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『人生70暴走古来稀・松岡正剛氏』





松岡正剛氏を知の巨人だと人は呼びます。
彼の存在を知り出逢い、すでに彼は70歳になりました。
もし、彼の執筆活動すら知らないとするなら、「知」無き人でしょう。
彼の誕生日の会、その発起人をしました。
私は「幸運と幸福」をといつも考えますが、
彼のその集まりでひとしきり彼に宿っている幸運と幸福を見ました。
そうそうたるメンバー定員100名のはずが、200余名集まり、
「誕生日」という制度を全否定直言しつつも「祝う」ことに、
私は日本の知性の深度を確かめた想いでした。
本来は「幸不幸」から生まれた「幸運と幸福」には「幸」が基底です。
「幸」とは、両手に手かせで行動を遮断された意味があります。
この話をして、ある著名な舞踏家にたしなめられましたが、
それさえ私の幸運さがあり、その集まりの雰囲気でした。
これほど私たちの国が、確実な天災を予知しながら、
見失っているもどかしさを抱きつつ、
まだ幸運で幸福でありたいとだけを願う哀しさがあります。
いつの日か、書き留めなければならないことが一杯あるのです。
とりわけ、私にとっての松岡正剛なる人物の「あっぱれ」さです。
しかし彼の論理には、「あわれ」と「あっぱれ」は、
同値とする断言力に彼を敬意し、
この力がなぜ備わっているのかが、実は「知」の正体かもしれません。
ちょうど彼と出逢ったのは私が40でした。今私は間もなく65です。
だから5歳年上の彼の「知あればの幸運と幸福さ」を見届けました。
これから、この日のことも時にふれて書き残すことがあるでしょう。
知力が磁力だと証明できうる唯一の人が松岡正剛でしょう。
贈答された「暴走族ユニフォーム」もあっぱれでした。
ここに集まりし人たちの集合知をもっても「現代日本」を変革できません。
それこそ、私たちが「失っていく課程」の瞬間に生涯がある悲哀です。
だからこそ、「祈る」ために「祝う」幸運さが幸福を招くこと、
私は松岡正剛という人物の70年目にそれを見届けた一夜でした。
そして、私は感謝の行為をその舞踏家から教わりました。


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3 Responses to “『人生70暴走古来稀・松岡正剛氏』”

  1. Kazuo KAWASAKI's official Blog | 企望を「までい」実現へ
    12:49 AM on 2月 2nd, 2014

    [...] 関連過去ブログ記事 『人生70暴走古来稀・松岡正剛氏』 『男に嫉妬あり、田中泯と松岡正剛の間に割り込む』 tag: 60, Apple本社, [...]

  2. Kazuo KAWASAKI's official Blog | 企望を「までい」実現へ
    12:02 AM on 2月 3rd, 2014

    [...] 彼も松岡正剛の誕生会発起人の一人でした。 [...]

  3. Kazuo KAWASAKI's official Blog | 企望を「までい」実現へ
    12:23 AM on 10月 3rd, 2017

    [...] * 『「影向」は陰翳を超えた日本伝統の美学を再興した』 * 『人生70暴走古来稀・松岡正剛氏』 * 「語り部仕草は、再出発するべきです。」 tag: なんとかダマシ, [...]


This entry was posted on 土曜日, 1月 25th, 2014 at 10:36 AM and is filed under 企望を「までい」具現へ, 危機解決をめざすデザイン実務, 祈望から企望へ. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Responses are currently closed, but you can trackback from your own site.