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Posts Tagged ‘不安’


『薄紅色が鮮やかな桜は「啓翁桜」』


   


     3月 28th, 2019  Posted 12:00 AM



北陸生まれの私が、関東・東京で働きはじめたとき、
二つの不安がありました。
一つは川が太平洋に流れるので、その川の流れと
同時に周りに何も山などがないことでした。
もう一つは、桜の花がとても白いのです。
そこで、なぜなんだろうと疑問を持ち、徹底的に調べました。
結果、ソメイヨシノは確実に人工交配であり、
この木の元では周囲の草木がやられてしまうのです。
「トーチ」審査においても素材として樹木、木風素材の提案があり
桜の木でもソメイヨシノは使わないというプレゼもありました。
昨年には奈良では新種の桜が100年ぶりにクマノサクラが見つかりました。
今、室内で咲いているのは「啓翁桜」という品種であり山形県産でした。
白く無く、薄紅色が鮮やかでした。
ミザン桜を台木にしたヒガン桜が枝変わりとして生まれたようです。
日本人が愛してやまない桜には多種の桜の木があります。
この啓翁桜は、とても寒い地方で春が来たらそれを乗り越える、
そのような力を持っているようです。
それこそ、ソメイヨシノでは花も白く、なおかつ、周りを痛める樹木は
山林地方の杉(=花粉症)を植えた行政の安価なやり方なのです。


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『医療機器では全くだめな器械デザインは信用不能』


   


     3月 3rd, 2019  Posted 12:00 AM



「骨密度」の計測をしました。
単純には、カルシウムとマグネシウムなどがどの程度
全体の骨があるのかを計測します。
加齢になってくると、「骨粗しょう症」が一段と進化します。
私の場合、長年立つことも歩くことも出来ませんから靴は新品・(笑)。
だから、骨密度を増やし、丈夫な骨を作るためには「歩く」ことが重要、
病気のほとんどは歩けば治る?(私は不安)とまで言われるのですから
私の骨は大変な状態でしょう。
骨密度の検査は4種類くらい検査方法がありますが、
私が受けたのは、X線方式の骨密度計測装置で、
簡単に椅子に座ったままでグリップを握るだけです。私は本当?。
これで、ちゃんと計測出来るのだろうか?という医療機器でした。
私は車イスなので、足には全く身体重量が架かっていません。
そうしたら、こんな器械でと思いました。
測定結果は、骨のキャラクターのイラストが書かれた
小学生に配布するような測定結果、A4用紙1枚をもらいました。
色づけしたグラフも数値もわかりにくいのです。
ドクターに「これで計れるのでしょうか?」と大疑問でした。
これにこそ、デザインが入るべきだと断言します。
ドクターは何も言いません。私が患者だと嫌でしょう。
骨折時の超音波治療器(とても高額)も認可されて以降(日本はやっと)、
進展がなく汎用的な使用は認められてないし、
また3Dプリンターで固定や装具の対応なんて現場ではやはりまだまだです。
骨そしょう症の薬剤、投薬や注射などもいろいろ見ています。
医工+デザインが必須ですが、デザインは全く認められていません。
私は、医療とデザインにこれまでも注力していますが、
デザイン界にデザイン教育の段階からこの領域を引き続いてもらいたい。
最も、この器機は、ドクターが曖昧にしたとおりに、
企業の保守点検期間が終了でした。ドクターを信頼してはいけません。


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『ミキサーとグラフィックイコザイラーで周波数領域』


   


