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Posts Tagged ‘コピー’


『泡=うたかたの機能性には確約がある』


   


     6月 2nd, 2017  Posted 12:00 AM



「流れに浮かぶうたかたの・・・」という、
人生の「うたかた」を鴨長明は、
「方丈記」で無常観の最たるレトリックに使っています。
このレトリックは、人生その生涯は「泡のごとく」守られているようで
一瞬に消えていくことを表現しています。
もはや私も方丈記が身に染みていく実感の日常です。
先般、飯舘村にて、除染の現実を直視してきました。
それは「セルロース戦略」の基幹産業化を考慮した一つの現場実験でした。
私の研究室ではこの実験や飯舘村検証のために招聘教授も一人参画。
私の直感では、泡フォームでの除染剤はある新素材での可能性を確信。
私のほぼこの確信性は確約事項になりました。
ここ10年程度でしょうか?
美肌のための洗顔は泡フォームの石鹸剤です。
泡については以前、洗剤とウレタンフォームでの台所用品で、
泡をいくつか実験をしその結果を商品化もしましたが、
母体企業が乗っ取られて商品化継続は中止されました。
一つは中国での100円ショップ商品でのコピーに敗北したからです。
これには知財権の問題が絡んでいます。
結局、中国のモノづくりは、全く知財権は不要とされています。
正直、「契約」による業務やデザイン対価の契約は、
日本人の商い慣習には見合っていませんが、
いわゆるグローバル化貿易では、知財権は重要課題です。
私自身、知財権には公的にも2008年頃から取り組んできました。
それは、無体財産権である著作権と、工業意匠権が中心です。
そういう意味ではこの世界にいわゆる今流行の忖度は無関係ですが、
私自身はパブリックドメイン、地球人の対価という一つの権力です。
最近は権力と行学の関係が狂っています。
しかし、日本人の生き方としては、
「夢のまた夢なり」とこの「うたかた」だと再認識しています。
それでも美白保持が洗顔フォームのごとく、
泡フォームの性能性は大きな機能性があります。


* 「泡・バブルって、やっぱり凄いんだって思います」
* 『100円ショップの明晰さと確実に連鎖する美知らず』
* 『知財権は意匠権によってコンシリエンスデザインとなる』
* 「知財権・意匠権改変の対象となった商品開発」
* 「未構築・非構築な『知財権』と制度設計」


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『歴史的な条項言説を正しく使用しなければならない』


   


     1月 7th, 2017  Posted 12:00 AM



私たちは時々、常に知的な常識を表面的な記憶ではなく、
その真意と深意に立ち戻らなければならないと思います。
その最大の理由は、表面的な意味に縛られていて、
本当はなぜ、
歴史的にも私たちには再検証しておくことが必要になるからです。
それは、時代、時流での人間の意識には、
性善説の人たちと性悪説の人たちの
とてつもない嫌な社会的な衝突があるからです。
私が今、自信をもって断言出来ることは、
この時代は、いや21世紀に入ってから、
デジタルの世界・インターネット時代は
それほどでもなかったのに、おそらくSNSが人間社会を二分したのです。
それは世界的にも、自分勝手さが放置されるとともに、
その放置は宗教哲学的にさえ、食い止めることができなかったことです。
今、世界は地球は地球市民とかに性善説な世界観を与えていますが、
実は、ナショナリズムが各国で台頭してきて、
グローバリズムなんて嘘だとは言ってはいけない風潮があるのです。
世界全体を見渡して私の評価・判断を言うことはむずかしいですが、
私の世界、それも日本のデザイン界を眺め渡すと、
物真似?、コピー?、いや、盗作が平然と起こり、
さらには未だに「デザインとは何か?」、この低レベルな発言や講演は、
デザイン教育にまで及んでいることです。
そこで、私が自分の歴史的な知的な深度ある常識を
性善説も性悪説も超越した、古典的な記述を投げかけておきます。
ハンムラビ法典の196/197条?項目、
「目には目を、歯には歯を」という懲罰条項を思い出し、
その真意と深意の正当な報復の現代解釈を持ち出しておくことにします。
「かわいいはデザイン評価にはなりえない」
「工藝とデザインの美学性の正当性を語り直す」
「デザインコンテクストの商売利用」に、この条項を与え直します。



