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Posts Tagged ‘整理’


『キーワードは形態言語としてのデザインにある』


   


     9月 19th, 2017  Posted 12:00 AM



おそらく私の蔵書は宝物だと思いました。
恩師に大学人の間は持っていなさい、と、このことを守って、
3000冊に絞り、自宅地下には書庫があってまだあります。
しかし、そろそろ整理をしなければなりません。
そんな時にこの「キーワード辞典」がありました。
独立して若いときには読みに読んだ本です。
もう黄ばんでいますし、いくつもの付箋や書き込みもあります。
なんといっても、この本が書かれた理由は
今でも私の中には鮮やかに残っています。
そこで、今でも出版されているのかを探ってみたら
この二冊が見つかりました。(右2冊)
この本で私が明確になったというのは、時代のキーワードは、
実際はデザイン形態= 形態言語が最大のキーワードなのです。
学術的には、論文には文体形式にキーワードを五つ選びます。
それが論文のインパクト係数になって、これが論文引用や、
新規キーワード扱いになっています。
しかし、これは時代を動かすほどインパクトなどありません。
もっと明言すれば、論文で時代が支えられることは学術の偏見なのです。
理由は論文に「美しさ」があるのはほとんど発見不可能なのです。
むしろ、芸術作品は現代から未来を指しだしています。
私は最近やっと、「機能美=デザイン」、この背景である機械主義、
この大間違いに気づきましたが、これが理解されるのは若冲のごとく100年後。
ひょっとすれば、100年後に地球があるかどうかもわかりません。
私は「機能美=デザイン」が崩れたと認識しています。
「デザイン=機能美」でもありえず、
私は機械主義を捨て去り機器主義の時代に入っているわけです。
だから、器能主義と機能主義が情報時代にはこの二つがあること。
機械主義は機と械ははっきりと機械は隠れている
武器生産の機械下意識主義=インダストリアリズムがあります。
インダストリアリズムは終焉していますから、
器能と機能が性能と効能を決定づけることになるのです。
「キーワード辞典」がなぜ、準備されたのかは、
第二次世界大戦後の世界づくりのキーワードを集めたのです。
私は「器能美」と「機能美」を性能と効能、
そして価値をデザインが創出するでしょう。


* 「資本主義から離脱してきたデザイン」
* 「数理造形から見えてきたAtom時代の終焉 ・02」
* 「機関車の魅力=鉄道の魅力に潜むデザイン論理」
* 「初音ミクが象徴している近未来はアンドロイドなんだ!」
* 『芸術工学からコンシリエンスデザインに』


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『美しいモノ、バウハウスでのデザイン・チェスセット』


   


     8月 25th, 2017  Posted 12:00 AM



このところ、自宅や自宅倉庫、そして阪大研究室に収蔵している、
ともかく私の「美しいモノ」を整理し始めています。
これまで、持っていることはずーっと知っていましたが、
使ったことがありません、それはバウハウス期の「チェス・セット」です。
「チェス」については、思い出、
それは映画の「華麗なる賭け」でそれも二回、リメイクまでされた映画、
なぜなら、そこからチェスを学び、しかも相手はいつもパソコンです。
ちょうど先日から自宅でNeXT Stationを発見したら、傍らにこのセット。
本当にわくわくして開けてみたら、新品のままでした。
チェスセットは、私がApple本社で、デザインコンサルタント時には、
「Mind Top」のユーザー向けにこのセットをモデル提案までしています。
無論、プレゼでは「華麗なる賭け」でのチェス場面が余りにも美しかった、
その思い出はAppleでも通じました。
しかし、今は日本の将棋ブームに乗っていて、
私が将棋雑誌まで読んでいて、その自分にびっくりです。
ともかく、どれほど「美しいモノ」を自分が持っていたかということで、
自分デザインは常に「美しさ」でデザイン=問題解決だったことです。
となると、勿論、伝統的な駒もいいのですが、バウハウスのコレは流石です。
それでは、日本の将棋、そのモダンデザイン化は?、
一度チェスデザインしましたが、以来、自分デザインには、
将棋も私のデザインテーマになっていると告白しておきます。
しかし、将棋の駒、その基本形態では大きさと駒それぞれの格付けなど、
困難なことはとても多いようです。
それでも当分、このテーマは抱いておこうと思っています。
無論、自分デザインのゲーム盤はチェスと同じで、駒の造形テーマは?
とても困難だと実感しています。


