」=「価値観」ということで、
個人的な感覚、私だけの感覚であっても、それを一般化させることも可能になるわけです。

つまり、「使用価値」がどのように分解されて、
なおかつ統合と集約を、それぞれの概念価値として要素化、
あるいは要因化しているということになるわけです。
10thmandala003

ただし、この曼荼羅図は、あくまでも二次元での仏像の配置です。
そのアナロジーとして、MANDALA図に「ことば」その「感覚」を配置してみました。

本来は、仏像界という宇宙観は多次元空間での存在にほかなりません。

それは、「ことば」もその発信性や意味論は
宇宙観にただよっている感覚にすぎないと考えることが出来ます。
平面界での配置であることも注意をはらっておきたいと付け加えておきます。

結局、世界観は私は3次元から多次元化していることをすでに知識として認識しているからです。
それは、「価値観」あるいは「価値感覚」は
多次元化された時空間に存在しているということになります。

問題は、この多次元的な「価値」、ここでの「使用観」は、多次元的に時代が変容させたからです。
すなわち「多様化」している「使用価値」へと拡大と収束が起こっているということです。


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3月31日川崎和男のデザイン金言 Kazuo's APHORISM as Design


   


     3月 31st, 2009  Posted 12:00 AM

3月31日 先勝(乙亥)

精神世界に、モノとしてのコンピューターを
形態化させるデザイン言語は手にいれることができるはずである。

I believe the space that enables the power of imagination
(towards which the volition of design heads) will be liberated.

『artificial heart:川崎和男展』 黙示としてのデザイン


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3月30日川崎和男のデザイン金言 Kazuo's APHORISM as Design


   


     3月 30th, 2009  Posted 12:00 AM

3月30日 赤口(甲戌)

経験の基層その表層を研ぎすまし、
自分の人格を映し出すためのモノの発明こそ
インダストリアルデザインの当然の対象とすべきだろう。

Design as a base layer must be the creation
that leads to our unknown memories.

『artificial heart:川崎和男展』 基層としてのデザイン


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3月29日川崎和男のデザイン金言 Kazuo's APHORISM as Design


   


     3月 29th, 2009  Posted 12:00 AM

3月29日 大安(癸酉)

モノのデザイン、その骨格に
基層となるべき量子構造を仕組んでいく手続きと具体化は、
基層としてのデザイン、というテーマになるだろう。

The theme for design as the base layer
would be the procedure of weaving the structure of quanta
that form the base layer into the framework
of the design of things and the work to embody it.

『artificial heart:川崎和男展』 基層としてのデザイン


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3月28日川崎和男のデザイン金言 Kazuo's APHORISM as Design


   


     3月 28th, 2009  Posted 12:00 AM

3月28日 仏滅(壬申)

寓話のプロット性をデザイン手法として与えてみたい。
デザインの大きな創造力なくしては、この寓話性は生み出せない。

I propose imparting the plotting methods of parables to design methods.
This quality of the parable will not be possible
without the great imagination of design.

『artificial heart:川崎和男展』 寓話としてのデザイン


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『資本主義から逃走せよ!』
金融工学の始祖はマルクスだった_10


   


     3月 27th, 2009  Posted 8:13 PM

「所有観」と「使用観」という二極分類を融解してみたいと思います。
「四句分別」のMATRIXに「使用」と「所有」の二極を配置してみましょう。
それは、「使用中心の所有意識」と「所有中心の使用意識」という領域が、
必ず、意識上に存在していることになるのです。

これが、東洋的というか、日本的な融合感覚ではないでしょうか。
この「分別」こそ、現世公案的な悟りへのアプローチとなっていたのです。
現在、この日本的感覚が押しつぶされてきたことを思い出す必要があると私は考えています。

22matrix_1
乱暴な言い方をしておきます。
つまり、1970年代初めに、「脱・工業化社会」、「ポストモダン」、
そして「意識化社会」という予測論が出てきました。

これは、「情報化時代」、「情報社会」が到来することの確約された予測論だったのです。
しかし、その内実が構造化される外因は
すべからくオイルマネーによる金融支配構造に資本主義そのものが、
まだまだ進展していくという幻想、いや妄想が生まれてしまったのです。

