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Posts Tagged ‘看護師’


『学校での美術教育では教えないことを入院児に』


   


     6月 11th, 2017  Posted 12:00 AM



大阪大学医学部附属病院の一階フロアには、展示コーナーがあり、
近郊都市の美術・写真・書などの同好クラブの作品が展示。
ほぼ一週間に一回、私はじっくりと見ています。
そうして附属病院小児科病棟には、
約80名の子ども達が入院していますから分校なのです。
医師はもちろん看護師さんだけではなく、
CLS=チャイルドライフスペシャリストという米国で資格取得された方もいます。
この資格取得はまだ日本での教育養成大学はありません。
私はこの病院に入院児たちの展示作品の絵を楽しみに観にきています。
随分前から、入院児たちの「絵」を見て、ここには分校にまでなっていますが、
日本の美術教育に疑念があっただけに、
私がプロとして「絵」を教えれば、絶対に日本の美術教育ではない、
それもデザイン教育>美術教育の基礎力を与えられると企画しました。
CLSの担当の方と打ち合わせをして、ともかく「実現」をやっと出来ました。
入院児たちは、体調でプレールームに来られる様子は毎回異なることや、
白衣は怖がるなどで、私の寄附講座だけではなく、
もうひとつのバイオ系寄附講座の教授、准教授も参加いただき、
とりあえず、「絵」のもう根本的で絶対に学校教育では
スケッチの本当の役割のスクールを私が実演=絵を描く方法を教えました。
4歳の子から中学生まで10名には、
黒板メーカー・馬印と時計メーカー・タカタレムノスから、
黒板と時計ユニットは、この企業も大賛成で協賛していただきました。
いわゆる患者でもある子供たちだけではなく、
親御さんにも、「なぜ絵を描くか」なども、
看護師さん、CLSさんにも協力をしていただきました。
基本を教えたら、手の描き方、顔の描き方、身体の描き方はどうするの?、
と言う質問も飛びだし、直ぐに私は実演でその質問には
「絵の基本と描き方」を実演してみせました。
4歳の子はすぐに理解し、初めて黒板には、ブドウ?だね、と言えば、
絵からブドウを私の手にも分けてくれました。
「自分のマーク」もと思って、
名前を聞いたらかわいい女の子:絶対に美人になる子からは、
「もっと教えにきてくれたら教える」と言われてしまいました。
もう時間だからと言っても辞めない子には「デザイナーになれるよ」と、
励ましたら、「ドクターになるから」とか言われる始末。
でも、ドクターも絵を描くから受けたとか。
みんなの瞳がキラキラしていました。
私は「入院したり大きな手術をしたけど、プロから教わった」、
その思い出を与えたかったことと、
入院している子供たちみんなが希望している、
大人には予想もしていなかったコトを知らされ、
デザイナーとしてなんとか実現を目指そうとかや、
黒板への想い、時計への想いを教えられました。
なんとか入院したからこそ出来る
このスクールを連続させたいと思っています。


* 『芸術工学からコンシリエンスデザインに』
* 『黒板メーカー・馬印が実現してくれた「価値」』
* 『まだ私デザインHOLAは動いているしかし無情合掌』
* 『最も基本・バイタルデータの「体温」はデータ化してきた』
* 「心電図波形が意味すること・意味されていること」


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『「手・掌を清潔に」するモノとコトのデザイン実務』


   


     7月 15th, 2016  Posted 12:00 AM



「手あるいは掌」をきれいにすること。
手を洗うことは外出したら必ず、これは感染症を防止する日常的な常識です。
ここ数年で、病院はもちろんのこと公の場所や店舗などでも手の消毒剤を
どこでも目にすることができます。
しかし、病院ですら、これを常に使っているのは、
医療従事者、医師や看護師さんは当然ですが、来院者が使っている、
その現場は、自分は常に意識して見てきましたが、ゼロです。
企業の入り口にも必ず設置されていますが、これを使用している人を
全くみたことがありません。
理由は、面倒なこともありますが、何と言っても「手が濡れる」という
この印象が強いからかも知れません。
自分自身は、こうした手の消毒剤を全て使ってきましたが、
高級な消毒剤は、直ぐに乾燥してしまいますが、これではまた、
手を洗うコトと手を消毒するという日常性には大きな隔たりがあります。
自分にとっては、やはり、自動的に手をかざせば、消毒剤が掌に乗り、
それでも水でしっかりと洗い流すことが「手洗い」になります。
わが研究室は「コンシリエンスデザイン看医工学寄附講座」であり、
基本は「完全無菌と抗体保健」をデザイン対象にしています。
無菌に拘れば、身体は弱体化するというこの矛盾への難問解決が、
コンシリエンスデザイン・レジリエンスデザインを実務化する目標と目的です。
したがって、この「手洗い」の革新をこの3年狙って、
「全く新しい日常的な手・掌の清潔」を目指してきました。
この実装は7月28日に正式に記者発表をすることになりました。
これまでも多少、このブログで紹介してきた「動物実験」でのエビデンス、
これは医療関係での学術的な証左事実の確認です。
そしてこれを学術論文として発表をデザイナー自身がやります。
このデザイン実務は明白な「ビジネスデザインモデル」になるでしょう。
そして、こうしたことに次世代デザイナーが向かってほしいと願っています。


