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Posts Tagged ‘アナログ’


『iPadでのスタイラス先端が新たなペン先になった』


   


     2月 23rd, 2015  Posted 12:00 AM

iPadでスケッチが描けるようになってから、
スタイラスを自作してさらにあらゆるスタイラスを使ってきました。
私は、なんとか自分の身体・指先にフィット感を重視したのです。
本当に、市販されるとこのフィット感に拘り抜いてきました。
が、ダヴィンチ時代の鉄ペンを使い、葉巻文化が生きたボールペン、
こうした筆記具で、大きなことを学んだのです。
それは、「弘法筆を選ばず」ということでした。
結局、スタイラスが静電対応まで工夫されてきましたが、
そんな中で、スタイラス先端が小さな円形透明プラスチックが
実はアプリケーションとの対応で、スケッチと書が同じことが重大。
この発見によって、私は、これからのスケッチ技能を
iPad上で、どういうトレーニングで可能になるかということでした。
幸いにして、NHK国際の取材で、デザイナーならスケッチ場面撮影を
必ずTV的に要求されますから、「デジタルスケッチにします」、
取材陣はびっくりされたようですが、描き出したら、
次々と要求されるとともに、まったくこれまでの画材無しを評価。
そうして、私は、これからのデザイン教育には「この方法」がある、
ここまでに気づきました。
これは名古屋市立大学での「色彩論」をすべてMac上に置き換え、
Apple銀座でも「デジタル色彩論」を話したことがあります。
確かに、アナログ的に、様々な画材を使いこなすことは
私には身体的にも40年も慣れしたしんできましたが、
デジタルスケッチしかも新しいスタイラスペン先が身体化しました。
アナログスケッチにはスピードライ・マーカーが最適でしたが、
デジタルスケッチでは、レイヤーの気づき方とスタイラスでは、
様々なペン筆跡の膨大な組み合わせを身体化するだけだと思います。
いづれ、私のデジタルスケッチ、そのトレーニング基本を
これからのデザインスケッチ技法として紹介するつもりです。

「iPad-SkechBookPro カラーマネージメント」


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1月9日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 9th, 2015  Posted 12:00 AM

1月9日 乙酉(大安)

アナログとデジタル、
フォーマルとカジュアル、
この組み合わせを四句分別すれば、
一つの心地性が確認できる。

この心地性を自分流に出来ないなら、
それは私の
明確な喧嘩対象になる。

川崎和男「喧嘩道」


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『メルクリンの世界も私の憧れのコレクションだ!』


   


     11月 21st, 2014  Posted 12:00 AM

鉄道模型には子ども頃から心惹かれていました。
しかし電車の運転手になろうなんてことは一度も思いませんでした。
鉄道模型が欲しくて、祖父なら買ってくれるだろうと思って、
祖父にねだったことがありました。
はっきりと言われました。「大きくなったら自分で買いなさい」と。
大人になってわかったのは、メルクリンはとても高額でした。
ところが、東芝に入社して、上司がメルクリンに凝っていました。
いつかは自分も買い求めて部屋中をジオラマにしたいと思ってます。
だから、それなりにメルクリンを収集してきましたが、
とてもジオラマを創り上げる時間はまだありません。
「ハッカー」というのは、今ではコンピューター用語ですが、
本当は、MITの鉄道模型クラブのジオラマを、こっそりと、
一夜にしてやり替えてしまう連中を呼んでいた言葉でした。
鉄道模型、ジオラマの世界観は、とても優れた高度な知的趣味です。
そして、これまでメルクリンに憧れて、私なりの基準の収集性は、
実は大きな変化がきていたのです。
それはアナログだったジオラマが、すっかりとデジタル化しました。
それこそ、メルクリンクラブがありましたが、もう無くなりました。
これまで鉄道模型なら、なんとしてもZゲージ!
そうした人が激減してきた気がします。
メルクリンショップも、本当に少なくなってしまいました。
だから、毎月メールでの案内に心が躍ります。
私は、オーディオの世界もメルクリンの世界もやはり、ここには、
明確なダンディズムがあると確信しています。
そして、かつてはアナログ世界ゆえに面白くてたまらなかったコトが
デジタル化によって失ったコトがなんだか多い気がしてなりません。
Zゲージの世界は、やはりとても高額であり、
この世界観を楽しむのには、おそらくビジネス世界でも、
相当に成功しなければ、この世界は手に入らないのかもしれません。
メルクリンの世界観は、やや「鉄ちゃん」ということとは、
大きな違いがあるのかもしれません。

「遠くへ行きたいからという本能」


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『なぜ、あえて「日本刀」と呼ばれたのか?!』


   