     1月 28th, 2019  Posted 12:00 AM



最近の商品には、この周波数領域の説明がありません。
私にしてみれば、周波数の20Hz~20kHzがないと
どこかに不安を感じます。
これは私が前回ブログで書いていたAurex SS-320の周波数です。
私がデザインしたAurexの最高製品だったと思います。
528Hzは特別な周波数として、ヒーリング効果、
DNAの修復あるいは熟睡を促すということが発見されています。
また440Hz=A音は、
ギター、ピアノなどの 一般的な調律の国際標準ピッチです。
この周波数をもって、自分の再生音は
16chのミキサーを8chオープンデッキで使いこなしていました。
ミキサーはプリアンプになります。
これはビクターのグラフィックイコライザーを使えば、
スピーカーシステムの音を自由に変えることができるのです。
そして、私は最高の音源を求め、
スタジオでおさめた音に対して「再生音」という言葉は
相応しくないから「レコード演奏」と思っています。
これこそ、故・菅野沖彦先生のことばです。
1970年頃には、ビクターのSX-3が大ヒットでした。
これが、コンポーネントの始めだったと思います。
私はKORGのシンセサイザーで作曲をし、
16chのミキサーで8chから、
さらにグラフィックイコザイラーで4chに落としました。
これが、私の周波数に自由に変化を与えていました。
音大ではなくて、美大出身だからこそ、
周波数特性グラフにはまり、現代の私の作曲をしました。
私のオーディオデザインにも
それが大きく反映したのだと思います。


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『深紫外線の近接場をグリップするそのプロセス』


   


     8月 4th, 2016  Posted 12:00 AM



電磁波にはまだまだ不明点があります。
すでに我々の生活環境にはWiFiが飛び交っています。
さらに、特にインナーヘッドホンからの電磁波、その影響もわかりません。
フォトニクスセンターでの研究は
大阪大学から国際的研究テーマ発信でした。
紫外線からさらに分類して深紫外線=UVA・UVB・UVC、
その中でUVC・265nm、そのLED開発競争を追いかけながらも、
深紫外線LEDは石英ガラスの管の中で
入射と反射での近接場を形成していました。
まだそれでも、自分の試作はアクリルパイプ内での石英ガラス管をグリップ。
フォトニクスセンターから、アクリルパイプ不要論が出ました。
とりあえずは、入手可能な石英ガラスに深紫外線LEDを実装しましたが、
医学界からは、RNAには影響出ないか、不安説に取り囲まれました。
再度、大腸菌からの滅菌調査そしてデザインからの動物実験を開始しました。
きわめて典型的なラット36匹を動物実験機関に委託しました。
2週間での創傷、その治癒状況次第では、この造形言語のデザイン形態が
妥当かどうかが問われていました。
確かにグリップだけでは、指と指の間までに近接場:エバネッセント場の
リングが必要になりました。
これは日本医師会からも指摘されていたことでした。
LEDの開発競争は、何としても日本が最先端であるべきでした。
理由は簡単です。
深紫外線での消毒・滅菌を論文発信したのは
阪大フォトニクスセンターでした。
この業績は論文から製品にしてモノ化する使命がデザインにありました。
看医工学によって医工連携では何も出来ない現実は明らかでした。
医学と工学、さらに工学に保健学で「安全」が、
保健学と看護学で「予防」が、
看護学と医学で「安心」が、これを統合化できるのは、
「コンシリエンスデザイン看医工学寄附講座」の
我々の最先端な統合デザイン学による、次世代デザインの
その手本だと、自分は考えてきました。見本ではありません。

* 『研究棟看板「Consilience Design Interdisciplinary Studio」』
* 『医工連携を看医工学ベクトルとしてさらに強化』
* 『コンシリエンスデザイン学域の統合図解』
* 『デザイン対象となる医療関連の開発について』
* 『ベクトル論理では「何がデザインか」となる』


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『「手洗い習慣」をグリップすれば清潔を手にいれる』


   


