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Posts Tagged ‘企画’


『レタリングで基本ロゴタイプ・Kazuo Kawasaki® 』


   


     1月 20th, 2019  Posted 12:00 AM



「Kazuo Kawasaki」。
フリーになって、ともかくこれからが、デザイナーとして
「名前を出す」と言うことで作成したロゴタイプです。
天地60mmで、ある書体(不明)を参考にして、
ケント紙上(ホワイティングが可能)で作成をはじめました。
私の作品・企画書・計画書に記載されるこのロゴは、
全てのレタリングの調整を終えるまでに3ヶ月くらいかけて
当時、赤坂の事務所でつくっていたことを思い出します。
最もzの書体が気になり、そのうちの2ヶ月をzの書体を調整しました。
しかし、このロゴタイプは最初は企画書だけに使用していました。
ふるさとの福井に帰ってから、越前打刃物にデザインを導入し、
「タケフナイフビレッジ」のブランディングを手掛け、
デザイナーとしての自分の名前は、表に出さないと私は決めていました。
また話題になってからも、私の写真は掲載しないとも決めていました。
作品よりも、「身障者がやっている」というイメージが、
先行することを恐れてたからです。
まだまだ公然と偏見や差別がある時代でした。
これを出来る限り、作品から抹消したかったのです。
28歳で車イスになり、まもなく70歳です。
そろそろ、思い切ってこのレタリング=ロゴタイプで、
デザインを使用していいのかと思っています。
ちなみに、名前をブランドとして商標登録するには条件を
満たす必要がありますが、
「Kazuo Kawasaki」は商標登録されています。
最近では、企業の製品で自分を売り出すデザイナーが、
多いことこそ、「デザイン本来」を忘れています。


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『バラマキ土産を伝統工芸とは「ふざけるな」です』


   


     12月 2nd, 2018  Posted 12:00 AM



「オリンピック・パラリンピック」の「儲け話」がここまで酷いとは?
伝統工芸品等の東京2020公式ライセンス商品化の案内が来て、
産地がともに盛り上がるのであればと考えました。
そもそもロサンゼルス大会から、商業主義が発生してきましたが、
まったく、違うやり方でした。
私は越前打刃物と越前和紙に、最初は「こうやれば」と望んでいました。
打刃物の産地、和紙の産地にも参加してもらって、
プロモーションになるから、細かく企画を練っていました。
ところが、主導しているのは株式会社47CLUB、
これは全国45社46紙の新聞社でした。
46紙の新聞社が「伝統工芸」に目を向けたのですが、
その契約や流れをみると、技術や後継者を必死に育んできた
「伝統工芸」を使って開発した商品は
「産地名はいらない」という契約です。
私は、「それはインチキだ」、と二つの産地に言いました。
大切な産地を、単に「バラマキ土産」をつくる、
そんなことに巻き込んで欲しくないのです。
「オリンピック・パラリンピック」関連商売として、
新聞社が伝統工芸を利用していると判断しました。
それこそ、和紙の産地は、
世界遺産の当初のエントリーからもれました。
1500年の伝統ある産地ですが、
後継者が地域として育成されていく体制づくりが必要でした。
そういった問題もようやくクリアされ、
「越前和紙」もユネスコ世界遺産の産地です。
が、全然メディア報道がありません。
だったら新聞社で1300年の産地がなぜ駄目だったかを知らせるべきです。
また、越前打刃物は「伝統工芸」では世界的などんな産地よりも活発です、
親方と後継者が産地を、まだまだ高めています。
「オリンピック・パラリンピック」は純粋にスポーツ競技を応援します。
産地とともに、まったく新しい企画をたちあげます!


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『応答商品=使用価値だけのケータイは何を制度化したか』


   


