kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘理想主義’


『SNSを創造的破壊させるデザインが必要だ』


   


     7月 3rd, 2016  Posted 12:00 AM



BBS= Bulletin Board System:電子掲示板がスタートして、
パソコンのネットワークが見えだした頃、
意識革命と言っていたドイツの論理が情報革命を的中させました。
BBSはRed Riderというソフトがパブリックドメイン化した最初の頃は、
人は性善説でこの社会は予想的・理性的な社会が未来だと思っていました。
ところが性悪説が徐々にインターネット社会に落ち込んでいきました。
そしてTwitterが生まれfacebookという
代表的なSNS社会が出来上がりました。
Twitterの匿名性をfacebookは記名性にはしましたが、
いずれも性悪説の社会に人間界を落とし込んでいます。
SNSそのものをこのままにしておけばおくほど、性悪説は拡大します。
これは正しく荀子の指摘にもどり
マキャベリィの戦略論によれば、インターネットは
産業の革新どころか、倫理社会を崩壊させるものと判断します。
それこそTwitterでAIが試用されたことは、人工知能そのものが、
現代社会を破壊に向かわせていったと、もっと注視するべきでしょう。
それこそSNSでのストーカーを
制度として遵守出来ないことは殺人を許可したのと同じです。
SNSを創造的破壊するような、新たなネットワーク社会を、
もう一度、理想主義の中で発明してこの世界観を少なからず、
ネットワーク社会だけでも性善説でまとめ直すべきと考えます。
すでに情報社会が性悪説を纏ってしまった限りは、
SNS= Social Networking Service社会は破壊消滅させるべきでしょう。
でなければ、これからの戦争は核爆弾保有やテロなどではありません。
SNSを創造的破壊させるには、新たなデザイナーが必要です。
自分はデザインの教え子を警察官僚にしました。
それも情報技官キャリアです。これこそ次世代デザインの一つです。
なぜなら、光重合革命・電磁波革命・遺伝子革命はもう目の前だからです。

*『facebookには性善説のエチケット=ファティケット』
*『SNSが変えたデモ参加の心理は反射的群衆化』
*『facebook、ましてBlogにも未来はないだろう』
*『三つの革命・予測は当たっていた』
*『情報化への入り口は記号論or記号学だった』


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8月2日川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     8月 2nd, 2015  Posted 12:00 AM

8月2日 大安(庚戌)

理想主義を具現化する手法はデザインである。
唯一デザインのみが理想主義を掲げて
具体的にそれも日常生活を支援することができると確信している。


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『人類の夢・宇宙開発を支える「信頼・安全性工学」』


   


     12月 12th, 2013  Posted 12:00 AM



宇宙開発・ロケットは人類の夢、その代表的なものです。
宇宙飛行士はあこがれの職業でしょう。
私は職業柄どうしても、未来、夢、可能性の話をします。
正直経営陣には説得性を持っていないと感じることしばしばです。
ところが、宇宙開発や人工衛星に関わるとその夢はどんな人にも、
最大に夢を拡大してくれるものです。
しかし、宇宙に出かけるには、
相当の安全対策・信頼性の確約から決して想定外は許されません。
信頼・安全工学による完全な管理が求められています。
おそらく「完全」は人類には成し遂げられない工学分野でしょう。
デザイン領域でこの「完全」という言葉そのものは、
とても使いづらいことが多いのですが、
私は、「ユニバーサルデザイン」にデザインの理想主義を、
この言葉に注ぎ、「ユニバーサルデザイン」を政府に企画書を出し
「ユニバーサルデザイン賞」をGマーク賞にしましたが、
この言葉は商業主義的に、勝手な方向に拡大しました。
だから、「Human Centered Design」にまとめ直しました。
ところが、私のいとこには、この宇宙開発の最前線で、
特に、「信頼・安全性工学」を成し遂げてくれた人物がいます。
父の姉の息子であり、弟は私の母校・高志高校長をしました。
3.11直後に彼とこの天災から人災にまで及んだ話をしました。
今、私はデザイン主導の「危機解決産業領域」を考えています。
幸い「安全性信頼工学」でトップであるいとこがいて心強いのです。
そこで、最近は、カザフスタンのロケット発射に立ち会い、
宇宙ステーションからH2Aロケットやこれまでの宇宙飛行士など、
その全ての安全性・信頼性にどのように関わってきたかを
彼にKK塾で語ってもらうことになりました。
私たちの「夢」の現実がどのような信頼性安全性の工学で、
支援されているかを知ることができると思っています。


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「デザインから『ちの理想主義』は創出できるだろうか」


   


