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Posts Tagged ‘支援’


『「DESIGN TOKYO」では台湾製すべてが5点入賞』


   


     6月 30th, 2019  Posted 12:00 AM



「DESIGN TOKYO」の審査をしました。
そして最終10点の現物審査を、発表前日審査員全員でやりました。
この10点中に「日本製」は2点のみでした。
この2点はこれが選ばれると審査委員が共通で選んでいました。
鋼を包むパッケージとスピーカーですが、
惜しくも受賞に至らなかったのには理由があります。
前者は、素材にアルミニウムが使われていました。
塩害も駄目、それこそ梅干しをアルミに押しつければ、
一晩でアルミが傷みます。
鋼のためには、それこそ下面には孔が要ります。
さらに重要なことは、
「スタイリッシュに持ち運ぶ」をうたう前提として
鉄砲刀剣類所持等取締法の刀剣類の基準に
慎重に対応すべきだということです。
後者については、周波数特性の表示がスピーカーシステムでは
評価ができませんでした。
私は、キッチンナイフもスピーカーも自分でやってきていますから、
大いに業界がデザインで盛り上がることを期待しています。
という訳で、「日本製」は悉く残念な結果となり、
受賞5点はすべて「台湾製」に決定してしまいました。
最近の海外のデザイン賞でも、「なぜコレが?」と受賞製品を見ています。
グランプリ含め5点の製品は、書道の文化、
アラビア書やアップサイクルの視点とともに、
現代技術も台湾がとっても勝っています。
国をあげて戦略としてデザインの教育あるいは支援が実っており、
一方日本のデザインは相当に遅れています。


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11月24日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     11月 24th, 2017  Posted 12:00 AM

11月24日 仏滅(乙卯)

わが国のデザイン発展史は、
産業による国家強化の
大きな支援制度史にも
なりうるわけであり、
産業、経済の位相に寄りかかる以外の
手法を見い出すことには
思いもいたって来なかった。



川崎和男の発想表現手法


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「哀しみのデザインから楽しみのデザインへ」


   


     8月 14th, 2017  Posted 12:00 AM



1989年にあるメーカーいくつかの支援で、
私デザインの車倚子を名古屋にて発表をしました。
それはアルミハニカムコアの車輪、これはセスナ飛行機の羽根部蒸着炉と
すべてチタニウム溶接、ゴム製でのエアー制御のローホークッション。
これは世界的な評価を受け受賞と収蔵になり、MoMAのコレクションです。
以来、この車倚子を乗り越えたモノはまだ無いと判断しています。
しかし、私も年齢とともに身体には変形が起こるとともに、
電動がとても重宝するようになりました。
最初の車倚子デザインは「哀しみにデザイン」を掲げました。
デザインは喜怒哀楽を主眼とすべきがテーマでした。
そして、このところは「楽しみにデザイン」を主眼として、
電動車倚子=これは私の足ですから全くの「一人称デザイン」です。
今では電動車椅子が多種多様に商品化されていますが、私の評価では、
肝心のいくつかが全く気づいていないことが多すぎます。
デザイン賞授賞であっても「これは歩けない老人には」使えるでしょうが、
とても脊髄損傷で、頸椎・胸椎での障がい者には「全く使えないモノ」が、
やたらと氾濫していて、私はデザイナーである前に障がい者として、
絶対に認めるわけにはいきません。交通や建築のとの不都合さが増大し、
ユニバーサルデザイン?、バリアフリー?、これが私の気持ちです。
そんなことを解消解決するには、ひたすら新素材の開発と、
美大同期の光野氏がシーティングエンジニアリングにて、
三つの方向を組み立て、そのスケッチもすべてiPad上で行っています。
三つの方向は
● シーティングエンジネアリングでの「身体保持性能と機能」の高度化
● 電動車椅子として超軽量の折り畳み可能な「走行性能と効能」の充実
● 前輪駆動によるインバーターと無線化での「インターラクション効能」
これらがすべて障がい者補助者への機能に合致させるべきと考えています。
さらに、iPadでのスタイラスも決定してきたことです。
今iPadでのスケッチでとても有効なことは左右利きなので、
右手でも左手でも本当にペンシルスタイラスで何枚も描けることです。
ただ困難だろうと予測していることは、
新素材や新しいキャスターなどの支援出来うる技術企業の発見です。


* 『哀しみのためから楽しみのための電動車椅子開発へ』
* 『二人称のデザインをめざす超軽量と収納性の車椅子開発』
* 「車イスデザインのための文脈づくりに気づく」
* 『超軽量で収納コンパクトな電動車椅子をめざして』
* 『 インクルーシブデザインとは「人称デザイン」である』


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『防衛戦術は敗戦といえども硫黄島からの寛容慰霊』


   


