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Posts Tagged ‘医師’


『オーディオフェアの「ナガオカ」』


   


     9月 15th, 2018  Posted 7:19 PM



オーディオフェアの写真が無かったのですが、一枚見つけました。
当時は晴海の会場で、私はもう車倚子だったのです。
フリーなって一番心を込めていたのはレコード針の「ナガオカ」でした。
1978年と1979年の見本市・オーディオフェアでした。
東芝在籍中の交通事故からフリーでのデザイナーとしての再起、
オープニング直前の会場に入る私を大きな拍手で
フェア会場全体で祝福してくれました。
いろんな感情があふれ涙を止めることはできませんでした。
当時私がデザインした「ナガオカ」商品が
山形県の東根市の「ふるさと返礼品」に使われています。
昨年、私の描いたパンフレットや企画書があると
デザイン界の後輩に言われ、現在のナガオカ代表とも逢いました。
私の「KK適塾」にも来ていだだきました。
なんでも、ナガオカでは、全てのデザインを一人で
東芝出身のデザイナーがやっていたという話が残っていたのですが、
それが私だとは知られていませんでした。
1978年のオーディオフェアでは、小さなブースでしたが、
翌年は、私のデザインが揃い、これほど大きいブースとなりました。
いよいよCDが登場しその開発に入っていた頃です。
LPレコード店は日本全国に8000店舗で、そのうち5500店舗の
アクセサリー類をナガオカが手掛けていました。
そしてCDに向けての展開提案、私の先鋭的なデザイン案は折り合わず、
また、私も徐々に体調を崩し、医師から帰郷を進められました。
ゆえに、ナガオカの最後のブースになりました。
レコード針では、多分「ボロン素材」は今も売られている
ナガオカの1級品にだけの仕様です。
アナログLPプレイヤー機種については、
私の知識は今の機種ではまだまだ物足りなさを感じます。
最近出てきたLPレコードプレーヤーは、肝心なことが抜けていて
1度試し聴きしてみてそのままです。
LPレコードプレーヤーのゴム盤ではなく
金属やガラスが最高だと考えています。
私は、いい音がもっと聴きたいのです。
これまで積み上げてきた技術や知識の伝統が活かされていません。


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『ユニバーサルデザインってそれが何?』


   


     7月 15th, 2018  Posted 12:00 AM



この病院の三階です。
エレベーターで降りていき、左から右におれますが、
絶対にワイフやスタッフが居ないときには降りられませんでした。
いきなり、どうしてここに病院のツールがあり、
もし一直線での3階から1階までに落ちそうです。
これを何度も伝えましたが、誰もツールを直そうとはしませんでした。
ともかく、この3階からは、いきなり、外を空気を浴びます。
これがおそらく外部に触れると良い気持ちになる、という
ことを医師すら信じていました。それは次回に回すとして、
大抵は、店舗でも「消防法違反」は多数にあります。
それこそ、駅ですらいっぱいあります。
ここがリハリビテーションの病院ならば、
絶対にいわゆる通り道にツールがあって、
それが邪魔になるほどのことは避けなければいけません。
そういえば、新幹線いくつかには車倚子、
それも最小限の車倚子=巾600mmでも通ることはできません。
バリアフリー、あるいはユニバーサルデザイン
=これは最初に,日本政府にレポートを米国から送られてきて
私が書きました。
これが日本全国の大学ですら、
大きな間違いがともかくいっぱいあります。
私なりには「公・自・単・情・安・省・空」で、
7つの法則と米国だから出来ることと、
わが国だから出来ることを言ってきました。
バリアフリーもユニバーサルデザインでは語れないことを
すでに決定までもしてきてあります。
Human Sciences and Advanced Technologyを入れてあります。
今やHUSATと言って理解が出来る国は英国にしかありませんが、
ユニバーサルデザインではなくてHUSATもわが国にはしっかりとあります。
そのことすら知らないで「デザインをする」という行為はあり得ません。
この一直線の階段でしかも最も危険な場所は、
私にとっては空恐ろしい踊り場でした。


