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Posts Tagged ‘センス’


『可聴周波数が消えているのはデザインと技術の分離』


   


     11月 27th, 2017  Posted 12:00 AM




正直、デザインよりオーディオを教えるというより、語りたい。
まさか、様々なデザインをしたいとは思ってもいなかったのです。
そして、周りからも言われるのは、美大を卒業して、
自分は地元の女子短大で絵やデザインを教えることで、
自分の生涯は十分と考えていました。
上京して、名のあるデザイナーになろうと思ったのは、
母の遺言でした。
47歳、私は彼女の21年間を全てもらったと思っています。
母が私に残した言葉は、「世界的なデザイナーになりなさい」だったのです。
美大の恩師には、光か音だけのデザインで生きていきたいと言っていました。
それは結局、オーディオ機器関連だけのデザインでした。
だからこそ、オーディオ・音・音響にはデザイン以上の感覚=センスが、
明確にあると思っています。
おそらく、今、最先端のイヤホンはこの機種でしょう。
が、自分デザインなら、このデザイン設計は絶対にしないでしょう。
ただし、このアイテム機種での競合商品は全て駄目でしょう。
この機種の取説には、まず、子どもが飲み込まないことから書かれています。
そして、取説があることが失敗です。
しかもこうした機種全てが電磁波遮断、この技術は考えられてもいません。
また、最近では、オーディオ機器にも関わらず、
可聴周波数が最低から最大の表示がありません。
そして、人間には左右の聴覚には可聴周波数は一定ではないことです。
私は若い頃は左右が同一可聴帯でしたが、
加齢とともに今は左可聴能力は落ちています。
そして、この商品制御のアプリケーションデザインは思考不足です。
このワイヤレスイヤホンもおそらく商品寿命は2年程度でしょう。
プロのしかもオーディオに一家言を持っている私の判断は、
現在、このコストパフォーマンスで最良のモノであっても、
自分デザインなら、こうするべきだというプロ意識があります。


* 『スマホは使用感だけでは技術進化は見えない』
* 『貧しいモノづくり・イヤーホンで確認可能』
* 『アナログの極致=レコード再生のカートリッジ』
* 『Aurexブランドで学びながら苦しみながら・・・だから!』
* 「オーディオの恩師はダンディズムの恩師でもある」


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『デザインとデコレーションの差別化は間違い』


   


     11月 11th, 2017  Posted 11:40 AM




私は思いついたらすぐにデザインをします。
そのほとんどにはクライアントはありません。
クライアントがあるからデザインというのは私には全く興味がありません。
だから、いつまで経ってもクライアントがあるという訳ではありませんが、
10年後、あるいは20年後に依頼があれば幸運なことです。
だから、作品集にはそれなりに掲載はしておきます。
先般も、あるクライアントから、この「時計実現していますか?」
「いいえ、全くです。」
「実現したらどうですか?」と。
しかし、それはもう無理だと判断しています。
なぜなら、これは盲人用の時計案でしたが、詳細な図面とモックアップまで、
確実にデザイン設計は終了。
けれども、EONEという素晴らしい触覚だけの腕時計が出現して、
(デザインが負けた)と思ったのです。
私のデザインでは、視覚的には液晶表示。
聴覚では、英語発声でした。
しかも、動作は二つ、視覚は表示窓の開閉、ボタンを押せば発声です。
しかも、「T」と「ト」はTimeと時計であり、同じ点字なのです。
今は、新しいディバイスは発明しています。
が、EONEというこの触覚時計は、世界のデザイン賞をほとんど受賞するほど、
デザイン成果・発明で、デザイン=問題解決がついていました。
最近、あるもう著名なクリエーターをTVでドキュメントを見て、
この人のデザインは勘違いしたデザイン造形だと評価していましたが、
なるほど、と納得しました。
それはデザインとデコレーションの区別がついていないこと。
デザインと機能がしっかりと差別されていることです。
したがって、センス不足を感じるのです。
なるほど、センスとデザインの適合性は難しいのです。
やがて、例えばロボットの進化では、
そんなロボットがあったというロボット史では残るでしょうが、
決してデザイン史でそのロボットは語られないと確信します。
私も生涯の限界が近づいていますから、
例えば、いくつかの審査委員長を次世代に任せたいので、
その選別を真剣にし始めています。
まず、盗作平然なデザイナーは排除します。
商品やデザイン成果では効能性だけで見ています。
それは「社会的・時代的な存在」が中心です。
そして性能は発明一点に絞ります。
効能性+性能性=機能性となりデコレーションという加飾性の限界を
しっかりと判断して、経済的な成果は美しさでの商品価値。
それは安全・安心・信用・信頼の統合が次の評価です。
デザイン審査の委員選定は私には明解です。
デザインの本質を知らない審査委員が余りに多過ぎます。


