kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘富の分配’


「資本主義からの逃走」
 「企業理念の具現化のために、世界観の再概観化から」


   


     2月 18th, 2011  Posted 1:37 AM

日本株式会社のリストラ
企業C.I.より、現代はブランド戦略です。
私はこの現象に日本企業の混乱をみます。
それは、日本企業の国際的立場が揺らいでいることです。
しかし、これには二つの理由があると私は考えています。
■ 日本企業はそのまま日本の政治程度を体現しています。
つまり、日本の政治力が不安定になっていることに起因していることは間違いないでしょう。
無論、それは日本人すべてがその選択をした責任を自覚しておく必要があります。
さらに今や「政治」あるいは「政治家」という職能そのものが崩壊していることです。
三島事件の予知は当たっていたと私は思っています。
日本が敗戦で背負いこんできたトラウマや、敗戦での成功体験に囚われすぎて、
そこから解放されてはいないことをもっと自覚すべきだったのでしょう。
■ 日本の資本主義が、再検証を受けているということです。
これまでの日本独自の資本主義だけではなくて、
特に、先進国家すべての資本主義に終焉期が来ているともいえます。
これらも国際政治基盤の「富の分配」その再考に先進国家すべてが怠惰だったのです。
揺らいでいる世界観といってもいいでしょう。
結局、この二つの理由がウロボロス状態となっていること、
これがデザイナーとしての観察結論であり、職能的見解です。
日本が背負い込んできたトラウマから解放される
このままでは新たな企業理念は創作されないと断言をしておきます。
あらためて、日本企業の国際化や文化再構築を企業理念化すべきといっているのではありません。
もっと、事態は深刻です。もっと、大きな問題解決前に佇まされているわけです。
この状況を、日本株式会社、
その資本主義から解放させるべきだと問題提起にしておきます。
「企業」そして「企業理念」を書き直す時代だと自身を問い詰めることだと考えます。


目次を見る

『資本主義からの逃走』
    「 富の分配意図、その実験国家だったわが国」


   


     9月 6th, 2010  Posted 12:00 AM

敗戦で決定づけられたこと
わが国の敗戦が招き込んだことは尊大かつ甚大でした。
日本の生活習慣から伝統的な精神性までが全否定されたとも考えられます。
しかし、そのショックは、米国流の資本主義体制で癒されました。
私の世代は、大きな冷蔵庫、家庭に一台の車、IVYスタイルのファッションに憧憬しました。
癒されると同時に、日本人の復興意志も強大だったと考えます。
すでに敗戦、それも2度にわたる原爆被災は「敗戦のトラウマ」になりつつも、
復興意欲は積極果敢だったのです。
しかも「戦争回避」・「専守防衛」での「平和志向」は、
人間としての正道だったことも存分に納得できます。
軍産複合体の解体は資本主義の本来は正義性あるものだったと私は考えますが、
結局は、理想主義となる資本主義が試されたのは、
国際的には日本だけだったという判断も可能です。
資源無き島国の民族、その存続を「資本主義」にあずけたことは、
抗えない敗戦国の運命だったのでしょう。
敗戦ショックとトラウマでの喪失
現代、失われた10年と言われますが、
それは資本主義の実験国家としての成長が10年しか続かなかったという評価が可能です。
「富の分配」は確実に、この10年間は「中産階級」を基軸とした、
倫理性と治安ある国家体制を構築できました。
けれども「貧しいこと」から脱出するには、
「拝金主義としての資本主義運営」を信仰し過ぎた結果を、今、目の当たりにしています。
家族崩壊・個人権利の保全・義務放棄しながらも自由権利の主張など、
社会意識、資本主義経済での生産下意識主義は歪曲されてきたのです。
資本主義の拝金主義は、金融経済中心に偏向していることへの抵抗もかなわぬままに、
さらに地球環境から国際関係でのわが国の立場は、
「経済成果として世界経済への分配」負担だけを受け入れる意識構造になっています。
わが国の資本主義は、見事な先進的技術による「モノづくり」国家になりました。
しかし、貿易の基本ルールは、あくまでも、キリスト教的背景のある資本主義体制です。
中韓アジアでの新たな「モノづくり=貿易体制」は、
急激な変貌下にあります。日本はそのモデル国家だったことも明らかです。
私は、資本主義の実験国家としてのわが国は、
敗戦ショックと敗戦トラウマで喪失している、わが国の伝統文化の再考と再興を訴求する次第です。


