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Posts Tagged ‘生きがい’


『今、かたわらにある文庫本と機関誌』


   


     2月 4th, 2019  Posted 12:00 AM



「真理は万人によって求めらることを自らが欲し、
芸術は万人よって愛される事を自らが望む」
これは文庫本に書かれている「読書子に寄す」で、
私自身が最も生きがいにしている言葉です。
私は読書の中で、
最高の友や師との出逢いを重ねています。
今、私の側にある機関誌は、
盟友・松岡正剛のブログが書籍化され文庫本になっています。
さて、『理科の教室』というのはとても明快なタイトルです。
理科は、高校になると物理学・化学・生物学に分化します。
理科に関する学びは、科学的な「理」こだわりがあります。
子どもの頃からほとんどは中学生にかけて本を読んでいました。
ローソクだったり、雪だったり、が面白いと思ったのです。
ウサギの糞を持ち帰ったり、
昆虫、とくに蛾を採集しては綺麗に箱におさめ、
遊びながら本の知識を体感し、
周り、特に母を、少し驚愕させてもいました。
高校時代には、
ノーベル賞者の研究や実績の本を読んだと思います。
それが一応には受験勉強や、将来像を描くこと、
受験勉強はとっても嫌なことではありませんでした。
勉強への取り組みや熱意にマッチングしたのです。
そして、AstonMartinの機関誌では、
早速に「空を飛ぶヴォランテ」が出ていました。
おそらく、これらには地球上で最高級品が並ぶのです。
読書が嫌いとは、人生の真理も芸術も持っていないでしょう。

空を飛ぶヴォランテ

松岡正剛のブログ文庫本


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『迷信だったでしょ!新素材の試作が出来てきました』


   


     11月 3rd, 2017  Posted 12:00 AM




絶対に無理、無謀、素人考えだと言われてきました。
おそらく、この二つの素材でファブリック化は出来ない。
しかし、私=デザイナーの直感では、出来ない理由には試行錯誤ありえず。
この経験も無く、ただ「出来ない」という業界の迷信だと思ってきました。
そこに、取り組んでみますという若者が現れました。
ひたすら、彼の報告を待ちました。どこも試作すら断られます、
という報告の連続です。しかし、とうとう試作が出来ました。
どういう複合素材かはまだ発表は出来ません。
が、もう嬉しくて嬉しくてたまりません。
おそらく、世界初のはずです。
私には、時折、こんな断りを受けます。
「川崎先生に恥を搔かせるかも知れませんから」。
「この業界では不可能と言われていますから」。
「川崎先生はデザイン料が高いと聞いていますから」。
「私どもは企業規模が小さいのでとても先生の要求は無理、会議結果です」。
この「褒め殺し」には辟易してきました。
まず「開発原資をこうしましょう」。
「小さい会社だからこそ、その問題解決ができます」。
「工業デザイナーの正式なデザイン対価など、今の日本には通用しません」。
もう言い飽きました。それなら真実を言いましょうか!、
(大人にならないといけない、怒鳴らないこと)ということになります。
儲けるって何?、信じる人になることですよ!
それで働きがい=生きがいはある?一生懸命などありませんよ。
一生賢明・一所懸命ですよ。安全で安心で信用と信頼されることです。
この闘いをどれだけやってきたでしょう。
もっとはっきり言いましょうか!「あなたはなぜ働いているのですか?」
働くって、傍を楽にしてあげることでしょ。
今、あなたの立場を利用しないと、やがてあなたがリタイアした時、
これが必要になるのですよ!「川崎先生は流石に喧嘩師ですね」
(ふざけんじゃねぇ〜よ!喧嘩は自分に売って、それからてめぇだよ!)
高校時代なら、殴ってやるから、そのために自分を鍛えてきたんだから。
そうした環境の中で、世界初のファブリック試作が出来上がりました。
嬉しくてたまりません。何のデザインになるって?
まだ言えませんが、モノづくり日本、これが日本の実力を創るのです。


* 『日沈む景観であっても景気はデザインが主導する』
* 「日本の事務ワークのスタンダードファイル」
* 『難問解決の大ヒントは「素材」開発デザインの美です』
* 『眠ることを知るためのアプリを使いながら』
* 「音からデザイン役割を語る基礎として」


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「750年をタケフナイフビレッジで革新して30年」


   