     6月 29th, 2017  Posted 12:00 AM



日本の国は3.11で天災と人災で東日本は壊れてしまいました。
私自身、飯舘村にて新素材デザインの現地実験で確認をしています。
また、拉致被害者も北朝鮮から奪還も出来ません。
「負けたなら、結局、勝てば官軍のごとく」、
未だに嫌がらせを受けているということです。
歴史史実に戻ってみなければなりません。
やむなく、日本が敗戦にならざるをえなかったこと。
硫黄島での米国と日本の戦いは、今でも映画化されるほど、
第二次世界大戦終結の戦いであったことと、
米国軍約7000名と日本軍約22000名の両慰霊に米国も日本も
憎しみを捨てて寛容なる平和を求めました。
これこそとても大事なことを私たちは語り継がなければなりません。
大戦終結に向かって米軍は5〜7日で硫黄島制覇を戦略化しました。
ところがとても困難でありどれだけ日本軍が強かったかを
私は克明に語り継ぐべきだと思っています。
米国は当時、あの新型爆弾=原爆で決着をつけるほど強かったのです。
だから硫黄島なんてというまさに日本軍を全滅の「戦略」であったようです。
しかし、とてつもない陸軍の統率力と
狙撃銃の「戦術」を駆使した日本軍だったことを
私はここで何度か書いてきました。
その戦術はM1カービン銃(下)と九十九式狙撃銃(中)の性能差こそ、
日本軍の策略、すなわちデザイン戦術であったことです。
MIカービンの射程距離550mと九十九式狙撃銃射程距離3750mで
しかもそれこそ村田銃(上)技術開発からスナイパーたる日本軍の狙撃技術、
その高度さは米軍の戦略には無かったことです。
現在、イラクでのイスラム国での戦闘をTVで観ていて、
なんと馬鹿げた戦いであり、人間の寛容さを喪失した戦いでは、
それこそ、これからの無人戦闘員ロボット設計の哀れさに愕然とします。
このロボットには「ひたすら敵を殺す」というしかもAI開発とは呆れます。
はっきりと明言しましょう。
拉致被害者の奪還は軍事策略からの防衛戦術です。
私は現時点で防衛戦術を支援します。


* 『軍備産業の機能・性能・効能を廃止する哲学が要る』
* 『ネットワークの保全として「暗号」の再デザインを』
* 「神の国は、アジアを開放したということ。」
* 『毎夏、再自覚決心の日』
* 「暗号解読の論理演算からコンピューターが始まった」


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『あの日からもう22年なんだ。』


   


     1月 18th, 2017  Posted 12:00 AM



1995年1月17日だったんだという記憶は、
畝曲がった高速道路がフォト・メモライズしています。
「阪神淡路大震災」から、そうなんだ、もう22年も。
この日早朝に私は福井で相当に揺れを感じて、
(間に合わなかった)という思いでしたが、まだ父も健在でした。
災害向けのデザインを用意していました。
それでもApple社とキヤノン販売とはまだ繋がりがあり、
神戸の友人には、e-Mailだけでしか連絡が出来ませんでした。
それでもキヤノン販売のコピー機とApple社からの支援を
私がメールを出すと、早々に受けたのを思い出します。
人は、楽しい思い出はすぐに忘れるものですが、
余りに悲しくて哀しい思い出は、月日を重ねる度に強まります。
未だ恩師にはこの年に「大学人になります」と言うことになるのです。
この1995年から名古屋に通い出して翌年開設される名古屋市立大学の
芸術工学部に就任するとは、この震災時には思ってもいませんでした。
Machintoshで仲良くなった神戸の友人たちとはメール連絡だけでした。
後々、今、阪大の研究室は被災を受けなかったということでしたが、
周囲にはコンクリート道路にいくつものひび割れを教えてもらいました。
あの阪神淡路大震災から、わが国は3.11東日本大震災、
もう連続して大震災を日本列島あちこちで受けています。
フォト・メモライズされてしまったクネクネとした道路の記憶から、
大地震という天災と向き合わなければならなくなったのです。
大阪にいると、「あの震災の時」という話はよく耳にします。
今日、また涙する被災者の方々の「鎮魂」の姿を見詰めています。
日本列島は、まだまだ大地震を控えているのです。



* 『あれから20年・・・阪神淡路大震災のこと』
* 「自然との喧嘩・調和などありえない」
* 『「不安」が最大なことは被災することである』
* 『熊本大震災への新たな瓦屋根材のデザイン開発』
* 『危機解決学としてのコンシリエンスデザイン』


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『HUSATとInternet of Medical Thingsのデザイン言語 』


   