* 「『華麗なる賭け』のように・・・とはいかず」
* 『勝てないけれどiPad上での将棋とチェスゲーム』
* 「デザインはその発祥から政治的な政策思想だった」
* 『GRiD社キーボード位置をどう乗り越えるかだった』
* 『民藝の美とデザインの美は区分分別されていた』


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『インク、インク瓶を初めて整理しました』


   


     8月 9th, 2017  Posted 12:00 AM



インクを実は初めて整理をしました。
ともかくもはや使いそうもないインクやすでに蒸発しているインクなどを
整理をしてみたら自分が好んで使っているインクのメーカーも分かりました。
まず、ほとんどが黒であり、ブルーブラック、そしてなんと紫系。
ようやくインクだけをまとめました。
メーカーも極めてインク瓶ではモンブラン、インク色質ではペリカンですが、
なんと地場産業であったブラックです。
ともかく、あるときには使いもしないのに、
色インクの多色系に心惹かれていた時もありました。
文房具となるとデザイナーというプロ意識が働いてともかく使いたいのです。
この色インクの特性をここまで厳密にテストしている雑誌が日本にあります。
「趣味の文具箱」でのインク色だけではなく、紙から文具一般にかけては
この雑誌は最高です。
編集長には「デザイン雑誌」が本当に良くなくて、
一度、デザイン系雑誌出版をお願いしたら、
「その前にオーディオ系」と言われてとても驚きました。
結局、オーディオ系でのアクセサリーでも相当に知識・見識があります。
オーディオにおける詳細な情報が、実はインク色の分析から、
それに見合った万年筆など評論はとても優れた雑誌でもあるわけです。
出版での評論には、まずモノに評価テスト、この厳密さが不可欠です。
最近のオーディオ雑誌は評論家も抱えながら、
私には全く納得できませんが、
それ以上にデザイン系雑誌はデザイン本来の意味もわからずが多いと、
私は判断しています。
だから川崎は厳しくて怖いと言われるのでしょう。
全く構いません。デザインしたモノが証明しています。


* 「書くための万年筆の真の意味」
* 『民族の色彩呼び名・黑色を万年筆で確認する』
* 『ずばり、自分ぴったしのモノ世界のモノマガだ』
* 『万年筆で顔料インクがありえるのだ』
* 「書く道具にはなぜか心惹かれて」


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『長期使用と所有を見越していたワゴンの存在』


   


     6月 17th, 2017  Posted 12:00 AM



最近の商品、そのデザインでの造形デザインは
何かが欠落しています。
このワゴンは、もうどれほど長期にわたって商品として、
特にワゴンアイテムでは代表格になっています。
私にとってこのデザイナーは、学生時代から追いかけてきた人物です。
したがって、私世代にもイタリアでデザインを学んだ人には
彼の事務所出身者が何人かいるくらいです。
「ボビーワゴン」の愛用者は世界中に相当いるでしょう。
かつて、私もスタッフには、デザイン用具一式はこれだけとし、
Macintosh512kをスタッフ一人一台の時代もありました。
今、自宅にはこのワゴンがあります。
しかし、このデザイナーの代表作としてはこれよりも良いモノがあります。
もし、このデザイナー名を出したら、
せめて代表作を五つぐらいはあげてほしいのです。
したがって、デザイナー名をここで出すことをあえてやめておきます。
このワゴンが登場した頃には、建築界でも「カプセル化」という
造形言語が生まれた時期だと思います。
正直、もう40年近く使ってきて、
私はこの使い勝手がしっかりと分かった気がしています。
最も最近では、このワゴン、あるいはサイドテーブルとしては、
まあまあ3点程度しか無いとすら思っているのです。
大学人になって以来、私のデザインワークでのモノ、
それはまず作品はとても難しいモノが多いのですが、
デザイン作品の審査をしていて、最終的に審査委員長として、
たとえばグランプリを決定することに追い込まれると、
二つのことが見えてきます。
それは審査委員の美的見識力があったかどうか、です。
もう一つは、選別した評価知識が存分であったかどうか、なのです。
このところ、三つの審査を通して、総評、さらには受賞作評価を書いていて、
自分が使用し所有するという基本に対しては、
時代的にはもう一つあるようです。
それはモノの存在が生み出すライフシーンというコトのデザインです。
言い換えれば、情報、あるいはアプリケーションやそのアルゴリズム、
あるいはプログラム化なのです。
この審査チームだと、コレを選ぶかも知れないという期待感、
その真逆の失望感があります。
そんな時、かたわらにあるこのワゴンの中を整理しようと思うのです。