     8月 17th, 2018  Posted 12:00 AM



私はどれだけの「ケータイ」を使ってきただろう。
阪大の研究室を整理するに当たって、これの3倍は使ってきました。
その中で、正しく「使用価値」だけを求めてきた、それも「応答」商品です。
ドラえもんの形、ベンツの形、モトローラの形、それと電子ペンとの形でした。
しかも、それぞれには思い出があります。
ベンツがひとしお面白かったのは、ちょうどSLK230?だったか、です。
親友にベンツのを買ったよ、とか言ったら、
彼は「川崎が使うっだたら成功」と言われました。
どうして?と聞いたら、
これほどのモノに川崎が欲しいというのは自分の企画が成功したということだ。
そんなことを言われたモノでしたが、ちょうどダッシュパネルや、
ブランドマークがブランドが二重構造でした。
ちょうどその頃には、モトローラのしかもブルー地がありました。
これは米国で買いました。まだ出て間もないころでした。
それこそ、モトローラがこの世界を一瞬に変えるだけの企業資質でした。
電子ペンはこれまでは3本あって、ほとんど使われていませんでした。
しかし、私はこれをすべて使いこなしていました。
そして、日本ならではの「ケータイ」はクラブシェル型のモノでした。
それから、どれだけの「ケータイ」から現在の「スマホ」になりました。
しかも、最近では米国、韓国、日本から台湾が関わってきました。
なんといっても「使用価値」だけをデザインだけが求めてきました。
これこそ「使用価値」=応答商品であり、ここに新たな技術投与は
エンジニアのそれこそ「革新」だったのでしょうが、
これも「応答」商品で「使用価値」で「制度化」したのです。


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11月09日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     11月 9th, 2017  Posted 12:00 AM

11月09日 大安(庚子)

製品開発のためのデザイン、
そこには、
まず、問題解決と価値創出があり、
これらは、
企画段階と計画段階があります。
企画と計画には
戦略と戦術がくっついています。



危機解決をめざすデザイン実務


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『猛酷暑お見舞いの絵手紙を描きつつ恩師を想う』


   


     8月 13th, 2017  Posted 12:00 AM



美大時代に仕送りが無くなりそうになると、
主任教授の故米田先生宅に夕ご飯を食べに行くことにしていました。
先生宅では、先生が奥さんに急かされて色紙を時折描いていました。
「川崎、台所からナスやキュウリを持ってきなさい」
「配置が悪い、落款を正確に」とか、
当時、先生は光風会での代表的な画家でもあったので、
先生の色紙は高額だったと覚えています。
そうやって、絵が下手だった私ですが先生には個人的に鍛えられました。
米田先生とはある約束をし東芝入社ほどかわいがってもらっていました。
先生が倒れたとの連絡で東芝ではチーフに借金をして金沢に帰ったのです。
薄暗い病室で先生を見舞ったら先生は病院の玄関口まで見送っていただき、
先生はその一週間後に逝かれました。
この猛酷暑にあたって、「残暑お見舞いします」では無いと思い、
水彩絵の具で大急ぎで絵を描き、筆を取りました。
そうして、私も数種の落款を持っていますが、下手な押し方でした。
こうして最近はもっとしっかりと絵を描こうか、
書をちゃんと書かなければと思っている次第です。
思いついて若手デザイナーと始めた「日本デザイナー書道俱楽部」も
もうまもなく100名になります。展覧会を企画しようと思っています。
少なからず、越前和紙に私専用の絵はがきを発注しようとか、
水彩絵の具とその筆もすぐに取り出せるように考え、
故・米田先生の色紙の描き方を鮮明に思いだしました。
美大では水彩画はしっかりと学んだと思っています。
ちなみに油絵は描いたこともありませんし、
あの油の臭いは好きになれません。
その点、水彩画の絵の具は絶対にこれでないとがあります。

#「日本デザイナー書道俱楽部

* 「お盆・精霊馬の風習は願いを込めて、今年も!」
* 『私は、東芝が大好きだ』
* 『英語に加わったオランダの異文化から美術用語が』
* 『書そして運筆なら空海がお手本になる』
* 「スケッチは能力訓練に過ぎず、逃走訓練として」


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07月31日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 31st, 2017  Posted 12:00 AM

07月31日 友引(己未)

デザイナー展の企画としては、
グラフィック分野が「ポスター」ならば、
プロダクトは「時計」という
常套的な形式も普遍化した時代に入ったわけだ。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』16 時の経過と瞬間


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『「企」とは、つま先立ちして目標を見定めている』


   