     8月 1st, 2016  Posted 12:00 AM



電車の取っ手に触る、初めてのハンドルに触る、
正直、若い頃から手が汚れることに抵抗がありました。
自分にとって最大の不安は感染症です。命に関わります。
だから、外出すれば必ず徹底的に「手洗い」をします。
敗血症、風邪であっても、自分には不安極まりないことです。
触る、グリップすればそれで清潔になる。
アドバンスデザインとしては理想の方式であり、それを成し遂げるのは、
決してデザイナーの力では無理、いや無謀なことでした。
技術進化を待っていたようなことが大学にはいろいろあります。
深紫外線の発光素子LEDの大変な技術競争が入ってきました。
きっかけは、阪大のフォトニクスセンターでの
深紫外線研究、電子顕微鏡での遺伝子検査その遺伝子に深紫外線を照射。
国際的にも最初の論文が受理されると、一斉にその研究が拡大しました。
フォトニクスセンターから、深紫外線で消毒、滅菌が可能ゆえ、
消毒、滅菌のモノ・器具あるいは装置のデザイン依頼がありました。
関連する論文、LED発光素子競争の資料を全て読みこなしながら、
紫外線で殺菌?、紫外線とはいわばDNAを破壊するのになぜ?
この大きな疑問のままに、
一方では、「グリップすれば消毒可能」、
そんなことがもし、本当なら新しいデザインが出来る。
大腸菌に深紫外線のある波長が近接場に入射と反射があれば可能とのこと。
デザイン計画書とともに、プロトタイプの試作に入れました。
このプロジェクトは、工学と医学、そしてデザインが協同、
しかし、看護学、保健学からの支援ということで、
デザインサイドでの動物実験までがデザイン対象となりました。
厳しい中間審査でさらに市場性=中近東の拡大までが検討され、
そのまま、内閣府での審査結果、「製品化発表」にこぎつけました。
「手洗いの習慣」を変えることが出来る。
7月28日、報道関係のTV局2局、大手新聞各社社も集まり、
「記者発表」しました。
「手・掌の日常的な方法を根本から変えます」、
動物実験結果とともに、その最終製品デザインが出来上がりました。
いよいよ、企業への「商品化」、商品アイテムは一杯あります。

* 『天空と深海で何が起こっているのだろうか?』
* 『「手・掌を清潔に」するモノとコトのデザイン実務』
* 『コンシリエンスデザイン看医工学の危機解決対象・MERS』
* 『手の消毒、そんな時代になっている?』
* 『デザインはすでにここまでが必然となっている』


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『災害時の衣・食・住・医・職・趣その不便と不安の解決』


   


     5月 13th, 2016  Posted 12:00 AM



九州大学での「レジリエンスデザインチーム」と
現場におけるこれからのデザイン活動を論議しました。
その結果は、ともかく巨大な「不便さ」を
被災者社会は受け入れざるを得なくなるということです。
熊本現地にデザインチームの「調査」は
予想していたとおり、デザインがなんで調査に関係がある?
この質問に取り囲まれたということからでした。
明確な方向を「レジリエンス」=ストレス・プレッシャーに
克っていく個人とその社会づくりは、
「衣・食・住」にまず、天災は不測の事態が突然襲いかかり、
衣料も食・水、さらに住まいが不足することです。
これはもう一つの「医・職・趣」に関わります。
不潔さは感染症を引き起こし、医療が必要です。
職業は当然、休業になります。それこそ、不利が
その集団を取り囲むのです。
ところが、たとえば救難所では編み棒が欲しいとか、
何をして、災害避難所で編物や刺繍とかが求められるのです。
そうした不備さや、自宅への盗難などの不穏さが、
結局、不平と不満が個人毎のストレスやプレッシャーになります。
不信感と不真面目さを被災者は気持ちにため込んでいくのです。
しかしこれらは自律的な解消を個人個人が自克しなければなりません。
こうした「不平感」は、自律的な克己性を高めなければなりません。
ところが不潔や不足、不備や不利、不穏さは他律性で解消解決が当然です。
「不便であること」と「不安であること」の自律性と他律性をデザインで
すべからく問題解決するというのが、
まさに「衣・食・住・医・職・趣」への災害時・防災のデザインです。
すでに 37大学支援がこのチームにあり、
具体的に防災課題の実例報告が入ってきています。

*『「危機」・ことばの定義について』
*『資本主義、逃走した後の文明と文化の対象』
*『デザイン領域の「統合」による安全・安心・防災・防犯』
*『「不安」が最大なことは被災することである』
*『お月様が見ているよ・・・性善説の人にもどるために』


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『「不安」が最大なことは被災することである』


   