     9月 25th, 2013  Posted 12:00 AM



3.11は天災と人災で多くの同胞を失いました。
打ちひしがれた私たちに、オリンピック・パラリンピック、
この東京開催は、目標と時間設定を確認させてくれました。
多分、プロのデザイナーとしての人生も、
この東京開催まで、自分を支えられるかが最大目標です。
私は、一方で大学人ですが、それは先導と主導が可能だろうか、
これが一番の課題になっています。
デザイナーゆえ、ビジュアルでその理念や手法をまとめます。
三つあります。
 ● デザインは形態設計を制度設計にデザイン対象の拡大
 ● 「原資」獲得の具体的手法を先導
 ● なんといって「モノづくり」主体者の意識改革主導
これら三つは、現代の資本主義と民主主義への疑問の整理。
しかし、疑問を溶解するには、
新たな「理想主義」を私は「かたち」で生み出す必要があります。
資本主義の拡大は、歴史的には常に批判され、
その根本は評論以上にはなりきれません。
民主主義への最大抵抗は宗教主義での認識心情を変えるだけ。
私は、この二ついづれも疑ってきました。
4月に「危機解決産業創成デザイン重要拠点」として、
私は、「デザイン講座」と「プロジェクト」を立ち上げました。
あくまでも、「かたち」から入っていきます。
それは、「かたち」が「きもち」を動かし、
「きもち」は「いのち」を絶対に護ることになるでしょう。
それを言語と空間に造形化すれば、
「とち」の「つち」を見直し、「まち」の「かたち」になります。
すべからく、私の理念は「ち」一語に集約するのです。


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「商品デザインの結末は資本主義の終焉を必ず決めるべきだ」


   


     9月 22nd, 2013  Posted 12:00 AM



私はApple商品のエバンジェリストであり、
Apple本社で日本人初のデザインコンサルタントでした。
しかし、資本主義と民主主義への強い疑問を抱いてきました。
私の目標は、この二つの主義からの解放です。
だから、カラー透明のiMac登場時には、100人中唯一私ひとり、
この商品登場に「ゴミの出現」と表して多大なバッシングを受け、
一時期はApple社からも排除されました。
それでもあのiMac登場でMac-PCファンは急激に増加しました。
しかし、数年であの製品は真実「ゴミ」になりました。
iPhone5cが登場して、いわゆるスマホのこのカラー商品デザイン、
これも「ゴミ」の登場であり、この必要性と企業収益は無関係。
すなわち、私自身のパソコン、スマホは常に買い換えています。
それも絶対にApple商品購買ゆえどれだけの投資でしょうか。
いわば私は「ゴミ」に惹き付けられてきたデジタルライフです。
この大きな矛盾構造に私自身の存在が確定しているのです。
問題は生産と消費のサイクルは資本主義に呪縛されているのです。
ただし、資本主義経済網の中のApple商品ゆえに、
多少は、商品デザインの美しさが救いになっています。
しかし、それはたった5%程度のユーザーが享受しています。
比して、マイクロソフト商品では、世界の95%のユーザーは、
もっと資本主義に閉じ込められて緊縛されているのです。
その企業TOPの莫大な私的財産によって、
文化構造も制御された時代構造にその批判はまったくありません。
私は、自分自身が資本主義と民主主義での閉鎖空間の中で、
わが人生は無抵抗で流されていくわけです。
あの9.11も3.11も、こうした商品は一瞬にして消滅しました。
それだけが、商品を取り囲んでいた資本主義の破壊だとするなら、
私たちが、奈辺で疑問視しているこの二つの主義を、
なんとしても、破壊ではなく超越するあらたな理想主義こそ、
デザイン=問題解決の集中的目標にするべきだと考えます。
大矛盾の人生であっても二つの理想主義を創出すべきでしょう。


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「デザインはその発祥から政治的な政策思想だった」


   