* 『イスと空間、空間の質量を自在化するデザイン』
* 「エレベーターは徹底的革新必要」
* 『「アノニマスデザイン」の代表例に選んだモノが消滅』
* 『デジタルペンは効能性の再考である』
* 『大物主神から事代主神、このコンテクストの卓球台』


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『レジリエンスデザインチームで少しでも支援を』


   


     4月 19th, 2016  Posted 12:00 AM



熊本の地震状況は日毎に悲惨さを増してきました。
正直、何も出来ません。
自分のような車イス使用者は活動停止を強いられます。
九州の障がい者の知人たちからも実情が届きます。
現地の崇城大学で教員の後輩、九州大学の元私の准教授が
中心になって「レジリエンスデザイン」活動をしています。
そこで、大阪大学で中核整理をしたwebsiteに、
いくつかのデザイン系、建築系の大学からも支援を受けて
「レジリエンスデザインチーム」をつくっています。
何が出来るかといわれても、デザイン・建築の教員とその学生で、
少しでも「レジリエンスデザイン」の知恵を集めることが出来るはずです。
レジリエンスとは、ストレスやプレッシャーに、
身体的・精神的に克てること、それをデザインできうると考えるからです。
自分はコンシリエンスデザインを提唱して、
その対象の一つにレジリエンスデザインがあると主張してきました。
しかし、「まさか」ということが熊本、九州で発生してしまいました。
九州大学では丁度、「レジリエンスデザイン」がデザインテーマだけに、
即、実務活動でその実績を上げていってもらいたいと願っています。
改めて「レジリエンス」がデザイン・建築で再補強されると思っています。
自然、その天災は、とてつもなく人間を活動停止させてくるものです。
しかし、人間は天災のストレス・プレッシャーに克たなければなりません。
そんなチームになってほしいと素直に期待しています。


*『コンシリエンスデザイン看医工学の学際化』
*『あれから20年・・・阪神淡路大震災のこと』
*『コンクリートから解放されること・今世紀のテーマ』
*『Consilience Design Phenomenaの形態・制度設計の効用』
*『「土地の記憶」は鳥居の位置その変遷にある』


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『Max Billの賞杯があったことを思い出した』


   


     3月 24th, 2016  Posted 12:00 AM



僕は自分の作品を自宅などに置いて使ったり眺めたりするタイプではなく、
置いた方がよければ、というタイプです。
しかし、最近は自分の作品どころか、デザイン賞受賞での
その賞状や賞杯を整理もしたくて
整理を始めました。
そうなってくると、私が最も気にいっている賞杯は、
ドイツの彫刻家でありデザイナーの「Max Bill」デザインです。
これは年号も調べ直すべきですが、多分、1985~1990年?
ドイツのミューゼオロジー賞をいただいたモノです。
受賞の知らせは、突然、ドイツから入り、
賞杯が「Max Bill」デザインと聞いて大喜びした思い出があります。
しかも、彼のアイディアはピタゴラスの定理であり、
自分がテーブルデザインで辿り着いていたアイディアであったことです。
この定理は、単純に、3:4:5の三角形、
正方形が各辺、9:16:25の組み合わせでした。
正直最近は、あったはずのモノなどが、
デザイン試作・モデル・作品・賞状・賞杯などは、
あるはずと悠長に構えていたら、
在るべきモノが持ち出されていて慌てています。
しかし、今、この「Max Bill」デザイン賞杯を見てちょっと安心です。
そろそろ整理すべきMacintoshのハード機器も
それなりに収集してきました。
これらの整理は、そのソフトウエアも見つかってきて
重大なひとつのアーカイブになる気がしています。
昨日は若いときに懸命になっていたLPレコード集のHP実現を知りました。
これもこれからここで紹介をしていきたいと考えています。


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『曼荼羅図に「思」と「考」を配置して論理を確認する』


   