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『経営仮説と収益構造にはジェネリック薬品』


   


     7月 13th, 2018  Posted 12:00 AM



入院してそのまま「骨折」をした私でした。
この「骨折」は明らかに病院のスタッフの無知によるものでした。
そうして、この事故はどうやっても訴訟は出来ないものらしいのです。
今の病院では「医師が院長」という悪しきルールによっている訳でした。
この病院は真に理事長は、売れていると思っているデザイナーに全てを任せ、
スタッフの誰に聞いても、使われている洋服は全員「嫌」と言っています。
が、面白いのは「絶対に私からとは言わないで」と念も押されました。
こういう病院が、デザイナーも入っているからということでOKとは、
絶対に同じデザイナー界ゆえに言い置きます。
おそらく、こういうのがビジネスモデルだとしたらということです。
なるほどデザイナーが入ればそれなりにはできるでしょうが、
私は入院した日に「骨折」し、そのために入院期間が長くなりました。
そして、今の病院ではジェネリック薬品が使われているのです。
「循環器系」は米国ではかなり高額になっています。
ジェネリック薬品は確かに良いのですが、
米国では「循環器系」は辞めているのです。
私はこの病院で薬剤師に、これは確かですか?とも聞けず、
ゆえに退院してから、阪大病院ではジェネリック薬品は、
外してもらいました。
ジェネリック薬品は確かに安いのですが、
それこそ「経営仮説」「収益構造」は病院=患者側では無く、
ジェネリック薬品を使用することは、患者の要求は見事切られていました。
おそらく、この病院ではジェネリックは「収益構造」であり、
なおかつ「経営仮説」では当たりまえなのでしょう。
まず、転院した一日目に「骨折」をし、
しかも、私の希望など無視されたジェネリック薬品を使わされていました。
まさしく米国では「循環器系」事態が
値上がりしている構造も無知だったと今では思っています。
なぜなら、デザイナー・建築家が
「経営仮説」と「収益構造」に巻き込まれていました。
私は海外でも入院しているので、
日本のことをしかっりと報告していくつもりです。


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『車倚子の対応=デザインされていない病院』


   


     7月 12th, 2018  Posted 12:00 AM


本当にこのブログを休んでいました。
1月・2月・3月・4/21までを休んでいました。
この間も、Ship of the Year、日本文具大賞、DESIGN TOKYO・
PROTO LAB、と審査をこなしてきました。
あるリハビリテーション・ホスピタルに入院をしていましたが、
これはデザイン界が関わっているので、
理事長がデザイナーの言われるままに進めてしまい、
こういうやり方は「本当にまずい」と考えています。
阪大からその病院に移るとともに、
「足を骨折」するという大失敗=これはそのセラピストにやられてしまいました。
まず、「車倚子の患者」への対応を、
結局は何にも知らないことを改めて知りました。
「一回の入院も知らないデザイナーは
絶対に病院に関するデザインをやってはいけない」と改めて知りました。
そう言えば、初めて国内で(多分)英国人に
エレベーターで「お・も・て・な・し」を受けました。
ともかく「車倚子の人」はこうやって支えるべき、
ということを知ってほしいと思います。
スタッフの衣服は、一応、「綿織物でこれが最高」という訳はありません。
今では医師やスタッフの人たちがこういう出で立ちでは、
リハビリ病院なればこそ、これも全く駄目です。
リハビリテーションゆえ、「リゾート」という言葉をデザイナーが使っていますが、
「リゾート」とは「何度も通える」ぐらい勉強をしてほしいと思います。
ともかく、デザイナーとして売れていることで
「こんなに安っぽい」「病院」は決してやるべきでは無いと思っています。
そうして、来年は70歳を迎えますので、阪大を辞め、研究室を出ました。
が、こんなに作品・賞杯・玩具まであるかと思いました。
これからも、このブログを書いていこうと思っています。
ご笑覧いただきたく思います。


