kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘ワクチン’


『手話通訳という職能はボランティアでは無い』


   


     10月 23rd, 2016  Posted 12:00 AM



まだまだ自分には不明なことが多いのですが、
確かに、この専門分野がプロフェッショナルであるべきと思いました。
昨日、研究室に「手話による医療通訳士」の方々が見えました。
正直これほど大変な仕事があるだろうかとビックリした次第です。
最近は「手話」が報道や講演会などでは見かけることが多いのですが、
なんだか、「手話」というのはボランティア活動に見られてしまいます。
かくゆう自分にとっても、ボランティアに思えていたことは確かです。
果たして日本語世界での手話なら聴覚障害者にとっては有効なことです。
日本語の世界観の中ではようやく見慣れた風景にはなってきましたし、
それらはボランティアだという認識が自分にもありました。
しかし、医療場面で、それも多言語であれば、
医学用語もあれば、聴覚障害者の外国語を手話で理解し、
医師なり、医療従事者に通訳をして、再度、患者の方の言語に、
それを手話で伝えるという職能が、プロフェッショナルであることは
絶対的に当然のことです。つまり、それなりの報酬が認められるべきです。
自分自身が身体障害者・心臓障害者として、障害者差別を受けてきた、
その体験は数限りなく持っています。
そうしたことから、PKD=Peace-Keeping Design で、
具体的には、ワクチン接種や途上国へのメガネ配布などを
クリントン財団やオクスフォード大学との共同研究によって、
新しいメガネ開発をデザイン対象にしてきましただけに、
この手話通訳の職能育成には協力どころか、
やっぱり存在している既得権問題を露わにしていく覚悟です。


* 「メガネ革新の核心がはずれた商品は不可」
* 『ワクチン経鼻デバイスから社会システムの変更を』
* 「PKDの途中報告
* 『非常事態宣言の街=パリにて、決意!』
* 『デザインディレクター・職能名の定義をしておきたい」


目次を見る

『ワクチン経鼻デバイスから社会システムの変更を』


   


     8月 24th, 2015  Posted 12:00 AM



経鼻デバイスは現在、公表とともに、
未だワクチンそのものと、接種方法、遺伝子検査システム装置の
研究開発、その途中にあります。
正直、企業での開発進行は私にとって最近はゆっくり感があります。
ともかく、こうした医療に関わる新たなPPD開発そのものの
再デザイン化が短時間で必要だと考えています。
新PPD= Product Process Developmentを新規に企業定着すべきです。
この経鼻デバイスはまずワクチン供給ユニットによって、
左上のようにセットされて、そこからワクチンカプセルは、
取り出されると、逆向きでシリンジ先端に再セット。
そして両鼻分がデバイスに入ると、
それぞれ右と左に、デバイスの回転でミストが注入されます。
これは経皮デバイスではないので、無痛なことが最大特長です。
したがって、子どもたちにはこれからの接種デバイスとして
経鼻タイプのデバイスは歓迎されると考えています。
また鼻に先端が鋭角なことを避けるためには、
鼻孔にセットされるのは円形であれば、
デバイスが刺さる印象は無くなります。これが大特長です。
最も、シリンジで解決しなければならないのは、
針を経皮で突き刺すということから解放されることが肝要です。
さらに重大なことは、現在使用されている薬剤が
果たして、それぞれの人間に適しているかどうかがあります。
実際は、遺伝子との最適性が重要であることは解っていることですが
結局、薬剤の企業によって、この確かな方法が
全世界的の資本主義経済と製薬企業との間にその了解がないことです。
おそらくこれからの社会にとって、自己納得されるだけの、
薬剤適合性がいち早くもとめられるべきと考えます。
薬剤企業も、時代変換時が訪れていることに気づくべきと考えます。
私はまずボランティアでの後進国家へのワクチン提供を
PKDでのメディカルサポートプログラムとして
この計画を進行させています。


目次を見る

『デザインは問題解決の手法であると再度主張』


   


