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Posts Tagged ‘実存性’


6月4日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 4th, 2020  Posted 12:00 AM

6月4日 仏滅(戊寅)

いわゆる世界の名作椅子には、
何らかの象徴性あるいはシンボル性が
内在しているから、
内在化させられる実在性が
生まれてくるわけだ。



倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』19 ビュー・ポイントからのミス・ブランチ


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「都市=祭司センター文明の指導者資格」


   


     5月 29th, 2011  Posted 12:00 AM

文明のデザイン。
これまで、デザインは文化創成のため、
最も重大な職能というのが私の考察。
私はすでに世界システムによる文明は、
さらに、農業・工業・情報という進展から、
ますます高密度化する都市機能に対するデザインを
先端的な統合・包括デザインと意図してきました。
ところが、一瞬にして、
しかもわが国・日本の「文明が崩壊」したのです。
だからデザインの再編・再構築を余儀なくされています。
「都市革命」という言葉で、
石器時代から農耕文化を定義したV.C.チャイルドが、
都市と文明を最初に定義し語ったという記憶があります。
しかし、歴史的には都市は祭司センター的な集落であり、
近世から現代の都市文明とはまったく異なっています。
文明と文化が同一されていた時代が区分される発想、
この始まりが、「都市」と「文明」がキーワードでした。
「都市」は明らかに、自然と二つの関係・構造があります。

■ 自然が与えるとてつもない脅威から解放されること
■ 自然に対して生活の快適さを求めるため破壊すること

この二つの構造をも破壊するのは、天災と人災でした。
だからこそ自然への畏敬に祭司=政が重要でした。
祭司センター=都市ということに納得できます。
したがって、文明、とりわけ都市文明の破壊と破滅は、
人間が、自然の脅威=災害によって、
自然放置され、人間の本質までを問い直されるのです。
それは、現代文明に到るまでに培わされた文化的人間性、
人間としての社会的存在性・実存性・自己同一性など、
こうしたことが問われるということです。
そして、最も、問いかけ直されているのは、
現代都市文明の為政者、
それはかって都市=祭司=政センターであった指導者、
その存在価値の再確認が行われるということです。
自然と文明を司る指導者の存在価値が、
厳しく問い直されるのは当然のことだと思っています。
私は現政権ではとても文明の再構築能力は、
まったく文化的にも持っていないと判断しています。


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『資本主義からの逃走』
「資本アイテムの再整理は、新たなイノベーションを誘発・5」


   


     4月 4th, 2010  Posted 12:01 AM

結論
私は三つの実存的な認識論をデザイン手法の背景にします。
循環性
まず、イノベーションは、単なる「技術革新」というのは、
ひとつの局面的な解決行為であり、解決方向でしかありません。
本来の意味には、経済=経世在民を維持するための意欲、
その活性化、それは循環性でした。
簡潔に言い切れば、「景気」という日常感覚の社会生理感であり、
そのままの実存性で語れば、「生きがい」や「働きがい」です。
したがって、再度、なぜ技術革新と直結しているのかといえば、
技術・技・術という行動規範や意欲活性化の方法と思います。

私たちの環境の要因には、
物質・情報・エネルギーが要素、その基軸性があります。
それぞれの軸性が、
活動的な時間性や経年性が加われば、要因化します。
この要因化へ向かう循環性がイノベーションと理解可能です。
アポリア
ところが、この循環性を遮断し、
到底維持も実行も不可能化することを「アポリア」と言います。
もし、循環性=生きがい・働きがいの停止は「死」に至ります。
実存的には、絶望であり、死に至る病と言われました。
現実、技術進化は常に「遮断性」が待ち受けています。
循環性の停止が不可避事態が発生します。
その時の姿勢は二つしかありません。
積極性と消極性
その事態への積極性と消極性です。
この極性から考えれば、
技術を受け入れるか、技術を拒否するか、の二者択一です。
最も顕著であるのは、
エネルギー技術論に反映していることは明らかです。
積極性の分離対決こそ誘発因
その実例が、「原子力運用」に関する賛否両論議の熾烈さです。
原子力技術は、問題解決をアポリアとする消極論と、
問題解決の技術推進への積極論は、
問題解決の技術停止への積極的な反対論が、積極論を分離しています。
私の判断は、この原子力技術の推進・対・反対という積極性、
この対立が、イノベーションの反発誘発だと考えることこそ、
最も知的なデザイン手法が主導するイノベーションの、
レトリック、あるいはメタファーとなるものと判断しています。
デザイン態度
したがって、デザイン態度、すなわちイノベーション支援は、
技術革新への姿勢としてのデザイン手法を明確化する、
その分離積極性の有無こそ、結論だと思っているわけです。
エネルギーによっての、物質と情報へのデザイン手法が、
現在最も論議を決着し、緊急的な具現化の創出が求められているということです。
デザインによってのみ、イノベーションの誘発は、
いわゆる文理融合であり、分離融合とさえ断言できます。


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