* 「テロという名の殺戮に怒りを込めて」
* 「アーティスト、デザイナーにだけ降りてくること」
* 「グローバリズムは冒涜的な思潮だと思う」
* 「グローバリゼーションはローカリズムの対極だろうか」
* 『民藝というレジリエンスデザインの源流は光化門にある』


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『熊本県シンボルをレジリエンスデザインが表現する』


   


     6月 30th, 2016  Posted 12:00 AM



九州は今、また豪雨がやってきます。
熊本は地球環境の温暖化どころか、
日本列島の天災を集中的に受けています。
「レジリエンスデザインチーム」で、デザインの役割を実務化。
調査も地道にしながら
建築基準法や気象情報などを根本的に変えるべきでしょう。
これまで「強靱化プラン」は
机上の論理という自分の指摘は間違っていませんでした。
デザイン実務は熊本震災での支援を、たかだかマークとかワッペンですが
これが大きな力を持っているとデザイナーは確信しているはずです。
とりわけ「レジリエンスデザイン」は、
万一、天災あるいは人災があってもそのプレッシャーやストレスには
決して屈しない、負けない、心理的な精神面を支えます。
「レジリエンス」という言葉を知ることによって、
人間一人一人が精神的に強く、それこそ強靱になるのです。
人間が強靱になるには
国土としての土木面を強靱化することも大事ですが、
最も大事なことは「シンボル」を持つことです。
熊本にはいわゆる「ゆるキャラ」と言われるくまモンはありますが、
お役所仕事としての認可など待ってはいられないのです。
その変わりとしての熊本県シンボル=楠・竜胆・雲雀がありました。
コピーは「負けるな・泣くな・生きるんだ」に、
このシンボルを合わせて利用することで、熊本での体験こそ、
わが国にとって、さらに先進国家として、
地球環境上での「生きのびること・最悪な事態」に
自分自身のレジリエンスを
強靱化していくことができるはずです。
私たちは熊本での被災への哀しみを日本全体の経験として、
それを国際的に訴えていくのです。
楠・竜胆・雲雀それぞれの熊本シンボルはまさに一つのシンボルです。
レジリエンスデザインはたかがワッペンですが大きな力を持っています。

*『レジリエンスデザインを熊本に差し出す』
*『東日本大震災のNHKジャーナリスト講演から』
*『権威権力者を「演じる覚悟」を見せた建築家』
*『泣くということ・喜怒哀楽の基礎感性行動』
*『稲穂と麦穂、どちらを選ぶか』


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『壊れてはならないから鄙美人にレジリエンスデザインを』


   


     6月 12th, 2016  Posted 12:00 AM



日本が壊れているから我々も壊れている、
このことを知らないままにしようとしているのでしょうか?
私たちは、3.11で思い知ったはずだったのですが、
報道されないと、どこかで忘れようとしているのです。
かつて若い頃に、自分はある企業に対して、
元同僚で同期の人物を口説いて、その企業のデザイン部門長にしました。
私がパリに飛び立つその日に、彼は突然亡くなってしまいました。
パリで私はあるデザイン賞の授賞最終候補になっていました。
しかし、その受賞式の華やかさの中で、完全に自分を失っていました。
帰国したら、すぐに空港から彼の実家に行かなければならない、
そんな気持ちで一杯でした。
そして、受賞出来なかったときの(悔しさがあふれました)感覚と
同様の気持ちに、3.11でも、今の熊本地震でも、包まれています。
「倒壊してしまった人たち」と「倒壊せずになんとか無事だった人たち」、
この対立があると、現地から情報が入りました。
「負けるな!・泣くな!・楽しもう!」、
このコピーは、現地では絶対に使えません、ということです。
この我々の勝手さになんとここまでも壊れてしまっていると知りました。
しかし、レジリエンスデザインチームに39大学が、
なんとか、まだまだ壊れそうなこの日本列島に、
レジリエンスデザインで最も困難なデザインでの問題解決を
熊本に向けたいと考えているのです。
それは、最も怖れていた自殺者を出してしまったことからも、
レジリエンスデザインの最も重大な使命を果たさなければなりません。
デザインだから可能なことに向かいたいと考えます。
デザインで「最悪な状態」は何としても解決するのです。
自殺防止はレジリエンスデザインの目標の最大使命です。
壊れない自分自身を全員が支え合わなければなりません。
壊れていく生涯ゆえ、この列島の花棌の国の鄙美人で生きることです。
そこで、せめて今このビジュアルデザインを差し出し、
死という平等な、幸不幸を生涯に取り入れ直すことです。
「負けるな!・泣くな!・生きるんだ!」を持ち合うことを提案します。

