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『壊れていく端午の節句?菖蒲湯という勝負湯』


   


     5月 7th, 2017  Posted 12:00 AM



「美しい花がある」と「花は美しい」、
このテーマを生涯抱いて生きていく。
これはデザイナーの生涯課題だと思っています。
よって、藤棚、菖蒲の花、垂れ桜などは私好みの佇まいがあります。
そして、ここ2日間は「菖蒲湯」なのですが、
大阪では、阪大研究室の周囲には、
ソメイヨシノの桜はすでに葉桜、そしてもうそろそろ銀杏が落ちています。
ソメイヨシノは正直、桜文化を壊したと私は思っていますが。
銀杏はおいしいですが、踏みつけると最悪です。
さらに大阪では菖蒲湯用の菖蒲の根茎がどうみてもインチキです。
菖蒲湯は子どもの頃の思い出では、
5月の「子どもの日=男の子=端午の節句」にとって私には楽しみでした。
しかし、手に入る菖蒲と、京都の名店のチマキ餅とか言われても大間違い。
ともかく菖蒲湯は伝統的には日本武家文化では最高のイベントでした。
こうしたイベントにあるべき、モノの仕様が間違っています。
そうしたことからも、最近はメモ書きしておこうと思った次第です。
すでに伝統という、唯一、「裏切って良い文化=Traditional」破壊は
なんとかしておきたいものです。
菖蒲の根茎の香りが絶対に違うのです。
「デザインは美しい」を目指す「美しいデザイン」で生きていたい。


* 『桜の木は植え替えるべき』
* 「桜の花のピンク色・阪大吹田キャンパス」
* 『端午の節句だが、かつての日本の田舎が豊かだった。』
* 『iPad ProとApple Pencilで臨書が出来る』
* 『いけばな、日常の美しさは大切さを決定している』


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『美しいデザイン成果が減少している気がする』


   


     2月 25th, 2017  Posted 12:00 AM



今年の冬は本当に自宅にいても寒いです。
そうして暖房機器を確かめると、いくつか部屋毎にそれなりの暖房機器、
ましてデザイナーゆえにこだわりがありました。
そして気がつくと、名古屋時代の暖房機器がもう10年以上でした。
私の生涯では雪国育ちゆえに、炭火、練炭火、こたつ、石油ストーブなど、
時代に対応してきた暖房機器を所有してきました。
しかし、暖房機器なら「コレかな?」という機器や
そのシステムも見てきました。そのためには自宅そのものを
暖房機器の進化に合わせなければいけないようです。
デザイン設計するなら、こんなのが欲しいという志もあります。
この2台とも海外製ですが、黒い方が新製品でリモコンが付いています。
しかし、正直、前面のパネルは昔の家電デザインの仕上げデザイン。
ともかく10年も使ってきたのは、時々故障をするので買い換えました。
そうして、確かにGマーク賞という選定にはなっていますが、
これが現実のデザイン成果、そんなふうに考えると、
デザインでの問題解決も価値創出も皆無です。
決して所有するモノとしては
国際的にこの程度のインダストリアルデザイン、
こう考えると、とても寂しくなってしまいます。
リモコンも、赤外線受光よりWifi受光にとか、
ただ、Wifiの影響度はまだまだ不明なことは残っています。
そして私なりの評価では美しい暖房器具にはまだとても及んでいません。
時折、家電量販店で家電製品を見ると、
デザイン評価で満足できるモノが圧倒的少ない時代だと言わざるをえません。
最近、プロダクトデザインを学ぶ学生は、
カーデザイナー志望が減少、それは車所有の欲望感無しとか、
いわゆる雑貨品デザイン希望とかを聞くと哀しくなります。
本当に、断トツのデザイン成果商品、その開発が求められます。
確かに暖房機器を新品にしてみても、技術進化とデザインの関係には、
プロとして、残念さがストレートに残っていると告白しておきます。



* 『先鋭的なマガジンという美しい情報集約性を読む』
* 『サインカーブ的なデザイン主導での製品化と商品展開』
* 『「無線化」には秘匿性とHiFiの有無がある』
* 「たかがリモンコンではありえない」
* 『TVの進化を再確認するが・・・』


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『「KK適塾」は橋本左内へのレクイエムを語り直す』


   


