kazuo kawasaki's official blog

Archive for 5月, 2010


『資本主義からの逃走』
「日本語が曖昧になって現代認識の観念化を誤るかもしれない」


   


     5月 31st, 2010  Posted 7:17 PM

曖昧さ検証へ
私は次の言葉も、「情報」のように曖昧にしていると考えてきました。
福祉
機械
環境
人間
病院
医療
科学
しかもこうした言葉は、「現代」・「現代の問題」を抱え込んでいますから、
大学や行政でも、とても重要視される言葉です。
にもかかわらず、私は、こうした言葉が曖昧になってきたのは、
おそらく三つの理由があったのではないだろうかと推測しています。

■ まず、国際的に「英語」表記が拡大し、
 グローバル用語と日本語との対照訳語、その意味性に距離観がある。
 しかし、その検証を放任している。

■ すでに日本語として確立している言葉だけに、
 現代的意味性がどれほど付加しようと、
 こうした現代性を引き出してまで検証はしない。

■ 既知の意味性、その認識がすでに常識であるために、
 最も通用する、という大錯覚があるにもかかわらず、
 ラングでありパロールとして社会的、絶対的な信用語としている。

私は、すでに日本語として既知認識となっているこうした「言葉」こそ、
その意味性には慎重でなければならないと考えてきました。
特に、現代問題の核心となっている「言葉」は、まず概念よりも観念に直結しています。
したがって、デザインワークの前提には、
「コンセプトワーク」・「コンセプトメーキング」という段階があります。
あくまでも「コンセプト」ですが、
これは必ずしも「概念」で捉えるだけでは不十分です。
私は、「コンセプト」は日本語になっていると思います。
Conceptとコンセプトには距離観があります。だから「概念」より「観念」です。
コンセプトには「概念+観念+問題意識」が不可欠だと考えます。

「環境」という言葉を事例に
たとえば、『環境』という現代、最重要な言葉においても、
「環境=Envilonment」というわけにはいきません。
それは「環境」という言葉には、
日本語になるまで中国からの連綿とした歴史があります。
なぜなら、東洋では「元史・余闕伝」から周囲論という意味、この言葉から始まります。
そして西洋ではヒポクラテスの時代に、
「空気・水・土地」から生態論へ移行して意味の集約に入ります。
この二つの文脈から、「環境=Envilonment」この等式には無理があるようです。

曖昧さの利点と欠点
結局、現代問題の核心となる「日本語」、
そして国際的な英語の訳語としての隔たりと
漢字での表記意味の正確さを対照化するべきと考えます。
そこで、私はこれを「近さの概念」=トポロジー的概念として捉え直す、
その数学的手法も熟考方法になると確信してきました。
その具現化の応用も適用し、評価を受けてきました。
あらためて、日本語の曖昧さの利点と欠点に、
実は「観念」から「概念」
そしてコンセプト・Conceptの文脈があると結論化しています。


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5月31日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 31st, 2010  Posted 12:47 PM

5月31日 先負(辛巳)


政治とは、理想主義を現実化する、
まさしくデザイン的行動である。

デザイン的行動には倫理観は必需である。



『プラトンのオルゴール』
統合化していくデザインの意味


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5月31日Staff Blog


   


     5月 31st, 2010  Posted 12:12 PM

5月31日

iPadスケッチ用のタッチペンは、
手前のpogo design、
奥2本は既成のホルダーに
導電スポンジとアルミ箔テープで
自作したペンで、かなり充実の
BOSS(川崎和男KazuoKAWASAKI)



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5月31日Staff Blog


   


     5月 31st, 2010  Posted 12:14 AM

5月31日

iPadでスケッチを描くべく、
タッチペンのセレクトと自作を続ける
BOSS(川崎和男, KazuoKAWASAKI)

今のお気に入りのタッチペンは、
手前のモノ、pogo sketch。


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『資本主義からの逃走』
「日本語・『情報』はなぜ曖昧になってしまったのか?」


   