     8月 1st, 2013  Posted 12:00 AM



デザインの歴史を語るときには二つの説があります。
人間・ホモサピエンスは、
モノづくりにデザインを考え実行が設計だったという説。
もう一つは、ロシア・アヴァンギャルド時代に、
革命という政治活動を支援する芸術手法がデザインという説です。
私は、デザイン史には、必ず後者を選びます。
デザインという職能は、当初から革命という政治手続きを支援、
まさに、国を変革する策略であったということです。
だから元来は、革命的な政治思想を具体化する手法だと考えます。
ロシア・アヴァンギャルドは、結局、ソ連が崩壊したように、
革命を政治的に成功するともに、いわゆるデザイナーたちは、
虐殺もしくは自死したとして抹消されていったのです。
その代表人物に、私は、V.マヤコフスキーをあげます。
彼の思想が見事に政治思想に転化されてしまった系譜を再考。
彼は、自死とも拷問死ともいわれ不明ですが、
「われわれに新しい形態を!・・・号泣が聞こえてくる」、
このことばを常にいだいて世の中、企業、政治を見てきました。
したがって、ロシア・アヴァンギャルドでは、
建築・舞台芸術・日常用品・ファッションはすでに完成でした。
この成功されていた手法が応用美術からバウハウスなどに
面々と連鎖していきました。
よって、この連綿たる美的な思想から逸脱している模倣や、
すでに存在していたモノのモノマネには常に非難・批判しました。
結果、私自身のデザインは、彼らの理想主義=問題解決、
そして、理想を呼び込む未来志向こそ「デザインの本質」が結論。
ソ連の崩壊は、見事に彼らの思惑通りで有り、共産主義の全否定。
私は、たとえば「グランドデザイン」や、
さらに、理想体制趣旨を「マニフェスト」はデザイン用語です。
現在、わが国は、あるいはわが国だからこそ、
この「国難」には二つの人類の理想テーマが問題です。
地球環境=自然と人類は決して調和などできないから・・・
原発事故=人類が存続する水・食糧・電力はどうあるべきか・・・
だからこそ、「デザイン」をようやく国策の実務にするべきです。
私の最期のデザイン活動には、国策への「デザイン導入」、
これが私の「行学」としての役割だと考えています。


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「日本・日常的な地図図形認識を変更すべきだ」


   


     1月 23rd, 2013  Posted 12:00 AM



私たちは毎日、日本を地図図形で認識しています。
というよりも、子どものときから「刷り込まれて」いるのです。
確かに南北に上が北海道から南は九州です。
そして、世界地図でも日本はセンター配置になっています。
しかし、日本は「極東」と呼ばれるほど
片隅・端っこの小さな島国でしかありません。
この意識は全国民が欠落し全廃しているほど
意識には無いというのが現実です。
TVで毎日、天気予報の地図は、私たちの意識の中では、
ほとんど完全な「図形としてのわが国」は、
地図上の「かたち」として脳内に収納され焼き付いています。
おそらく、今、中国の意識には南北は水平であり、
日本海を手前に、太平洋の向こうに米国が意識されているはずです。
<右・地図>をしっかりと見つめれば、地勢的な都市位置や、
気候的な変動を確認する私たちの意識は
まったく別次元になるものと考えます。
それは、もし次の大震災・大津波なども
地図パターンの認識によって全く発想が変化するでしょう。
私は、「かたち」の専門家です。
自分がモノの「かたち」をスケッチするとき、
どこからどこを見つめながらスケッチを描いているかは、
大問題だと40年も毎日考えてきました。
だからこそ、
日本のこの国土観は地図パターンと同一で、
私たちの思考停止を招いていると断言することができます。
<右・日本パターン>を日常化すれば、
沖縄の位置も、北方四島の位置も、
もっと防衛的いや軍事的に,
考え直す時期がきているものと判断せざるをえません。
私にとって、
「デザイン」は理想主義の具体的・日常的・実務的な手法そのものです。
その根幹には「かたち」・「パターン」認識が、
感性から知性を支配していることは確実です。
このような発言そのものが「右傾」だとか、
「戦争礼賛」だとかという評判につながりますが、
そのような軽薄さを私は拒絶することを
改めて今後も発言し続ける覚悟です。
なぜなら、この日本という国に生まれ、
<左・地図パターン>こそ、日本と思ってきた自分を、
より国際的な思考世界に配置し直すことが、
実際的には本当の「自分の位置」を確認することだと思うからです。
「自分の位置」=「日本という地図図形」、この認識の一新こそ、
自分の存在性を再確認する一番の方法だと確信するからです。


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「2009年からのこのブログ5年目、今年もよろしく!」


   


     1月 1st, 2013  Posted 12:00 AM



あけましておめでとうございます。
このブログは5年目に入ります。
そして、私は今春17年の大学人生活を終えます。
3月2日に大阪大学発祥の豊中キャンパス・大阪大学会館にて、
「最終講義」をします。
その後は、これまでどおりデザイン活動は続けていくでしょう。
大阪大学の私の研究室が新たな拠点になります。
いくつかのミッションが今年からのデザインテーマになります。
なんといっても、
3.11以後のわが国は、3年3ヶ月の政治的な悪夢の中にいました。
先般の選挙も、
日本の選挙制度が
民主主義の根本ではありえない制度だということを露呈しました。
私は、政治よりも、
デザイン実務が理想主義を日常的に構築する本質だと確信しています。
徹底的に、また自分の中にある「美学」と対峙していくつもりです。
基本的に、このブログは「毎日書くこと」ですが、
時には、「休筆すること」も勘弁して下さい。
私はデザイナーですから、「かたち」が表現主体ですが、
「ことば」との相対論化をめざして生きてきましたから、
書き続けることは約束します。
脳内では「ことば」から「かたち」を創出しますが、
「かたち」も言葉的な言語性を持っています。
昨年から、
私は「造形言語」と「形態言語」の両輪にデザインを乗せてきました。
おそらく、この思考を一旦、大学人を離れ、大学という場の研究室から、
まだまだ国難の最中にあるわが日本の復興と再構築で、
私なりの行学に身を投じる覚悟は
さらに強化されているものと自負しています。
読者諸兄の皆さんの幸運と幸福をここから願っていることを伝えます。