     7月 5th, 2016  Posted 12:00 AM



美大時代からの盟友・光野有次氏はデザイン対象でも同志です。
彼の唱える「シーティングエンジニアリング」は、
人間工学を超えて、これこそわが国にやっと登場してきた
HUSAT= Human Sciences and Advanced Technologyの
主要なデザイン工学。
自分は車イス生活者として、
体型が変形してきたことを全て見せて、
彼からの大きな支援を受けられることはとても幸運です。
正直、学生時代から人間工学には不信感をもってきただけに、
今回は自分がモデルケースとなって、これを体系化していけるはずです。
人間工学の統計的な平均値からの設計論には大きな偏りがありました。
自分の経験では、まずヘッドホンのデザイン設計からその疑問があり、
メガネフレームのデザイン設計では
幸いにして眼球を解剖出来る立場だったため再確認出来ました。
車イス設計では自分なりのHUSATでデザインを実務実現しました。
しかも体型の変形・高齢化ですっかり自分がモデルになることが可能です。
彼自身も車イス設計から海外製販売会社の日本支店長経験もあり、
現在の特に電動タイプには大きな違和感を持っています。
ユニバーサルデザインを最初に国内に持ち込み、結局、
ユニバーサルデザインはHCD=Human Centered Designに変更しました。
これこそ、HUSAT+HCDをConsilience Designへと、
自分自身の車イスで実験して実務化できます。
まさに造形言語としての「シーティングエンジニアリング」は、
形態言語としてのHUSATされたデザイン内容と効果が生まれると考えます。
しかしながら、すでにデザイン工学としての人間工学は終焉していることを
強く訴求していかなければなりません。
IoTがInternet of Medical Things=IoMeTの骨幹に、
「シーティングエンジニアリング」が成立することは間違いないでしょう。

*『ユニバーサルデザインの原意』
*『座姿勢の複合制御性能とその機能化からのIoMeT』
*『「コンシリエンスデザイン」名詞格を接頭語にした新概念』
*『ヘッドホンにはヘッドホンアンプ必要なり』
*『ヘッドホン選別の私のポイント提案です』


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『熊本県シンボルをレジリエンスデザインが表現する』


   


     6月 30th, 2016  Posted 12:00 AM



九州は今、また豪雨がやってきます。
熊本は地球環境の温暖化どころか、
日本列島の天災を集中的に受けています。
「レジリエンスデザインチーム」で、デザインの役割を実務化。
調査も地道にしながら
建築基準法や気象情報などを根本的に変えるべきでしょう。
これまで「強靱化プラン」は
机上の論理という自分の指摘は間違っていませんでした。
デザイン実務は熊本震災での支援を、たかだかマークとかワッペンですが
これが大きな力を持っているとデザイナーは確信しているはずです。
とりわけ「レジリエンスデザイン」は、
万一、天災あるいは人災があってもそのプレッシャーやストレスには
決して屈しない、負けない、心理的な精神面を支えます。
「レジリエンス」という言葉を知ることによって、
人間一人一人が精神的に強く、それこそ強靱になるのです。
人間が強靱になるには
国土としての土木面を強靱化することも大事ですが、
最も大事なことは「シンボル」を持つことです。
熊本にはいわゆる「ゆるキャラ」と言われるくまモンはありますが、
お役所仕事としての認可など待ってはいられないのです。
その変わりとしての熊本県シンボル=楠・竜胆・雲雀がありました。
コピーは「負けるな・泣くな・生きるんだ」に、
このシンボルを合わせて利用することで、熊本での体験こそ、
わが国にとって、さらに先進国家として、
地球環境上での「生きのびること・最悪な事態」に
自分自身のレジリエンスを
強靱化していくことができるはずです。
私たちは熊本での被災への哀しみを日本全体の経験として、
それを国際的に訴えていくのです。
楠・竜胆・雲雀それぞれの熊本シンボルはまさに一つのシンボルです。
レジリエンスデザインはたかがワッペンですが大きな力を持っています。

*『レジリエンスデザインを熊本に差し出す』
*『東日本大震災のNHKジャーナリスト講演から』
*『権威権力者を「演じる覚悟」を見せた建築家』
*『泣くということ・喜怒哀楽の基礎感性行動』
*『稲穂と麦穂、どちらを選ぶか』


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『パリティの崩壊=アレルギー関係の教示がデザイン思考』


   


     6月 25th, 2016  Posted 12:00 AM



理系から文系へ、文系から理系へ、
このリニア的な教育プログラムを「デザイン思考」とした手法は、
あたかも最適に見えていましたが、
デザイン=問題解決とその解答には「美」が決着する必要がありました。
それはパラボラ的な教育トレーニングが必要でした。
なぜなら、デザインによる問題解決には、
デザイン思考を支援する、造形化が義務だということを、
リニア的なプログラムでは無謀でしかなかったのです。
そこで、理系文系を学術系とし、その対称性に芸術系を配置したのです。
それは、リニア、パラボラ、さらに、対称性の崩壊により、
プライミングエフェクトという想像力を育成しました。
それは「美的」な解決を目論むというデザインそのものでした。
これは思考を超え、論理をふまえた倫理性あるsilienceでした。
だから当然として、学術と芸術は統合してconsilienceとなり。
その統合意欲を失えば、resilienceで支え直さねばならないことになります。
この対称性の崩壊、あるいはパリティの崩壊をサークルとする
ラインの創成でした。
consilienceとresilienceは、
あたかもアレルギー現象になっているのでしょう。
翻って見直せば、学術と芸術は、
互いに抗菌と免疫の関係だったのでしょう。
デザイン思考は、学術と芸術のアレルギー関係であることを
教示してくれたのだと自分は結論づけています。