具体的には、私はデザイナーとして二つの現実を見てきました。
石油文明をあくまでも維持しようという石油資本家たちの支配構造から脱出できませんでした。
これを裏打ちする事件も歴史的な事実となっていくのです。
この指摘はいづれ書き残すつもりでいます。

とりあえずまずは、「電気自動車の開発と実現」がずーっと拒絶する
大きな支配的な政治力が温存されていたということです。
そこにコンピューターやネットワークという技術革新=イノベーションが覆い被さってくるのです。
「イノベーション」は、オーストリア出身のJ.A.シュンペーターが、この言葉を提示しました。

joseph_alois_schumpeter
さらには、「資本主義の崩壊」までの思想を登場しているのです。
このことについては、いづれ後述してまとめておく必要があるでしょう。
そして、これは、コンピューターテクノロジーあるいはインフォメーションテクノロジーによって、
そして資本主義が強化されたがゆえに、この妄想が正当化されたものと判断せざるをえません。
即、1973年にはオイルショックによって、この妄想が一時叩きのめされました。

けれども、この当時のコンピューターはまだまだマシンの段階でした。
ところが、コンピューターがパーソナル化する時代に入ります。1980年初頭です。
それこそ、資本が金融というシステムの中で、
ますます専門家だけが制御できるネットワークになっていくことにつながります。

と同時に、それは「グローバル化情報社会」として、
先進国家にのみ、その資本財の配分、つまり「富の分配」という構造社会になっていくわけです。
この「富の分配」には、
「所有観」と「使用観」が融解して二極性が崩壊していくと言ってもいいでしょう。
私は、これをMATRIXからMANDALAへと変容してきたのだと評価しています。

22matrix_2
MANDALAとは、正式には「金剛界曼荼羅図象」です。
この図象に描かれた仏像図とそれぞれの仏像の意味性を私は詳細に語るべきだとさえ思っています。

kongokai
ここではあくまでも「所有」と「使用」の二極を
多様的な意味を集約するためにMANDALAを応用します。


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3月27日川崎和男のデザイン金言 Kazuo's APHORISM as Design


   


     3月 27th, 2009  Posted 12:00 AM

3月27日 先負(辛未)

情報革命は、
遺伝子革命に、電磁波革命に、光重合革命にと進化していく。
こうした進化をうながす技術を主導するのは唯一デザインだけだ。

The information revolution is progressing into gene revolution,
electromagnetic wave revolution, and optical polymerization revolution.
I consider it important to know that it is only design
that can take the lead in technologies that aid in these developments.

『artificial heart:川崎和男展』 変革としてのデザイン


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3月26日川崎和男のデザイン金言 Kazuo's APHORISM as Design


   


     3月 26th, 2009  Posted 12:00 AM

3月26日 先勝(庚午)

心地よさを破壊する問題提起を
デザインとして「指示」するなら、
デザインの主体性は大きな変貌を遂げるはずである。

If we “instruct” design to raise the issue of
destroying this comfort, the subjectivity of design
should go through a drastic transformation.

『artificial heart:川崎和男展』 指示としてのデザイン


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3月25日川崎和男のデザイン金言 Kazuo's APHORISM as Design


   


     3月 25th, 2009  Posted 12:00 AM

3月25日 赤口(己巳)

敵をつくれない者には、味方はできない。
味方ぶっている連中は、すぐに裏切るものだ。
しかし、敵を味方にできれば、彼らは決して裏切らない。

I think that the person who cannot make an enemy do not have the friend.
The party whom there is as if my friend betrays me immediately.
However, they never betray me if I can make them as a friend from an enemy.


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3月24日川崎和男のデザイン金言 Kazuo's APHORISM as Design


   


     3月 24th, 2009  Posted 12:00 AM

3月24日 大安(戊辰)

発想は、常に求められる。
発想を求めるのは、他からである。
しかし、自分自身に求めることに果敢であることは、勇気のあることの証明である。

Ideas are always demanded.It is from others who request an idea.
However, it is evidence of the courageous incident
to be daring in seeking from oneself.


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