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「カップとソーサーの関係は文化の基本」




文明とは飢えと寒さから身体を護ること。
だから、「器」と「着物」が文明の最初の発明でした。
そして「器」は形態的な進化をしていきます。
やがて「器」形態が文化を生み出すことになります。
その実例の一つに、コーヒー文化、紅茶文化、日本では茶道になります。
さて、
コーヒーと紅茶が西洋文明の中で文化になっていく基本がありました。
「紅茶」は高温ゆえに、一度はソーサーで温度を下げました。
そしてティーカップの口径は
コーヒーカップより大きめで高さも低いわけです。
このソーサーの容量とカップの容量は同量だったという寸法基準が、
文明から文化へとつながっていきます。
ところがこの基本を現代はすっかり忘れています。
特に、コーヒー文化、紅茶文化を輸入した国々、日本などは顕著ですが、
カップとソーサーの同量容積関係に精通していない結果、
ティーカップ、コーヒーカップ、ソーサー性能を表現していないため、
国際商品にはなりえなかったと判断することが可能です。
特に、日本の陶器(粘土が土成分)産地の
コーヒーカップやティーカップのデザインは基本的に間違いだらけです。
若い頃、このことを陶器産地で相当に話をした結果、
私はその産地に出入り禁止になった経験があります。
無知識さな陶芸作家ということで、
「先生」と百貨店から呼ばれ
醜悪な作品を造っていた人から受けた屈辱でした。
そして、日本の茶道、特に「家元制度」がかえって、
本来の茶道たる文化を破壊している実例も存分に知っています。
なぜ、西洋文明の「器」が、文化としてのカップとソーサー、
それぞれの容積性能があったのかは重大な智恵の核心です。
モダンデザインによりその基本は解放されました。
しかし、ロシア・アヴァンギャルドでは遵守されていました。
茶托的なソーサー形態を創出するには、
こうした知見をデザイナーは深めるべきでしょう。
私の、陶磁器でのカップ・ソーサー、
モダンデザインでのコーヒーカップの収集ポイントには、
この文明としての「器」から、
文化としてのカップとソーサーへの研究心が核になっています。
私は、この基本を絶対基準として陶磁器デザインに向かっています。

*ロシア・アヴァンギャルド(MoMA収蔵品レプリカ)・KAWASAKI Collection


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This entry was posted on 金曜日, 3月 9th, 2012 at 12:00 AM and is filed under 企望を「までい」具現へ, 祈望から企望へ. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Responses are currently closed, but you can trackback from your own site.