     11月 19th, 2016  Posted 12:15 AM



私が生まれる100年前(1849年)に、
橋本左内は適塾にて緒方洪庵に学びました。
16歳で啓発録を書き、26歳安政の大獄にて斬首。
たった10年間に医学を学び国政を動かす先鋒ゆえに、
本当の維新改革者だった橋本左内へのレクイエムとして、
適塾から大阪大学、その一員として「KK適塾」をキックオフしました。
以前より、デザインとクライアントとの「コンセプター」である
「坂井直樹氏」を迎えてKK適塾今年度をスタート。
なんといってもプレゼンはKeynoteで動画と音楽プレゼンは
ゲストスピーカーとしては最初のこととなり、
MCにはデーブ川崎氏にも参画をいただきました。
二人のプレゼンと対談には会場からの質問をインプロビゼーションのまま、
一つの結論を出しました。
私はデザイン思考、イノベーション、IoT、BigData、AIを
「コンシレエンスデザインとレジリエンスデザイン」で、
新たな論理、そしてその実務結果を見せました。
坂井直樹氏も現実商品としてヒット作、そして慶応大学でのデザイン教育、
さらに新たなスッテキから街づくり、全く新たなと未来のデザイン職能提示。
会場とのやり取りで、二人で行き着いた今回の講演での「結語」は、
「幸せのデザイン」でまとめることになったのです。
坂井直樹氏も、生涯をデザインに向けるということを聞き、
私も大賛同できました。
次回のKK適塾には、先般、リオのオリンピックでの卓球台デザインはじめ、
次世代デザイナーの澄川氏と、3D-Printerをいち早くデザイン界、技術界へ
大きな仕掛けをしてくれた原氏を迎えます。
私のレクイエムとしては、次回は「幸せ・幸福・幸運」の
実は真の意味を「コンシリエンスデザイン」で証明使用と考えています。
橋本左内を最も敬愛してきた一人として、
選び抜いた講演者で昨年の「KK塾」を進化させます。


* 『「KK塾」の対談と質問はイニシャルで方向決定』
* 『デザイナー能力の格差が拡大している』
* 『シュンペンターと象形文字を同次元に考える』
* 『商品である「デザイン思考」は経営論にすぎない』
* 『「KK塾」キックオフはテクノロジスト・濱口秀司氏』


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『直線か、曲線か、見つけ出した雲形定規』


   


     10月 16th, 2016  Posted 12:10 AM



自分の造形はすべからく正方形・円形などに、
徹底的に自分を追い込んで、形体から形態造形を求めてきました。
直線と曲線を常に造形の基本に追いかけてきたデザイン活動でした。
たとえ、メガネフレームでの曲線においても、
直線から曲線についても変異点を図面上でも明らかにしてきた造形でした。
私の作品集「川崎和男Design」図鑑という阪大退官1年後の出版でも、
友人・松岡正剛氏はクロード・ニコラ・ルドゥーやブルーノ・ムナーリよりも
自分の造形=正方形や円では、
その使い手が日本にいることを作品集の帯文で紹介していただいたのです。
造形の基準を見抜く人物・松岡正剛氏にはバレていました。
曲線は鉄道カーブ定規でその曲率やRの大きさを
必ず数値的にも必ず徹底的に決定していました。
理由は二つあります。
まず、自然界のあらゆる物の輪郭は曲線の集合体ですが、
人工的なモノは、絶対に曲線を使わないことで自然の物づくりと
反極的なモノづくりを対比させてきたからです。
ところが恩師・柳宗理先生の作品を講演会に向けて再度見直し、
彼の曲線を追い求めていて、ある曲線に気づきました。
ずばりご子息から先生の曲線にはあるカーブ定規の存在を知りました。
そこで、そのカーブ定規を探しましたが、今ではとても見つからず、
通常の製図用ではない、大きな雲形定規を手に入れました。
その雲形定規を使ったことはまだありませんが、
とんでもなく、包丁、ナイフ・日本刀・メガネフレームに、
そのカーブ・曲線が適合していることを見つけました。
自分の生涯最期の作品でこの曲線使ってみようと考えています。


* 『直線を徹底するために「曲線」を身体化してきた』
* 『新作007・ボンドカーでも確認できた曲線美』
* 『モダンデザインの造形に潜むスーパー楕円』
* 『手・掌から無意識に生まれるもう一つのスーパー楕円論』
* 『やっと4冊目の作品集が出来上がった!』


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『藤原行成の書体との出会いは先生からの指示だった』


   