     8月 23rd, 2015  Posted 12:00 AM



ワクチンの経皮注射器を開発してPKD*の最初の製品開発をしました。
以後、注射器のデザインに取り組むと同時に、
遺伝子検査システム・ワクチンのデザイン開発・注射器の開発から、
経鼻デバイス=鼻からミスト状ワクチンを直接経肺から血管へ注入、
そしてワクチン接種のための遺伝子検査システムも、
これまで1ヶ月→1週間を5時間検査システムまでを開発しました。
これはその経鼻デバイスがようやく工業意匠権が確立して、
遺伝子検査とワクチン開発にたどりついています。
ワクチン接種に関しては、遺伝子検査からのシステム開発を
デザイン計画してきましたが、発表は、ともかくこのデバイス、
その著作権から知財権などが図面作成時から成立しましたが
工業意匠権の成立までは公表を控えてきました。
私はデザインは、問題解決と考えていますから、
デバイスの形態設計だけがデザインとは考えていません。
よって、遺伝子の検査システムは海外のコンペで、
日本代表に選ばれましたが、海外では難し過ぎるとの評価でした。
私は医工連携では決して問題解決は不可能と講演主張してきました。
結果、「コンシリエンスデザイン看医工学」の講座で、
研究・開発・教育にまで至っているわけです。
しかし、残念なことに現在のプロダクトデザインでは、
この分野に参入出来る大学が相当に限定されていることです。
最近では、雑貨品のデザインがマスコミでもスター扱いされます。
それこそ、今、話題のオリンピック関連も単なるグラフィックで
オリンピックという国家イベントは、国家政府ですら、
デザインの本質には理解不足どころか、無知過ぎています。
平然とした盗作がデザインだという一般認識が拡張されています。
かつて、名古屋市立大学芸術工学部時代にも、
芸術工学は英文ではDesign & Architectureとし、
先端統合デザインをデザインに接頭語を私は名辞してきました。
よって、先端統合デザインが医工学デザインにまで進化しました。
その進化が「コンシリエンスデザイン看医工学」です。
この経鼻デバイスが一つの実際例だと紹介しておきます。

* PKD=Peace-Keeping Design
「PKDの途中報告」


目次を見る

『注射器はまだまだ痛い』


   


     6月 4th, 2015  Posted 12:30 AM



このブログ作成時に世界の人口は72億5887万1200万人。
比して、この日本は少子高齢化に向かっていっています。
この少子高齢化は、先進国家としての問題は大問題であることを
私は最近特にデザイン対象の要にしてきています。
このシリンジは、おそらく皮下注射器として、最も痛い注射器であり、
インフルエンザ予防ではよく使われいますが絶対に無くすべきモノです。
最近、追いまくられていたことは、
気候異変と感染症の増大に対するデザイン対象を、
ぴったりと焦点化する作業でした。
幸いに私が今、取り組んでいるのは
「コンシリエンスデザイン看医工学」という
私が名辞した新デザイン領域であり、
これにはいくつかの特にデザイン系大学に声をかけています。
ワクチンの開発で、
経鼻型シリンジは取り組んできてもう10年になりますが、
「抗体エンジニアリング」という領域に
デザイン導入の可能性をとその全体計画をデザインしてきました。
したがって、未だに、デコレーションでのデザイン新作に、
私は全く興味がないどころか、
デザイン=問題解決を忘れているデザイナーに、
これからはデコレーレータと自称を心から望んでしまいます。
日本は島国ですから、世界中で多発してきた感染症でも、
「水際作戦」で食い止めるわずかな可能性があります。
ところが、バーチャル空間でのウィルスは、
注射では食い止められません。
人類は二つにウィルスを持ってしまったことになっています。
この地球はやがて100億人に達するのには、
一日20万人も増えていくことで、一方では人口の大増加が起こり、
我が国は少子化は
やがて人口は7000千万人という予測統計もあるほどです。
今、「コンシリエンスデザイン」は、韓国KAISTとフランス芸術大学、
これから、世界各国のデザイン系大学に普及させていくつもりです。
大阪大学大学院医学系研究科に新設して、
方向が定まってきたと思っています。
そこで、これから研究室メンバーを増やしていく計画に着手します。
「コンシリエンスデザイン」こそ、
これからの新たなデザイン領域になっていくことは間違いありません。
すでに6次元CADは完成していますから、
n次元CADを運用することに邁進するつもりです。


目次を見る

「大阪大学の歴史の一つに、藤野恒三郎の存在」


   


