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Posts Tagged ‘ことば’


6月12日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 12th, 2019  Posted 12:00 AM

6月12日 友引(庚辰)

デザインジャーナリズムが
生まれ育たない元凶は、
かたちとことばの
相対化力の不足にある。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』6変形という観念としての裏切り


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6月11日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 11th, 2019  Posted 12:00 AM

6月11日 先勝(己卯)

デザイナーとして、
今なお、私がデザインに
不足感と不満感があるのは、
かたちをことばで「相対化」
する作業があまりにも少ないという
現実である。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』6変形という観念としての裏切り


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6月10日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 10th, 2019  Posted 12:00 AM

6月10日 赤口(戊寅)

磯崎のクラマタのかたちへのことばは、
その相対化が、
レトリックとして、
とても心地よいものを感じる。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』6変形という観念としての裏切り


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『「火垂るの墓」は確実な反戦論理だけど・・・』


   


     12月 9th, 2018  Posted 12:00 AM



「火垂るの墓」このアニメーションは、毎年の夏にTV放送されています。
一番の戦争反対の、日本の論理だと、私は思っています。
ワイフは、もう繰り返し観るのは辛いと言います。
真に迫るそのメッセージ性は記憶の中に留まっています。
「戦争」は、私の世代では日本人全体が反戦論理だと考えます。
「火垂る」は、戦時中の空に降り注ぐB-29からの爆弾、
蛍の美しい命の光と、さまざまな光が交差します。
節子という登場人物は、作家 野坂昭如の体験であったということも、
私には心に残っています。
節子がいつも持っていた「ドロップス」。
先般、コンビニで久しぶりに「サクマ式ドロップス」を見つけました。
私も、飴を全部食べ尽くすと、
このカンカンに綺麗な水を入れて飲んでいました。
懐かしいなと私自身の思い出を単純に引っ張りだすだけでなく、
同時にこの「ドロップス」は「火垂るの墓」と反戦論理とともにあります。
今や専守防衛の理解と憲法改正といった現政権の大きな主題は、
直接的な戦争も出来るという論理展開につながっているのでしょうか。
誰だって戦争は、反対ですが、
戦争で領土が取られた北方四島は、専守防衛では返還されていません。
さて、作家 司馬遼太郎は『21世紀に生きる君たちへ』で
未来に向けたメッセージを送っています。
デザイナーである私は、専守防衛でも攻撃出来る戦争論理の象徴が
ことばとかたちでいのちときもちに向きあい、
未来への目印をつけていきたいと思います。


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08月28日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     8月 28th, 2018  Posted 12:00 AM

08月28日 赤口(壬辰)


kawaiiあるいはかわいい
このことばで賞賛される
そのモノには
決して、
美しい、
そしてわび・さびまでには
距離がある。

 


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01月15日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 15th, 2018  Posted 12:00 AM

01月15日 先負(丁未)

決して、
「形」という
月並みな感じで
形態を表現しないことを守っている。

「ことば」や
「モノ」というのも、
決まって
「言葉」とか
「物」という
具合には表現しない。



『デザインは言語道断』容姿


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01月13日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 13th, 2018  Posted 12:00 AM

01月13日 先勝(乙巳)

デザイナーは
ことばとかたち、
その両面で、デザインを記号化する。

ことばでの『デザイン思考」
かたちでの『デザイン技法」
この二つを
一回だけの失敗で
身体化してほしいと思う。



「川崎和男 強い人弱い人」


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01月12日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 12th, 2018  Posted 12:00 AM

01月12日 赤口(甲辰)

デザインは「かたち」に集約される。
が、
「ことば」それも言語だけではない。
言語
記号までが重要である。

この重要度に気づかない大学、
その教員にデザイン教育は

無理どころか無謀だと言っておきたい。



「川崎和男 強い人弱い人」


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08月30日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     8月 30th, 2017  Posted 12:00 AM

08月30日 先負(己丑)

ことばはすでに武器である。

武器とは
武器を持たないことを象徴した
モノでもあるわけだ。



『デザイナーは喧嘩師であれ』あとがき


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『漢字象形の二つの解説には二人の学者がいた』


   


     1月 4th, 2017  Posted 12:00 AM



私は造形要素、デザイン要素として「ことば」に強い関心があります。
「ことば」、それも「漢字」、特にその象形性です。
今年の十二支では酉年です。
不思議なことはこの「酉」という漢字の解釈です。
私は小学時代に転校をしていて、その体験には講演を聞いたことがあり、
それも藤堂明保氏の講演は、二度聞いていてその記憶は明解です。
今、おそらく私のこの体験には大きな漢字への興味動機になっているようです
なぜなら、なぜ、二つの小学校で藤堂先生のを聞いたかということです。
漢字にはその解釈には偉大な二人の学者がその基盤に関わっています。
藤堂明保と白川静、この偉大な二人それぞれの解釈学説です。
なぜ、藤堂先生は福井県で私は二度も講演経験があるのだろう。
そして漢字学説では、藤堂派(東)と白川派(西)があったことです。
自分の推測では、白川静先生は福井県出身であり、今も偉人として
彼の実績とその展示は大きく賛美されています。
今回、「酉」の開設では、ほぼ同じ解釈であり、
「酉」は壺や瓶の注ぎ口の細いことを意味しています。
ところが、「酉」の解説が詳細なのは白川静先生でした。
おそらくこの二人の学説論はライバル関係であったと思います。
その解説では「酉」解説は、酒・酌に深く白川静先生が詳細だったのです。
ひょっとすれば、福井県=白川先生のふるさとでは藤堂先生の講演を、
私は二度も体験することで、今もって、漢字、特にこの二人の解釈を
必ず見比べて、自分の解釈を決めています。


* 『10年ぶりに書庫奥で見つけ出した日本語辞典』
* 「松岡正剛『ち』の根源=漢意による決定」
* 『象形の姿形に潜む意味の吟味』
* 『思考の「考」は思うことを経験が判断する』
* 「ハングル=表音文字・その根幹にある意味性」


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