*『海抜4mの日本列島で大丈夫だろうか』
*『大雨・洪水・山崩れ・・・自然とは調和できない』
*『山は崩れてはならない=つちのかたちデザインが要る』
*『瓦礫と化した自動車が問題ではない』
*『「土地の記憶」は鳥居の位置その変遷にある』


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『不細工なモノは不細工である』


   


     1月 18th, 2016  Posted 12:00 AM



僕が小学校4年生だった頃でした。
父から男はたわしで体を洗うべきだと言われて、
痛いのを我慢して洗っていた時期がそれこそ成人になってもでした。
ところが、それは皮膚を傷つけていると言われて辞めました。
しかし、父の皮膚は痛んでおらず、79歳で逝きましたが、
70代になっても、まだ50歳後半に見られると言っていました。
そんなこともあって、どうも束子の形態をドーナツ=トーラスにしたい、
その思いを海南市で、
海南の国際コンペの審査委員の頃、提案ができました。
いわゆる地場産業にも加わり、スポンジの素材形態を変えたり、
これ幸いとして、束子もドーナツ状の製品開発をしました。
確かに、当時は「RON」というブランドまでも開発して
その試作をしました。
が、つい最近、
シュロでそれも脱色した「ソックリ」が店頭にあってびっくりしました。
これを模倣だ、コピーだ、
やがては盗作だとかと言うことはすでに無理です。
なぜなら試作・製品開発発表しかしていません。
RONの他シリーズはデザイン賞を受賞しています。
先般も、僕のApple社提案モデルが
あるメーカーから商品発表になったときに、
「不細工」と所感を書いたら、僕がもの凄い非難を受けました。
著作権は、当然、すでに僕の作品集に図面があるわけですから、
現在は、デザイナーの盗作問題がトピックスどころか、
デザイン界の大問題になってきています。
非難する連中には、
 ともかく大問題になってほしい=事件興味だけ
 明らかに盗作だ=知り尽くしている人々
 いや、川崎が笑い飛ばせばそれでいい=私非難、などなどですが、
僕が「不細工」といっているのは、
現実にデザイン実現した企業デザイン部門が
「MindTop」を知っていれば、もっと確かな実現ができたでしょう。
ともかく、物真似、模倣、ついには盗作ということが
SNSなどで「本質を見失う面白さと不気味さと怖さ」の問題です。
明らかに盗作には、
これも倫理上の問題から知財権という法的制度問題が重要なことです。
翻って、この束子などは、僕が提示したときには、
試作は出来ても生産的には無理だと説明を受け納得していました。
工業デザインには、提示が時代的に早すぎたり、
MindTopはもっと重層化された複雑な問題、人種問題も当時はありました。
商業的な困難さもありますから商品化されないことなど一杯あります。
例えば、生産のシステム機械などは、メーカー依頼で商品化しても、
売り先では、それを元に決して一般人には目に触れないから、
それこそソックリどころか盗作など平然とやられています。
僕がグランプリ受賞しても、ある業界では平然と真似られるどころか、
ほとんど盗作だらけの世界もあるわけです。
せめて、オリジナルをやったデザイナーが、
真似られたモノを「不細工」というのは当然です。
そういう意味では僕自身、知恵不足だと笑い飛ばしていますが、
グローバル市場では国際問題化されることが出現してきましたから、
「ハーグ協定」がやっと始動してきているのです。


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12月21日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 21st, 2015  Posted 12:00 AM

12月21日 先負(辛未)