     7月 28th, 2013  Posted 12:17 AM



1724年、大阪の商人たちが「士農工商」にこだわりなく、
一つの学問所ができました。「懐徳堂」でした。
この年に、平賀源内、本居宣長、彼らの人生が終わっています。
この学問所の流れに175年前「適塾」が設立されます。
適塾の創始者・緒方洪庵は今年150年忌になります。
「後世適塾名を成すとするならば橋本左内をもって成す」と、
洪庵は橋本左内の才能を尊びます。
大阪大学が学問所としての歴史的な系譜を語るとき、
その源流には、「懐徳堂」と「適塾」があります。
しかし、忘れられている人物に藤野恒三郎がいます。
集団食中毒の腸炎ビブリオの発見者であり、
魯迅の恩師である藤野厳九郎の甥でした。
彼は、「適塾で使用された物」を骨董屋から買い取っていました。
さらに、近代医学史を著作しています。
題名は、「医学史話・杉田玄白から福沢諭吉まで」を残しました。
この著作では、適塾での橋本左内について詳細な記述があります。
杉田玄白・橋本左内・藤野厳九郎・藤野恒三郎、
すべてが、わがふるさと福井県の出身者です。
私は、橋本左内はすこぶる知っていましたが、
「適塾での使用品」の多くが藤野恒三郎であり、
彼の著作を見つけたとき、体が震えました。
藤野恒三郎も阪大の名誉教授でした。
かくいう私も今年退官後、名誉教授号をいただきました。
私は、すでに廃刊となっている「医学史話」は再刊すべきと、
思い込んで、なんとかこの再刊をめざしています。
いづれ知られるのかもしれませんが、
橋本左内を語り、藤野恒三郎の所業と著作をもう一度語ること、
それこそ、私の役割だとこの数年携えてきました。
杉田玄白も福井県出身であり、
日本の近代医学は、解剖や外科手術、さらにワクチンなどを
私自身は、「先端医療デザイン」として引き継ぐこと、
それが、大阪大学でデザイナーとして大学人である意義だと、
心底から「使命観」にしています。
7/27、私は京都で循環器関係のドクターたちに、
「体内埋め込み電子医療機器」を紹介しました。
わが国は未だに海外製に頼っていますが、
現代日本の技術とデザインで開発するべきことを主張しました。


目次を見る

「シリンジの問題解決・2006年から取り組んできた」


   


     1月 20th, 2013  Posted 12:00 AM



2006年は、様々なことが起こりました。
金沢21世紀美術館で35年間のデザイン活動発表の機会と
作品が永久収蔵されました。
あれだけ大きな国内での「個展」は二度とできないでしょう。
だから、本当に命がけで取り組みました。
それは身体に大きな影響を受け、「敗血症・多臓器不全」にて、
重篤状況にまで追い込まれました。
三度も「あの世」への道を往復したことになります。
運良く帰還したときに直感で、
「ワクチン開発をやろう」と研究室に告げました。
PKD=Peace-Keeping Designの具体的活動は、ワクチン接種でした。
そこで、シリンジの開発に向かいました。
現実案とアドバンス案(画像写真)を発表し、
国立循環器センターからある医療機器メーカーを紹介されました。
現実案は米国の大手医療機器メーカーにもその情報は届き、
シンガポールの開発室が大学に訪ねてくるほどでした。
ところが大問題に直面することになりました。
それは、もはや国内では
いわゆる注射針=ニードルの製造生産ラインが
無いということになりました。
これは、日本にとって大問題です。
いわゆる注射針での接種は、「経皮接種」です。
したがって、経皮・経肺・経鼻などの研究も研究室のテーマになり、
博士後期課程では、この問題に深く関わって、
一人、工学博士号取得者も生まれました。
ドライパウダーでのワクチン開発がまだまだ時間を要することも
次第に明らかになってきました。
そこで、
「経鼻」=鼻から吸い込むというシリンジ開発が目標になりました。
これはより具体的には
「結核ワクチン接種」をテーマにすることに至りました。
そのためには、結核かどうかの検診を遺伝子検査と、
そのシステム開発もともないながら、
その検査システムや検査機器の開発まで及びました。
そして、同時に「経鼻吸引接種」のシリンジが具体化してきたわけです。
昨日ようやくメーカーから、
そのシリンジがデザインどおりに
モックアップモデルが出来上がってきました。
5年かかりましたが、
結局は電動シリンジなどまでが開発アイテムとして拡大しました。
アドバンスからのスタートでも時間が加わって「造る」こととは、
しみじみと実感しています。
そして何よりも「ワクチン開発」は、
適塾・緒方洪庵の牛痘接種の歴史を
阪大は系譜として連続してきた伝統だと言うこともできます。


目次を見る

「毎日の喧嘩相手は薬だ、日常的な自分との喧嘩でもある」


   