     10月 19th, 2014  Posted 12:00 AM

私がふるさとで越前打刃物に関わり再びデザイナーに戻れました。
オーディオに関わり、刃物で復活できた私には、
アナログ・デジタルという技術と伝統工芸が私を鍛えたと思います。
その最大の核心は、ダンディズムを鍛え上げ、
どこまで、一心不乱に修練と精進を身体化させる全うさを学習。
すでに歩けなくなった体であっても生と美を真っ直ぐに見抜ける、
美でもって判断と評価できる力が備わってきた感覚があります。
その実例に、「日本刀」というモノのシンボル性を上げます。
世界中、どの民族も歴史を鍛える武器を持っていたことは事実です。
その武器の中で、なぜ「日本刀」が最高の技能表現であり、
わが日本では三種の神器でもあり、武器を超えて象徴、すなわち、
思想の頂点であり、なおかつ生と死を繋いでいるモノです。
それは一方で、偽物をいやというほど氾濫させてもいます。
特に、武田信玄は文字に最大に拘っただけに、彼の書状ほど、
偽物は多く、彼の刀も武者人形では鮮やかさで語られています。
武者人形は私は外孫一番だったこともあり祖父が買ってくれました。
しかも、当時の武者人形の刀は本物でした。
つまり模造品では無くその刀を引く抜くことが恐かった思い出です。
私は、日本刀は平安末期から鎌倉時代は実用品、武器そのモノであり
江戸時代には文化的な刀装が美しさを創りあげますが、
その模造品であったとしても、根幹の偽物やコピーは禁止でした。
つまりもはや作者不明であっても倫理性あって美学を語ったのです。
昨今では、作者が逝けば、モノ真似、コピー、いや盗作をして
平然としている者を見かけます。まず、倫理観を喪失しているのに、
あたかも自分の創作とは、大嘘つきです。
あたかも、武田信玄刀と言って武者人形飾りと同レベルですが、
時代は真の歴史性を無視する傾向が風潮化されていることを憂います。
結局、本物への真贋洞察には多大な知性を基盤にした感性が必需です。
これは創作者や表現者だけでなく経営者にも取り憑いています。
それが、現代の日本を台無しにしている元凶だと断定します。

「オーディオの恩師はダンディズムの恩師でもある」
「人形・ワイフのコレクションにみる『ブランド価値』」


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『「土地の記憶」は鳥居の位置その変遷にある』


   


     1月 24th, 2014  Posted 12:00 AM

私は「ち」という言葉に日本思想の理念の一つがあると考えます。
土(つち)・土地(とち)・街(まち)の上に、
かたち・きもち・いのちが存在していると言ってきました。
このつち・とち・まちの思想こそ、
日本列島の国土計画になると考えてきました。
3.11で学んだことは、津波という天災の力でした。
津波は海から襲ってくることも怖いですが、引き潮の力、
それは6から60倍の力があります。
だから、防潮堤を高々と建設することはとても愚弄なことです。
あるデザイン系大学の学長とそんな論議をして教えられました。
海浜ラインの変遷、津波の経験、さらに地震津波への知恵は、
「土地の記憶」のアナログな調査にほかならないということです。
最近の天災後の土地調査はGPSでのデジタル調査では、
とても核心をついた計画にはつながらないということです。
今、私が畏れている南海トラフでの想定可能な津波、
襲いかかる時間と津波の高さです。
瞬間であり、とてもその津波では助からないということです。
したがって、その場所=土地の記憶をその所にある鳥居の位置、
これが歴史的な変遷を探り、実際にその土地で確認すること。
私は引き潮力への対策とその地盤土壌改革を成し遂げることです。
この計画を早急に成し遂げなければなりません。
私の元に、ひょんなことから想像外のアイディアが来ます。
だから、私はこれをなんといっても次の天災対策にすることです。
3.11、いやあの阪神大震災はすでに19年も経ちました。
そして報道されない震度1や震度2は毎日頻発しているのです。
東京オリンピック・パラリンピックまでの6年間、
この間に私たちは想定内の実現デザインを急ぐべきでしょう。


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『技術の進化とデザインの鈍化』


   