     9月 28th, 2013  Posted 12:00 AM



私は車倚子生活でふるさとに戻りましたが、
私を支えてくれた越前打刃物に取り組みました。
正直、これで「喧嘩師」を国内外にやってきたのかもしれません。
本当は5年が10年で「共同工房」を、
今は亡き建築家毛綱毅曠氏(1941~2001)との格闘で建設しました。
それが第二世代に引き継がれて20年です。
結局、私のデザイン活動の中核でもあり、デザイン成功例です。
第一世代:10名は、第二世代:15名にもなりました。
世代が変わっても、基本コンセプトを変更する意味はありません。
また、私のデザインはすでに30年もナイフの基本を創ったという、
強い自負がありますが、それだけに、
第二世代からの新作依頼は、とても苦しくて悩み抜いてきましたが、
私は、「伝統」=裏切りですから切羽詰まってデザインしました。
新たな産地の新活性化は、さらに世界的な刃物産地になります。
あらたなテーマでの研究をしてもらい始めました。
新素材も検討をつけていますし、刃物だからこそを成し遂げます。
おそらく、タケフナイフビレッジを始めた頃は、
私も30代ゆえにともかくこれが出来なければ、
デザイナーという職能を諦める覚悟で取り組みました。
それを支えてくれたのが、タケフの刃物職人のみんなでした。
産地はこれまでの経済危機にはほとんど揺るぎませんでした。
刃物作家はすでに国際的なビジネスマンにもなり、
産地には高級車もあるようになりましたが、
私は、決して「先生」ではなくて、仲間です。
私が負けそうになっても、彼らの厳しいモノづくりに励まされ、
「私たちは美しい切れ味を鍛えてます」というテーマは、
「次に私たちも美しい切れ味を鍛えていきます」という、
また「生きがい」を私に与えてくれています。
次は、第三世代を集めて、もっと未来を置き土産にする覚悟です。


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「頭蓋骨・自分の頭を見ておきたい=滅茶苦茶は嫌だから」


   


     6月 20th, 2013  Posted 12:00 AM



自分の頭蓋骨はレントゲン写真で見たことがあります。
しかし、まさにこれが自分の頭蓋骨は見たことがありません。
いずれそのレントゲン写真から創ってみたいと思っています。
なぜなら、私を私ならしめているのは頭蓋骨に包まれている、
私の脳味噌だと思うからです。
他人の頭蓋骨より、もっと感動するのはクモ膜です。
いわゆるクモ膜下出血というのがここで起こります。
このあたかも真綿のような皮膜というよりも、
とても美しい繊維質とも膜質とも言い難いものが柔らかく、
頭蓋骨を包んでいることこそ、
「人間」の物質性を超越したものだと思っています。
そして、人間の器量なり、能力なり、性格も、
実は、このクモ膜に包まれた頭蓋骨は、
絶対に生きているからこそ知りおくべきだと考えています。
それは、最近、「嘘だ」!と思うことが多いからです。
たとえば、どう考えてみても、
それはありえないと正当論を発言するのです。
装飾された頭蓋骨では、その装飾コンセプトが間違いです。
私は「過激」、批判をしておきます。
だから私は、「怖い人、付き合いづらい人」だと思われます。
しかし、誰かが言わないままだと、職能責務を曖昧にし、
生きがいとか働きがいすら忘れるように時間が流れてしまいます。
時間を失えば、それは空間、つまり社会に居る自分が不在です。
いや、「非在」なのかもしれません。
この小さな島国に「生」を受けて、なんらかの役割があるゆえに、
私は徹してみたいことがまだまだあるようです。
「きっと損をする」ことかも知れませんが、
発言は止めないでおこうと思うのです。
正直、「生きづらい日常」に身を委ねていますが、
「それ、嘘でしょ」って、断言をするつもりです。
たとえば、早寝早起きが必須? 嘘でしょ!
歩けば健康になる? 嘘でしょ!
自分を「治めること」、
それは自分が滅茶苦茶だから「治めます」。
きっと、「政治」=政って滅茶苦茶だから「治める」のです。
さらに、「治療」=病って滅茶苦茶だから「治める」と思います。

なお、3D-Printingでの頭蓋骨参照
http://www.etsy.com/shop/shhark


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「若手芸術家の紹介から学ぶ『範・感性』の確認」


   