     9月 4th, 2016  Posted 12:00 AM



車イスの身体になり、
父からの要望と、すでに東京で体調が最悪で、
福井にUターンしました。 一年ほどの療養から、
自分は福井県下の伝統工芸にインダストリアルデザイン、
その導入を目指している時に、美大の教授であった故・小松芳光先生と
偶然にお目にかかりました。その時に、先生に質問をしました。
「先生、伝統工芸にデザイン導入をしたいのですが?」、
「それなら、君は古今和歌集と新古今和歌集から
もう一度マルセルデュシャンまでをやり直しなさい」と指示を受け、
(古今和歌集?新古今?マルセルデュシャン?)
(何だ?それ?)でしたが、
「素焼きで杯をつくるだろう、それを割ると破片が出来る」
(んーーー?)「まさに、マルセルデュシャンだね」(?)
「その破片に漆を塗って、それを硯にして書をしたためる」
このような指示を受け、ともかく古今集、新古今から
後拾遺和歌集に出逢ったのです。
その残されていた書の文字は判読が出来て「美しい書体」でした。
それが自分で探していた書体で藤原行成でした。
彼の書体では、ウ冠、辶、氵、にんべん、扌、などの書体に
自分はこれを臨書したいと思っています。
藤原行政が生きた時代は平安時代であり、そんな時期の書体を
「美しい」と感じ取ることができるというのは、
まず、これを感得出来る幸運さと
書体部位に潜んでいる漢字形態=漢字部位の美しさを
自分デザインの部位、「寸は尺よりも長し」を生涯携える
表現者として、大切に大事にしたいと思っています。
小松芳光先生からの指示が今では自分に染み渡っています。



* 『花嫁と独身者たちへのデジタルアッサンブラージュ』
* 『伝統工芸産地を補助金漬けから開放し法律の改正が必要』
* 「生涯最も使うアルファベット『K』」
* 「ヘルベチカは文字の結論になっている」
* 「六古窯・越前焼ー若い才能が復元から再興を始めだした」


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『眠ることを知るためのアプリを使いながら』


   


     8月 11th, 2016  Posted 12:00 AM



人間が生きている、ということは、
真実、4つのことしか行動していないという持論があります。
   ● 働くこと
   ● 学ぶこと
   ● 遊ぶこと
   ● 休むこと=眠ること
したがって、それぞれ6時間あればいいはずです。
実際、人間は生涯その四分の一は眠っていることだと思っています。
この考え方になったのは、フリーランスになって、
ともかく「働くこと」だけで、決して4時間以上は眠らないとさえ、
自分を追い込んでいたことがあります。
きっちりと眠り、遊ぶように働き、学ぶように遊び、とかで、
現実、デザイナーの業務は学ぶように働く、働くように学ぶことでした。
最も、働くことが遊ぶこと、遊ぶように働くということが出来る、
そのようなデザイン対象があれば、デザイナー甲斐があると思っています。
年老えば、睡眠時間は短くなると言われますが、
なんとなく自分は6〜7時間は眠っていますし、休日なら、
一日ベッド上で眠っては起きを繰り返すものです。
さて、ここまでiPhoneでは、可能になって来ています。
歯磨きも歯ブラシとスマホの時代になっています。
正直、睡眠不十分というのは、このアプリでは、
自分でこれだけ眠るという時間設定をして、目覚めたときには、
このように視覚化されたアプリでなんとなく眠った経緯を見ているわけです。
自分にとってもう絶対に嫌なことは入院です。
入院するとは、人生では休むことと眠ることだけの時間になります。
遊ぶように休む、遊ぶように眠ることが出来ればいいのですが、
そういうことまでには、介護環境・看護環境・医療環境が患者さんに
与えなければ意味がありません。
「コンシリエンスデザイン看医工学寄附講座」の目標と目的は、
遊ぶように休み、遊ぶように眠ることだと思っています。


* 「二歳児がiPhoneを直感で使いこなす!だから私たちの義務」 
* 『最も基本・バイタルデータの「体温」はデータ化してきた』
* 「# 立ち後れている日本のデンタルケア文化 #」
* 『権威が権力として誤った選別を告知へ、に反抗』
* 「 資本主義・社会主義その文脈には皆無の文化性」


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『壊れてはならないから鄙美人にレジリエンスデザインを』


   