     11月 10th, 2013  Posted 12:00 AM

カメラはデザイン対象であり、なおかつ収集の一つですが、
このモノの進化は、アナログ(フィルムカメラ)時代には、
素晴らしいデザインの進歩がありました。
しかしデジタル化したカメラのデザインは鈍化・退化しています。
私は、ミノックスの精緻なデザインのアナログカメラを
常に持ち歩いていた経験があります。
海外で、入国審査時に冗談で「スパイカメラ」と答えたら、
別室に入れられて尋問されるということもありました。
デジタルカメラとして、ミノックスが登場すると、すぐに、
私は手にいれました。しかし、そのデザインは相当な劣化でした。
久々に想い出して、このカメラを使い始めていますが、
アナログ時代の素材感と仕上げ感からは退化しています。
さて最近はスマホにはかなり上等な技術仕様のカメラ付きが氾濫。
したがって、写真を撮ることが日常化しています。
それは食べ物をすぐにシャッターチャンスにする人が増えました。
何をカメラに収めるのかということは、
実は、現代性の記録がジャーナリズム化=日常記録化しています。
となれば、そのカメラは選び抜いた技術とデザインの総和が必要。
ところが、その総和感は大きく二つに分けることができます。
デジタル感:アナログ感の対称性です。
そこで大きな問題となってくるのが、技術とデザインが、
この対称性にどれほど組み込まれているのかを確認することです。
私は、ミノックスのデジタル技術進化が、
かえってデジタル鈍化、あるいは退化していることから、
アナログ感がどれほど精緻で精微であったかということを見ます。
結局、たとえば、腕時計のアナログ感は、
決して、デジタル感の腕時計をまだ凌いではいないことを
明白に示しているとさえ思ってしまうわけです。


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「ISOTでの勘違いを発見」


   


     7月 6th, 2012  Posted 12:00 AM

今年の文具展は一つのエポック的事件でした。
二つの事件がエポック性を語っていました。
1 アナログとデジタルとの融合が開始されました。
2 二極化スタートの芽生えかも。
まず、デジタル文具が様々な形式で登場してきました。
文房具としてのデジタル化とは、
そのようなシステムは長続きするわけがないという商品の存在です。
それをビジネスニュース番組でも、
「未来の文具」として取り上げているのです。
それはTV報道全般が最近では、
裏付けの知識が欠落していることと連動しています。
「未来の文具」をまったく会場で見つけていないことです。
その商品では無くて、
これが「未来の文具」という見立てが出来ないのです。
アナログ的文具性をデジタル文具との関係で見極めていたのは、
やはり、グランプリになった二つの商品です。
「書く」という文具基本を重要視した二つのノート形式です。
一つはラグジュアリー価格で「書き心地」を世界最高にしたノート。
これは機能性だけでなくて、日本の文具を二極化、
やっと日本の文具の付加価値性を高めていくスタートになりました。
もう一つは、「書く」ことの意味性=アナログ感覚を
デジタル文具に対決化させたノートです。
比して、デジタル化を中国で、
本当はアナログ作業なのにデジタルに見せかけているノートですが、
これは相当なる勘違いであり、海外労働力だけを頼った商品、
文具文化、たとえば情報の垂れ流しは国防的にも大変に危惧されます。
私も使ってみましたが、この高額商品は今後進展しないでしょう。
もっと、
デジタル化をすっきりとさせているメモノートの方を私は選びます。
もう一つは、OEM発注していて、
自社ブランド商品にしているにも関わらず、
その製品の素晴らしさを理解していないブランドが散見できました。
これも勘違いです。
結局、ユーザーの厳しい商品選別眼に、
文具メーカーや文具ブランドは気づいていないということです。
日本の文具がもっともっと貿易輸出品になっていくには、
このエポック性を
再吟味することを文具業界に伝えておきたいと思っています。


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「2012『日本文具大賞グランプリ』は書くことの再確認」


   


     7月 5th, 2012  Posted 12:25 AM

第23回国際文具・紙製品展=ISOTは盛大でした。
今年度の文具大賞は、ひとつのエポックだったと思います。
私は審査委員長として、次のことを総評として表彰式で述べました。
アナログとデジタルの融合がスマートホンで開始しました。
文具メーカー(作り手)より、ユーザー(使い手)は、
明確に、自分の日常での文房具のアナログ生活と、
スマホやPC、デジタル生活を身体的に、
能力認識として使い分け始めたことです。
それはグランプリが機能部門もデザイン部門も「ノート」。
つまり、結局は「書く」という行為に、
文房=記述・記録・筆記を決定していることでした。
私は、紙と文具において日本はトップだと確信しています。
それだけに、Made in Japanを体現している業界です。
ただ、欧州のブランドメーカーに比べれば、
低価格商品が多すぎると私は常に思ってきました。
しかし、機能部門グランプリ=Premium C.D. NOTEBOOKは高価格で、
シルクのような紙質面と書き味は世界でトップでしょう。
日本だから、日本の紙質だから、という技術言語になっています。
さらに、デザイン部門のデイリー・プランナー“エディット”は、
日常的なメモがスマホゆえに、
あらためて、一日1頁への記述を大切にという製品企画が見事に、
現代的なアナログ性とデジタル性との使い分け、
「書く」という行為ゆえに、
一日をどう生きたかということまでを商品言語にしています。
ともかく、取材マスコミも格段に増加し、
国際展の風格が育ってきました。
まさに「文具は日本がトップ」ということを
会場いっぱいに活気がみなぎっていました。