*『看医工学へのレジリエンスからコンシリエンスデザイン』
*『デザインはすでにここまでが必然となっている』
*『「パラシリエンスデザイン」でのプライミング効果予測』
*『IoMeTのためのMedical LogとConnect nome』
*『コンシリエンスデザイン看医工学の危機解決対象・MERS』


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『羊と鋼が調律の要だった、それを実証した友人』


   


     5月 21st, 2016  Posted 12:00 AM



「羽二重」ブランドの産地ブランド計画指導はすでに5年になっています。
結果も出せずにやや焦っていますが
「布のかつての絹織物革新」を歴史と科学的論証、そして、
絹織物から最先端的素材開発はそろいました。
それでも焦った気持ちを親友に帰阪途中に愚痴ってメール。
そうしたら故級友・上田喜久雄氏の息子と飲んでいると返信。
そうだったんだ。級友上田は高校時代の友人であり特別進学クラスなのに、
唯一、大学ではなく「調律師」になった男でした。
進学間際まで、休み時間はスティックをいつでも練習していました。
正直毎回うるさかったのですが、
とうとう問題になり進学クラスを出されることに、
そこまで高校は決断していました。
彼はブルーコメッツが福井公演の時に、
バンドマン希望をブルーコメッツに伝えたほどでした。
進学高校で唯一大学には行かず調律師学校を出て「調律師」になりました。
医師・看護師・調律師と「士」ではなく、「師」ですから、
やはりそれなりの知見と技術技能があったのです。
福井時代、自宅に来たときにオーディオからデザイナーになった私に
彼も驚いて、オープンリールのテープ2巻をくれて、
ジャズの話が出来た男でした。
上田喜久雄も夭逝してしまいましたが「彼を偲ぶ会」があったほどです。
福井のジャズやピアノの世界では活躍をしてくれていたのでしょう。
それが、なんと「本屋大賞」の「羊と鋼の森」という小説になっています。
後書きには彼の名前がしっかりと記されていました。
しかもこの小説の作家・宮下奈都女史も福井県出身でした。
是非、上田の息子と会いたいと思っています。
なぜなら、この息子も、羽二重を継承している中心の若者も
同じ国立名門のN工業大学出身者だからです。

*『ビートルズに出会った世代の幸運さ』
*『ふるさと福井はまだまだ恐竜の聖地になれる』
*『あれから・・・ふるさと福井の織物産業』
*『素材産地からWブランドのアライアンスイニシアティブ』
*『オノマトペ=感性評価軸が学術検証された』


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『最も基本・バイタルデータの「体温」はデータ化してきた』


   


     11月 7th, 2014  Posted 12:00 AM



入院をすると、朝一番に体温計測があります。
人間にとって生体データの基本は「体温」です。
この体温によって、入院しているときの一日の行動が決定されます。
私は交通被災をしてから、人一倍入院経験があります。
だから、この体温を誤魔化すことを覚えました。
朝最初に体温を計測して、その値を看護師さんが記述するとき、
「今日はちょっと熱があるからリハビリを休みましょう」、
こう言われると、退院が延びてしまいますから、
熱が多少あっても、それを水で冷やして通常にしておきます。
そうして、リハビリトレーニング中に倒れたことが何度かあります。
だから、私は体温計をみると、その時のことを思い出します。
なるほど、朝の体温計測には大きな意味がありました。
だから、今度は眠って居たいときには発熱を演じたこともあります。
いづれにしても患者としては、絶対にやるべきことではありません。
こうした経験からも体温計のデザインはいろいろ試してきました。
今では、iPhoneに繋いで、体温を決まった時間に計れば、
データ化されてそうした体温変化の意味が連続的な判断が可能です。
S女史デザイナーの液晶が大きい体温計は、
一つの大進化だったと思います。それから、今ではアプリで、
体温計測そのままのデータ化は、これからの入院や、
対症療法にとっても、また大きな進化を遂げていると思います。
特に女性にとってはいわゆる基礎体温の変動は、これまでも、
デザインコンペで優れた提案がありましたが、
ようやく、スマホによって、本格的なバイタルデータ化が出来ます。
そこで、これからの入院はもとより、もっとこの計測は
進化すべきだと考えています。
腋の下、耳穴、舌下での計測は、さらに進化を見せています。