     6月 12th, 2016  Posted 12:00 AM



日本が壊れているから我々も壊れている、
このことを知らないままにしようとしているのでしょうか?
私たちは、3.11で思い知ったはずだったのですが、
報道されないと、どこかで忘れようとしているのです。
かつて若い頃に、自分はある企業に対して、
元同僚で同期の人物を口説いて、その企業のデザイン部門長にしました。
私がパリに飛び立つその日に、彼は突然亡くなってしまいました。
パリで私はあるデザイン賞の授賞最終候補になっていました。
しかし、その受賞式の華やかさの中で、完全に自分を失っていました。
帰国したら、すぐに空港から彼の実家に行かなければならない、
そんな気持ちで一杯でした。
そして、受賞出来なかったときの(悔しさがあふれました)感覚と
同様の気持ちに、3.11でも、今の熊本地震でも、包まれています。
「倒壊してしまった人たち」と「倒壊せずになんとか無事だった人たち」、
この対立があると、現地から情報が入りました。
「負けるな!・泣くな!・楽しもう!」、
このコピーは、現地では絶対に使えません、ということです。
この我々の勝手さになんとここまでも壊れてしまっていると知りました。
しかし、レジリエンスデザインチームに39大学が、
なんとか、まだまだ壊れそうなこの日本列島に、
レジリエンスデザインで最も困難なデザインでの問題解決を
熊本に向けたいと考えているのです。
それは、最も怖れていた自殺者を出してしまったことからも、
レジリエンスデザインの最も重大な使命を果たさなければなりません。
デザインだから可能なことに向かいたいと考えます。
デザインで「最悪な状態」は何としても解決するのです。
自殺防止はレジリエンスデザインの目標の最大使命です。
壊れない自分自身を全員が支え合わなければなりません。
壊れていく生涯ゆえ、この列島の花棌の国の鄙美人で生きることです。
そこで、せめて今このビジュアルデザインを差し出し、
死という平等な、幸不幸を生涯に取り入れ直すことです。
「負けるな!・泣くな!・生きるんだ!」を持ち合うことを提案します。

*『海抜4mの日本列島で大丈夫だろうか』
*『大雨・洪水・山崩れ・・・自然とは調和できない』
*『山は崩れてはならない=つちのかたちデザインが要る』
*『瓦礫と化した自動車が問題ではない』
*『「土地の記憶」は鳥居の位置その変遷にある』


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『もう絶対に逢えない、今日は母の命日』


   


     6月 5th, 2016  Posted 12:00 AM



この日早朝、母は逝きました。
47年間のうち、21年間は私だけのための生涯だったと思います。
命日を迎える度に、自分が生きてきた目標をかみしめなおします。
しかし、3度は重篤状態になってきた経験からは、
いわゆるあの世で出逢うことは絶対に無いというのが最近の結論です。
どうして、自分があの母の下で育てられてきたのだろうかということは
哲学のまず基本的な命題だと思ってきました。
一浪をして、正直に医学部進学よりも美大に行きたいと言ったとき、
母は「医者になることは全く似合わないから辞めなさい」と言いました。
美大進学が決まれば当時流行になったVANのスーツを買ってくれましたが、
同時に、ブレスレットと指輪も母は私に買い与えてくれました。
厳格な父には絶対に叱られると思って拒否しましたが、
「美大に行くなら、これくらいは当然。そしてもっと男らしく」
ということでした。
「赤い血を見るより赤い絵の具の方が楽しいから」でした。
しかし、ちょうど父は警察の刑事部門の幹部となり、
毎朝、黒塗りの車で敬礼されて出勤をする立場になり、
母は癌を宣告されました。
ところが当時は、本人には言わずに父と懸命に癌治療を考えました。
父からも「和男、大学を辞められるか?」と聞かれました。
「全ての財産を使ってでも直したい」と父は言いました。
私は即座にOKをしました。
母の死後、遺言が出てきました。死の10日前に私宛のものでした。
「あなたは、もう福井に帰ってくることはないから、
世界で活躍できるデザイナーになりなさい」という遺言でした。
大学を出たら地元の短大で美術を教えると言ってきただけに
大きなショックを受け、やれるまでやろうと考えたのです。
美大を道楽学校としか私に言わなかった父に、
大学人になって、医学博士号を受けた報告をしました。
「貴方への借りはこれで返した」と。
父の葬式の夜に、
「結局、父はデザイナーになった私を許してくれなかった」と言いました。
父の友人は言いました。
「何を言っているんだ、酒を飲むと君の自慢しか言わなかった」。
それを聞いて、やっと父との別れに私は号泣しました。

*『母と死別して45年も過ぎてしまいました』
*『指編みを思い出しながら』
*『63歳まで生きました・母より年上です。』
*『大好きな色鉛筆・最近のお気に入り』
*『美大生1年のときに私の最初の社会的なデザイン』


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『トリックスターになってやる。』


   