発想をコピーするのは、
知っていようが、しらずとも、
それは模倣か盗作である。
盗作、
それは犯罪であり、
「発想」する権利などもなく、
犯罪者であると自白している。



川崎和男の発想表現手法


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12月10日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 10th, 2015  Posted 12:00 AM

12月10日 友引(庚申)


コピー、模倣、盗作、
これらには区別がつきがたいと
思われているらしいが、
それは、
コピーし
模倣し
盗作する、そんな人品だけの問題だ。



川崎和男の発想表現手法


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『医工連携を看医工学ベクトルとしてさらに強化』


   


     12月 1st, 2015  Posted 12:00 AM



「KK塾」で、私はコンシリエンスデザインを冒頭に紹介しています。
今回は、医工連携+デザインで看医工学がコンシリエンスデザインと
極めて密接な関係があることを語りました。
まず、ベクトルとして医学と工学を再定義しても「デザイン思考」では、
語り切ることが不可能なことを伝えました。
その最大の理由は、デザイナー的な思考方法での欠落部が多いことです。
しかも「デザイン思考」は米国からのコピーで、ブーム化しただけです。
医学と工学に、看護学と保健学が加わってこそ、
医工連携では、とても現実的な形態設計もさらに制度設計も困難です。
それこそ、コンシリエンスデザインであり、
これがデザイン思考というブームでは不完全なことをまずは二次元、
二次元ベクトルでの要素を増やすことの提唱をしました。
医学と看護学は安心を与え
医学と工学で対症治療になること、
それも対症療法という曖昧さを排除しました。
さらに、保健学が工学に与えることが安全になり、
看護学と保健学が予防になることをベクトル的に示すことで
看医工学こそ、
医工連携+デザインの真のベクトル的な論理としました。
今回の「KK塾」での私のコンシリエンスデザインこそ、
デザイン思考をブームから解放して、
これが日本からの発信になるという提言にしました。
実は問題は、この2次元上でのベクトル展開だけでは
とても語り切れるものではないことを
次回の「KK塾」につなげることをつたえました。
これは、滋賀医科大+国家プロジェクトEDGEでの基調講演を
さらに深めたものになったものと思います。
私は、2次元上での思考展開では、
いつまでもニュートン的なベクトル展開の限界があると思ってきました。
これこそこれからの実務デザインで、
その革新性につながっていくと考えています。
これはコンシリエンスデザインが
次世紀デザインの基本理念になるでしょう。
今回の「KK塾」の提唱性であり、それは前回、テクノロジストであり、
阪大招聘教授とした濱口氏への講演からのヒントへの回答でした。
しかも、
今回、東大大学院で世界最小のマイクロナノロボット開発者、
生田幸士教授に、
「ブーム」となった時点で、その思考、その行動、
その実績は終わっていると断言してもらいました。
私は、ニュートン的ベクトルでの領域学、その実力を
量子力学、すなわち3次元的アナロジー化していくことを次回示します。


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『若手デザイナーの海外個展を応援する』


   