     4月 8th, 2017  Posted 12:00 AM



企業というのは何か?、
これを忘れた企業があふれていると言っても過言ではありません。
すでに日本では、かつての商あきないのルールが忘れられ、
企業ガバナンスなるなんともある意味では、
商倫理が反狂した制度だけが温存してしまったようです。
よって、製品も商品も分からず、ましてや企画も計画も区別できない、
そんな企業内日本語が氾濫しています。
「KK適塾」、この最終回で私は、「企画」「計画」を説明しました。
本来、商品をもって企業はその活動を社会化するべきです。
しかし、商品も製品も区別されないモノ販売とその経営の行き詰まりは、
見事にわが国の基幹産業を台無しにしてきました。
私がこの兆候に気づいたのはバブルど真ん中でした。
幸いにして私はApple本社のコンサルタントとして、
米国クパチーノと福井を往来している最中でした。
日本がおかしいし、もはや日本の経済はますます低迷どころか、
やがて基盤産業も失うであろうと予測しました。
一時、リーマンショックがあって、さらに3.11で日本は国土的にも
大惨事を迎え、それは今も南海トラフ、首都直下、竜巻と気候変動に、
日本の自然環境そのものが狂いだし、同時に家電から自動車産業すら、
最早危うくて基盤産業を失ってしまったと言わざるをえません。
果たして、改めて私は「企」について意味と定義を書き残します。
「止」=足跡が屋根印の下にあります。
これは明確に「立ち止まって背伸び=つま先立ち」をしているのです。
ということは、立ち止まって遠くに目標を定めているのです。
つまり、「企」とは未来に目標を定めているのです。
ということは「企業」とは常に
つま先立ちをして未来の目標を見定めているのです。
ということは、企業トップがマスコミ:大衆に向かってお辞儀をして
あやまっている段階でこの企業は
企業の社会的な存在を失っているということです。



* 『GRiD社キーボード位置をどう乗り越えるかだった』
* 『開発コードネーム・Popeyeからの拡大』
* 『メセナフィランソロピーが「ジン」酒造企業ではどうか』
* 「希望を企望に」
*  *産・官・学などありえない!・・・*


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『「KK適塾」最終回での通じていない日本語の話』


   


     4月 7th, 2017  Posted 12:00 AM



私がこの40数年語り継いできたことは、
日本の企業体で実際は「日本語が消滅」していることです。
企業では当然ながら全員が知っているはずの日本語、その肝心の意味が
全く消滅していて、本質的な意味・定義を知ったかぶりしている事実です。
たとえば、「企業」っていう本質的な意味は知られていません。
この基本は「企業の『企』」にあるのです。
よって、企画も計画も実際的内は企業内の会話にどれほど登場しようが、
企画も計画も企業行動・企業活動を真実には支えていないということです。
これは「KK適塾」最終回に私が「企画」と「計画」を再提示じました。
実際、日本のどの大学でも「企画学」も「計画学」もありえません。
書店に鎮座している「企画」または「計画」の書籍を私は随分みてきましたが、
ずばり、「企画」と「計画」この本質的意味・定義をみかけたことは皆無です。
おそらく、日本の企業、それこそ私が社会人としてスタートしたあの東芝さえ、
なぜ、企業存続の窮地にあつかは、幾たびも私は講義もしてきましたが、
まったく企業内ではこの本質的定義を見失っていたことだと確信しています。
ここで私はとりあえず、企業内がすっかり見失っていることば、
それこそ、製品・商品・投資・利益・利得などほとんどの日本語の意味を
すっかり「企業内で知ったかぶり」が蔓延しているということです。
「KK適塾」をこれで3年やってきて、未だにこの日本は、
すでに終焉した繊維産業・鉄鋼産業・家電産業があるにも関わらず、
基幹産業を見いだしていません。
なんだか、米国からの「デザイン思考」が「イノベーション」を
必ず起こしてくれるというムードがBigDataやIoTに繋がっているという、
この印象操作から解放される必要があると次期「KK適塾」では、
詳細に語っていく覚悟でします。



* 『コンセプトから逃走してほしい・・・』
* 『日沈む景観であっても景気はデザインが主導する』
* 『コンセプト主義からの解放=デザインテクノロジスト』
* 『「企画書」づくりが私の休暇の積み重ね』
* 「商人の商売、その物が商品」


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『「活性化」には三つの条件が必要である』


   