     5月 12th, 2016  Posted 12:00 AM



Resilienceというのは直訳では「強靱化」ですが、
簡便に言い切れば、ストレスやプレッシャーに克つということです。
そこでResilience Designを提案しています。
これはConsilience Designから到達した大きな意味があります。
コンシリエンスデザインのコンセプト発想では無い、
自分では「ライン発想」という新デザインの発想論から生まれました。
精神的な中心には「不安」があります。
この不安を取り囲んでいる、特に重要なことは不平と不満です。
その不平と不満とは自律的に打ち克つ自分流の精神性の強化が必要です。
それをもたらす不足と不測、不備と不利が環境的なプレッシャーであり、
このために不信感は不真面目さを冗長するという構造になっています。
不安は他律的な環境での不利さや不備さを解消することを問題解決する、
それが「レジリエンスデザイン」になるということです。
現在も熊本では、
想定外であったそれも連続している大震災に遭遇しています。
被災地でのレジリエンスデザインは、あの3.11時以後に
国家プロジェクトになって「国土強靱化計画」と言われていますが、
自分はこの計画すべてを調査しましたが、減災とかのいわゆる
コンセプト発想に縛られていました。
したがって、コンセプト発想からコンシリエンスデザインでは
根本的に「ライン発想」では、何と言っても人間の精神性を
強靱化することを基盤にすべきと考えています。
この発想から改めて災害対策のデザインが必須だと確信しています。


*『デザイン講座は制度設計と形態設計での問題解決』
*『論理性と感性の対称性の破れ=パリティ崩壊』
*『日本の国家プロジェクトはとても優れていたのに!』
*『コンセプト主義からの解放=デザインテクノロジスト』
*『「ふくしま」だから未来と絆で、夢のプロジェクトとは?!』


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『人口ピラミッド視覚化で明確な高齢社会の重石』


   


     5月 8th, 2016  Posted 12:00 AM



わが国の少子高齢化は人口ピラミッドの視覚化により、
明白な事実が確認できます。
自分自身が「団塊の世代・s22・s23・s24」の一人として、
この図解はきわめて事の重大さを納得させてくれます。
高齢化というより高齢社会は人口の巨大な重石になっています。
少なからず、1949年生まれの私には2050年はありえないでしょうが、
少子化の重大さは、いくつかの国家的危機を明確にしています。
まず、防衛的問題が政治的にはトップ問題ですが、
経済システムの大変更は
2018年大学問題・国公立私立大学は半分になるでしょう。
入学者数の無い私立大学は不要です。
そしてこの教育問題が産業経済への多大な影響になることは
すでに一般的には暗黙の理解になっていることは間違いありません。
最も重大なことは「年金問題」と「介護問題」がこの少子化の
人口ピラミッドを見れば一目瞭然となります。
18歳からの投票が可能になりますが、彼らの「不安」の中心は、
「政治に荷担しても何も変わらない」という印象から
投票しないという発言です。
しかし、この不安感の実態は「年金」問題もさることながら、
実際は「介護者不足」は2025年には250万人の介護士が必要です。
この実態は18歳には届いていませんから、
彼らの投票参加がなければ「シルバーデモクラシー」になるでしょう。
しかし、もし、投票がインターネットであれば、
18歳人口は彼らのSNSネットワークで、
マスコミ操作不要の新たなデモクラシーが出来上がります。
その時には、ネットワークによる新たなリーダーが求められるでしょう。
その時には自分は逝ってしまっているはずです。

*『日本システムが壊れた理由のひとつ』
*『災害への勇気と希望の世代間団結』
*『世界・世界観変革が始まる』
*『2018年=日本の大学制度は崩壊するかもしれない』
*『忘れた頃にを想定内に!』


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『思考の「思う」という象形文字からの意味』


   