目次を見る

『資本主義からの逃走』
  「マスカレードとして、ペルソナとして、
  日本株式会社だったのか」


   


     11月 6th, 2009  Posted 10:00 AM

ロシア革命に、日本も相当に荷担していました。
さらに、ロシアを敵対した日露戦争は、
真逆に、
私はソビエト連邦の共産主義を強化したようです。
1917年から1991年にソ連は崩壊しました。
おおよそ75年間の共産主義が終わった、
と言っていいでしょう。

そこで、私の見解は、
1991年12月25日のソ連崩壊は、そのまま、実は、
資本主義の勝利だったわけではない、という見解です。
ソ連崩壊とともに、対峙し対決してきた資本主義も、
終わってしまったのです。

むしろ、なんとか、資本主義では不可能であり、
共産主義では、ある種、
共産主義という宗教観にも似た制度では不可能という
その中庸性である社会主義的な
社会主義性を再考するという思考拡大が
世界観として、資本主義先進国家はできなかった、
ということに気づくべきだったのではないでしょうか。

そこには、
民主社会主義と言ってみたり、
自由民主主義での社会的公平性の不可能さを
世界観が、避けてきたのではないかとさえ、
私は思います。

私は、日本が資本主義を標榜していたのも、
敗戦での後遺症だったと思うのです。
「日本株式会社」は、「社会主義」を隠匿し、
隠避していた仮面国家が、発展したのです。

仮面劇・マスカレードとしての
「資本主義国家・日本」、
だったのではないでしょうか?

あるいは、
仮面・ペルソナとしての
「社会主義国家・日本」、
そのマスカレード・対・ペルソナを
見事に演じた民族性が
連綿としていたのではないかと私は考えています。


目次を見る

『資本主義からの逃走』
 「BOPの概観からの問題意識」


   


     10月 25th, 2009  Posted 8:00 AM

世界の人口はやがて70億人に向かっています。
ところが、45億人=全人口65%の人は、
年収が3万円から20万円です。
一日の労働対価が、1ドル、2ドルの人々が
45億人いると言ってもいいでしょう。
ところが、ヒエラルキーのトップゾーンに1億人。
この人たちの年収は、最低ラインで200万円。

bop2
日本はやがてこのゾーンから
年収150万円が予想されていますから、
決して、トップゾーンの国家ではなくなりつつあることも
事実として受け止めなければなりません。
「Bottom of the Pyramid」 の中間ゾーンには、
20万円から200万円の年収の人々が、23億人です。
そして、
この人たちに対しての「民主主義」が
政治体制は制度か、どうかは、
はなはだ容認しがたい面があります。
45億人の世界では、
食糧危機・飢餓・水不足・感染症・麻薬・エイズなど、
「生死」そのものに直結した問題があります。
23億人の世界では、もはや「資本主義」では、
ほとんど解決不可能の問題が覆い被さっています。
それなら、
トップゾーン、1億人は「豊かで幸福か」といえば、
決してそうは言えません。
が、このゾーンを特徴づけていたのは、
「資本主義」+「民主主義」だったのですが、
このイデオロギーが、もたらしたのは、
結局、
69億人を犠牲にしたの「富の分配」と「格差」でした。
これは明白な事実です。
敗戦後の日本は、年収20万円でした。
そこから、日本の「資本主義+民主主義」が、
「正当」に正しかったのかどうか、
ということを確認することが問題意識だと、
私は思っています。


目次を見る