     3月 20th, 2017  Posted 12:00 AM



行政とはお役人の仕事です。
お役人というのは「役立つ人」を意味しますが、
日本全国、どこに行ってもお役人に出逢った経験はほんのわずかです。
質問をして最も答えられないことを私は相当に持っているつもりです。
たとえば、企画・計画・戦略・戦術・戦略・福祉などであり、
これをデザインで
私は全てを実証を交えて語れると自負しています。
なかんずく、「活性化」という質問をこのFBでいただいたので、
答えておくことにします。
私はこの基本でこれまで伝統工芸産地・地場産業・大企業にも
デザイナーとして、この論理を大事に定義として展開してきました。
「活性化」というのは高校時代の化学で教わります。
それは、活性化が起こる条件は次の三つだということです。
● 「濃度を高める」
● 「温度を高める」
● 「触媒を用いる」
この三つの条件がそろえば、活性化が必ず起こると言うことです。
私はこれをメタファーとしてとらえて、言い換えています。
まず、濃度とは、知識や知見あるいは経験の質を高めること。
温度とは、皆で真剣に熱くなって取り組むというだけではだめであり、
冷静に主観性と客観的な見方でテーマに取り組んでいくことです。
よく「飲むニケーション」が必要というアドバーザーなどは不要です。
そして、触媒の必要性になるのですが、
これはなんらかの専門家、私の場合はデザイナーという職能、
しかし、デザイナーも間違えば、これは大失敗につながります。
この事例を沢山見てきただけに呆れるような事例を存分に知っています。
先般もある自治体で30億円が地場産地にデザイン戦術が入りましたが、
あの手法はただ、自治体の予讃消化であり、
自治体の役人の海外渡航=遊び出張代でした。
海外でのデザイン展示会を終えれば、その成功失敗などは無関係なのです。
それこそ、地方活性化が叫ばれてきて、
本当に成功した事例はほとんど皆無でしょう。
現在も、私の元には様々な地方のデザイン戦略ではなくて
デザイン戦術が入ってきますが、
無念極まり無く終焉はすぐに発生しています。
「触媒足る」デザイン、デザイナーは選別されなければ、
「活性化」は決して起こらないということです。



* 『サスティナブルであるための原意と欠落点』
* 『ベクトル論理では「何がデザインか」となる』
* 「グローバリゼーションはローカリズムの対極だろうか」
*「風土とゲマインシャフトがグローバルへ」
* 「常識語なのに真意と原意知らずはコンセプト=方針を誤る!」


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『美しさの判定は言語判定での倫理に宿っている。』


   


     6月 21st, 2016  Posted 12:00 AM



おそらく現代も、特に「イノベーション」をとか、
「デザイン思考」だとか、
「ソリューション」という言葉が多用されています。
そこには必ず「コンセプト」という、あたかもデザイン効果があるという
そのような企画が大氾濫しています。
しかし、これらでは明らかにデザイン成果はゼロだと断言します。
企業経営とデザイン=企業デザインと経営のイノベーション、
あるいは
伝統工芸とデザイン=産地活性化のデザインイノベーション、
この二つが明確に自分には見えています。
ところが、これらの成果・成功を、デザインで意図している背景には
「コンセプト」・「ソリューション」・「イノベーション」が
必ず存在していることを最も自分は危惧しています。
「イノベーション」の原意とそこからの歴史を思い出していただきたい。
「ソリューション」のテーマは「問題」でなければなりません。
ところが、ソリューションでの答は応答であり、回答に過ぎず、
そうした答えがイノベーションに成ることは決してありえません。
それらのデザイン成果をあたかも生み出すであろう、
それこそ「デザイン思考」には
ぴったりと「コンセプト」が張り付いています。
観自在からの概念や観念ではなくて、
あくまでも言語性と記号性の問題です。
そこにはstory:物語、argument:議論というライン性が明確にあります。
すなわち、思考のブラックホール、論理の対象性、
これらを破壊する発想は決して「コンセプト」には存在していないのです。
この感性を強化しているのは知性でも理性でもありません。
それは倫理性・倫理観という健全な想像力です。
この想像力は限定された人間にのみ存在していることを判定すべきです。
デザイン意図とデザイン内容に、
「造形言語」と「形態言語」によるデザイン、その造形手法は決して
「コンセプト」や「デザイン思考」はありえないのです。
最大の理由は、デザイン造形でのイノベーションとは、
「美しさ」を判断する倫理性があるかどうかだと思っているからです。

*『デザインは解である』
*『デザインは記号論的な『造形言語と形態言語』での論理化』
*『「形と性能」・デザイン成果=造形言語と形態言語』
*『盤・盆・膳」という文化は木に宿る』
*『現代的アートが象徴していることは企業革新テーマ』


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