     5月 31st, 2010  Posted 12:01 AM

私は、「情報」という日本語が、
次のような意味合いを統合しているとしたら、
すでに曖昧な言葉に成り果てていると思っています。

Information
報道・制度的な広報・私的あるいは公的事実性
Intelligence
秘匿事・隠匿事・企み事・戦略・策略
Knowledge
知識・経験事・生活の知恵・伝統伝承事
Consciousness
意識・見識・良識

私は「情報機器」という製品アイテムを対象として
デザイン成果も生み出してきたと自負しています。
それだけに、すでに新たな「情報機器」を概念と観念で再考しなければ、
次々と進化する機器設計そのものと、
人間との関係が成立しがたいのではないだろうかと考えるようになりました。
したがって、特に、デザインを職能とする人や、
情報工学、環境情報、情報制御、医療情報などすべてが、
「情報」の意味と意義がどこまで、
日本語ゆえに曖昧であるのかを検証するべきだと提言します。
企業情報戦略も国家情報戦略も、
これからのネットワークの進化に対して、
この日本語でいいのかどうか、
あるいは、日本文化が伝統としての「曖昧さ」が本質であるとするなら、
その曖昧さの再利用を創出する時期になっていることを提案したいと思います。
そうなると、「情報」だけではなく、
再考し新たな概念と観念の言葉そのものを探し出す必要があると考え提示します。

たとえば、次のような日本語が考えられます。
以下の言葉については、この20年ほどいつも熟考対象にしてきた言葉です。

福祉
機械
環境
人間
病院
医療
科学

などです。
そして、こうした言葉がもっとも多用され始めている大学、その学部名や学科名、
そのコンセプトやアジェンダやスキームなどに対する
大きな懸念性と疑念性を捨て去ることができないのです。
この懸念性は私に突然、襲いかかってきたある種の不安感でした。

「デザイン」提案の大前提
なぜなら、将来・未来は、「言葉」から始まります。
さらに、わが日本には、「大物主」「事代主」によって、
物質と情報は決定づけられた伝統の文脈があるからです。
決して、この論理は宗教論でも、神がかりな論法でもありません。
真摯に「未来づくり」へ文化への新しい文脈づくり、
すなわち「デザイン」提案の大前提なのです。


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5月30日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 30th, 2010  Posted 10:25 AM

5月30日 友引(庚辰)


平面にあたかも
立体的な画像が浮かび上がる
そんな絵画を
透視図=PERSPECTIVE PROJECTION
と言う。

perspicereというラテン語、
それは、「はっきりと明確に見る」
という意味である。
そんな意味を語源にした呼び方である。



『プラトンのオルゴール』
デザインは見識と良識の投影


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『資本主義からの逃走』
「日本語・『情報』はなぜ曖昧になってしまったのか?」


   


     5月 29th, 2010  Posted 11:27 PM

曖昧性
ある有名情報機器メーカーがかつて、
「情報」とは、「情けに報いる」という広告コピーを出したことがありました。
なんとなく、人情味の交換という意味性を匂わせていますが、
厳密には、「情」は心の中の黒ずんだ感覚であり、
報はそのやりとりが縛り付けられていることというのが原意との解釈ができます。
それは、あまり良い意味性ではなく、
「情報」という表層的な意味の軽量観になっているということです。
したがって、「情報」というのは、四つの意味性で取り囲んだ核心に配置すべきだと考えます。

Information
報道・制度的な広報・私的あるいは公的事実性
Intelligence
秘匿事・隠匿事・企み事・戦略・策略
Knowledge
知識・経験事・生活の知恵・伝統伝承事
Consciousness
意識・見識・良識

以上のことを熟慮すると、「情報」という集約語には収束はしないのです。
むしろ、こうした「伝達性や伝導性の事項」の統合性を一言で言い切ること、
断言できる言葉が必要だったわけです。
「情報」という言葉に収束させて生まれてきた言葉、
「情報」が冠詞的となった、たとえば、情報工学や情報操作などがあります。
「情報」が結語的となった、個人情報やデザイン情報など、
すべからく、包含されている意味性が部分的であり、
なおかつ、誤解される要素に満ちていたものと判断します。
だからと言って、今さら「情報」を日常語から外すことは不可能かもしれません。
したがって、私は、情報を取り囲んでいるこの四つの意味性の総合化を諮るには、
「モノ」=物質=人工物が発明されなければならないと考えています。
この判断は、過去事例に明らかです。
「マルチメディア」という「マルチ情報」をコントロールするモノが結局は登場しなかったこと。
さらには、本来、Informationでしかなかったジャーナリズム思想は、
なんらメディア=新聞・雑誌・ラジオ・TVなどの
モノの形式から解放されなかったのです。