     1月 11th, 2016  Posted 12:00 AM



「デザイン思考」=Design Thinkingというビジネス論が流行しています。
まず、僕はこの流行批評を云々する前に、
「思考」という「思う」+「考える」という言葉の周辺を
金剛界曼荼羅:3×3:に基づいて、「思」と「考」についての
論理を整理します。
「思考」とはあくまでも日本語であり、これがいきなりThinkingとの邦訳は
決して僕は成り立たないと考えます。
その最大の理由は、デザイン+思考であり、
デザインの思考、デザインという思考、デザインのための思考などを
デザイン=問題解決・価値創出・未来創成を
明確にすべきだと考えるからです。
まず、「思考」と「考思」があることと、
そのための論理構造を曼荼羅分析で整理する必要があるのです。
僕にとってこの金剛界曼荼羅に配置されたイメージシンボルは
きわめて重要だと考えるからです。
決して、この配置を思っているのではありません。
「考える」ことと「思う」こと、の配置から、
それぞれのことばの意味と意義を
僕は思考の論理背景に置くべきだと考えます。
この配置からは簡潔にThinkingで邦訳が正確なのだろうかと、
まずは疑ってみるべきだと僕は考えます。
「思う」ことは
感じること、意識すること、考えること、熟考し認識するまで
この二つの曼荼羅は明確に僕たちの再考を促してくれると
僕は認知し、認識することがやっと完結すると思うのです。
この「思い」は感じて知ってまさに思識や思念、考査や考定に至ります。
日本語の概念考察は観念の熟知と認識を位置づけてくれます。
僕は40余年もプロのデザイナーとして、
デザイナーの思考方法がビジネス世界でも有効であると思ってきました。
だからたとえブームである「デザイン思考」を否定はしませんが、
さらに「デザイン思考」を止揚させる必要があると考えるのです。
その止揚に至ったのは、この曼荼羅的な概念あるいは観念の配置です。
「思考」あるいは「考思」を成立させている認知と認識の思量や考慮は
確実に再度、この曼荼羅配置で再考することから
僕は開始すべきだと考え思うのです。
つまりそれだけ人間には「思い」・「考える」という認識、
そこには知識・知恵の世界があるということです。


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『前頭葉での発想ソフト使用は無能さを露呈する』


   


     11月 8th, 2015  Posted 12:00 AM



脳科学というのは、私のような素人にとっても
とても興味深いどころか自分の「能力=脳力」とさえ考えます。
とりわけ私自身がこだわってここが肝心というのは、
「前頭葉」です。
そして、絶対にこの前頭葉が麻痺していくことは知り尽くすべきです。
なぜなら、前頭葉の言語・計算・行動決定などは、
ずばり発想に関わっている創造脳力野=創造葉と私は思っています。
そして、この前頭葉の動きが実は停止する傾向になることと
前頭葉訓練、
この両方を決定づけているコンピューターソフトについて、
それほど克明なエビデンス=医学的な調査とその結果証明が必要です。
が、このことを全く伝えられないままに、
あたかも、たとえば企画=発想、その着想方法やそのためのソフトは、
すでに限定されていることを私は絶対に記述しておくべきと考えました。
ずばり、これはPowerPointとKeynoteというソフトウェア使いに
明確な回答があるということです。
この影響は明らかに表れてきています。
私は学会や講演会では、そのほとんどがPowerPointです。
しかも、PowerPointで素敵なグラフィック画面など
これまで見たことがありません。
せいぜい、Video映像がそれも1〜2画面以上は見た事無しです。
当然です。PowerPointで3画面が動くというのはありえないでしょう。
しかし、Keynoteなら8画面しかも音響はその度に変更可能です。
実際、PowerPoint1.0はMac白黒ソフトであり、
PowerPoint2.0でカラーになってMicrosoftのソフトになりました。
その時に、NeXTではLightShowが動き、私は日本でのApple10周年の、
記念講演では、このソフトを、Digital EquipmentにはNeXTを使いました。
その後、Macにジョッブズがもどってきて、Keynoteが生まれ、
今や消えてしまっていたMagicなる簡易アニメーション機能ありです。
つまり、前頭葉の発想機能を刺激し、発想するがゆえに使えるソフトは
Keynoteですが、PowerPointは整理やまとめソフトには使えても、
前頭葉は動かないということは明らかだということです。
前頭葉=発想は、どちらのソフトであるべきだろうか、
前頭葉刺激ソフトこそ、
使用者の脳力=無能さを表しているということです。


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『硯箱を整理しながら・・・』


   