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『KK適塾に医師であり教授であり作家・久坂部羊先生』


   


     12月 23rd, 2017  Posted 1:00 AM




2017年歳末を目の前にして、ようやく「KK適塾」第一回目を開催。
もはや聴衆の皆さんは顔なじみが増えました。
おおよそはプロのデザイナーたちが多いのです。
今回講師をしていただいたのは、大阪大学の招聘教授であり、
医師であるながら作家とし、「破裂」や「無痛」という
医学系ドラマの作者でもある久坂部羊先生でした。
個人的には、久坂部先生とは阪大の大イベントだった
「医の知の未来』適塾175年・緒方洪庵没後150年」で共に講師でした。
その時、私は橋本左内を語り、先生は医師でもあられた父上の死を、
あまりに見事に医療問題として語られました。
今回、まったく画面も使わずに「病気になっても早死にしてもいい生き方」。
PPK=ピンピンコロリというキーワードでした。
さらに、誰もが生きていたいという欲がありますが、
治らないならどう諦めて死を素直に受け入れること。
早期癌発見って何?
癌擬もあるかも知れない?
生検での転移そのものがあるかも?
などなど、医療技術の進化は私自身が毎日体験しており、
私自身、身体障害者1級、心臓障害者1級で、
来年は3回目の除細動器埋め込み手術を受けます。
そういう意味では、理想的な死は毎日考え、
3度重篤状態での臨死経験もしてきました。
おそらく、今も医師であり、何が医療で、その医療を行う医師たちの
いわゆる権威権力闘争を内部告発のごとく小説化されてきました。
私はデザイン界にも、現代社会の中では、
デザインの長所短所、制度化する権威主義は
小説化されていないほどとても遅れた職能だと思っています。
なんと言っても、治る病気は治すが、治らないなら治さないとか、
本当に安楽死なんてこの日本では難しいこと、
病院には行かないという重大決心の実際などを聞かしていただいた話でした。
そうした中で、私はこれまでの「コンシリエンスデザイン」を、
アンケートからもその実務そのものを僅かながら紹介しました。
次回は来年の2月2日に、いわば仲間である東京藝大の若手教授の話です。


* 『芸術工学からコンシリエンスデザインに』
* 「除細動器埋め込み入れ替えより生還」
* 『東京藝大からの二人の講師を迎えて「KK適塾」』
* 『いのち・生きること、命は与えられたもの』
* 「『医の知の未来』適塾175年・緒方洪庵没後150年=大阪大学」


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『いのち・生きること、命は与えられたもの』


   


     10月 22nd, 2017  Posted 12:00 AM




28歳、交通被災にて車倚子、
今は使われていない「廃失」告示を受けました。
これは死亡と同じ社会的な扱いです。
45歳で心臓障害、これは今では明らかですが、
交通被災時に心臓にまで与えた衝撃だったようです。
そんなことから、これは今私が朝だけ心臓障害を予防するための薬剤ですが、
ICD(除細動器)をもう2台目を埋め込んでいますから、
昼と就寝前には2錠剤だけです。多分来年はまた3台目を埋め込むでしょう。
ICDは万一の場合、心臓異変が在れば作動して、一時、心臓を停止させ、
再びそれこそ生き返るわけです。一度死んで、この経験もあります。
朝ともかくこれだけの錠剤とICDで生きているということです。
交通被災後には40歳までと言われていましたが、
これで、3度、重篤=多臓器不全死近しの経験もしました。
例えば、医師の国家試験は「人を傷つけていい=メスを使う」検定での認可。
薬剤師は「毒を使ってもいい=薬は毒でもあります」から国家認定です。
私は毎朝これだけの薬と車倚子を見詰めています。
正直、面倒な生き方をしていると思いますが、
医学・薬学・歯科学が私たちの命を護ってもらっているのです。
私のテーマである「いのち・きもち・かたち」の「ち」思想は、
私のこのことから、デザインに反映させているのです。
だから、例えば身しょう者を愚弄する場合は、いのちがけで闘います。
だから、身しょう者・病人への明らかに商売人は「敵」だと思っています。
もし、「差別化戦略」を平然と商品企画で使うなら、
私は絶対に許さず立ち向かうことにしています。
差別ではなく、区別ともっと品格がある分別を強く要求します。
人間は、私も40歳までと言われながら、もう車倚子生活40年です。
そうしたことから考えると、人間は強いと思います。
私は障がい者であるのも身体障害・心臓障害があっても生きています。
先般も、もう絶対に生き返らないと思っていた人が、生きのびたのです。
現在の私には車倚子・ICD・これらの錠剤、
そして徹底的に歯のメインテナンスで身体的な命を繋いでいるのです。
命は、自分のものではないのです。
「生きること」は与えられたものだといつも思っています。
自分の「ち」は美しいいのちで逝きたいと思っています。