     1月 12th, 2016  Posted 12:00 AM



「デザイン思考」をことば、そして概念として再考するには、
まず、「思考」その「思う」:「思」について、
この漢字の由来=象形文字からの系譜とその意味獲得を見直してみます。
かつて著名な国語学者が新書で「思考」について、
その記述は間違いだらけだったことを僕は覚えています。
理由は簡単で、まず、漢字であることには
二つの意味があることを全く無視していたことです。
現在も僕はこの二つの意味が確認されることなく、
「思考」=THINKINGという訳語が生まれて当然だという認識に
疑問ありです。
二つの意味とは、「思考」というのは古典中国的には
見事な陰陽説が裏付けになっていること、
つまり、陰陽説を適合すれば、THINKING一言に決してなりません。
まず、僕は陰陽説では「思」は、陽であり、
これは全く感性的な思考を意味していることを語るべきです。
その根拠は象形文字に見事に的中していることです。
「思」は「田」と「心」から成り立っています。
そして、「田」という漢字要素は、頭蓋骨をシンボルにしています。
しかも、この頭蓋骨も乳児の頭蓋骨、
その「泉門」を含んで解釈が成立します。
「泉門」は、胎児がすでに羊水に居る頃に、
感性で受け止める反応・認知がスタートするということです。
そしてもう一つの「心」も、心臓をシンボルにした象形文字です。
血管+形態としての袋体、そして2つを明示しています。
この2つの明示は、かつては右心房右心室+左心房左心室だと、
中国時代は解釈されていたのかもしれませんが、
心臓は他の臓器とは大きく異なり、感情がそのまま反映するところです。
それは、ドキドキしたり、不安になったり、喜びで高鳴る、
これは明らかに自律神経の交感神経、
もっと専門的にはβ1とβ2という神経回路が心臓を制御していることです。
確かに、感情が心臓には大きな影響を与えていることになります。
生まれてすぐに働き始める感性と、感じて動き出す感情が表す、
行動が「思う」という意味を与えているとみています。
結局、「思う」という意味には感じとる生来の感性と、
感じ取って生理的な感情が心臓を制御しているということです。
したがって、「思考」の「思」だけでは、
THINKING一言には至らないことは明らかです。
僕はあらためて、「思考」の「思」については、
思いつきこと思い込むことが生まれてすぐに
「思う」という行動に直結していると「思います。


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「1964年15歳だった。2020年71歳時に見られるだろうか」


   


     9月 9th, 2013  Posted 12:00 AM



2020年オリンピック・パラリンピック開催地は東京。
真夜中から明け方まで、TV報道を見続けてしまいました。
プレゼンテーションを見届けて発表の瞬間を撮りました。
この国難、福島原発事故は汚染水の大問題を世界の不安材料とし、
開催地国家への不信感を高めていました。
被災地の方が、とてもこの機運とは別世界にいるという発言は、
私には身につまされる思いにさせられました。
それでも、オリンピックが決定したことは本当に幸運でした。
人生にはやはり喜怒哀楽がこれほど巡り巡っていること。
3.11で私たちは哀しみのどん底に落とされ、
しかも、その後の復興では国民の思想も2分されました。
しかし、私は、この開催地決定が明確に「景気」になるでしょう。
プレゼンを成し遂げた、アスリート、高円宮妃、首相、都知事と、
主体者であった委員のチームワークは素晴らしいものでした。
彼らがプレゼンに込めた願望の下敷きには、
3.11以来、アスリートたちやスポーツの効能性が、
「復興」の大きな力になるという認識を共有していたのでしょう。
人間には、「感激・感動・感謝」という感性サイクルがあります。
そして、感激と感動を最も効能を与えるスポーツと、
勝利を獲得するためのアスリートたちが、
必ず、応援に感謝するこのサイクルの効能性を私は、
デザイン・デザイナーにも好ましく・望ましいことだと思います。
私は「価値」というのは、好ましいこと、望ましいこと。
この定義を語ってきましたからこの決定は「価値」だと思います。
少年の頃、オリンピックがあったことを思い出します。
おそらく、自分の人生でもう一度開催されること、
これは、国難の哀しみに対して大きな喜びであり、楽しみです。
今、確かに不確定で不安極まりない時代、その社会にあって、
スポーツが成し遂げる力をこれからの7年間が過程でしょう。
そしてこれからの7年間こそ、国難脱出の機会になるでしょう。
「危」険を体験した「機」会こそ、「危機」でした。
その解決の大きな一つのきっかけの一夜だったと思います。


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