*『「パラシリエンスデザイン」でのプライミング効果予』
*『デザイナー能力の格差が拡大している』
*『100円ショップの廉価性と品質性と影響性』
*『マスクか、ペルソナか、マスカレードか、今のデザイン』
*『論理性と感性の対称性の破れ=パリティ崩壊』


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『災害時の衣・食・住・医・職・趣その不便と不安の解決』


   


     5月 13th, 2016  Posted 12:00 AM



九州大学での「レジリエンスデザインチーム」と
現場におけるこれからのデザイン活動を論議しました。
その結果は、ともかく巨大な「不便さ」を
被災者社会は受け入れざるを得なくなるということです。
熊本現地にデザインチームの「調査」は
予想していたとおり、デザインがなんで調査に関係がある?
この質問に取り囲まれたということからでした。
明確な方向を「レジリエンス」=ストレス・プレッシャーに
克っていく個人とその社会づくりは、
「衣・食・住」にまず、天災は不測の事態が突然襲いかかり、
衣料も食・水、さらに住まいが不足することです。
これはもう一つの「医・職・趣」に関わります。
不潔さは感染症を引き起こし、医療が必要です。
職業は当然、休業になります。それこそ、不利が
その集団を取り囲むのです。
ところが、たとえば救難所では編み棒が欲しいとか、
何をして、災害避難所で編物や刺繍とかが求められるのです。
そうした不備さや、自宅への盗難などの不穏さが、
結局、不平と不満が個人毎のストレスやプレッシャーになります。
不信感と不真面目さを被災者は気持ちにため込んでいくのです。
しかしこれらは自律的な解消を個人個人が自克しなければなりません。
こうした「不平感」は、自律的な克己性を高めなければなりません。
ところが不潔や不足、不備や不利、不穏さは他律性で解消解決が当然です。
「不便であること」と「不安であること」の自律性と他律性をデザインで
すべからく問題解決するというのが、
まさに「衣・食・住・医・職・趣」への災害時・防災のデザインです。
すでに 37大学支援がこのチームにあり、
具体的に防災課題の実例報告が入ってきています。

*『「危機」・ことばの定義について』
*『資本主義、逃走した後の文明と文化の対象』
*『デザイン領域の「統合」による安全・安心・防災・防犯』
*『「不安」が最大なことは被災することである』
*『お月様が見ているよ・・・性善説の人にもどるために』


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『存分なデザイナー能力が性能・効能・機能を編集表現』


   


     4月 30th, 2016  Posted 12:00 AM



編集者としてのデザイン、デザイナーとしての編集、
あるいは、デザイナーという編集者には
いわゆる
写真・イラスト・グラフィック・タイポグラフィ・レイアウトという
あらゆる表現手法が、デザイン発想を支援する性能があります。
これは小誌の性能を感性刺激としてくれるもう一つのデザイン能力です。
その代表誌は、いわゆる一般的なデザイン誌ではありません。
つまり、表現者がデザイナーであるという効能性を担保している小誌です。
これは著名であるデザイナーN氏の才能が可能にしている
デザイン戦略です。
したがってN氏と自分との年齢差は丁度10年という大先輩ゆえに、
これからの10年を指示してもらうと同時に
やはりデザイナーになるためのトレーニング時代はほとんど同一でした。
とてつもない厳しさに耐えてこそ、デザイン能力が鍛えられてきました。
この同一な体験があるからこそ
この小誌が訴求している全てを受容できます。
デザイン表現がデザインの性能をしつらえ、
デザイン効果がデザインの効能を仕組んでいることを知ってこそ、
初めてデザインが常に機能性で語られる一般性を拒否出来ます。
これからの自分の10年、その大きなヒントを得ています。
編集者でありデザイナーであるからこそ仕上がっている小誌には
デザインの性能と効能があるからこそ、
デザインと機能の関係が明白です。

*『ハーバート・バイヤーを忘れた「デザイン風」の闘争』
*『ようやく出版されたDEO=デザイナーのあるべき職能観』
*『ロゴタイプ書体その基本ルールには伝統がある』
*『誤解されたデザイン=デザインは意匠とともに問題解決』
*『デザインは機能美ではありえない』


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