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『モダンデザイン源流を自分デザインにしてはならない!』





デザイン審査が難しくなってきています。
この難しさとは、デザインのオリジナリティの判断と
デザインされた形態言語としてのいわゆる模倣性です。
今関わっているデザイン審査においても、
若い審査委員は、形態の美しさから、
素直にすでに存在していて無名性なモノ、といっても
デザインの定本的な形態性をデザイン賞候補にしてしまいます。
私はデザイン審査においては、
審査委員長には三つの役割があると思っています。
まず、徹底した客観的な審査委員会であること、
審査委員が正確な美学性や知見、見識があること、
そして、最終決定においては多数決採点で決定しないこと、
こうした三点に対して、全審査委員に反対されても、
最高の裁断、裁決の意志決定を全審査委員に納得してもらうことです。
今回、海外からの応募でこれもノミネートはするだろう、
そんな予測が当てはまってしまいました。
左はシェーカー教徒の創作であり、これはモダンデザインの手本でした。
右はノミネートされた作品ですが、どうみても模倣です。
しかも右作品のデザイナー名は明らかです。
無論、最近は作者没後50年となれば、フリーであることは明らかです。
これを「ジェネリックデザイン」とか呼ぶ傾向があります。
デザイナーは、元のアノニマス性をコピーして、
さも自分のデザインとか、あらためて意匠権を上手く手に入れます。
しかし、この傾向はデザインの創造性、創造性がデザインの本質、
この鉄則を破ってしまうことであり、
デザイナー失格だと私は断言します。
私は、美大時代から作品は暗記させられました。
それはどこかに自分がその形態を言語化して、
そして覚えてしまう恐れを無くす訓練でした。
ややもすれば、自分のデザインでも「ひょっとすれば」があり、
この物まね、あるいは自分デザインで忘れられた
オリジン性やアーキタイプ性を失う傾向があるからです。
かつてアノニマスデザインであった民藝が、
さも簡単に「民芸」となっても平然たるデザインは
絶対に許容してはならないと考えています。


tag: アノニマスデザイン, アーキタイプ, オリジナリティ, オリジン性, シェーカー教徒, デザイナー失格, デザイン審査, ノミネート, フリー, モダンデザイン, 審査委員, 審査委員長, 形態言語, 意志決定, 模倣, 民芸, 無名性


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3 Responses to “『モダンデザイン源流を自分デザインにしてはならない!』”

  1. Kazuo KAWASAKI's official Blog | 企望を「までい」実現へ
    12:01 AM on 7月 15th, 2015

    [...] 彼のこれまでのデザイン全てが拒絶されると危惧します。 *モダンデザイン源流を自分デザインにしてはならない! tag: [...]

  2. 簡潔だから完結するのか(続・五味康祐氏の文章) « audio identity (designing)
    6:52 PM on 8月 31st, 2015

    [...] 川崎先生のブログ、 7月3日『モダンデザイン源流を自分デザインにしてはならない!』、 7月15日『ジェネリックプロダクトの盗用悪用が始まっている』、 [...]

  3. Kazuo KAWASAKI's official Blog | 企望を「までい」実現へ
    12:01 AM on 10月 31st, 2016

    [...] 「スニーカーを超える」車椅子にしたいと考えています。 * 『モダンデザイン源流を自分デザインにしてはならない!』 * 『「座る」・人間工学からシーティングエンジニアリン [...]


This entry was posted on 金曜日, 7月 3rd, 2015 at 12:00 AM and is filed under ConsilienceDesign, 企望を「までい」具現へ, 危機解決をめざすデザイン実務. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Responses are currently closed, but you can trackback from your own site.