     3月 6th, 2012  Posted 12:00 AM


ルーブル美術館は年間来場者数400万人と言われています。
比して、21世紀現代金沢美術館は
日本では最高200万人近くの来場者数です。
美術館としての社会的存在性を
金沢という街と相補的な関係性を保持しています。
母校の卒業制作展とともに、
「若手芸術家の発掘」企画展においても私はまた学ぶことができました。
日本生まれの英国人アーティスト
ピーター・マクドナルド「訪問者」の企画展で、
私は欲しくてたまらない彼の作品(↓)を見つけました。
彼の自由な平面構成絵画に表現された彼の「感性」です。
あらためて私は「範・感性」と言っておきます。
デザインにおいても「感性」表現、
「感性工学」が基本的学識になって久しいのですが、
私なりには一家言を持ってきました。
その一つは、デザイン教育者として、
徹底的に「感性」を哲学的知識として講義し、
デザイナーとして、自分の「感性」と対峙してきました。
特に、私の「感性」は、まず音響があり視覚的刺激があり、
生きがいの感受性の確認でした。
理性・悟性・感性を歴史的定本から学ぶとするなら、
ギリシア時代、感性を低次な認識知としていたことは、
カントの理論的集約によって理性以上に重要な大きな世界観になりました。
さらにそれはニーチェから構造主義やポストモダンまでが
その再定義や認識性を与えてくれました。
私にとって、
「感性工学」という範疇に自分のデザインは配置していません。
むしろ、直観と感性をDIVINATIONとして
デザイン対象に込めてきたと想っています。
そして、彼の作品を日常生活に置いてみたいと思うほど、
彼の感性から「範・感性」を感じ取ることができました。
少なからず、現在進行中のデザインプロジェクトには、
絶対に取り入れたと考えています。


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「蚕は自然・遺伝子操作の繭は『反自然』か」


   


     3月 4th, 2012  Posted 12:12 AM


アーティスト・角永和夫氏の作品「SILK」は、
自然と反自然を提示しています。
ここから私たちが学び取ることは、自然と人工の問題です。
文明=飢えと寒さへの人間営為は、
自然への人工的な制御技術の獲得でした。
人間が自然、その総体である地球環境で
生き延びるためには「自然」から科学を
そしてその具現化としての技術を進化させてきました。
結果、この作品が見事に提示してみせた人工とは「反自然」であり、
蚕が遺伝子操作によって平面繭を「美しく」吐き出して死を迎えます。
しかし、その労働を終えた蚕は産業廃棄物になり、
地球環境には戻せないという現実問題と直面したのです。
「反自然」=人工とするなら、
人工の成果は廃棄物になっていくことが決定しています。
それは地球に在ってはならない存在を生み出してしまうことでした。
自然と人工に循環という理想型を人間は未だに準備できていません。
これが現代の文明を呪縛し包含し解決不可能=アポリアとして
人間界を閉じ込めています。
この作品は、蚕と繭です。
この作品が自然保護団体から「反自然」と誹謗されている構造は、
「反原発」に重なります。
「反」を唱えることはアポリアを全面肯定している正義性に見えます。
が、人間が生きることを全面肯定するには、
「反」を掲げた問題設定では解決はありえないと私は考えます。
人類にとって、原子力・放射能に対しては、
「反原発・脱原発」・対・「原発推進」の構造ほど
アポリア全てを、実は、同一次元で全肯定しているのです。
原子力・放射能への「反原発」だけでは、
自然との調和などは智恵不足に他なりません。
自然との調和などありえないからこそ、
もう祈りにも通じる智恵が絶対に必要不可欠です。
人間は、生から死までを真剣に受け入れて
「生きがい」をもって自然なる死に至らねばなりません。
「反原発」というシュプレヒコールでは問題解決不可能なのです。
私は原発推進派と誹謗されていますが、
そんな立ち位置にいるわけではありません。
人工物・自動車による交通被災で歩けなくなり、
人工物・ICD=除細動器で心臓を護り抜いています。
私は、「反原発」ではなくて「範原発」です。
この根本は、「範自然」観を
デザインで創出することだと考えているからです。


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「新日本システムとは「生命と生きがい」」


   