     10月 21st, 2015  Posted 12:00 AM



硯箱を整理しています。
硯石も私の収集物の重大な一つですが、
そろそろ、いくつかに分けて使おうかということです。
これは自宅用ですが、硯や硯箱、文鎮や和紙刀は
江戸時代から使われてきたものであり、
手入れはどこまで出来るかですが、和紙刀は象牙製です。
和紙刀の素材で象牙は、
ワシントン条約で今は象牙素材を使用不可能です。
この硯箱はほとんど手紙用ですが、巻紙で書面をいただく人は
今では数人になってしまいました。
和紙は、雁皮、楮は越前和紙を自分用に発注出来ることは幸運なことです。
最近、和紙は三つの産地、それも 1300 年前の産地が選ばれたことには、
福井県選出の参議院議員と文科省の担当者から経緯を聞きました。
私は全く理解していません。
三つの産地に限定されたユネスコ認定は何か変です。
そういう意味では文化関連をユネスコが認定することは間違っています。
この硯はじめ文房四宝という文化が失われて逝くと同時に、
なぜ、ユネスコが遺跡や文化、さらにはデザイン都市まで認定するのかは
もはや時代遅れだと言わざるをえません。
さて、もう一度、硯箱に話をもどせば、手紙を毛筆で書面を作ること、
これはとても重大なことですから、
私は伝統工芸産地にはうるさく、特に若手を教条的に説得しています。
私はこの硯箱を手本にして、あと三つを自分使用に作り出したいのです。
一つは祖父の遺品の硯、硯石、水差しです。
また、もう今では作者もいなくなってしまった鳳足石の硯石です。
これは福井県小浜市の若狭塗りを支えた硯石であり、
鳳足石とは水戸光圀が名付けた赤系と青系の二種があります。
もう一つは、出張用というか、最も小さな硯箱がありますが、
これに最適な硯石を探しています。
書は、まさにカリグラフィーです。
つまり、文字を美しく書く行為ゆえに、この文化を日常化すること。
この大切さを護りぬくことで、硯石、硯箱、和紙刀、毛筆、水差しは
日本の文化、その根幹だと思っています。
それだけに和紙文化の中心であるユネスコの文化認定権は、
何か変だと私は思っています。
そして、文筆での書面手紙が再興してくれることを
心から願っています。


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『何がデザイン思考かは終わったのだ』


   


     10月 4th, 2015  Posted 12:00 AM



デザインはエンブレム問題・盗作問題・Gマーク問題で
一般的な不信を背負ってしまいました。
これは未だにデザイン=問題解決の手法というより、
デコレーション・装飾性や付加価値性が強いからです。
一方では、「デザイン思考」これなどはスタンフォード大学からの
借り物に過ぎませんが、私はユニバーサルデザインを
米国から持ち込み、その定義を政府に提示した一人です。
しかし、ユニバーサルデザインも誤解され、
ヒューマンファクターデザイン:HFD、UXデザイン、
インクルーシブデザインなどの大勘違いを指摘しました。
そうして「デザイン思考」に行き着いたわけですが、
この借り物を「コンシリエンスデザイン」にしました。
根本は、March 11.2011東日本大震災から、
気候異変・感染症増大に対してのデザイン実務背景を整理しました。
これは文科系+理科系をさらに学術+芸術にして、
信頼学・価値学・保健学・防衛学を加えることで
安全・安心・防災・防犯へ。
デザインを危機=危険時を機会として
解決を図るデザイン実務文理学際学にすることが可能になります。
危機解決では、リスク:起こるであろう危険だけではなくて、
クライシス:起こってしまった危険との、両方の危険回避と解決を、
デザイン実務に向けるという論理的な図解も、
学術と芸術の学際はデザインに集約するという段階に至りました。
実際は大阪大学大学院の医学系研究科にこの寄附講座を設置して
後期からは私が授業をやり、社会的には「KK塾」を
霞ヶ関にある大阪大学の分校的な場所で講座を開設します。
講師は、私がすべてのとりまとめをしますが、
選び抜いた講師陣を配置することになっています。
「KK塾」は、以前は大阪で実施してきましたが、
どうしても東京でという
この要請が強いことや講師陣を東京にも拡大することができます。
「デザイン思考」が例えば、医工連携+デザインになってきましたが、
私が看医工学という、保健学がきわめて真の人間学、
それは環境化(人工:ロボットや情報と自然との調和ではない)に
最適であることをこの図解では、明確になっていると考えます。
当然にPKD=Peace-Keeping Designと「完全無菌」対「抗体保健」を
なんとしても3.11復興と気候異変+感染症防止に向ける開発は
年内には、「デジタルアッサンブラージュ」としての
機器装置からロボティックス情報環境づくりで
これがデザインであるという、
デザインと何らかの発想を大転換できると考えています。


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