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Posts Tagged ‘スケッチ’


06月18日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 18th, 2017  Posted 12:00 AM

06月18日 仏滅(丙子)


描写能力を写実性に追い込む、
これは、「絵を描くこと」。
この絵を、スケッチ能力に、
それは
トレーニングでしかない。



川崎和男の発想表現手法


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06月15日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 15th, 2017  Posted 12:00 AM

06月15日 先勝(癸酉)


スケッチが想像力
すなわち「非現実性」を
形態化する、その基本は
まず、写実的な「絵」を
描けることである。



川崎和男の発想表現手法


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『デジタル表現の基礎は、烏口や用紙感覚も必要』


   


     6月 15th, 2017  Posted 12:00 AM



私にとってデザインのためには、
スケッチ作業が最も重要です。
なんといってもMacとの付き合いは自分の人生、それもフリーになってから、
Mac128kから始まり研究室に最近、MacPlusと白黒PowerPointを透明液晶、
それをオーバーヘッドで映写するMacintoshSE30を出してきてありますが、
正直、どうやって使うのかを忘れていました。
このSE30が、いわゆる最初のMac形態の最終のかたちであり、
起動ソフトも探しださなければいけない状態です。
結局、iPad Pro12インチと10インチでのスケッチには、
ApplePensilがそのホルダーでようやく私の手に馴染んでいるのです。
これには、人間工学では無理で、シーティングエンジニアリング。
これにたどり着いた美大時代級友・光野氏からも
私には、これまでいわゆるペンシル軸経が深く関わっていて、
これをグリッピングエンジニアリング(仮称)の体系化が必要でしょう。
特に、スケッチをボールペンとしてきた私にとって、
現在はBicのボールペンになっていますが、
この書き味には、Bic社が長年にわたる研究結果が表れています。
米欧のデザイナーもこのボールペンになってきていることからも明白です。
そして、このボールペン使用感覚を求めてきた結論が、
ApplePensileにホルダー装着に至ったのです。
そして、様々なアプリもデザインスケッチで使ってきましたが、
液晶で最大18インチ(ASUS)も使用してきましたが、
今ではiPad pro10インチで充分な気がしています。
そして随分製図台に向かってきていなくて原寸スケッチでなければとなって、
いわゆるPM PAD用紙がB2以上はなくなっていることに気づきました。
最も先般も「烏口」と表現したら、
読めないということで、「からすぐち」とふりがな表現をしたぐらいです。
さらにもっと重要なことは、
製図での実寸が0.6だとか、
破線や一点鎖線、二点鎖線、断面図ハッチングなどもアナログ性を
しっかりと伝えないといけないと思っています。
先般恩師(来年88歳)に烏口や製図での実寸表現はしっかりと伝えなさい、
そう言われました。だからiPadでのスタイラスは無論、
Pad内での色彩論理も再教育が必要と考えています。


* 『Padスケッチにすっかり馴れ親しんだ!』
* 『石ころとスタイラス』
* 『私のデジタルアイディアスケッチとスタイラス』
* 『iPadでのスタイラス先端が新たなペン先になった』
* 『ボールペンとスタイラス・私の親しんだ描画ペン』


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06月09日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 9th, 2017  Posted 12:00 AM

06月09日 先勝(丁卯)


「イメージ」を描き出す
スケッチ、
これが想像力と創造力の
メディアとするなら、
この技術教育は
デザインでしか教えない。



川崎和男の発想表現手法


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06月05日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 5th, 2017  Posted 12:00 AM

06月05日 先負(癸亥)


想像力を創造力にする、
その最大の技術はスケッチ。
スケッチには
まず、絵を描く能力が要る。
絵を描くのは「感性」である。



川崎和男の発想表現手法


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『デザイン開発の手本としての開発期間』


   