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「音からデザイン役割を語る基礎として」


   


     2月 23rd, 2012  Posted 12:00 AM

通称「ロクハン」と呼ばれるスピーカーユニットがあります。
口径16cmのフルレンジ=音響再生領域が満遍なく
フラットなスピーカーユニットのことです。
人間が聞こえる可聴領域があります。
可視光線の領域のようなものですが、
最低音f0が40Hzあたりから高音域20kHzまでがあれば十分なわけです。
そしてこの領域の音圧がすべてフラットな音の再生が重要と言われてます。
しかしマニアックには、このフラットさに、
それぞれの音楽領域、ジャズとクラッシックを再生するとなれば、
フラットではなく、ある再生音響領域にだけピーク値や谷を求めます。
それがスピーカーメーカーの特色になります。
ジャズならJBLで、
クラッシックならタンノイという迷信があります。
私は迷信だと思っていますしそれはアナログ時代のことです。
今はデジタル再生ですからこの考え方はもう時代遅れです。
そして、フルレンジそれも「ロクハン」ともなれば、
卒業研究と卒業制作ではコーラルのロクハンからスタートした私が、
東芝時代にこのロクハンをデザインで追いかけていました。
つまり、フルレンジではf0=80Hzですら再生は難しいのですが、
基音の倍音ということで、耳はあたかも低音を再現してくれるのです。
ハーモニクスな状態で身体を包んでくれる心地よさです。
私は、基音が適えば=基礎が全うなら、
すべてをフル稼働=フル機能化実現につながると考えています。
それは自分がロクハンというフルレンジスピーカー、
そのもののデザインを素材選定から構造化してきた経験があるからです。
日本は1970年代から80年代に蓄積してきた音響設計経験を失いました。
この経験則をさらに積み上げてきた欧米は、
今、映像と音響の新たな世界観を商品化しています。
その製造生産技術を中国も積み上げてきました。
それでも、日本ならではのある素材運用技術はまだ残っています。
基音と倍音の関係でのフル稼働機能性に最適な素材設計技術です。
この技術復権もデザイン主導すればという想いが私にはあります。
「ロクハン」という小っちゃなスピーカーユニットだからこそ、
その凝縮技術の応用に日本技術の復権が可能です。
それを主導する役割がデザインだと確信しています。

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「ここから教えれば・・・」


   


     1月 16th, 2012  Posted 12:00 AM

LPレコード盤はすでに相当整理してしまいました。
この玩具のようなプレーヤーはほとんど骨董品です。
僅かに残してあるドーナツ盤をワイフは初めて見て、
「どうして音がするのか?」とか、
回転数の話やレコード針の話をしていたら、
ローリングストーンズのピンク盤を発見しました。
やっぱり出てきた言葉が「かわいい」です。
ワイフとは相当に歳の差があるので(すいません)、
この玩具的なプレーヤーの音がいいらしいのです。
そうかも知れないと思います。
アナログの音はどこか暖かみがあって魅力が届くのでしょう。
「いや、もっと上質のアナログのプレーヤーがあるから」と。
(そうだ、ここから教育をすればイイ・・・買う許可でるかも)
オーディオ、それもアナログプレーヤーから
オーディオシステムの話で講義をしていけばいいのだと気づきました。
と同時に、ドーナツ盤も初めて見たらしくて、
パチ・パチ・・・という音が、ダストが盤に残っているからとか、
それを防止する方法とか、かなり興味が出てきているようです。
この骨董品的な玩具的なプレーヤーから、
もう一度、ゆっくりとアナログのオーディオ世界を開いていこう。
そんな企みをしています。
「このピンクのレコード売ったら、結構高価じゃないの」
(やばい、話はそこに行ってしまったら・・・)
懐かしい音ですが、何かがあります。
アナログのオーディオを学生やスタッフにも聴かせたいと思います。
そういえば、韓国のKAISTでも、ある教授の部屋には、
学生にアナログの音楽を聴かせる高級オーディオシステムがありました。
彼も言ってました。
「このシステムの音を聴かせること絶対に必要です」と。

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