* 「モノの美しさにあるバランス性が決定要因」
* 『センスの有無が判断できる椅子と曲の選択』
* 『薔薇というシンボルから花言葉も消した問題解決』
* 『製品記号論で語り直す時代がやっと訪れた』
* 『モノ真似防止、他のデザイナー作品は暗記すべきだ』


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11月05日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     11月 5th, 2017  Posted 12:00 AM

11月05日 先勝(丙申)

感覚には、
直接的・現実的な感覚と
間接的というか、
仮想的な感覚がある。
特に、仮想的な臭覚、
未来を嗅ぎ取る感覚を
センスという。



川崎和男の発想表現手法


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11月04日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     11月 4th, 2017  Posted 12:00 AM

11月04日 赤口(乙未)

「かぐわしさ」、
それはセンスである。

そして、
センスとは、
香りのことでもあるのだ。



『デザインの極道論』かぐわしい


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11月03日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     11月 3rd, 2017  Posted 12:00 AM

11月03日 大安(甲午)

センスは磨くことではありません。
センスって、基本は臭い・香りです。
だから、臭覚なのです。
臭覚は磨くことなどできません。
臭覚はまず、良い香りを知ること。



川崎和男の発想表現手法


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11月02日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     11月 2nd, 2017  Posted 12:00 AM

11月02日 仏滅(癸巳)

「センスを磨く」、
このパロールは
基本的に大きな間違いである。
センス:ほぼ感性は、
磨いて、進展や進歩は
絶対にしない。



川崎和男の発想表現手法


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「モノの美しさにあるバランス性が決定要因」


   


     10月 19th, 2017  Posted 12:00 AM




デザインという言葉は至極一般化しました。
デザイナーにとっては嬉しいことですが、大誤解に包まれていると思います。
デザイン賞は、モノのデザインとコトのデザインがあり、これは当然です。
しかし、日本には大物主の神子と事代主の神子とがあり、
すでにモノの美しさがコトを決定しているという伝統性があるにも関わらず、
コトのデザイン優先主義が、センスの大破壊になっているようです。
そんなことを思っていたらしばらく会っていなかった人O氏が逝かれました。
この思い出は私には大きな人生観になっています。
おそらく金沢美大出身ならば、
私たちが鍛えられたレタリング=フリーハンド・デザインストロークでは、
キャスロンとボドニー(右はヘルベチカ)を徹底的に鍛えられました。
その最大が私にはこのアルファベット「X」のサンセリフ体とセリフ体です。
実際はこのクロスする部分には視覚補正がとても厳しい評価が入ります。
それはこのクロス部分が単純なクロスどころか、
ヘアーライン補正とまで言われている繊細詳細なバランス感覚が
何度も何度も求められて身体化するまで鍛えられます。
そのおかげで、後天的な造形におけるバランス感覚が要請されるのです。
最も、自分はデザインの教育者になって、
バランス感覚はすでに先天的なことと思っています。
理由は、造形されたいわゆる造形言語となっている形が意味されている、
その内容にはバランス性は先天的であり、
それが実際にはスケッチや造形訓練で身についていくものと思っています。
身についていくコトではないのです。
それを明確に知りたいのであれば、事代主の神子との存在意義を知れば、
私は全体に理解出来ると思っています。
こうした観点から、昨今のデザイン賞判断では、
審査委員にバランス感覚が全く無い人が増えていると言っておきます。
とりわけ、バランス感覚・センス、そしてモノの美しさは、
偏差値では決定することは絶対に不可能だと思っています。
「たかだかデザインが」、とかを何度言われて来たでしょうか?
それでも私には絶対的な先天性が後天的に、
たとえば、この「X」の訓練があったということです。
コトのデザインは、モノのデザインの美しさが決定しています。


* 「ヘルベチカは文字の結論になっている」
* 「ロゴタイプ書体その基本ルールには伝統がある」
* 『象形の姿形に潜む意味の吟味』
* 「日本語・『情報』はなぜ曖昧になってしまったのか?」
* 『工業デザイン教育での「手」のトレーニング』


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『デザインによる美はセンスとしてのテコが要る』


   