     8月 31st, 2012  Posted 12:00 AM



車椅子生活になって、途端に身体は弱くなりました。
さらに心臓障害もあるために、
体内にはICD(植込み型除細動器)も2台目を入れています。
一台目は電池切れで、また新規を入れています。
これでまた5年は生きられますが電池切れになればまた手術です。
心臓の制御薬は欠かせません。
だから、私が私自身へ喧嘩を売る日常性には必ず、
内服薬があります。
毎日、薬を見つめながら思い続けてきたことは、
「薬剤」にはデザインが無い、ということです。
だから、薬のデザインにも取り組んでいます。
一つは、ワクチンは注射薬として皮下注射を経肺吸入させるべく、
ドライパウダー化にも取り組んできました。
しかし、
さすがワクチンはドライパウダー化はまだ時間がかかりそうですが、
ワクチンのミスト化は可能になり、今はその開発中です。
もう取り組んで6年は経過しました。
まさか29歳からほぼ「薬漬けの生活」になるとは思ってもいませんでした。
けれども、薬漬けゆえに、新たな薬剤、薬剤摂取、経皮接種、経肺吸入など
こうしたことへのデザイン開発に辿りつきました。
ICDを体内に埋め込んで以来、アレルギー体質になってしまいました。
現代はアレルギーやアトピーなどが日常化している人に向けては、
絶対にデザイナーがこの難問解決に携わるべきだと考えています。
これだけ様々な薬剤と対決してくると、
その苦しみからみえてくるコトがいっぱいあります。
デザイナーが、こうした医薬関連、医工連携に取り組むのならば、
入院・手術・毎日の常用薬と絶対に
喧嘩してみるべきだと言い放っています。


目次を見る

「健康は失い薬づけだが幸運なり」


   


     1月 12th, 2012  Posted 12:00 AM


28歳交通被災で車椅子生活。
交通被災時に心臓も直撃されたために心臓障害。
これが私の宿命でした。
絶望だけはせずに、自分を諦観の中で生きてきました。
ところが、幸運だったのは大学人になってさらに、
名古屋市立大、大阪大でもそろぞれの附属病院で、
詳細に体調管理されていることです。
入退院、手術は幾たびも、しかも敗血症まで、
こんな重篤も乗りこえることができました。
これは幸運なことだと思っています。
だから、「幸不幸」はコインの裏表みたいなものです。
「幸不幸」から幸運や幸福をつかみとらなければなりません。
毎月病院で診察を受けます。
これは体調が良いときです。
体調が悪いと診察にも行けないのです。
敗血症から生還してきたとき、
病院の待合室で大勢の患者さんを見ていてこう思いました。
「病苦で自死を選ぶ」というきもちがつくづくわかりました。
毎月毎月、死ぬまで病院通いなんていうのは耐えられないし、
常時食前食後就寝前に服用しなければならない薬を見ると、
きもちはすこぶる落ち込みます。
ICDを入れる前に比べると、格段に薬の種別も激減しましたが、
それでも常に万一を考えると、薬づけの生活です。
だからこそ、「薬」の形態や色彩のデザインが不可欠です。
そして薬の形式をもデザインで変えてしまうべきと考えています。
なんとしても「ドライパウダー化」して経肺吸引が目標です。
現在は、ワクチンをミスト吸引するシステム開発が進行しています。
機能食品という名の「健康維持のサプリメント」ブームです。
しかし、サプリメントととの最適性などは、
もっと確実にしていく必要があると考えています。
いづれ、私の常備薬がドライパウダーになってくれたらと思っています。
自分のための造形された、デザインされた薬が必要です。
デザイナーとして、
こんなことに気づかせてくれたのは「幸運」だったと思ってきました。


目次を見る

「PKDの途中報告」


   


