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Posts Tagged ‘メディア’


9月13日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     9月 13th, 2021  Posted 12:00 AM

9月13日 友引(甲子)

『書物としてのデザイン』

作家
あるいは
作家的な存在が
そのメディアを
まさしく
「メディアが
 メッセージである」
ということを
忘却、喪失、放棄
することがたやすい
時代だ。



artificial heart:川崎和男展


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9月11日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     9月 11th, 2021  Posted 12:00 AM

9月11日 赤口(壬戌)

『書物としてのデザイン』

情報社会での
本というモノは
メディアの一つの
形式となっている。



artificial heart:川崎和男展


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3月26日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 26th, 2021  Posted 12:00 AM

3月26日 先負(癸酉)

『誌論としてのデザイン』

情報化時代の核である
メディアが
純白な紙面であるというのは、
すでに
網膜剥離の痛みを
忘れた現代の
幻想にすぎないようだ。



artificial heart:川崎和男展


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10月25日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     10月 25th, 2020  Posted 12:00 AM

10月25日 大安(辛丑)

『寓話としてのデザイン』

想像力をメディアに、
やがて、
モノの経済性と政治性を
管理することが
「寓話としてのデザイン」、
その目標となるだろう。



artificial heart:川崎和男展


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10月24日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     10月 24th, 2020  Posted 12:00 AM

10月24日 仏滅(庚子)

『寓話としてのデザイン』

そのために、
想像力こそ
世紀末のメディアにする
必然がある。



artificial heart:川崎和男展


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2月6日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     2月 6th, 2020  Posted 12:00 AM

2月6日 先勝(己卯)

すでにデザインは、
デザインする造形言語に、
メディアとなるモノのメッセージ化、
つまり、
情報デザインとしての修辞学を
デザインの手法にする時代に直面している。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』13 造形言語の修辞学的手法


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2月4日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     2月 4th, 2020  Posted 12:00 AM

2月4日 大安(丁丑)

メディアとしての造形言語か、



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』13 造形言語の修辞学的手法


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2月2日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     2月 2nd, 2020  Posted 12:00 AM

2月2日 先負(乙亥)

造形された形態が、
何らかの偏差を見る者、
使う者に対して、
そのモノがオブジェクトであるのか
メディアになるのかは、
デザイナーにとっては、
これからの大きな課題である。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』13 造形言語の修辞学的手法


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1月26日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 26th, 2020  Posted 12:00 AM

1月26日 友引(戊辰)

モノがオブジェクトであるのか、
または、
モノがメディアであるのかは、
修辞学的な造形言語の文体や文彩で
判読が可能になるということを
ひとつの革新のための
手がかりにしたい。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』13 造形言語の修辞学的手法


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1月21日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 21st, 2020  Posted 12:00 AM

1月21日 友引(癸亥)

危険であるのは、
無意識なままにモノを日常化させるときに、
メディアであるモノが、
オブジェクトであるモノなのかは、
人とモノの関係での重要な案件に
なってきていることを知っておくべきだろう。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』13 造形言語の修辞学的手法


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