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「暗号解読の論理演算からコンピューターが始まった」


   


     12月 24th, 2012  Posted 12:00 AM



世界大戦は暗号解読という知恵比べがありました。
暗号解読に関わった人たちは生き証人として、
次のようなことを述べています。
「戦争を終わらせたい平和な時代のために私たちは関わった」、と。
私は、現代生活においてパソコンが不可欠のものになっていましたが、
その根本的な源流には、戦争=暗号解読=論理演算があったからです。
その最初が、ドイツ・ナチスが開発した「エニグマ暗号機」がありました。
このことはコンピューターの歴史ではそれほど重要視されていません。
そして、ナチスからの暗号解読に苦心していた英国のMI6は、
アラン・チューリングたちがこの解読に関わり、
その結果が、論理演算→二進法につながっていくのです。
私自身がパソコン、
特に、MacとEWSにデザイン手法を乗せてきた背景には、
「論理演算」の知恵に最も興味があるからでした。
これまでこのブログでこのことを書き忘れていたと気づきました。
暗号解読の世界とパソコンの歴史は
どこかで分断されてきたと私は感じています。
つまり、パソコンの歴史の源流、インターネット歴史の源流には、
「戦争」があったということです。
しかし、「戦争」に対して、たとえば暗号解読に関わった数学者たちも
「平和」を懇願していたからです。
人類の最大悪と言われる「戦争回避=平和希求」は、
今日のSNSに至るまで、
「平和」を祈願する人類の理想主義があることを
銘記しなければなりません。
日本が右傾化するというアジアでの評判は、
きわめて偏向した観察だと考えます。
それこそ、自衛隊の幕僚長が語っていた言葉に、
「最も戦争をしたくないのは我々です」ということに表れています。
私は、
平和希求で生まれてきたコンピューターの背景にある「論理演算」にこそ、
理想主義への論理演算という手法が
埋め込まれていると確信しているからです。
だとするなら、
理想主義の実務的手法にある「論理演算」には、
デザイン手法=記号化手続きがあるのだということも、
デザイナー、大学人として、
そろそろ明快にテキスト化すべきだと考えています。
まだまだ書き残すことがいっぱいあると思っているわけです。


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「KAIST=韓国科学技術院の先生を招いて」


   


     6月 23rd, 2012  Posted 12:00 AM



なんとしても風邪を治さなければ、
この想いを実現できました。
KAISTの先生お二人を招いて阪大での講演。
Prof.Kim Myung-Suk先生とはすでに20年来の友人であり、
Prof.Bae SangMin先生は、New York留学中に、
私の講演を聞いてもらったこともあるという仲です。
KAISTはおそらく、全世界的にみても、
最高級の大学・大学院であり、デザイン系でも筆頭です。
Kim先生は「環境デザインとしてのロボット」を
Bae先生は「国際貢献としての製品デザイン」、
それぞれが実現されているプロジェクトを語っていただきました。
私もKAISTで講義をしましたが、
この大学が世界からも注目されている「未来創生の発想」は、
いくつかの重要なキーワードでした。
Why・なぜデザインを、なぜ生きるのか、
Implement・必ずデザインを実現させて未来を創る、
Evolution・常に進化は「融合」=Consilienceを、
Donate=Sharingを、Passionを、と、
重大なキーワードを沢山いただきました。
しかも確実にコンセプトは製品形態に集約化されていました。
私は、3.11以後、デザインによる復興をと考え続けてきただけに、
改めて、デザインの理想主義を語る二人の教授に、
支え直してもらった気持ちでいっぱいになりました。
たとえば、家電は当然ながら、
造船もどれほど韓国は進歩させたか、
その事実を知っているだけに、韓国の勢いを体感しました。
日本も韓国もアジアの小国です。
これからはお互いの交流をさらに深めて、
世界の先導国になっていくべきだと思い直した次第です。
お二人に励まされたようで、すっかり、風邪から立ち直ったと思います。


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