kazuo kawasaki's official blog

「デザインは機能美ではありえない」





未だに、商品が語られるとき、
「デザインと機能が云々・・・」という表現が余りにも多過ぎます。
デザインには、すでに「機能」は内在しています。
したがって、この場合は、
「デコレーションと機能が・・・」に言い換えるべきです。
日本には、戦後、「デザイン」という言葉は、
洋装やファッションで用いられることが今日まで影響しています。
そして、もう一つは、
「機能的なモノは美しい」とか、
「機能美がデザインの目標」などというのも間違いです。
「この車はカッコいい」
「この車は機能美に溢れている」
「この車の性能は優れているがデザインがいまいちだ」などなど、
これはとてもヒューリスティックな会話=パロールですが、
私は、デザインには「性能・機能・効能」があると言い続けてきました。
だから
「性能が優れ、効能という社会的効用があり、使い勝手としての機能」、
これらの統合があって、
はじめて「デザインが出来ている」と考えています。
「この車は速そうな格好をしているからカッコいい」というのは、
論理性を失っています。
「速い車」、というのは、
「速度が存分に性能性があるから、目的地に速く着ける」、
この効能が社会的な効用であり、そうした速度性があっても、
運転などの制御性や安全性が機能的に完備している。
これがデザインが果たす職能効果です。
そして、速度感を表す形態・流体力学的な性能・機能が、
その車が社会に存在している効能性だということです。
さらに、そうした車を所有できる社会的な階層がイメージできるとき、
その車はすでに「商品」ではなくて「記号」になっているということです。
性能・機能・効能が形態言語=designed languageになるためには、
その「記号がすでに意味していること」を社会が認知していることです。
すでに「商品」としての車は、
「記号」として存在性があるイメージの中にあるということです。
「速く目的地につける形態」だから、
速そうという性能、
速いから制御と安全性が確保された機能、
だから、社会的な存在価値が効能になっているということになります。
「デザインとは何か」ではなく、
「性能・機能・効能が統合的な記号になっているのがデザイン」、
これが私のデザイン、その本質的な定義です。


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This entry was posted on 火曜日, 11月 20th, 2012 at 12:30 AM and is filed under 企望を「までい」具現へ, 祈望から企望へ. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Responses are currently closed, but you can trackback from your own site.