* 「毎日の喧嘩相手は薬だ、日常的な自分との喧嘩でもある」
* 『愛着と愛用がデザインの全体価値である』
* 「健康は失い薬づけだが幸運なり」
* 『AEDとICD、街で見かける除細動器と私の体内除細動器』
* 「除細動器埋め込み入れ替えより生還」


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『モーツァルトのピアノ協奏曲で鍛えられたSPデザイン』


   


     9月 5th, 2017  Posted 12:00 AM


金沢美大時代に主任教授故・Yちん教授からの質問は、
「川崎がやりたいのは何か?」と聞かれました。
「音でシンセサイザーが出てきたから、あれと光のデザインです」と回答。
「分かった」という一言で、私は東芝行きが決定しました。
他企業も受ければ受かるだろうが「君は東芝に私が決めた」の一言断言。
東芝では総研に元来は医学博士・医師 故・K先生が音響研究所トップで、
「君か?、どうせクラシックの知識はゼロだな、これから鍛える」、
この一言で、楽譜は読めたので、徹底的にモーツアルトのピアノ協奏曲は、
暗記させられ、ショパンもピアノ曲は、
試聴時にこれは「誰のOpus何番のどこだ?」と一年やられる毎日でした。
今ではすっかり忘れていますが。
それでも「川崎の耳は左右同レベルのdBがいい」とは言われていました。
しかし、Aurexにはスピーカーシステムの不文律が
K先生(聴覚生理学)に、徹底されていましたが、
私はどうしてもこの不文律ではヒットしないと説得に説得をして、
すべてのデザインを任されて商品化したSPがこれ二機種でした。
当然、ボックスの塩ビシートは微細なコンクリート仕上げ風をデザインし、
これも営業を説得、木目調からの脱出を図ったモノでした。
また、SPのサランネットは当時はニットで、それはふるさと福井の
ある繊維メーカーにまで出かけて発注しました。
これは退社時には、チーフにもらっていたので私の愛機であるJBL4343は、
この自分デザインシートに代えました。
だから、当時の銀座セブンや全国のメインショールームは、
提案もインテリア設計からイベントでも、
このスピーカーシステムを壁面に積み上げてデビューさせました。
だからAurexブランドでは一番ヒットさせたSPシステムです。
幸い、一組は今も所有していますから、丁度、自分のデザイナー30年目で、
金沢21世紀現代美術館では「Artificial heart・川崎和男」展では、
副題の「いのち・きもち・かたち」では、一室にこのSPを配置し、
あるいたづらを仕掛けました。いたづらに気づいたのは、3人だけでした。
このSPシステムは今もオークションにマイナーチェンジが出てきます。
オーディオでは現代音楽・ロックからクラシックはK先生に鍛えられました。

* 『医工連携など妄想である!』
* 『私のJBL4343はフリーになってからの私を見てきた』
* 「音からデザイン役割を語る基礎として」
* 「日常性の『闇』から開放させるオーディオ」
* 『オーディオ界で出逢った新技術と二人のエンジニア』


