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『インダストリアルデザインからプロダクトデザインへ』





柳宗理先生には、正直、私は生意気に反抗をしていました。
その理由は講演で話そうかと思っています。
東京から先生はジープを飛ばしてやってこられて、
「絵など描くな、絵など上手くなるな!」
「手を使え、モノは実寸で創れ!」
・・・・・などなど・・・に、
私は絶対に「絵=スケッチ上手くなるんだ!」
(スケッチって、手が器用でなければ上手くなれない)など、
歯向かっていたと思いますし、それも見通されていたのでしょう。
よく、日本のデザインが黎明したのは、
松下幸之助氏が、米国視察から戻って羽田で
「これからはデザインの時代だ」という話から始まります。
それもあったかも知れませんが、
実際はお雇いの外人がデザインを東芝・日立・三菱に持ち込んだ話と
米国に二人が日本政府から留学派遣生だったことがあります。
柳先生がシャルロット・ペリアン女史を案内された話があります。
そして、藝大の学生だった先生がデザインに目覚めて、
当時、オート三輪車や、提案で終わった自動車デザインがあります。
そして、何よりも現・毎日デザイン賞第一回目の受賞者であり、
その時の作品は、LPレコードプレーヤーでした。
だから、私が卒業制作でオーディオシステムを決めたとき、
「実物を創らなかったら卒業はさせない」と言われました。
したがって、勿論、ワーキングモデル=実際に稼働するシステムを
創って、そのプレゼンテーションをしました。
先生はレコードプレーヤーで授賞されていただけに一杯言われました。
そのレコードプレーヤーに触発されたのが倉俣史朗だったそうです。
私は、その倉俣史朗の推薦で、
41歳の時に、毎日デザイン賞を受賞しました。
インダストリアルデザインの商業主義と対決して、
工芸をも対象にしたプロダクトデザイナーは柳宗理先生だと思います。


柳宗理生誕100年記念講演





tag: お雇い, オーディオシステム, オート三輪車, シャルロット・ペリアン, ジープ, スケッチ, レコードプレーヤー, ワーキングモデル, 倉俣史朗, 受賞, 実寸, 手が器用, 松下幸之助氏, 柳宗理, 毎日デザイン賞, 生意気, 留学派遣生, 米国視察, 自動車デザイン


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One Response to “『インダストリアルデザインからプロダクトデザインへ』”

  1. Kazuo KAWASAKI's official Blog | 企望を「までい」実現へ
    1:50 AM on 5月 28th, 2016

    [...] *『ケトル・デザインへの好みの集中が不景気感になっている』 *『インダストリアルデザインからプロダクトデザインへ』 *『幻の発明だったモノの現物があった=柳宗理のデザイン』 tag: 1990年, [...]


This entry was posted on 土曜日, 4月 25th, 2015 at 12:00 AM and is filed under ConsilienceDesign, 企望を「までい」具現へ, 危機解決をめざすデザイン実務. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Responses are currently closed, but you can trackback from your own site.