     12月 6th, 2011  Posted 12:00 AM


1994年にPKD=Peace-Keeping Designを提唱しました。
阪大に来て本格的かつ具体的なテーマが見つかりました。
それは自分が「敗血症」で重篤に陥りましたが、
復帰してきたときあるひらめきがありました。
私はこれを啓示だと受け止めています。
「そうだ、ワクチンだ!」ということで、
研究室はこのワクチンのデザインシステム開発も、
研究開発テーマに加えました。
緒方洪庵=適塾が天然痘を日本で最初に接種しました。
この伝統からでしょうか、医学系研究科の支援があり、
まずシリンジの開発やドライパウダー化など、
次々にテーマは拡大し同時進行してきました。
現実的即効性から将来的な方向も定まっています。
PKD支援のためにiPhoneアプリもすでに5本販売し、
そのわずかですが売り上げをそのまま研究開発費にしています。
ワクチンも「結核予防」に絞り込みました。
さらに、結核検査は「遺伝子検査システム」を、
これまでは1ヶ月かかっていたものを5時間で、
どの結核なのかまでを認証し、
しかもシリンジは、経皮=注射から経鼻ということで、
シリンジは全く新しい造形デザインにすることができました。
すでに、医療機器メーカーでの試作に入っています。
遺伝子を採取するには喀痰と言って、
痰を吐き出させる方法に苦労していますが、
その方法論と具体的なツールなどもデザイン設計が終了。
今年は中国と韓国でもこの開発デザインを紹介しています。
年内完成をめざしてきましたが少しずつですが進行しています。
世界の人口は日に20万人ずつ増加していますが、
毎日5000人の乳幼児から小児がほとんど感染症で、
ほぼ結核感染で死んでいます。
それは毎日ジャンボジェット機が墜落していると考えます。
ともかく、まっしぐらにこの具現化をめざします。
来年には、このシステムすべてを発表できると確信しています。


目次を見る

「今現実、喧嘩相手は私自身です」


   


     8月 28th, 2011  Posted 1:46 AM


ICD電池交換手術、ストレスです。
そして、この5年の自分を呪います。
医療機器をデザイン対象にしたのは、
偶然もあり、私の宿命だったのでしょう。
最初は車倚子でした。
車倚子生活になったとき、
当時のデザイン部長が、お見舞いに来てくれました。
「手は動くと聞いたから、デザインはできる、
君がやるべきことは、まず車倚子のデザインをやれ」。
岩田部長です。
東芝の電気釜をデザインしたデザイン史に残る人物。
しかし、当時はデザイン未熟なのにいきがりだけと、
生意気さ血気溢れていたので反発ばかりしていました。
「川崎、もうお前はクビだ」、3回言われました。
その度に、「辞めるときは自分から辞職願いを出します」。
始末書・厳重注意・減給処分直前を救ってもらったり、
結局は、可愛がってもらい大事に育てていただいた恩人。
それにも関わらず、「車倚子のデザインをやれ」、
(冗談じゃない、断じてやるものか!)
当時はそう考えていました。
それが、人工心臓にいたり、メガネも医療機器です。
今では、仕訳された大プロジェクトもまだ残っています。
血圧計は9月に、日本製では初めて
「欧州血圧学会認定合格品」を発売します。
結核ワクチン、結核診断システムは現在進行形、
これはPKD(Peace-Keeping Design)運動の一つ。
「不妊治療システム」は検査方法とそのシステム提案中。
なのに、ICDは申し入れはやっていましたが、
絶対モノにするという積極性に欠けました。
「なぜ、電池交換まで放置してしまったのか」。
渡米してでも、体外から急速リチウム電池充電システムと、
まず、ペースメーカーもしかりですが、
新規デザインをやらず仕舞いにしておいたのか、
「自分に喧嘩を売っています」。
私は喧嘩師を自称し、
「喧嘩には華が当然であり、喧嘩とは自分相手」、
これを心情としながらも、
米国企業に乗り込んでまではやってきませんでした。
ともかく、デザインを売り込んだ経験はゼロです。
すべて依頼デザインしかやったことがありません。
「川崎は自分から売り込んできて・・・」、
こんな中傷は全くはずれています。
「自分のICDぐらいやっておくべきだった」ということです。
正直、手術はストレスで、怖いこと真実です。
特に私の体調は感染症を引き込むことが多いわけです。
「敗血症・多臓器不全」は前回入院、
それで重篤状態まで体験し、
「教科書を書き換えるな」とまで、
第一内科教授に言われるほどスピーディな回復でした。
日本のプラザ合意とは、
「この分野はやらないから」という合意事項があります。
これは調べ尽くして知りました。
ICDも開発直後には6800台のリコールがあった機器です。
6800人が再手術したと聞いています。
だから亡くなった方もいるわけです。
日本の医療機器メーカーも治療機器開発は絶対に無理です。
だから医療機器は診断機器や検査機器、測定機器だけです。
だから海外、米国に乗り込んで「売り込むべき分野」です。
手術が終わったら乗り込みたいと考えています。
手術日まで「自分に毎日喧嘩」ということになりそうです。
無論、下肢障害者用の自動車運転機器も、
日本製はやり直しともっと高度化デザイン必至分野です。


目次を見る

1 2