曖昧さからの解放と再利用
だからこそ、思想としての変革は置き去りになり、
電子書籍という形式とそのモノの登場がありました。
その発明とか登場によって、大きな驚愕とともに、
マスコミすら変質あるいは喪失すらするという不安が拡大しています。
私はあらためて「情報」という日本語に押し込められた意味性の曖昧さを指摘し、
この曖昧語からの解放、あるいはこの曖昧さの再利用が必要だと評価しておきます。


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『資本主義からの逃走』
「情報・日本語であるための曖昧性」


   


     5月 29th, 2010  Posted 11:39 AM

情報
「情報」という言葉は、森鴎外の訳語であったという説があります。
そして、そういう説があるらしい、ということを15余年程前に、
ある誌面で書いたところ、強烈な否定論を大学のFAXでいただいたことがありました。
あまりの強烈さゆえ、今も鮮明にその時の驚きと、
その指摘人物=著名学者を覚えています。
それから、日本語での「情報」という言葉については、
とりわけ慎重になる癖がついたと自覚しています。

ドイツ・英国・米国の「情報」
ところが、あるとき偶然にも、
海外のインダストリアルデザイナー友人達と会合を持ったときに貴重な体験をしました。
英国人・ドイツ人・アメリカ人、そして私=日本人での会合でした。
パソコンという言葉が登場した頃であり、
今後、このパソコンで「何」が変わっていくか、というテーマになりました。
決して、これは議論でもなく和気藹々とした会話だったのです。
まず、会話では、コンピューターのパーソナル化、
すなわち、「日常生活でパソコンの存在」が、「ポストインダストリー=脱・工業化社会」、
この言葉での書籍も一段とビジネス書は増えてきた頃でした。
結局は、「工業社会から情報時代」に入る。
そうなれば、インダストリアルデザインの職能範囲、拡大するのか縮小するのか、
あるいはもう終焉し、デザイン職能が変態するかもというとめどない会話になりました。
そこで、行き着いた各国語での「情報」という言葉がどこに集約し収束しました。
だから、焦点がどこに至るのだろうかということでした。
まず、ドイツが、脱・工業化を国際的には最初の発言者だったという確認でした。
それは、「意識社会」の出現、という予測でした。

意識=Consciousness

パソコンが大きな刺激を与える存在になるというのが、ドイツ人の主張でした。
ところが、英国人は「知識社会」の深度がますます重要になっていくという主張をしました。

知識=Knowledge
を膨大にストックし、
その知識配分の格差が増大してくるという話題でした。
米国人は、ちょうどArpanetがInternetになっていくことから考えても、
これはIntelligenceの国家・民族・宗教・思想・主義などの諜報性に、
対立や調和や共有が様々に起こりそうだということの主張でした。
情報は、情感的な伝達性という意味が日本語の根底にはあるようだということを話をしました。
彼らと明らかに違っていたのは、
情感という感覚的な曖昧性が日本語にはあることをその時、私は改めて知ったのです。
この曖昧さは現在も温存されたまま、
「情報=インフォーメーション」という単一な茫漠とした意味合いのままなのです。


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5月29日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 29th, 2010  Posted 10:26 AM

5月29日 先勝(己卯)


本当の生涯はいつから始まるのだろうか。

まず、想像力を意識し始めたときから。
そして、大きな転機になるような
出来事が起こった時だ。



『プラトンのオルゴール』
デザインは見識と良識の投影


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5月28日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 28th, 2010  Posted 10:20 AM

5月28日 赤口(戊寅)


点と線と面・・・・・・
これは造形の要素である。

視点・視線・視野・視界は、
点と線と面で、
より詳細に説明することができる。



『プラトンのオルゴール』
デザインは見識と良識の投影


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