     5月 21st, 2011  Posted 12:00 AM

ともかく連日認識しておくこと。
東日本大震災・原発事故は国難です。
そして被災地は、津波と原発地域の救済。
戦後確実にしてきた日本システムがありました。
当然、問題は国内外、相変わらず問題山積でした。
そしてこの国難が決定的に日本システムを壊滅したと認識します。
震災前には、日本システムに対する私たちは、
すでに「政治」・「経済」から「福祉」・「教育」、
そして「国防」などに全国民が大きな不安感にあったことは事実。
この事実への問題解決を議員制民主主義を司る政治家・政治屋へ、
まったく信頼感を失ってきたことも大変な事実でした。
したがって、日本システムはすでに壊れていたのです。
それが、震災・津波・原発事故で歴然として明確になったのです。
結局、私たちも日本システムが崩壊していることへの自覚を、
「政権交代」に向けて期待したことも幻想だったということです。
日本システムと私が言っているのは、
私たちの「生命」に最も直結した私たちの存在性維持体系です。
私は身体障害者で車椅子生活を余儀なくし、
心臓障害で、常に、心臓発作への恐怖感を日常化しています。
しかし、大学=教育・研究とデザイン=モノづくり=商品化で、
私なりの「生きがい」で生命と自己存在性を保持しています。
すでに老年期にある私は、
この「生きがい」を次世代に大きな希望と期待を持っています。
けれども、この国難を現前とすれば、
次世代に、大急ぎでこれまでの経験と、
今なおモノづくりデザインでの具体的活動を示すだけです。
そして可能であるなら、
現政権に関わる代議員職能を完全に破壊することで、
東日本被災地だけではなく日本全体を、
まったく新しい日本システム構築にむけて、
次世代が主役でやり遂げる環境と知恵を
私たち世代が準備する役割になっているというのが本音です。
日本システムとは日本人の「生命」と「生きがい」体系です。


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「『きれい』にすることが『美しい』こと」


   


     5月 13th, 2011  Posted 12:00 AM

美しいかたちのデザイン。
私の職能デザイナーの大命題です。
かたち=形式・形体・形態です。
このところ製品開発から商品化まで、
やっとたどり着いた商品のかたちは、
美しくあってほしいと願いを込めてきました。
もう40年も「かたち」にこだわってきました。
そして美しいということは本当に難しいことだと悩んできました。
そこで、私の方法論は、まず、「きれい」かどうかです。
サングラスは、顔の表情をさらに綺麗にしてくれるモノだろうか。
キーボードは、打鍵している指先やユーザーにとって、
本当に、大げさに言えば「働きがい」から「生きがい」、
その周辺に存在しているかたちになっているかどうかです。
いつも説明してきたのは、「きれい」と「美しい」には
ある隔たり・近さの概念が明確に横たわっているのです。
「きれい」は形容動詞ですが、
「美しい」は形容詞です。
これを距離感覚、近さという概念で検証し直してみることです。
まず、「きれい」にしないと「美しく」はなりません。
だからまず「きれい」なサングラスを創ります。
最近は「かわいい」という形容動詞が氾濫していますが、
私はあくまでも「きれい」なサングラスです。
具体的には、いくつかの目標を立てて、
目的である顔の表情はもちろん愛用してもらえるかたちです。
キーボードは素材開発が叶った時に、
素材の鏡面がすでに綺麗でした。
問題はここから実装です。
実装という日本語そのものが美しいことばです。
米国で私はConfiguration Layoutと言っていました。
筐体や機構設計では、Configurationになり、
回路設計や回路配置では、Layoutでしたから、
Configuration Layoutがデザインの主目標と説得していました。
さらに綺麗であることの基本は清潔であることです。
キーボードはそのまま、衛生的な清潔性を実現できました。
「きれい」の基本は掃除をすることです。
それこそ、女性が綺麗になるためにお肌の手入れということです。
ところで、「かたち」ということばから、
私は「いのち」・「きもち」・「ここち」の「ち」、
この語源から、さらに拡大することばに注視し集めてきました。
「まち」=町・街や「とち」=土地などがあります。
ともかく、今回の被災地は片付けや掃除や除染をして、
「きれい」にすることから始めなければなりません。
新しい「まち」を「きれい」にしてから、
それが必ず「美しいまちづくり」になるはずです。


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『資本主義からの逃走』
   「感激と感動の私の基本は哀しみの『美』です」


   