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『家具デザインの「家具」定義を変えるべきだ』


   


     9月 1st, 2017  Posted 12:00 AM



若い頃は、ともかく思いつけばデザインすることに懸命でした。
それはなんとしても当時は「時間が無い」という身体的な制限でした。
ところが気づいたら40歳を超えていました。
東京からふるさと福井にもどったのは、
リハビリ病院で告げられた統計的な
20代後半での胸椎損傷者は40歳までという医師からの示唆でした。
正直なところ、それを感情任せに患者である私に統計表で言い放たれました。
まだ当時はインフォームドコンセント、それが認められている時代ではなく、
私がNewsweekを読んでいると、
「読めないくせに格好つけるな」なんて、
(こいつ、私が工場勤務というだけで、学卒と思わずよく言えるな)
この思いは今も心の片隅に残っています。
インフォームドコンセントの歴史性は医学部で講義をしてきたぐらいです。
ふるさと福井で自分から飛び込んでいった伝統工芸産地では、
ともかく様々なデザインの製品化をしていったのです。
これは越前和紙でつくり上げたオータキペーパーランドでの作品でした。
製品アイテムとしては家具ゆえに、海外展にも展示は搬送費で不可能でした。
さらに当時にはとても商品化は無理ゆえ、写真で実寸モデルを残したのです。
まず、私は越前和紙産地ながら当時、最高と言われていた土佐楮に
金粉の流し込み襖紙の製作から開始しました。
そして木製のいわば家具らしきモノには、ペーパーランドの皆が驚きました。
当時有名だったインテリア雑誌の編集長から、
「相変わらず激しいモノをデザインするね」と笑いながら、
「川崎さんのは、これ買えるなら買ってみろっていう家具だからな〜」って
言われる有様で、商品化には全くなりませんでした。
が、この構造はまだ誰も気づいていませんから、
そのうちに商品化をするつもりでいます。
家具デザインは現代でも進化の形跡はそれこそ新素材がこれほどあるのに、
まったく感心できるモノがありません。
それは家具は旧態依然これでいいという風潮があり、
大手それもびっくりするほど廉価な大型店では、模倣?いやもう盗作、
こうした商品が多くて、デザインが果たしている実装や構造構成が
本当に少ないと思っています。
それは日本の「環境デザイン」は建築よりでしかなく、
韓国KAISTでは「環境=ロボットとともに」ゆえに
環境デザインはロボット・AIを存在させる空間のデザインになっています。


* 「KAIST=韓国科学技術院の先生を招いて」
* 『「森羅万象悉く紙なり」とは神と死に直結している』
* 『和紙は越前和紙ぬきになぜ語れるのだろう!?』
* 「韓国の勢い・16茶より17茶という意気込み」
* 「KAIST・韓国科学技術院での講演」


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『学校での美術教育では教えないことを入院児に』


   