生体情報として、体温・血圧の計測方法は進化しましたが、
私は最も知るべき、例えば血中を測定する方法は、
まだまだ発想すべきアイディアが必要だと考えています。

「私の必須道具だから・iPhoneアプリにしてみた」


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『ペットボトルの水=企業選定C.I.として』


   


     10月 18th, 2014  Posted 12:00 AM



今、国連に加盟している約150カ国内で水道水が飲料になるのは、
13カ国程度と言われています。
わが国の水道水は飲料水としても素晴らしく飲みやすい水です。
しかし、日本人もペットボトルの水が日常的になっています。
私は、身体の7割が水分と言われているだけに、
水には大きなこだわりがあります。母は47歳、大腸癌で逝きました。
当時は癌と告げることも出来ず手術をして医師が分かるという時代。
しかし、母は私と父宛の遺書に癌であること知っていました。
父は日本中の水を手をつくして鉄道運搬用のタンクで取り寄せ、
それが父の癌への最後の抵抗であったと思っています。
私はそのこともありペットボトルの水は徹底的に調べてきました。
イタリアの高級水(高級レストラン御用達)は今手に入りませんが、
私自身は、国内外どこでも確実な水を選んで自分の水分そのものを
この水にすることに決めていますが、これは重要なことです。
日本を代表する水、政府の国際会議は帝国ホテル、ホテルオータラ、
しかもこの水はすべて富士山の湧き水になっていますし、
ホテルがこの水の確保をどうしているかは調べておく必要があります。
だから、企業C.I.においてもその企業の水を決めさせてもらいます。
今回ニプロの研究所C.I.=iMEP=institute of Medical Practiceは、
企業カラーとその水は企業立地している滋賀県で最高の水を選定、
この研究所は、医師、看護師、医療従事者のトレーニング、
研修所機能をもった施設ですが、水はすべて地元で最高水です。
勿論、私が選んでいる自分の水、国家賓客用の水と飲み比べて、
まったく遜色のない水にしました。
もちろん、地元で最高の製菓やお酒も企業C.I.として決めています。
何分、身体の水分は徹底して決め抜いた水のペットボトルです。
正直、ペットボトルの形態そのもののデザインを変えたいですが、
流石にそこまでは許されていません。
いづれ、自分のデザインスタジオの水も決めたいと思っています。


『最も重要なエネルギーとしての「水」』
『水というエネルギーの国際化』


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2月18日Staff Blog


   


     2月 18th, 2011  Posted 10:45 AM

2月18日

研究室にて、
定期的なビタミン点滴を受けている
BOSS(川崎和男, Kazuo KAWASAKI)



看護師の方に、
点滴の前に血圧測定を受けるBOSS。


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『資本主義からの逃走』
 「社会保障としての医療制度は、資本主義では不可能」


   


     2月 11th, 2010  Posted 10:00 AM

医療というFormation

DynamicsとFormationを先行させてしまいました。
医療こそ、人間の「生老病死」への科学的対応です。
したがって、「生老病死」を経済論理では語れません。
生老病死
「生老病死」はまさに、Dynamics論理が不可欠です。
さらに、医療はFormationによって、
その解決を計れれば、「幸運」であり「幸福」です。
経済活動の格差が、
そのまま医療制度に反映されることになれば、
「生きる」という連続性は経済とはLogarithm的です。
無論、「死」は万人に平等です。
平等は、「生きる時間」が限定されていることであり、
その平等性は、Dynamicsであって、
いわゆる寿命には格差があることは明確です。
医療制度を社会保障する、というのは、経済論理が
まったく適合していません。
むしろ社会主義としての平等性を、
担保する必要があります。
それは、資本主義的な医療は「生死」すら経済性で、
決定づけてしまうということになります。
せめて、「生死」と医療を結合させる論理は、
Formationを社会構造に組み込んでいくことですが、
その論理あるいは制度設計の方法は発見不可能です。
したがって、
医療Formationを社会保障制度にするには、
それを医師・看護師・医療従事者だけに委ねることから、
決別する時になっているのです。
ましてまだ治癒不可能と言われている難病・癌などに、
「社会保障としての医療制度」は、
デザインが入り込んで、制度設計と環境設計に
「向き合う」必要性が見えています。
私は、デザインは、「命を護る・守る」ことまでは、
決して出来ないけれど、
いのちと向き合うデザイン
「いのちと向き合う」ことは出来るということを、
実践第一から制度設計へと、
向かわせることをめざしています。
Formationというのは、
本来自然の中での生物の「生死」競合性の制度です。


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