     10月 14th, 2017  Posted 11:00 PM




人には人間と人類が種別できます。
そして、人間である条件、人類である条件は極めて勝手気ままな無常識。
同じことが、能力あるいは力(ちから)にも反映しているのです。
私は力:ちからを懸命に追いかけてきました。
それこそ、ちからという日本語での区別・差別・分別全てでの定義です。
簡単に言ってしまえば、ち+からです。
ち+空=この仏教的解釈を自分に取り込んでいるのです。
つまり、「ち」とは知・血・地・値・智・致・治・・・・随分とありますが、
「空」という観念で無に帰すのです。
それがほぼ日本からの哲学的な解釈でしょうし、これを信用しているのです。
そして、力は作用点と方向と、その大きさがあるという物理性です。
従って、それこそ、商品力から開発力など形容される全ての力に、
これが運用されていることがわかります。
ここからさらに、力が能力とまでなってくれば、
まさに、人間・人類・人は個々人の能力を活用し拡大するのは「テコ」です。
これこそ、五大器械の根本にもなるのです。
テコには力が働く、支点と作用点だけが決定すれば、
それこそ、人類は地球でさえ、イラストのごとく、
人の能力で持ち上げることさえできます。
前段が長くなりましたが、テコのこの力を支点と作用点で能力、
それも「美しさ・美」を見極める能力のテコを考え出すこと、
これが真善美のその中の「美」判断力=能力を、
私はデザイン、デザインでのテコを追い求めてきたのです。
だからこそ、自分デザインには必ず、美しさをデザインに配置・配備する、
力の支点と作用点がある、
まさに美のテコを見いだすことでした。
美が創れる能力=美創出の力とは、
ち+空であり、その拡大のためのテコを
それこそデザイナー養成にはテコを自力、つまりテコあるセンスづくり、
これがデザインでの美づくり、美の判断力だったというわけです。


* 「『ち』は知の草書体になった理由に神髄がある」
* 「花綵の国のことばには「ち」、土地と価値がある」
* 『想像力を今また熟考を毎日繰り返している』
* 『芽生えることと確認すること、ライバルとジェラシー』
* 『人工知能には「ち」の思潮が欠落している』


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『デザインでデザイナーが美しさをどう創るか』


   


     10月 11th, 2017  Posted 12:00 AM




デザイナーにとって、私は最も難しい質問は「美しい」ってどういうこと?
この質問に一言で、体系的に、経験的に、学術的になど、
応答・回答・解答出来るかは本当に難しいと思います。
そして「美しさ」は美学という学術的な領域がその答を出しています。
それは音楽と美術が中核だったことは間違いありません。
私自身、「美しいってどういうこと?」という質問は、
福井伝統工芸産地、越前和紙に創ったオータキペーパーランドからでした。
思わず身構えましたしどう答えるべきか随分と逡巡した思い出があります。
私はまず、先天的に答えることができますが、
これをあたかも美学的に体系までは困難です。
そして後天的には、知識と経験で知見化することが可能です。
まず、美しいというのは景観での気分や気持ちよさでの一言です。
本当に気持ちいいほど空が青いとか、
夕焼けが綺麗という単純な景色感覚への評価です。
空・海・山の景観や景色が挙げられます。
これが先天的での景観評価が素直さでの感覚=センスだと思っています。
かって名古屋大学での講義で、自分が美しいものを上げてレポートを、
こんなカリキュラムを数年やったことがあります。
工学部相手でした。そうしたらなんと三分の一の学生が数学の美しさを
徹底的に分解してきたレポートには感動しました。
私はデザイナーとして、体系的には、二つあります。
その一つはパウル・クレーの「造形思考」でした。
もう一つはカントの代表作である「純粋理性批判」での
真善美と感性・悟性・理性での美の解釈です。
東芝時代はモーツアルトのピアノ協奏曲のスコアとその旋律再生音。
このマッチング性に美しさがありました。
登山懸命だった大学時代は山岳と空・夜空が私の美しさの根源でした。
今は自宅から望める夕方の夕闇の変化を眺めて、
自分デザインの美しさを綺麗さからも求め直します。
美術的や音楽的を離れた時には、デザインでの美しさは、
今ではかなりの制約が乗りかかってきています。
たとえば、PL法違反などは、現代的には当然であり、
重量なども、万一、落ちてきたら危険は美しさを語る以前の問題です。
デザインでの美しさは追い求める義務がデザイナーには不可分です。


* 『家具デザインの「家具」定義を変えるべきだ』
* 「伝統は熟知必然・実例としての和紙か和風紙か」
* 「若手芸術家の紹介から学ぶ『範・感性』の確認」
* 『ポケットブックになる「造形思考」が出版』
* 『月明かりの前の沈まない大阪、それは日本』


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10月11日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     10月 11th, 2017  Posted 12:00 AM

10月11日 大安(辛未)

景色に反応できる能力は
美しさを感得できる
これは先天的な
「美しさ」を感じとる
センスの基本です。



川崎和男の発想表現手法


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