     6月 3rd, 2017  Posted 12:00 AM



デザイナーなら絶対にやるべきデザイン対象は、
時計・灰皿(今では不要)・やかん(ケトル)、そしてイスがあります。
ところでやかんというのは、欧州では無かったモノだったと聞いています。
私自身が最初にフリーランスのデザイナースタジオを見学した経験では、
有名なダンスクのケトルのデザインでした。
下手くそな英語で、彼に聞いたことがあります。
「このデザインはもうすぐ出来るのですか?」
「いや丁度、商品化したからショールームに行こう」と。
「このデザインは1ヶ月ぐらいの期間でしたか?」
「いいや、かなり早くて4年だったかな」
「えっ、!」でした。
そして、スケッチとモデル(ペーパーモデルや発砲スチロール)を
それこそ50個ほど見せられました。
おそらく、このケトルデザインが最高のデザインだと今も思っています。
1980年代の作品です。
吸水、手入れの容易さ、水切れ、バランスなど本当に4年かかったんだ、
そう思わせるデザインでした。だから、私自身、使って持っています。
いくつかのケトルを試してみましたが、
このデザインは流石というべきデザインです。
今ではケトルの存在はすっかりと変容してしまいました。
何と言っても電熱式のケトルになってしまいましたが、
電熱式であってもこのデザインスタイルを乗り越えているモノはありません。
私が4年という期間をクライアントに求めてデザインしたのは、
結局、日本人として最初のメガネでのグランプリ:シルモデザイン賞でした。
そして、この方式は今なお健在であり
当然のことコピー商品も氾濫していますが、
デザインでの「オリジナリティ」こそデザインの真骨頂だと確信しています。


* 『赤・この色がブランドを決定づけている』
* 「最小リモコン=徹底的な黄金比の適用と実装設計」
* 『腕時計というモノの機能性、その反射・代謝・照射ゆえ』
* 「ウェリントンタイプ眼鏡など忘却すべし」
* 『象と蟻、その表現法はまったく変わってしまった』


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06月03日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 3rd, 2017  Posted 12:00 AM

06月03日 先勝(辛酉)


スケッチは手を動かす。
手を動かすという
ある意味の馬力というのは
「感性」であり、
「感性」でしかない。



川崎和男の発想表現手法


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06月02日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 2nd, 2017  Posted 12:00 AM

06月02日 赤口(庚申)


想像力はあくまでも
感性の技術・技能が
必須である。
よって、
感性でのスケッチこそ、
想像力の技術である。



川崎和男の発想表現手法


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05月22日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 22nd, 2017  Posted 12:00 AM

05月22日 大安(戊申)


意識が知能性を発現する
その状況になるには、
私はスケッチが重要だと
言ってきた。
それは
確実かつ確約させるための、
「認識」への性能を
獲得させる知識表現である。



川崎和男の発想表現手法


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『想像力を今また熟考を毎日繰り返している』


   


     5月 18th, 2017  Posted 12:00 AM



私が大学人になると決心した時に、
その道筋をつけていただいた故M教授は、私が阪大へ移籍のとき、
「蔵書は大学人の間は持っていなさい」と指示されました。
阪大でも学生が次々と本を読んでくるので、結局本は増える一方でした。
サルトルの「存在と無」は学生時代に読みました。
理由は単純で、この美大にいたら、デザイン技能である
スケッチやモデルづくりは上手くなるだろうが、
おそらく大学生としての読書には無関心になってしまうだろう、
それはとても知識人として生きるのは危険だと思っていました。
またよく本を読んでいそうなのは、
学生運動に取り憑かれて赤ヘルでデモのために上京。
全くデザイン課題は無視していました。
そういうのは学生運動無関心の連中以下の無能力者と判定していました。
さて「存在と無」を選んだのは二つ意味があります。
それはサルトルは一応は読むべき本であり、「嘔吐」はつまらなく、
あとは実存、方法、時間、悪魔、神、思想, 恋愛などでした。が、
ともかく反「資本論」より仏教の「無=空」を深める熟読はこれだけでした。
以来、「存在と無」の新刊は次には上下巻になり今では文庫本です。
ところが、「想像力の問題」があったと知ったのは最近でした。
それには意味と意義の意識が私の興味焦点にあります。
「想像力」と「創造力」を「想育」と「創育」として、
コンシリエンスデザインで書き残そうと思ったからでした。
理由は簡単です。
ともかく想像力がほとんど無い、それもデザイン学生を一杯見てきました。
想像力が無くてデザインをする創造力には絶対に至りません。
そしてサルトル批判がこれまでデザイナーとして想像力あって
やっと創造が出来るはずです。それなのに、
デザイン教育者あるいはデザインを知ったかぶりする学者などを知り、
サルトルの基本が意識でしかなくて、
認識にすべきでは無かったのではという現在の私判断があります。
これはあくまでも私の想像力です。
そして今は、私のブログ金言に彼からの一言を書き抜きしています。


* 『25000ページを書き残した今ではアーティストの展覧会』
* 「荒唐無稽さと完全無欠さなら『ゴルゴ13』でしょう」
* 『運筆練習に最適な学習ノートの充実ぶりに感嘆』
* 『目の前に未来・将来は無く背負っているのです』
* 『「創育」と「想育」の中心はやはり恐竜の存在だ』


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