     11月 9th, 2015  Posted 12:00 AM



私が自分のデザイン活動をようやくニューヨークで
発表したのは30代中頃でした。
それは、いつか、海外で発表をと思っていた時期に、
米国のギャラリーからも誘いをいただきましたが
資金もなくて1年間待ってもらった経験があります。
そしてニューヨークでの個展から、
ようやく私も海外での仕事ができるようになりました。
日本がバブル経済で東京が浮かれているのを私は見ていて、
何か、変だと思っていたときは、
Apple本社でいくつかのコードネームでデザイン提案をしていました。
だから、最近は、次世代デザイナーの一部の
海外での活躍ぶりには目を見張るものがあります。
しかし、海外での日本人デザイナーの仕事は、
明確にはっきりとしつつあることが起こっています。
海外でのアドバンスデザイン展でのプロトタイプをコピーし
まさに盗作。
この情報も私には届いていますが、
先般の盗作問題もあり、
私はこうしたことが一般化することを反対しています。
これは正当な海外進出ではありませんから、
やがて国際問題にならないことを願いますし、
この事実は黙秘せざるをえません。
しかも海外評判を国内に逆輸入しているデザイナーには呆れます。
それを助長しているマスコミには大きな疑問があります。
国内の雑誌などで、いかにも国際的活動だという取材を見ると
残念でなりません。
しかし、このところインテリアデザインを主体に活躍している
Yasumichi Morita氏が、今度はインテリアを超えて、
写真家として、しかも写真表現そのものを
モノづくりに向けて、パリで発表することを以前から聞いていました。
丁度、パリには行こうと考えていた時期と重なり、
その個展を見にいくつもりです。
欧州には、教え子たちが何人かいます。
フランスにはインターン生だったフランス人もおり、
彼の仕事ぶりが心配なので会ってこようと考えています。
また、教え子たちでも車関係・カーデザイナーを目指す子は
企業留学しています。
私の時代、何も分からずに米国から出発しましたが、
最近は、なんとか次世代のデザイナーに
私に出来ることはないかということを自分に求めています。
なにしろ、最近は海外を目指す若者が減少しているだけに
そのことが不思議でたまりません。
Yasumichi Morita氏の国内外の仕事は、かえって海外での評価が高く、
そうした仕事は、海外からの依頼かと思っていましたが、
すべからく自分でそうした仕事を求めて行くという勇気を
私は絶賛しています。
彼がパリで、写真家、そしてそのデザイン応用の個展は
ほとんど国内で宣伝をしていませんが、
私自身、その個展を見てくるつもりです。
幸い、教え子たちにも会えそうです。


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『「KK塾」キックオフはテクノロジスト・濱口秀司氏』


   


     11月 3rd, 2015  Posted 12:00 AM



大阪・京都から東京パルコ劇場に直行しました。
友人たちの革新的なことばと場踊りを観劇したのです。
松岡正剛・田中泯・石原淋・宮沢りえ、「影向」yow gowを
新たなことばとパフォーマンスとして受け止めたまま、
いよいよ、翌々日、
「KK塾」を大日本印刷のDNP五反田ビル 1Fホールにて開催。
キックオフ講師は、
国際的イノベーター・濱口秀司氏を米国から迎えました。
イノベーターというより、私にはデザインとエンジニアリングでの
企画コンサルタント=テクノロジストであり、
私が大阪大学大学院・医学系研究科に開設した
「コンシリエンスデザイン看医工学寄附講座」の育成目標人物です。
まず、私は前座で「コンシリエンスデザイン」を紹介して、
なぜ、濱口氏からかを紹介して、彼の講演を開始しました。
私は、最近、「デザイン思考」という、
スタンフォード大学のd.schoolとIDEOの手法論から
拝借しているデザイン論が、
デザイナーだけでなく一般的なイノベーション開発手法として、
東大のi.schoolでそのコピーが用いられていること。
また、イノベーションとは、提唱者であるシュンペンター自身が、
「革新」:コンバイネーション(独)「新結合」と呼び、
すなわち、私的にはコンシリエンスであることを説明しました。
シュンペンターのイノベーション=革新が、
共同的な発想で行えるコトへの大疑問や、
1927年・「社会階級論」が、結局は彼の予知どおりに
1929年の「世界大恐慌」につながったことなどから、
わが国の3.11復興策こそ、新たなコンシリエンスデザインです。
コンシリエンスも18世紀の造語であり、なおかつ対語的なレジリエンスが
決して、デザイン系大学教育には登場しないだけに、
まずは看医工学という提示とその教育成果こそ濱口秀司氏だと紹介し、
彼は約280枚のKeynote画面とホワイトボードで、
詳細な成功実例での方法論を懸命かつ賢明に講演していただきました。
DNPホールの現代ホール性能では、私も濱口氏もMacでKeynoteプレゼ、
これはおそらく初めて、映像と音楽を運用することができました。
よって、まだまだこのホールのPA音響から
コードマネージメント、さらには照明を変えることが可能です。
丁度、大日本印刷とは、「デジタルアッサンブラージュ」を進行中。
そしてこの大ヒントは、松岡正剛氏の「影向」が与えてくれました。
「KK塾」の今年度最終の講師は松岡正剛氏です。


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