     6月 11th, 2017  Posted 12:00 AM



大阪大学医学部附属病院の一階フロアには、展示コーナーがあり、
近郊都市の美術・写真・書などの同好クラブの作品が展示。
ほぼ一週間に一回、私はじっくりと見ています。
そうして附属病院小児科病棟には、
約80名の子ども達が入院していますから分校なのです。
医師はもちろん看護師さんだけではなく、
CLS=チャイルドライフスペシャリストという米国で資格取得された方もいます。
この資格取得はまだ日本での教育養成大学はありません。
私はこの病院に入院児たちの展示作品の絵を楽しみに観にきています。
随分前から、入院児たちの「絵」を見て、ここには分校にまでなっていますが、
日本の美術教育に疑念があっただけに、
私がプロとして「絵」を教えれば、絶対に日本の美術教育ではない、
それもデザイン教育>美術教育の基礎力を与えられると企画しました。
CLSの担当の方と打ち合わせをして、ともかく「実現」をやっと出来ました。
入院児たちは、体調でプレールームに来られる様子は毎回異なることや、
白衣は怖がるなどで、私の寄附講座だけではなく、
もうひとつのバイオ系寄附講座の教授、准教授も参加いただき、
とりあえず、「絵」のもう根本的で絶対に学校教育では
スケッチの本当の役割のスクールを私が実演=絵を描く方法を教えました。
4歳の子から中学生まで10名には、
黒板メーカー・馬印と時計メーカー・タカタレムノスから、
黒板と時計ユニットは、この企業も大賛成で協賛していただきました。
いわゆる患者でもある子供たちだけではなく、
親御さんにも、「なぜ絵を描くか」なども、
看護師さん、CLSさんにも協力をしていただきました。
基本を教えたら、手の描き方、顔の描き方、身体の描き方はどうするの?、
と言う質問も飛びだし、直ぐに私は実演でその質問には
「絵の基本と描き方」を実演してみせました。
4歳の子はすぐに理解し、初めて黒板には、ブドウ?だね、と言えば、
絵からブドウを私の手にも分けてくれました。
「自分のマーク」もと思って、
名前を聞いたらかわいい女の子:絶対に美人になる子からは、
「もっと教えにきてくれたら教える」と言われてしまいました。
もう時間だからと言っても辞めない子には「デザイナーになれるよ」と、
励ましたら、「ドクターになるから」とか言われる始末。
でも、ドクターも絵を描くから受けたとか。
みんなの瞳がキラキラしていました。
私は「入院したり大きな手術をしたけど、プロから教わった」、
その思い出を与えたかったことと、
入院している子供たちみんなが希望している、
大人には予想もしていなかったコトを知らされ、
デザイナーとしてなんとか実現を目指そうとかや、
黒板への想い、時計への想いを教えられました。
なんとか入院したからこそ出来る
このスクールを連続させたいと思っています。


* 『芸術工学からコンシリエンスデザインに』
* 『黒板メーカー・馬印が実現してくれた「価値」』
* 『まだ私デザインHOLAは動いているしかし無情合掌』
* 『最も基本・バイタルデータの「体温」はデータ化してきた』
* 「心電図波形が意味すること・意味されていること」


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『手話通訳という職能はボランティアでは無い』


   


     10月 23rd, 2016  Posted 12:00 AM



まだまだ自分には不明なことが多いのですが、
確かに、この専門分野がプロフェッショナルであるべきと思いました。
昨日、研究室に「手話による医療通訳士」の方々が見えました。
正直これほど大変な仕事があるだろうかとビックリした次第です。
最近は「手話」が報道や講演会などでは見かけることが多いのですが、
なんだか、「手話」というのはボランティア活動に見られてしまいます。
かくゆう自分にとっても、ボランティアに思えていたことは確かです。
果たして日本語世界での手話なら聴覚障害者にとっては有効なことです。
日本語の世界観の中ではようやく見慣れた風景にはなってきましたし、
それらはボランティアだという認識が自分にもありました。
しかし、医療場面で、それも多言語であれば、
医学用語もあれば、聴覚障害者の外国語を手話で理解し、
医師なり、医療従事者に通訳をして、再度、患者の方の言語に、
それを手話で伝えるという職能が、プロフェッショナルであることは
絶対的に当然のことです。つまり、それなりの報酬が認められるべきです。
自分自身が身体障害者・心臓障害者として、障害者差別を受けてきた、
その体験は数限りなく持っています。
そうしたことから、PKD=Peace-Keeping Design で、
具体的には、ワクチン接種や途上国へのメガネ配布などを
クリントン財団やオクスフォード大学との共同研究によって、
新しいメガネ開発をデザイン対象にしてきましただけに、
この手話通訳の職能育成には協力どころか、
やっぱり存在している既得権問題を露わにしていく覚悟です。


* 「メガネ革新の核心がはずれた商品は不可」
* 『ワクチン経鼻デバイスから社会システムの変更を』
* 「PKDの途中報告
* 『非常事態宣言の街=パリにて、決意!』
* 『デザインディレクター・職能名の定義をしておきたい」


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