     6月 26th, 2010  Posted 12:00 AM



喜怒哀楽
私は、感激・感動は、感覚的な認識であると考えてきました。
そして、具体的には、スポーツが刺激要素となって、受け止める感激。
音楽が刺激要因となって、蓄積されてくる感動をあげました。
さらに、そうした感激が「反射的」であり、感動が「反復的」、
そして、その反射性も反復性も相互性や,があるのではという見解を示しました。
そして、反射的であれ反復的であれ、感激し感動すること、感動し感激すること、
この感覚が「想像力」を育成してくれること、
「生きがい」というのは感激と感動無しにはあり得ないと確信しています。
人間は、生きることが死んでいく道程であることを熟知しています。
人間の生涯には、「生老病死」と「喜怒哀楽」が重層しているのです。
「喜怒哀楽」に感激と感動が介在しているわけです。
では、その「喜怒哀楽」を最も根本で支えていることは、
何なんだろうと考える、あるいは思うと、
私は「美」を感覚的に受容できることがとても大事で大切なことだと信じています。
母との別れ
私にとって、もっとも哀しかったことは、
「母との死別」でした。
40年前のことです。
母の瞳が、とても透明になって、一筋の涙が流れました。
私は母と添い寝しながら、小さな声で、呼びかけていました。
父や親戚が隣の部屋にいましたが、一人で見送りたかったので、
こみ上げる息もつまりそうな声で呼びかけ続けていましたが、母は逝きました。
47歳でした。21年間の母の生涯は私が独占していたと思います。
まさに、母のあれほど透明な瞳より美しいものには出会ったことがありません。
ちょうど明け方でした。近所のお寺の鐘の音が聞こえていました。
「死別」は感激であり感動だったのだと思います。
「美しい瞳」と「鐘の音」は、私にいつでも「反復的」に思い起こすことが出来ます。
そして、母の瞳の透明さに、私の「美」の基準があるのです。
デザインは「美」を追いかけています。
私は、「哀しみ」の感激と感動の中に「美」を身体化したのだと思ってきました。
母が与えてくれた哀しみの感激と感動は、
当然、母へのとめどない「感謝」になっています。
だから、私は自分の「生きがい」に、
母のあの瞳のごとくの「美」を、デザイン表現で追い求めてきたことです。


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『資本主義からの逃走』
   「反射と反復、この相互性と補完性が感覚を磨く」


   


     6月 25th, 2010  Posted 12:00 AM

反射・反復
私は、「感激」は、「反射的な認識」とし、
「感動」は、「反復的な認識」と位置づけました。
その具体例としては、スポーツが感激を刺激要素の一つ。
音楽は感動の刺激要因の一つだという、私なりの経験から私見を記しました。
そして、もっと実際的な「感覚」としての「感激」と「感動」には、
感動であっても瞬間的であり「反射性」もあります。
同様に、感激であっても永続的で「反復性」が必ずあるものです。
入れ子構造
つまり、私は、「感激」して「感動」するという事象と、
「感動」して「感激」する事実は、相互性だけではなくて、
補完的に感覚内ではまるで「入れ子構造」のようになっているものと判断しています。
それは、私たちが「感覚」から「認識」でのプロセスでは、
まず、どんな「刺激」も「適当刺激」として
「入れ子構造」で受け止めるという曖昧性があるからです。
決して、刺激に対して感覚器=目・耳・鼻など五感器や、第六感という予想や予測や、
野性的な予知能力が、正確無比なる感覚では無いということだと思うからです。
ギリシア哲学・エンペド・クレスの時代に、
「直感」や「感覚」が、思考として理性的な判断から遠ざけられていたのは、
この曖昧性だったと推測します。
さらに、デカルトに至っては、
感覚に由来する知識に対しては大懐疑的だったことも明らかです。
ようやく、ロックが、
感覚器官が可感的な事物の認識が心の中の「真っ白な紙」=tabula rasa
書き込まれるのでは、という思索から、
カントによって、
感性的な直感と概念的な思考の双方向性があることを教えてくれたのではないかと思います。
「直感の無い概念は空虚であり、概念の無い直感は盲目である」
という言葉に、私は感激と感動を持っています。
だからこそ、私は、「感激」も「感動」も無い人間には、
「想像力」が欠落しているとさえ思うのです。
私は、本当に、反射的な、反復的な、感激と感動を日常的に感じていたいと願っています。
おそらく、「生きがい」というのは、
感激と感動によって、反射的、反復的な認識ができる自分だという自己確認が不可欠でしょう。


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