     5月 19th, 2016  Posted 12:00 AM



メガネフレームのデザインに関わっておそらく30余年もやっています。
それはそれなりの自負はあります。
一方で、雑誌評論のレベルそのものは年々低下。
所詮は「流行・ファッション」で
デコラティブなモノもデザイン扱いされます。
これ実はワイフのコレクションで、
「メガネ」モチーフのアクセサリーです。
このアクセサリーに眼鏡をつるせます。
ところで最近は「モンスター老人」とかで、
老人はすぐにカッ〜となるとか。
そうです。私も明らかに「モンスター老人」ですが、
「モンスター老人を超える人物」が目標です。
そういえば、父は本当に穏やかでした。
若いときに「川崎さんは、あの人の息子さん?父上は本当に穏やかな人」、
なんて言われると(こいつ、怖がっているならもっとだ)と演技しました。
この演技力は磨きに磨きがかかってきたと思います。
自分が生涯をかけて取り組んできたことを破壊されるなら徹底的に、と
相当に「超モンスター化」、これをトリックスターと言いますが、
これに徹した生き方をしなければなりません。
実現しない研究が異次元空間である大学には蔓延しています。
それは私自身も大学でつぶさに見てきましたから、
実務性の無い「産学共創」などは
税金の無駄遣いであることがすぐ傍らです。
そしてデザインなど、
ましてデザイナーなどがどれほど軽く扱われたかを
すべて書いて告訴すべきことだと認識しています。
何の役にもたたないロボットや医療機器はすべて論文のなかで、
研究権威だけが「有識者」扱いされているにすぎません。
実務としてどれだけ多くを輸出品として不成立だったでしょうか。
この自負心でトリックスターとしての
「超モンスター化」をねらっています。
メガネフレームの競争相手は1社のデザイナーだけです。
不細工なメガネをしていると(嗤ってセンス無し)と思っています。

*『センスの有無?は、香りか臭いかだと思う』
*『四十暗がり・シニアグラスがこれでいいわけがない!』
*『低レベルな能力でデザイン評価はしないでほしい』
*『乳牛は決して美味しいミルクを絞り出すわけではない』
*『デザインというスタイリングの二種類』


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『ディスクールはアンドロイドロボットで消滅させられた』


   


     1月 19th, 2016  Posted 12:00 AM



昨年は「ロラン・バルトの生誕100年」でした。
ロラン・バルトは構造主義者として、ディスクール=言語表現、
つまり、書かれたことや言われたことの概念提唱者でした。
生誕100周年記念として、まさに、ディスクールのパターンを
スカーフにした表現はディスクールのデザインでした。
そのパターンの原書が「恋愛のディスクール・断章」そのままのモノ。
僕は読み直しましたが、生誕100年にして、
ディスクールでの抱擁は見事に破壊されていました。
それは、アンドロイドロボットの出現でした。
アンドロイドロボットは、「なぜ、人間は人間であるか」という
この難問解決のデザインだったからです。
単純なアンドロイドロボットとして「ハグビー」があります。
日本人は抱擁し合うことは照れ(若者には無くなりつつある)が残りますが、
フランス人からは、メールの最後にWarmest hugsと書いてきます。
結局、恋愛はすべての小説の最大テーマであったと言えます。
それこそ、日本最古の小説・源氏物語さえそうであったのです。
しかし、無論、恋愛には言葉・言語が本当は要らないように、
恋愛の言語化構造は
ハグすることで一遍に改めての意味が溶解し消滅します。
つまり人間にとって恋愛は一瞬の熱病=これは僕の私見ですが、
その熱病は感染して起こるのか、感染しているから熱病=恋愛でしょうか、
まさに生誕100年目に断章された結果は「ハグビー」というロボット、
つまり言語(ことば)では無くて形態(かたち)によって、
結論が明らかになってしまったことです。
これは言語の脆弱性を形態=ロボットが消滅させたことになります。
なぜか人間は抱擁されることで
コミュニケーションの新鮮度が増加されます。
人工物アンドロイド・ハグビーを抱き合うことが、
あの熱病=恋愛のごとくコミュニケーションを強めてしまうのです。
喋りまくる子供たちはハグビーを抱きしめれば、集中力を持ち、
アルツハイマーの老人の孤独感を消化してしまい、
断絶した者同士が、見知らぬ者同士が饒舌に会話しあうということです。
しかし、恋愛のディスクール・断章はロラン・バルトの生涯のテーマ、
その一部分に過ぎませんでした。
それはアンドロイドロボット・ハグビーに
「作者の死」をつきつけています。
ディスクールの作者が、彼の死に言説化を求めたように、
アンドロイドの創作者は、
どのようにその死と立ち向かうのでしょうか、ということ、
その指定出が起こってしまったということです。


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